星暁雄のブロックチェーン界隈ざっくり見て歩き

第2回

"Don't Trust. Verify."〜非中央集権とトラストレスは金融のように公共性が高いシステムを大きく変える可能性がある

 パブリックブロックチェーンで最も重要で本質的とされる性質が非中央集権(decentralization)である。非中央集権を実現するうえで最も重要な性質がトラストレス(trustless)である。信頼や責任を重んじる人々──行政、金融、電力、通信のように公共性が強い分野の仕事に従事しておられる方々は全員がそうであるに違いないが、そのような信頼と責任を重んじる皆さんにこそお伝えしたいことがある。非中央集権とトラストレスの性質を上手に活用すれば、デジタルテクノロジーの力を借りて組織とシステムの「信頼」をより良い形に再構築できる。やがて、その活用を真剣に検討するべき時期が来るだろう。

 もっとも、現時点では非中央集権/トラストレスへの理解が浸透しているとは言えない。むしろ「怪しい概念」とすら思われている節もある。「責任主体が存在しない非中央集権だって? 無責任でとんでもない!」と思っている方もいるかもしれない。

 もし非中央集権とは「責任の主体が存在しないことなので無責任と同じだ」と思っているとしたら、それは本来の意味とは正反対の大きな誤解であり、そのような誤解は正していただきたい。パブリックブロックチェーンにおける非中央集権とは、特定少数の機械や個人や組織への依存を排除し、より信頼できる強靱なシステムを作るための性質なのだ。非中央集権とは、当事者全員で責任を負う民主主義の概念をデジタルテクノロジーで実現しようとする取り組みだと考えてほしい。

 また、非中央集権と強く結びついた言葉であるトラストレス(trustless)という言葉に「信頼がない」といったネガティブな印象を持っているとしたら、それも大きな誤解である。トラストレスとは当事者全員が責任を持って記録内容の正当性を検証する設計思想である。「信頼できない」という意味はそこには含まれない。

 「パブリックブロックチェーンの性質である非中央集権/トラストレスを公共性が強いシステムに活用することを検討すべき時期がやってくる」、という今回の記事冒頭の主張に対して、あるいは「仮想通貨取引所のマウントゴックスやコインチェックやZaifで起きた仮想通貨盗難事件はどうなのだ」「事故が多発する現状がよりよい信頼の形といえるのか」との反論の声が上がるかもしれない。はっきり申し上げるが、これらの仮想通貨盗難事件は、仮想通貨取引所の仕組みが非中央集権でもトラストレスでもなかったからこそ起きた事件なのである。盗難事件を防ぐことを目的とするならば、非中央集権とトラストレスの仕組みを上手に取り入れた仮想通貨取引所を一刻も早く立ち上げるべきなのだ。

「信頼するな、検証せよ」

 非中央集権という用語は、パブリックブロックチェーンの開発者コミュニティの中ではよく使われていて、ざっくりしたラフ・コンセンサスがある。一方、世の中ではまだ明確な定義が確立しているとはいえず、理解が浸透しているともいえない。非中央集権の意味を知るにはEthereum創設者Vitalik Buterin氏による記事が参考になる(参考記事)。Buterin氏によれば、ブロックチェーンにおける非中央集権性とは、アーキテクチャ的には多数のコンピュータに責任を分散し、政治的には多数の人間/組織に責任が分散している状態を指す。非中央集権性が高いほど、障害や攻撃、そして組織的に結託して不正を働く行為に対して強靱となる。

 トラストレスという用語も、パブリックブロックチェーンの開発者コミュニティ以外の人々にはなかなか通じにくい。ここで、その本質をよく表現している言葉を紹介したい。「信頼するな、検証せよ(Don't Trust. Verify)」である。これは、ブロックチェーン技術に取り組むスタートアップ、カナダBlockstream社のスローガンである(参考記事)。この言葉はシンプルで深い。大筋は、「自動的、機械的、暗号学的に検証するアプローチを採ることで、より良いシステムになる」という意味なのだが、あらゆるシステム、組織に対して適用できる名言だと思う。

カナダBlockstream社CSO(Chief Strategic Officer)であるSamson Mow氏の講演スライドから。"Don't Trust. Verify"(信頼するな、検証せよ)とある。

 台帳管理に対する伝統的な考え方は次のようなものだった。台帳への記録内容をいちいち全員で検証していたら非効率でやっていられない。そこで特定の人間を選び「この人物なら信頼できる」と考えて台帳の管理を任せるのである。その結果として、たまに事実と台帳の不整合──資金の流用や記録内容の改ざんのような不祥事が発覚したりする。そこで不祥事がないように組織内の手続きを手厚くすると、今度は効率が犠牲となり、管理コストが上がる。それでも全員で検証するよりは効率的だと信じられているので、そのようなやり方を取っている訳である。

