インタビュー

AMDのブロックチェーン最高責任者に聞く、マイニングとブロックチェーンの今 ~EEAへの加盟やセキュリティー保護の重要性、そして今後はAPUの活用も?

AMD ブロックチェーンテクノロジー ディレクター ヨーク・ロスコウェツ氏

AMDのヨーク・ロスコウェツ(Joerg Roskowetz)氏。同社のブロックチェーンテクノロジー ディレクターを務める

 仮想通貨のマイニングにおいて「GPU」が大きな役割を果たしていることはよく知られている。GPUは並列演算性能やメモリアクセス性能に優れ、CPUによるマイニングとの性能差は歴然。2017年初頭、秋葉原のPCショップ・パーツショップで一斉にグラフィックカードが品不足になる騒動があったが、これはまさにマイニング人気の高まりをうけての事態であった。

 そして、GPUはマイニングに限らず、ブロックチェーン・AI・ディープラーニングといった最新技術を利用する上での基幹部品として、ますますその重要性が高まっている。製品開発などにどのような変化が現れているのか? GPUの雄、「Radeon」シリーズを擁するAMDでブロックチェーンテクノロジー ディレクターを務めるヨーク・ロスコウェツ(Joerg Roskowetz)氏に話を伺った。(以下敬称略)

イーサリアムの国際団体にも加盟、しかしAIも含めた全方向に

イーサリアム利用企業の国際団体、Enterprise Ethereum Alliance(EEA)。マイクロソフトやアクセンチュア、MUFGなど様々な企業が加盟している

──本日はよろしくお願いします。まずはAMDとして、ブロックチェーンに対して、どのように取り組んでいるか、教えて頂けますか?

Joerg氏:はい。活動は非常に多岐に渡りますが、イーサリアム利用企業の国際団体である「Enterprise Ethereum Alliance(EEA)」に加盟したことをまず挙げたいと思います。ご存じのように、イーサリアムの根幹を成すブロックチェーン技術はさまざまな分野への応用が期待されています。そこでAMDとしては各社と戦略的パートナーシップを組み、弊社のシリコン技術を活用していただこうと考えています。

──となると、イーサリアムのマイニングをより意識した専用GPUなども今度出てくるのでしょうか?

Joerg氏:私たちの戦略としては、(イーサリアムに限らず)すべてのブロックチェーンにおける活用をサポートする方針です。最近ですとマイニングに特化したASICなどの機器も台頭していますが、その領域を目指している訳ではありません。

 ASICの課題は「ハードフォーク」です。ASICのマイニング性能は高いですが、(開発者コミュニティの議論次第で)マイニングアルゴリズムが分岐(フォーク)してしまい、それまでのASICが全く使えなくなる可能性があります。

 その点GPUはフォークしても対応可能ですし、マイニング用途はもちろん、グラフィックのレンダリング、ディープラーニングなどにも使えます。幅広く使える機器を提供するのが社としての狙いです。

──今はマイニングの盛り上がりが凄いですが、ではAMDはそれだけに限らず、AIも含めた先端技術全般に対し、広く貢献していきたいという事ですね。

Joerg氏:まさにそうです。もちろんマイニングについても手を抜くことはなく、今後登場するであろう新しい仮想通貨にも対応していきたいです。

AMD製CPU・GPUに内蔵される「PSP」が仮想通貨をより安全に

AMDがアピールするPlatform Security Processor(PSP)技術。ARMのTrustZone技術に基づいたオープンなものだ
PSP技術を説明するJoerg氏。クライアントやセンサーなどを含めた「環境」を見た場合、重要な技術になると考えているようだ

──AMDの製品・技術をより広く世に出すためには、仮想通貨の開発者・コミュニティに対してのアピールも重要になってきそうですね?

