ブックに学ぶ:『実践ブロックチェーン・ビジネス』
【第7回】ブロックチェーン・ビジネスのつくり方(最終回)
2018年11月12日 06:30
[著者:株式会社ブロックチェーンハブ 監修:増田 一之]
第9章[1] ビジネスを考えるポイント
現状認識
日本におけるブロックチェーン技術の取り組みは、まだ始まったばかりです。技術的には革新的ですが、まだ発展途上という段階です。しかしながら、開発者のブロックチェーンに対する関心は非常に高まってきており、その数も急速に増えています。開発者の関心の高まりが技術向上を呼び込み、実証実験からいよいよビジネスへの実応用へと向かっているため、新規ビジネスの立ち上げは今後、続々と増えていくものと期待されます。
それに合わせ、法規制は整備されつつあります。また、仮想通貨投資で一般大衆の認識が高まることによって波及効果としてブロックチェーン全般についての知識や理解も徐々に浸透してきています。
ブロックチェーン技術の特性レビュー
ブロックチェーン技術の特性は、「改竄が困難」「二重支払いが防止できる」「中央管理者不在」「スマートコントラクト」ということは何度も述べました。ここから、「記録保存に使える」「価値の移転に使える」「低コストで信頼性向上がある」「契約の自動執行ができる」ということへの応用が長所として認識できます。これらの長所について、ビジネス立ち上げの観点から少し考えてみましょう(図9-1)。
記録保存という点では、「秘匿性は不要だが偽造は困る」「第三者を含め、取引記録などを検証したい」「複数当事者による共有メリットの確認」などのケースで使いたいというニーズがあります。これらの要件を満たすときに、例えば土地登記、法人登記、偽造防止、トレーサビリティとしての活用が考えられます。
価値の移転については、資産所有者が変わるケースや、デジタル資産の状態が変化するケースが使用する要件となります。具体的には、サプライチェーン、デジタルコンテンツの販売、中古売買、シェアリングなどがあります。
低コストで信頼性が向上できるという点では、耐障害性が必要だったり、分散型組織によるサービスを行うときに活用できます。具体的には、ライドシェア、P2P商取引、クラウドソーシング、電力P2Pなどが考えられます。
契約の自動執行については、当面、複雑な手順をシンプルな仕組みに改善したい場合に活用できます。オペレーションやワークフローの改善、バックおよびミドルオフィスの効率化などへの活用です。 技術的課題についても、整理しておきましょう。これには大きく4つの観点があります(図9-2)。
ひとつめに、パブリックブロックチェーンの場合、取引認証に時間がかかるため、即時性に難点があることです。
ふたつめに、処理速度に難点があるため、大量の取引には向かないことです。
3つめに、情報秘匿性の問題があるため、プライバシーが重視される場合には使えません。
4つめに、スマートコントラクトで使う場合、事前にすべての可能性を想定するのは難しいため、例外的事象が起こることも考慮し、法的拘束力のない私的統治に限界があることを理解して使う必要があります。
ビジネス企画の留意点
ここでは、主に以下の5点について留意すべきでしょう。
①本当にブロックチェーン技術を使わなければできないのか
既存技術で十分用を足すのであれば、あえてブロックチェーンを使わなくてもいいかもしれません。従来型技術と比べて、開発コスト、運用コスト、性能においてメリットが大きいかどうかが判断基準です。
ブロックチェーンにおける分散型P2Pネットワークは、参加者すべての取引をお互いが管理し合うことと、ゼロダウンタイムを実現することが特徴です。ただし、ブロックチェーンは情報を分けて配置して検索効率を上げるということをしないので、ブロックチェーンシステムだからこそできることという観点で技術を導入するかを判断します。
②入力情報のブロックチェーン以前の正真性(安全性)に問題がなかったか
