ブックに学ぶ:『実践ブロックチェーン・ビジネス』

【第6回】DAOによる自律分散型組織

[著者:株式会社ブロックチェーンハブ 監修:増田 一之]

ブロックチェーンは仮想通貨の取引に限らず、為替や決済等の金融分野への応用、AIやIoTと結び付いてさまざまな産業や政府での活用が始まっています。

そういった事例を解説する書籍『新事業企画・起業のための実践ブロックチェーン・ビジネス』(日本能率協会マネジメントセンター刊)からの抜粋を、全7回に分けて記事として紹介していきます。データ類は基本的に書籍刊行時(2018年4月)のもので、書籍の脚注は省略いたします。

なお、市販書籍からの抜粋のため、仮想通貨 Watch編集部の見解とは異なる場合があります。

第5章[4] DAOによる自律分散型組織

 スマートコントラクトは、契約実行のためにコンピュータープロトコルによって条件の確認から履行までを自動的に執行するものです。これをブロックチェーン上で実装すれば、ビジネスや公共分野での効率化が格段に進むことは先述したとおりです。

 そして、スマートコントラクトを応用する自律分散型組織のことをDAO(Distributed Autonomous Organization)と呼びます。これは、経営が自動化された組織ということができ、市場参加者が仲介企業を介さずに他の参加者と連携できるものです。

 代表的な例に、コロニー(Colony)があります。コロニーは、クラウドソーシングの会社で、フリーランスで働く人々がプロジェクトごとに直接協働することができるプラットフォームです。提案と投票により意思決定を行い、貢献度に応じて評価することにより、自らを「21世紀型の会社(Company for the twenty fast century)」と呼んでいます。

 DAOの概念としては、イーサリアムを考案したロシア生まれの天才ヴィタリック・ブテリンが表したものがあります(図5-15)。

 組織としては経営者がいる組織と経営者がいない組織、そして、労働者がいる組織と労働者がいない組織に分かれます。

 この4象限の中で、経営者がいて労働者がいる組織が伝統的な株式会社であり、経営者がいて労働者がいない組織はロボットを使う会社です。逆に、経営者がいなくて労働者がいる組織がDAO(自律分散型組織)、そして、それが株式会社であれば自律分散型企業DAC(Distributed Autonomous Corporation)になります。

 さらに、経営者がいない、かつ労働者がいない組織は、経営をブロックチェーンによって自動化され、しかもロボットも使うことで、AIによる完全自動企業となります。

 このように、ブロックチェーンは組織のあり方すらも変える可能性があるといわれています。

 ただし、課題もあります。それを象徴するのが、The DAO事件(122ページ参照)でした。

 The DAO事件とは、イーサリアム上に作られた自律型投資ファンドが1.5億ドルを集めた際、イーサリアム上に構築されたThe DAOのシステムにバグがあり、そこを突かれて5千万ドル相当の仮想通貨「イーサー(Ether)」が盗難に遭った事件です。これはイーサリアムそのものの問題ではなく、The DAO側のコードに問題がありました。ですがこれにより、イーサリアムがハードフォーク(それまでのルールにかわり新ルールを採用すること)するに至りました。

 この処置は、そもそもThe DAO事件をなかったことにするのはおかしいと唱える人たちにより、仮想通貨イーサリアムクラシック(EthereumClassic)が立ち上げられたことでも話題となりました。

 The DAO事件はいくつかの教訓を残すことになりました。まず、自律分散型組織を作るうえで、アプリケーションと基盤インフラの切り分けが必要であるということです。The DAOのコードに問題があったのに、イーサリアムがハードフォークするのは道理に合わないという見地からの問題意識です。

 ふたつめに、例外的な事象が発生することもあり得るということです。コーディングプログラムですべてが解決するわけではないので、想定していないことも起こり得るわけです。

 3つめに、プログラムコードと実世界の法との関係があります。トラブルが起きたときには実世界の法で裁かなければいけないことになります。その際の裁判や仲裁などのあり方を検討しておく必要があります。

第5章[5] 世の中の変化への影響

トラストレスな社会の到来

 分散型合意形成に基づく認証や信頼の革新が行われる、というのが本質的なブロックチェーンの意義です。ネット上で無関係の参加者が合意形成できるという問題についての現実解をブロックチェーンは与えました。中央集権的な管理主体なしで、信頼主体を必要としない仕組み、これを「トラストレス」と呼びますが、その仕組みが現実化しました。しかもこのトラストレスは、障害に強いということです。機能的には改竄が困難で二重支払いを防止できる、そして、自動執行を行うことのできるスマートコントラクトの仕組みができた、というところが具体的な、機能的な意味合いです。このことから、ブロックチェーンによるパラダイム変化の意義を整理すれば、ブロックチェーンは中央管理体制を不要にすることが最大の意義です。

 つまり、既存業界にとっては、買い手と売り手の間での信用補完や、取引コスト削減を理由にこれまで利益を享受してきたわけですが、ブロックチェーンはそんな既存業界へのチャレンジとなります。信用補完を不要にすることで取引コストを削減し、既存業界が享受してきた権益、利益を削減することに繋がります。

 もうひとつは、ブロックチェーンは物理資産をデジタル資産とリンクし、移転売買を可能にします。この結果、物の売買が容易になり、価値の移転に伴う取引コスト、あるいは摩擦が大幅に削減され、ビジネスモデルが大きく変わる可能性があります。

