ブックレビュー

「ブロックチェーン」を理解するための3冊、技術の仕組みから未来の姿まで

ブロックチェーンを知る必要はあるのか?

 「ブロックチェーン」という言葉が有名になって久しくなりました。ビジネスパーソンの方からは、「ブロックチェーンの事を知る必要はあるのか?」といった質問をよく受けます。

 率直なことを言ってしまえば、まだプレイヤー達も実ビジネスにする応用方法を探りながら開発や研究をしている段階だと思います。

 「ブロックチェーンは革命的だ」そのような声が多く聞こえる中で、ブロックチェーンをど真ん中で利用しているビジネスはほとんど出てきていません。ブロックチェーンが徐々に浸透するにしたがい、スケーラビリティなどの課題が見えてきたということもあるでしょう。

 一方、30代後半以上の方からは「インターネットが流行り出した時とそっくりだ」という声もよく聞きます。インターネット登場時も、情報が各自の端末で共有されるようになって、大きな期待を抱きつつ、通信速度の問題などにもがいていました。「まだ課題は多いが、大きな可能性を秘めている技術」という点でそっくりなのでしょう。

 ブロックチェーンの事を知る必要はあるのかどうか、今後社会に大きな影響を及ぼすのかどうか、まだ明確な答えはありません。しかし、商用インターネットが登場した時代に遡ったとしたら、「インターネットを知る必要はあるのか?」という問いに対する答えはおそらくイエスです。当時からインターネットに目をつけていた人は大成功を収めました。

 確実に役にたつか分からないうちからトレンドや技術を追っていくと、成功した時に得られる報酬は大きいことは普遍的です。逆説的ですが、大きな報酬を得たければ、必要性が顕在化する前にまず未知の技術を知ることが肝要なのだと思います。

 前置きが長くなりましたが、ビジネスパーソンの方向けに「ブロックチェーンを理解する」というテーマで読むべき本を3冊、紹介したいと思います。

 それぞれ、概要、詳細、社会への応用という3つの観点で選んでみました。

概要編:ブロックチェーンの概要がわかる『決定版 ビットコイン&ブロックチェーン』

 国立情報学研究所の岡田仁志氏が書かれている本です。岡田氏は仮想通貨が国家・社会・経済に及ぼす影響を研究されていらっしゃいます。

 この本では、抽象度の高い技術であるブロックチェーンを、一般的な言葉で置き換え、また比喩などを用いてわかりやすく説明しています。ビットコインがどのように動いているのかをステップに分けて記述しているほか、中央管理者が存在せずに通貨を発行できるブロックチェーンの仕組み、ブロックを生み出すマイニングの仕組みや従来の技術との違いを一つずつ紐解いています。

 法定通貨や電子マネーとの違いについて、わかりやすく言葉で説明していることがこの本をお勧めする一つの大きな理由です。ビジネスパーソンの方からは、仮想通貨は既存の決済手段とどう異なるのか、なぜブロックチェーン上で動く必要があるのかが気になる点でしょう。仮想通貨の特徴である、流動性、発行主体の無いこと、汎用性といった特徴を一つずつ丁寧に検討しています。

 仮想通貨であるから起こってしまう側面についても詳説しています。

 仮想通貨では分裂(フォーク)と呼ばれる事象が発生します。発行主体がなく、運営主体達の意見が分裂した時、仮想通貨も分裂します。2017年に発生したビットコインとビットコインキャッシュとの分裂を例に出しながら、分裂のプロセスに詳細に踏み込みます。

 分裂は、参加者同士の意見が分かれた時に起きうる混乱だ、と人によっては負の側面と感じるでしょう。中央管理者を設けず、テクノロジーで定義されている通貨であるが故に発生するイベント。秩序だった法定通貨との比較をすることでより鮮明に仮想通貨の特徴が浮かび上がります。

 後半では、ブロックチェーンが築くエコノミーを見越した応用や、限定的な参加者で構成される「プライベートチェーン」についても解説しており、ブロックチェーンのビジネス応用を考える際の土台知識が獲得できます。ビットコインの特徴や仕組みから入り、ブロックチェーンの理解が進んだ後半部では、ブロックチェーンの種類についても解釈しやすいはずです。

詳細編:ブロックチェーン技術を肚落ちさせる『いちばんやさしいブロックチェーンの教本』

 この本は、もう少し技術の詳細に踏み込んだ内容になっています。

 各要素技術について概ね見開き2〜4ページで触れており、ブロックチェーン自体やそれを取り巻く公開鍵暗号方式、電子署名、一方向ハッシュ関数、ウォレット、マルチシグネチャ、コンセンサスアルゴリズム…とかなり幅広く対象にしています。

 著者の杉井氏は最終頁にて、「本当に初心者が求めるものを1、バリバリの上級実務者が求めるものを5とするならば、本書は2から始まって4の少し手前あたりまで連れていける内容」と記しています。実際その通りで、文字数は多くないもののかなり情報量が多い構成です。

 まず第1章ではブロックチェーンの仕組みについて約20ページで記述。2章からはビットコインの仕組み、暗号技術、P2Pの分散システム、ウォレット、トランザクション、スマートコントラクト、応用事例。計8テーマと66個の項目が紹介されています。特性上、技術用語が多く登場しますが、ブロックチェーンの概要を理解してから本書に臨むと、技術要素の繋がりや関連性がわかって肚落ちしやすいでしょう。