Joerg氏:はい。エンタープライズ領域、ブロックチェーン領域の両方に対してアピールは続けていきたいです。

 そこで強みになるが「セキュリティー」です。

 よく「ビットコインは高セキュリティーだ」と言われていますが、実際にはハッキングによる盗難被害が世間を賑わせてしまっています。ビットコインの交換所・取引所が狙われるのが代表的な例です。

 ただ、これは実生活にあてはめてみると、ATMでお金を引き出している最中を強盗に狙われるという事態に近い。ATMそのものが低セキュリティーなのではありません。つまり仮想通貨で考えれば、ブロックチェーン自体は安全ながら、その周辺に脅威がある訳です。

 AMDではこの問題に対し、Platform Security Processor(PSP)という技術でアプローチしています。PSPはAMD製CPUやAPU、「Vega」シリーズのGPUに内蔵される機能で、例えばブロックチェーンと交換所間の通信を暗号化するといった用途に使えます。

──ソフトウェアだけでなく、ハードウェアの力も活用することが、高セキュリティーへの近道になるということですね?

Joerg氏:えぇ。ソフトウェアの力はもちろん重要です。PSPはすでに利用可能な技術で、例えばIBMは、ハードウェア製品のメーカーなどと連携して利用を進めています。

「GPUアーキテクチャの改善は続く」APUとの連携も?

──AI分野に目を向けてみると、AIに最適な処理ができるよう、GPUチップ側の設計を変えるという現象が出てきています。ですので、ブロックチェーン用にGPU自体もまた変化していくのでしょうか?

Joerg氏:GPUアーキテクチャの改善は(仮想通貨ブームかどうかに関わらず)常に進めていきます。現在は「Vega」ですが、来年は「Navi」が登場予定です。

──ASICはマイニングの一大潮流になっています。個別のアルゴリズムに最適化した専用ハードウェア設計の一方、確かに「ハードフォーク」が行われると、その後の対応は非常に困難となり、せっかくの装置が無用の長物になる恐れがあります。とはいえ、それでもASICの性能向上を求める声は大きく、より微細なプロセスルールで作られた半導体をマイナーは欲しがっているとも指摘されています。

Joerg氏:そこはまさにシリコン製造業者に要求されている部分です。プロセスルールが微細化すれば、計算能力はもちろん、消費電力の面でも有利になります。CPUでは7nmなどが出てきていますし、GPUでもそういった進化が続いていくでしょう。

 ASICと比較したときのGPUのメリットは、やはり柔軟性です。ASICが1つの目的に特化しているのに対し、GPUは複数の作業を並行的に行えます。

 例えば4月には(Proof of Workのアルゴリズムの一種である)CryptonightがCryptoNightV7へとハードフォークされました。これによって、多くのASICが使えなくなってしまいました。

──CPUやAPU(GPU統合型CPU)とブロックチェーンの関連性はいかがですか?

Joerg氏:ブロックチェーンと言えばまずGPUを連想する方は多いと思いますが、CPU・APUも積極的に使っていきたいと考えています。マイニングは、メモリの速度との関連性が非常に高いのは事実で、例えばAPUで使われるDDR4メモリは、GPUのGDDR5メモリなどに比べればどうしても遅いです。だからこそVegaがマイニングに使われています。

 ですが、マイニングに伴う計算の一部をAPU(のCPU側)にオフロードさせるといった用途も、現在研究を進めています。これを実現する製品が、近い将来登場するかもしれませんよ!?

ブロックチェーン専門部署を創設、パートナー企業との連携も強化

──ところで、最近になってAMDでもブロックチェーン関連の専門部署が新設されたと伺いました。どんな変化がありましたか?

Joerg氏:良い質問をありがとうございます(笑) 非常に大きな変化がありました。これまでもブロックチェーン業務を担う部署はあったのですが、そこのメンバーはやはり本業の傍らでブロックチェーンに取り組んでいました。

 それが今は専門化されましたので、より集中して業務に取り組んでいます。EEAの活動は良い例です。近い将来、現実化できるであろう技術・サービスの研究に取り組んでいます。

 メンバーも増えていて、ソフトウェアやハードウェアの開発者はもちろん、パートナーの実装作業をサポートする人間もいます。(グラフィックカードメーカーとして著名な)SAPPHIREからは、19インチラックサーバーに設置できる筐体内に複数のGPUを搭載し、プラグ&プレイで動作するブロックチェーン演算用の製品が出ました。

 このほか、専用の冷却液にGPU装置を丸々沈めて稼働させる製品などもリリースされています。

──GPUの用途がゲームからマイニングなどに広がっていく中で、製品に求める耐久性のニーズが変わってきていると思います。そこでは、例えば設計の変更などを変えているのでしょうか?