 これらのことから、図5-16にあるような分野に影響があると考えられます。

 ただし、これらの影響は中長期的なものも含んでおり、短期、中期、長期のタイムスパンで分けて、影響がどのようになっていくかを考えるのがビジネス上大変重要です。

通貨の概念の変化

 また、ブロックチェーンでできることのうち、既存技術で対応可能なものも多く残されています。そこで、ブロックチェーンならではの適用分野、適用事例を明確に考える必要があります。

 まず、経済圏、通貨の考え方に与える影響です。国境を越えた経済圏ができることは容易に想像できます。ビットコインによって国境の意味合いが薄れることにもなるかもしれないということです。国のファンダメンタル(経済の基礎的条件)に価値が影響されない通貨が出てきたということと、ビットコインによって広域経済圏ができたことが国の概念にどのように影響するかは注目すべき点です。

 また、広域な経済圏だけでなく、非常にマイクロな経済圏も拡大するでしょう。仮想通貨によりコミュニティ通貨ができるため、仲間やコミュニティごとの経済圏が誕生するでしょう。あるいは、目的限定の通貨といった経済圏ができるかもしれません。このような状況では、様々な通貨が併存し、多種多様な通貨が流通し合う時代が来ると考えられます。そうであれば、利用場面ごとに自分の使いたい通貨を選択していくという生活がやってくるかもしれません。

売買活動の効率化

 ブロックチェーンや仮想通貨を活用することで、取引状況を確認することができます。そのため、商品の発送や到着確認もできます。既存技術でも可能ですが、ブロックチェーンではコスト削減をもたらします。また販売企業にとっては、仮想通貨で売上代金を早く回収できる可能性があります。これは、資金の効率性向上にも繋がります。

 生産流通体制の効率化は、サプライチェーンにブロックチェーンを活用することで実現できます。在庫情報の共有などの在庫管理の効率化が進むでしょう。これにより、生産と流通体制全般の効率化が進みます。もちろん、ここでも既存技術でも行われていることがありますので、どの分野からブロックチェーンを活用するのがよいかは、十分に検討する必要があります。

企業グループ内の効率化

 巨大企業のグループ内の効率化、例えば、グローバルに展開する企業グループの中で共有できる通貨を作ることも考えられます。同一企業グループ内であればコンセンサスも取りやすく、効果測定も非常に行いやすいでしょう。これは短期的に実行しやすい分野といえます。

プロシューマーの増加

 消費者と生産者の関係が変わる可能性もあります。Eコマースの仲介業者の役割が減れば、生産者と消費者が直接取引するようになることは自然な現象です。生産者と消費者の距離は近くなり、従来からインターネットによって増えるといわれているプロシューマーが増えることになります。

 既に、電力の融通で実証実験が行われているように、電気についてもプロシューマーが増え、融通し合うでしょう。例えば、住宅用太陽光電力を近所のスーパーマーケットに融通するなどです。スーパーは電気提供者を特定でき、電力融通のお返しにクーポンを提供する、そうするとスーパーと消費者の関係強化ができるといったことも考えられるかもしれません。

仕事はどう変わる?

 仕事はどう変わるでしょうか。

 スマートコントラクトにより、経理業務や定例報告といった単純労働がなくなる可能性があるかもしれません。あるいは、AIによっても影響があるとされる、弁護士や税理士などの専門職が減る可能性が高まるかもしれません。

 採用市場でのクラウドソーシングも進むと考えられます。オンライン採用市場、業務ニーズマッチングなどの分野にP2P、マルチシグ(秘密鍵がふたつ以上あること)の技術を活用することも考えられます。特に、マルチシグの技術活用によって提供者と仕事の依頼者の間のトラブルを減らすことができると考えられます。このマルチシグの第三者的役割の付加価値が新たに生まれます。これは、仲介者ではなく、判定者、あるいは信用補完者といったものになるかもしれません。新しいビジネス分野になると想像されます。

 ブロックチェーンにより中間業者が不要になることで、独立する人、起業家が増えてくる可能性もあるでしょう。これが生産性向上をもたらすことになるかもしれません。

 組織と市場の境界も変化するかもしれません。今まで、ひとつの組織の中にいくつもの機能やリソースを保有していたほうが取引コストが安く済むことから、組織が存在する意味があるといわれてきました。これが、ノーベル賞学者ロナルド・コースが提唱した「コースの理論」です。

 しかし、今後はリソースを社内に保有するよりも、アウトソースにするほうが割安になる可能性があります。そうであれば、伝統的なピラミッド式運営体系からオープン型運営体系、自律分散型組織に変わっていくことになります。

著者:株式会社ブロックチェーンハブ

ブロックチェーン技術関連の情報発信・教育・コンサルティングのほか、ブロックチェーン・ビジネスにおけるベンチャー育成・支援を行う。2016年1月創業。アドバイザーに日本IBM名誉相談役及び国際基督教大学理事長北城恪太郎氏、早稲田大学教授岩村充氏 他。

監修:増田 一之(ますだ・かずゆき)

株式会社ブロックチェーンハブ代表取締役社長。京都大学経済学部卒、ペンシルバニア大学ウォートン校MBA、慶應義塾大学大学院修士(メディアデザイン学)、早稲田大学大学院博士(学術)。山形大学客員教授、早稲田大学大学院経営管理研究科講師、慶應義塾大学SFC研究所上席所員。元日本興業銀行ネットワーク業務推進部部長、IT推進室室長。