 もっとも、現実はこの説明よりもずっと生々しいものだ。古代社会における貨幣経済システムの起源は暴力的な支配のツールだった、とする研究結果がある(デヴィッド・グレーバー、『負債論 貨幣と暴力の5000年』、2016年、以文社刊)。特定少数の人間を信頼するシステムは、時に暴力的支配のツールともなり得ることは、頭の片隅に留めておいた方がいいだろう。

 さて、ここに別の考え方が登場する。台帳に記録する内容の検証作業をテクノロジーの力で極限まで自動化、効率化し、当事者全員がそれぞれのコンピュータを動かして記録内容を検証し続けるならどうだろうか。特定の個人が不正を働いても、あるいは特定のコンピュータに故障や異常動作があっても、すぐ検出して正しい記録内容に自動的に修正できる。あらゆる重要な手続きの内容と結果を検証し、全員が間違いないと納得できる形で記録することが可能になる。このような仕組みにより、特定の個人や組織、特定のコンピュータへの信頼が不要になる。

 お分かりの読者も多いだろうが、「全員で検証する仕組み」、これこそパブリックブロックチェーンの元祖であるBitcoinの動作メカニズムそのものだ。このBitcoinの動作メカニズムを横展開して有効活用することが、非中央集権/トラストレスの基本的な考え方なのだ。

Webの設計思想は非中央集権だった

 非中央集権という言葉は、以前からあった。そもそもインターネットがそうだ。インターネット以前の情報通信ネットワークの主流は、メインフレームを頂点とした階層型のアーキテクチャを採用したものだった(メインフレーム時代を知るベテランが近くにいるなら「SNA(Systems Network Architecture)ってなんですか?」と聞いてみて欲しい)。対して、インターネットはネットワークの中心を意識することなく誰とでも通信できる仕組みとして作られた。

 Webの発明者であるティム・バーナーズ=リー氏は、World Wide Web(WWW)を「非中央集権でパーミッションレスな文書管理システム」として設計した(『Webの創成 ― World Wide Webはいかにして生まれどこに向かうのか』、2001年、毎日コミュニケーションズ刊)。中央で管理されたデータベースに対して、許可を得て文書を登録するやり方ではなく、誰でも自由に許可なくサーバーを立てて運用できる。それがWebの設計の本質だった。今日のインターネットには巨大なトラフィックを集中的に処理するデータセンターの存在が欠かせないが、だからといって「中心がない」基本設計の価値が失われた訳ではない。

 そして、中心を持たない基本設計に基づいて信頼を再構築することが、パブリックブロックチェーンにおける非中央集権/トラストレスのアプローチなのだ。

パブリックブロックチェーンは、インターネットがそうであるように中心を持たないアーキテクチャで信頼できるシステムを構築する。図はSNSを可視化したもの。(Martin Grandjeanによる“File:Social_Network_Analysis_Visualization.png” ライセンスはCC BY-SA 3.0に基づく)

非中央集権とは「あるべき姿」を追い続けること

 現実には、パブリックブロックチェーンの非中央集権には「度合い」がある。民主主義の成熟の度合いが国によって異なるように、パブリックブロックチェーンの種類により、非中央集権の度合いが進んでいる技術もあれば、まだまだ度合いが足りない技術もある。黒か白かを明確に判別できる概念というよりも、グレーゾーンやグラデーションがある概念だと考えた方が実態に近い。

 非中央集権の度合いが高いブロックチェーンといえば、BitcoinとEthereumがある。他の技術は非中央集権の度合いはまだ追いついていないと考えていいだろう。ただし、非中央集権の度合いが低いから意味がないかというと、そうとは限らない。大事なことは、非中央集権を「あるべき姿」と考えて、そこに向けて具体的な努力を行っているかどうかだ。

 非中央集権の優等生であるBitcoinも、最も初期の段階ではサトシ・ナカモトとハル・フィニーの2人だけがノードを維持していた(ナサニエル・ポッパー 、『デジタル・ゴールド』、2016年、日本経済新聞刊)。この時期の実態を非中央集権とは呼べない。その後、開発者コミュニティが育ち、ノードを維持するマイナーが多数登場したことで、非中央集権性を獲得していったのである。

 Ethereumも、「特定少数の人々によってコントロールされている」と批判されたことがある。2016年、非中央集権投資ファンドを目指したThe DAOで発生した仮想通貨盗難事件の後、ブロックチェーン上で盗難事件を「なかったこと」にする巻き戻しのためのハードフォークを実施したさいには、多くの批判の声が上がった。しかし、その後のEthereumのコミュニティは、より非中央集権の度合いを高める方向に向かって努力を続けている。創設者Vitalik Buterin氏の関与も減らす方向に向かっているとのことだ。