ブロックチェーンに入力された情報はその後は改竄が難しいのですが、ブロックチェーンに入力される前のデータが改竄されていれば、ブロックチェーン上で改竄されていようがいまいが関係ないことになります。よって、ブロックチェーン入力以前の状況をよく確認する必要があります。
ブロックチェーンで食の安全を守れるかどうかを考えてみるとき、ブロックチェーンに記録されるまでは全く管理できないため、最初から偽装情報が入力されれば対応できません。あるいは、記録されずに起こったタグの張り替えなど、物理的な部分での改竄が起これば、ブロックチェーンでは対応は不可です。つまり、ブロックチェーンというシステムによる改竄を防ぐのと同時に、オフラインでのプロセスも堅牢にする必要があります。
③中央管理者不在の不便な点が何かあるか
これは、取引相手の信用をどのように図るか、そしてトラブルが起こったときにどのように対処するかを考えておくということです。中央管理者がいれば、取引相手の信用が保証され、問題があれば調査し、その対応・処理も行ってくれるかもしれません。
例えば、非中央管理型シェアリングの場合、取引相手の信用リスクという問題があります。中央管理者がいれば相手の取引状態がある程度わかりますが、いなければわからないので、相手の信用状態を担保するための別の仕組みが必要になります。
④仮想通貨ビジネス先行拡大によるイメージの差を考えたか
仮想通貨は投機的な活用により急速に認知され、ビジネスが拡大しています。しかしながら、ブロックチェーンの仮想通貨以外へのビジネス活用は広く認知されていません。認識の“世間の誤解”を考慮に入れて、適切なタイミングでのビジネスへの応用を考えなければなりません。
⑤技術成熟のタイムスケジュールを想定しているか
タイムスケジュールの設定も重要です。ブロックチェーン技術のビジネスでの応用は、すぐに実行、2~3年後に実行、5~10年後に実行といった短期、中期、長期の技術的な成熟、あるいは社会的な需要の成熟に合わせて、自らのビジネスを考えていくことが大事です。
ブロックチェーン技術の定着パターン
技術の進歩と社会の需要には、タイミングというものがあります。そこで、今すぐできることと、将来的にできることを分けて考える必要があります。今すぐできることから始めて、徐々に応用度を上げていくことで、ブロックチェーン技術が自社のビジネスに定着していくことになります(図9-3)。
まず、今すぐできることは単体での利用です。例えば、「仮想通貨を用いて支払う」ことを実システムに組み入れることなどがあります。
次に、局所的な利用です。例えば、複数金融機関による少数の信頼できる相手と行うなどです。この場合、非公開型のブロックチェーンのほか、ある限定されたグループ内でのサプライチェーンに可能性があります。
その次は、代替的な利用です。既存のソリューションよりもブロックチェーンを活用することで格段に実用性が提供できる場合に適しています。例えば「ビットコインを使った小売業者の商品券」といったものがあるかもしれません。
そして最終的に、変革的な利用があります。これは本格的なブロックチェーンの活用であり、スマートコントラクトを使うケースが大半だと思われます。例えば、不特定多数を相手にした身元確認システムや、マネーロンダリング対策、複雑な金融取引の自動システムなどが挙げられます。自動実行型のスマートコントラクトが最終的にはブロックチェーンの本格的な活用になるといわれています。
当面狙うべき4つのユースケース
①機密性の問題が軽微なユースケース
現在のパブリックブロックチェーンは、秘匿性に問題があります。よって、機密性の問題が軽微なケースに使うのが基本となります。例えば、機密性の問題は軽微で、しかし、ブロックチェーンを使うことにより、コスト軽減とか摩擦軽減というメリットが強いものを狙います。具体的には、クラウドファンディングやギフトカード、ポイントプログラム、地域通貨、複数組織間でのP2P取引、大規模な組織における部門間資金管理のある会計システム、小規模な取引グループなどです。
②トラッキング