 各項目における技術要素の説明はコンパクトにまとまっており、ブロックチェーンの文脈で重要なポイントをおえています。例えば、「ウォレット」についても「ウォレットとは何か」、「ウォレットアドレスにも秘密鍵、公開鍵がある」、「ウォレットアドレスは計算で導き出せる」という3点に絞って紹介をすることでコンパクトにしており、幅広い技術要素の理解に役立つことが本書の特徴と言えます。

 先述した『決定版 ビットコイン&ブロックチェーン』が広く概要を理解するための書籍であれば、本書はブロックチェーンを取り巻く技術要素について一歩踏み込んだ詳細を理解するための書籍です。より具体的に、要素技術がどのような動作をしてブロックチェーンを動かしているのか、理解を深める一助になります。

 また、ブロックチェーン業界においては専門用語が多く使用されます。専門用語を使わなければ意思疎通ができないといっても過言ではありません。未知の用語が出てきたとき、多くの技術要素に触れている本書を辞書的に利用することで、迷わずに専門用語を咀嚼できるはずです。

社会への応用編:ブロックチェーンの社会への応用(未来予測)『信用の新世紀 ブロックチェーン後の未来』

 慶應義塾大学の斉藤賢爾氏による、ブロックチェーンを中心とした技術が今後の社会システムをどのように変容させるかの解説本です。

 斉藤氏は、貨幣とは「信用の代替品」であり、貨幣経済のあり方が変われば信用の新しい時代が到来すると予言しています。突飛な話に聞こえるかもしれませんが、中国では、過去の支払履歴などから個人の信用がスコアリングされ、与信や人の魅力度を測る指標などに使われる動きが出てきていることを新時代の兆候としてあげています。

 この本は、具体的な「信用の新世紀」のイメージを描くために「貨幣経済が衰退した」短編SFから始まります。

 30年後、2048年の未来では、人工知能の発達で社会は高度に自動化され、モノやサービスに支払う限界費用がゼロとなる社会が到来。自動化された社会では「契約」や「約束」、「物事や機械の振る舞い方」などのデータがブロックチェーンのような公開電子台帳に記録されています。明確には描写されていませんが、データが共有されることで社会にもフィードバックされ、プロセスが改善されるようになっていると想定できます。例えば食品も、原材料や生産過程、物流データなどが公開記録されて検証され、そのフィードバックが生産プロセスに反映される……といった具合です。

 このようなSF社会は実現するのでしょうか。その疑問に答えるため、どのような技術が必要となるのか、また技術がもたらす影響が詳細に記されています。

 本書ではブロックチェーンを「空に描かれた巨大なスプレッドシート」と喩え、ビットコインのように「取引」や、イーサリアムのように「約束」・「契約」が刻まれ、多くの人がアクセスできる公開台帳だとしています。あらゆるデータがブロックチェーンを通して共有されることで、物事の最適化を進めるためのデータ基盤が整備される。さらに発展した人工知能がブロックチェーン上の記録を基に社会を改善させていくようになれば社会の自動化は進む、といった新世紀の萌芽が描かれています。そのような社会で限界費用がゼロに近づくことで、貨幣の意味は喪失し「信用」が問い直される。それがまさに本書のテーマです。

 もっとも、本書では未来社会を描くだけにとどまりません。研究者らしく新しい社会を実現するための技術課題についても踏み込み、現実と未来像とのギャップも記しています。

 「ブロックチェーンに記録する前のデータに改ざんがないか検証する必要がある」という検証コストの課題、参加者が増えることによって大きくなるスケーラビリティの課題、取引をいつ完了とみなすかを一概に決めづらい完了基準の課題などを挙げています。新時代の社会像を描きつつ、現状のブロックチェーン技術の課題に斬り込んでいます。

 貨幣の在り方が変わることによる社会影響、ブロックチェーンという公開台帳の登場による新しい社会の萌芽、そして現実社会とのギャップと課題について知る手がかりとなる書籍です。社会という大きな枠組みに限らず、ビジネスにおいてもブロックチェーンの応用を考える手がかりとなるでしょう。

終わりに

 概要、詳細、社会への応用という3つの観点でそれぞれ書籍を紹介しました。なるべく取っ付きやすい書籍を選んだつもりです。ブロックチェーンはあくまで一つの技術であり課題も多いですが、大きな社会変革を起こす可能性を秘めています。

 エンジニアに限らず、多くの人にブロックチェーンが理解されることで様々な課題も解決され、応用も進んで行く可能性が生まれると信じています。

 補足となりますが、概要と技術詳細の観点の間を埋める書籍としては、『徹底理解ブロックチェーン ゼロから着実にわかる次世代技術の原則』が参考になります。

本書は「技術的な土台を概念的に理解する」ということをコンセプトにあげております。概要的な理解、あるいは技術詳細の理解だけでは物足りないという方はこちらもご参照ください。この書籍は、非エンジニアにとっては、一貫したレベルの説明調のスタイルで、技術的な理解を深めていけるように感じるでしょう。その一方で、ブロックチェーンにすでに触れているエンジニアにとっては、自身の経験や知識を整理するのに役立つはずです。

花村 直親

ブロックチェーンエンジニア。ブロックチェーンデータの分析基盤構築、ブロックチェーンを用いた実証実験、仮想通貨監査の技術アドバイザリーなどに従事。分析基盤構築の中で10種以上のブロックチェーンに触れる。2018年8月より株式会社catabiraのChief Blockchain Officer。Neutrinoで働くブロックチェーンエンジニアのブログを運営。今は主に渋谷で働いている。