 新しく登場したパブリックチェーンは、開発者もノード維持者も少ない。つまり特定少数の人々に権限や責任が集中した状態で出発する。だがエコシステムが十分に成長、成熟していくと、特定の個人や組織の力だけで左右できる存在ではなくなる。BitcoinとEthereumは、今ではコミュニティの成熟や支えるハッシュパワーの規模の拡大により、非中央集権の度合いが十分に高い状態に到達していると考えられている。特定少数のマイニングプールにハッシュパワーが集中しているとの批判はあるが、それでもBitcoinやEthereumの開発者コミュニティが非中央集権を「あるべき姿」と規定して努力し続けていることは多くの人々が認めている。

 さきほどグラデーション(濃淡)と表現した。例えば、ブロックチェーンが現段階では特定少数の人々の支配下にあるが、将来的に非中央集権の度合いを高めていくことを目指すプロジェクトもあるだろう。逆に、ブロックチェーンが特定少数の人々の支配下にある状態をなるべく続けようとするプロジェクトが存在する可能性もある。両者の違いは非常にわかりにくい。仮想通貨(パブリックブロックチェーンと仮想通貨は密接な関係にある)の分野では批判的な姿勢が常に必要とされている一つの理由がここにある。

「閉じたドアの奥の組織はデジタル時代に向いていない」

 ここで興味深い言葉を引用しておきたい。

 「少数の人が力を握り、閉じられた扉の陰で運営され、その人たちに対する信頼のもとに成り立つ組織は、デジタル時代に向いていない」(レイチェル・ボッツマン、『TRUST 世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか』、日経BP社、2018年)。非中央集権/トラストレスとは何かといえば、「閉じたドアの向こうの組織への信頼」を不要とするデジタル時代のための究極の技術体系であり思想であるといえる。

 このように全員で検証するブロックチェーンや非中央集権の仕組みについて考えていくと、ある地点に到達する。「ブロックチェーンとは、公共財である」という考え方だ。

 この考え方は、それほど突飛なものではない。今、インターネットは多くの国々、多くの組織、多くの企業が共同で維持する公共財と見なされている。オープンソースソフトウェア(あるいは自由なソフトウェア)のライセンスは公共財であることを意図して設計されている。同様に、非中央集権の性質を備えたパブリックブロックチェーンは、誰か一人のものでも、特定のグループのものでもなく、みんなもの、公共財なのである。

変わってしまう世界に備える

 みんなで検証する仕組みであり、公共財である──このような概念は、浸透に時間がかかる。インターネットも、オープンソースも、理解が浸透するまでには長い時間が必要だった。

 誰でも参加でき、プロトコルが公開されていて、非中央集権の度合いが強いインターネットに対して、「なんとなく信用できない、使いたくない」と感じる人々は、実は大勢いた。例えばMicrosoftのCEOだったビル・ゲイツ氏は、1990年代に入りインターネット商用化が始まった後も「インターネットのようなセキュリティがないネットワークは、本格的な実用には耐えない」と発言していた。当時のビル・ゲイツ氏は自社開発の専用プトロコルを利用する閉じたネットワークサービスであるMSNを推進する立場だったこともある。もっとも、そのような考え方は当時の通信分野の専門家にとって普通の考え方ではあった。

 むしろビル・ゲイツ氏の凄かったところはその後のピボット(戦略の転換)である。ブラウザのNetscape Navigatorがヒットし、インターネットの爆発的普及が始まった直後にビル・ゲイツ氏は考え方を180度転換、主力商品であるWindows 95にプロトコルのTCP/IPやブラウザのInternet Explorerをバンドルし、自らがインターネット普及の先頭に立つ戦略に切り替えたのである。

 今、パブリックブロックチェーン分野では、活発な創造のムーブメントが起きている(当コラム第一回を参照)。非中央集権/トラストレスの技術を本格的に利用できる時期がいつになるかは、まだ分からない。2018年11月10日に開催されたEthereum開発者向けイベントHi-Con2018で開かれたパネル・ディスカッションで、DMMのCTO(最高技術責任者)である松本勇気氏は「この1年で儲けようと思っている人は、やめた方がいい。時間軸を間違えないように」と釘をさした。3〜5年かそれ以上の時間はかかるかもしれないが、創造のムーブメントの成果物はやがて世界に行き渡るだろう。変わってしまう世界でどのような戦略を取るのか、どのようなピボット(戦略の転換)が可能なのか。皆さんも、それを今から考えておいた方がいいのではないだろうか。

星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。