トラッキングでの活用が想定できるのは、偽造・盗難や関係者多数で事務の煩雑さに悩まされている分野です。例えば、高額な商品のサプライチェーン、重要な書類などです。
具体的には、物理的なアイテムの移動と同時にデジタルトークンを移動させます。それによって、ブロックチェーン上のトランザクションに実際の権利移転を反映させます。正真性の証明のため、紙より盗難や偽造が困難である点を生かした利用となります。改竄については、分散型信頼という特性によりブロックチェーンを使う利点があります。機密については要注意ですが、参加者間で繰り返し取引されることなく単一方向に移動する場合や競合他社が取引することが滅多にない場合などには適しています。
③組織間の記録管理
データ記録および公証として活用できます。従来は、記録を集中的に収集・格納する信頼できる仲介者が必要でしたが、ブロックチェーンを使えば仲介者は不要であり、偽の情報や情報削除による損害を防ぐことができます。
例えば、医療機関とか法律部門等の複数組織間の重要なデータ通信の監査・追跡、あるいは二者間の契約交渉に活用できます。
④多数組織間での集計
様々な情報源から情報を組み合わせるということです。例えば、マネーロンダリング対策や口座開設者情報の集計、あるいは、多くの顧客が重複する銀行間の内部データベースの照合に活用できます。(図9-4)
長所活用と短所補完のユースケースの検討
ブロックチェーンのビジネス活用では、①ブロックチェーンの特長をビジネスのどの部分に導入すると画期的な効果が発揮できるか、②現状のブロックチェーン技術の未成熟な点を補完するにはどのようなビジネスチャンスがあるかを、実ビジネスが機能している状態をイメージしながら検討することが大事です。つまり、どのようにその長所を活用するのか、どのように欠点補完するのかという視点です。
例えば、「オペレーション簡素化」という特長を生かせば、貿易金融やシンジケートローンに使えます(図9-5)。
同様に、どのビジネス分野に適用させると欠点補完の効果が出るかを事業企画の観点から検討します(図9-6)。
短期・中期・長期それぞれの検討
事業企画は短期、中期、長期それぞれについて検討します。
①短期
ブロックチェーン技術は発展途上であることをよく認識し、ビジネスへの応用は技術進歩とタイミングを合わせる必要があります。個別ユースケースと個別技術の適切な対応が最も重要な点となります。
②中期
中期的には、複数のブロックチェーンが互いに接続し、直接価値の交換が行われていることになるでしょう。その時点では、現在よりはるかに大きなネットワーク効果が生まれ、それによるビジネス拡大のチャンスが生まれます。
③長期
現時点では不明瞭なことも多いですが、恐らくブロックチェーンの活用が全産業に拡大し、社会インフラになっているものと予測されます。インターネットが社会インフラとしてあらゆるところに広がっていったイメージから、どんなことを準備しておけばいいかを想像しておきます。
インターネットにおいても事業者が当初想定していなかったプロダクトやサービスが多数誕生してきました。SNSの発明、スマホによるモバイル社会の認知拡大など、新たな事柄がいくつも身の回りに生まれました。ブロックチェーンも同じような状況に変わっていくことでしょう。
著者:株式会社ブロックチェーンハブ
ブロックチェーン技術関連の情報発信・教育・コンサルティングのほか、ブロックチェーン・ビジネスにおけるベンチャー育成・支援を行う。2016年1月創業。アドバイザーに日本IBM名誉相談役及び国際基督教大学理事長北城恪太郎氏、早稲田大学教授岩村充氏 他。
監修:増田 一之(ますだ・かずゆき)
株式会社ブロックチェーンハブ代表取締役社長。京都大学経済学部卒、ペンシルバニア大学ウォートン校MBA、慶應義塾大学大学院修士(メディアデザイン学)、早稲田大学大学院博士(学術)。山形大学客員教授、早稲田大学大学院経営管理研究科講師、慶應義塾大学SFC研究所上席所員。元日本興業銀行ネットワーク業務推進部部長、IT推進室室長。