インタビュー

カンボジアにブロックチェーン活用デジタル通貨の銀行を

リネットジャパンとソラミツの合弁銀行構想

カンボジアの現地風景。リネットジャパングループは、現地に足を運ぶスタイルでマイクロファイナンスなどの事業を拡大してきた

カンボジアで、日本のベンチャー企業らが出資し、今後1年をめどに新たなネット銀行を設立する計画が進んでいる。新ネット銀行はカンボジアの中央銀行デジタル通貨(CBDC)に相当するBakong(バコン)を扱い、ブロックチェーン技術を活用した即時決済のメリットを生かした基幹システムを構築する構想だ。また新銀行の基幹システムは他の銀行にも提供していく。計画は2020年2月13日にリネットジャパングループが発表した。

計画には未確定の部分や、公開していない部分もあるが、現時点での取材に基づき、カンボジアの新ネット銀行計画について見てきたい。

まずデータによるクレジットスコアリングから

まず、新会社の事業計画は次のようになる。この2020年4月にも、リネットジャパングループ80%、ソラミツ・ホールディングスAG(本社、スイス・ツーク)20%の出資比率で新会社を立ち上げ、1年後の2021年春にネット銀行の新規参入を目指す。

新会社では、まずカンボジアのCBDCのBakongの決済データや、リネットジャパングループがカンボジアで展開するマイクロファイナンスや中古者リース事業のデータに基づき、新たなクレジットスコアリングモデルなどを開発する。さらにソラミツのブロックチェーン技術を活用し、従来とは設計思想が異なる銀行基幹システムを開発。カンボジアや他のASEAN諸国の銀行向けに提供する計画だ。

ブロックチェーンでネット銀行を作る

ソラミツ・ホールディングスAGのCEOである武宮誠氏は、新たな銀行基幹システムの構想を次のように説明する。「従来の銀行システムはバッチ型であり、リアルタイム取引(即時決済)が可能なブロックチェーン決済の優位性を活用していなかった。新会社では、弊社の技術を提供し、Bakongと理論上もっとも相性が良いネット銀行をサポートするシステムを開発する」。

その前提となるBakongは、ユーザーから見るとスマートフォンアプリとQRコードを使い決済できるサービスである。普通のスマホ決済アプリと異なる点は、中央銀行(カンボジア国立銀行)が運用すること、そして内部の仕組みにブロックチェーン技術「ハイパーレジャーいろは」を活用することだ。

Bakongのアプリ画面

武宮氏は、Bakongについて次のように説明する。「Bakongはブロックチェーン技術『ハイパーレジャーいろは』を活用し、中央銀行が運用するリテール(小口)およびホールセール(大口)決済システムだ。アプリは一般公開され、カンボジアの電話番号があれば誰でもインストールして利用可能。しかしながら現在はまだパイロット運用の段階であり、12行の銀行および数千名のユーザーが参加している。流通残高は数億円の規模だ」(武宮氏)。

なお、「ハイパーレジャーいろは」に基づきBakongのシステムを開発したソラミツ株式会社(本社、日本・渋谷)は、現在スイスのソラミツ・ホールディングスAGの100%子会社の形となっているという。

リネットジャパングループ常務執行役員 海外事業部の広瀨大地氏は「確定ではないが、Bakongの決済ビッグデータを使うことを予定している。決済ビッグデータと融資のデータを合わせることで、クレジットスコアリングの精度が高まる。それにより、例えばマイクロファイナンスによる借り入れを、オンライン、フルデジタルで完了できるようになる」。

広瀨氏によれば、データ活用によりクレジットスコアリングの精度を高めるとは、具体的には次のような取り組みを指す。例えば「決済する場所が住所から遠く離れた場所ばかり」といった怪しい例を見つけ出すことで、詐欺的な利用者の検出を機械的に行うことができる。次に、決済データから利用者の消費の様子が分かり、収入を推定することが可能となる。

カンボジア事業に賭けるリネットジャパングループ

新会社の出資比率(予定)はリネットジャパングループが80%と大きい。なお資本金の予定額はまだ公表していない。同社はネット銀行の意味について次のように説明する。「カンボジアの金融業界は年3割で急成長中だ。そこにデジタルな銀行として参入できれば、可能性は大きい」(広瀨氏)。

同社がカンボジアで事業を開始したのは6年前のことだ。日本の中古農機の輸入販売から開始した。現地の人々はリースでないと購入できない」ことから、金融事業も始めた。

今ではカンボジア事業が同グループの大きな部分を占める。2020年9月期(第1四半期)の連結売上19億9500万円に対して、海外事業は9億2800万円と全体のほぼ半分(46.5%)を占める。

同グループは金融と自動車の分野で、カンボジアの5社で事業を展開する。

1番目は中古自動車の割賦・リース。契約台数は2018年9月期に451台、2019年9月期で855台と台数ベースで年90%成長している。

2番目はマイクロファイナンス。農家の資材購入などのため、500ドルといった少額を無担保で貸し付ける。グラミン銀行のノウハウである「連帯責任メソッド」も活用する。利用者数は現在約3万人。 2018年末から2019年末にかけて貸付残高が40%成長した。

3番目はマイクロ保険だ。少額の掛け金で医療サービスを受けられる。加入者数は約3万人である。

同社は、このようにいわば「草の根」で足を運び地域に食い込む形のサービスを展開している。そこにスマートフォンを使いオンラインで完結する金融サービスを提供することが、新会社の狙いということになる。

カンボジアの社会に貢献する

世界銀行の統計によればカンボジア国民の15歳以上の銀行口座開設比率は20%程度。一方、スマートフォンの普及率は127%(リネットジャパングループ調べ)。銀行を使わない理由は、同国で足を運べる地域に銀行がないことが大きいという。そこで、店舗に足を運ばなくてもオンラインで完結して利用できる金融サービスには大きな可能性があるといえる。

カンボジア経済では、同国の現地通貨リエルと米ドルの両方が流通しており、国や中央銀行としては現地通貨の利用を促進したいという思惑がある。「カンボジアがCBDC(中央銀行デジタル通貨)を推進する理由の1つはドル化経済の抑制。現地の銀行では米ドル建てのサービスが多い。一方、リネットグループの事業では現地通貨リエル建てのビジネスが約4割だ」(広瀨氏)。

新ネット銀行計画には、日本のベンチャー企業の新規事業という側面だけでなく、ブロックチェーン技術による銀行システムの立ち上げ、CBDCの流通という意味もある。現地通貨建ての金融ビジネスが拡大するなら、カンボジアの経済や社会への貢献という意味も出てくるだろう。

星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。