Joerg氏:ヨーロッパでの例になりますが、AMDとグラフィックカードメーカーが協力して開発したマイニングマシンでは、3年半に渡って24時間ノンストップで動作させた例があります。それでもRMA(正規動作範囲内における返品修理)の率は従来より低かったです。

 これはGPU自体の動作周波数を低く維持したり、低電圧で動作させるなどの工夫をこらした結果です。いわゆるMTBF(平均故障間隔)を長くすることが実際にできました。

 この発想(演算性能と連続稼働時間の両立)は、ゲーム向けとマイニング向けではまったく違います。それだけに、パートナーと協力して綿密に最適化を行っていくことが重要です。たとえば、SAPPHIREの例ですと、用途に応じてビデオBIOSの動作モードが4種類用意されていたりします。

 製品の動作保証という観点でも、グラフィックカードならば空冷ファンが重要になってきます。より長時間の稼働に適するよう、ファンを産業用のものに交換するといった対応も必要です。

──AMDからGPUの供給を受けて、最終的にグラフィックカードを開発・製造するメーカーもまた、マイニング時代に合わせて変化してきていますか?

Joerg氏:ゲーム向けではないSKUのグラフィックカードは、かなり出てきていますよね。入出力端子を減らし、見栄えのためのLEDなども省略したり……。

今は「25年前のインターネット」?「PoSの普及はまだ時間がかかる」

今後の見通しを解説するJoerg氏

──グラフィックカード、ひいてはGPUへのニーズはここ数年で激変しています。現在はマイニングが特に注目されていますが、当然、AI・ディープラーニング分野での需要は根強くあります。5年後、10年後、GPUを取り巻く状況はどのように変わっていくとお考えですか?

Joerg氏:数年先の将来を考えると、AI・ディープラーニングが大きな役割を果たすのは間違いないでしょう。仮想通貨のマイニングも、その要素の1つです。

 調査会社のガートナーが提唱する、テクノロジーの「ハイプ・サイクル」に当てはめると、ブロックチェーンはまだまだこれから伸びる技術だとされています。

 恐らく現在の状況は、インターネットの25年前の姿に似ていると思います。動くには動くが、スケーラビリティであったり、全世界の人間が使うという意味では問題が山積していました。それを様々な立場のコンソーシアムが少しずつ解消していきました。

 AI・ディープラーニング・ブロックチェーンのいずれも、重要なのはアルゴリスムであり、データベースです。(Web2.0ならぬ)「インターネット3.0」ではありませんが、次なる技術革新のタイミングで、恐らくはこの3つが更なる発展を遂げるのではないでしょうか。技術面では今後数年でProof of Stake(PoS)がよりクローズアップされるでしょう。

──PoSが一般化すると、マイニングに必要なコンピューティングパワーが減るとの議論もありますが、それについてはどうお考えですか?

Joerg氏:PoSが普及してその状況になるまでは、まだ時間がかかると思います。イーサリアムの開発者とも話をしているのですが、次の段階は、従来からのPoW(Proof of Work)と、そしてPoSのハイブリッド型になるのではないかと考えられています。少なくとも2019年末までは。

 現状では、データベース分散性とセキュリティーを両立させるにはPoWが現実的な選択肢でしょう。

 イーサリアム以外にも、色々な仮想通貨があります。NeoScryptのように18種類もの仮想通貨で採用されるアルゴリズムもありますので、数年でPoSが完全に市場からなくなることは恐らくはないと思います。

──本日はありがとうございました。

森田 秀一