ニュース解説

「非中央集権と会社のいいところ取り」、「落合提案」はCrypto Law論争を解決するか

法秩序に反するスマートコントラクトの懸念を打ち消すには

(Image: Shutterstock.com)

 「非中央集権のパブリックブロックチェーン、高速なレイヤー2技術のPlasma、法律と会社、ステーブルコインを組み合わせ、自律的、効率的な経済システムを作れる」「WebがHTTPを使うように、決済サービスを低コストで使えるようになる」──。

 不思議な響きの言葉だと思う読者もいるかもしれない。だが、これは実際の企業が実案件で使う──つまり現実の経済活動で実施しようとしているブロックチェーン活用の提案手法なのである。内容はのちほど説明する。まずこの手法を誰がいつ提案したのかを説明する。

 今回の提案手法は、2019年3月27日に福岡のスタートアップ企業である株式会社Cryptoeconomics Labの共同創設者CTO(最高技術責任者)の落合渉悟氏(@_sgtn)が、ブロックチェーンを活用したBlogサービスALISに投稿した一本の記事で提案した。記事のタイトルは「Plasma, Stablecoin, CryptoLawが自己組織化させたもの」という。提案手法を「落合提案」と呼ぶことにする。

 落合氏は「これまでの人生では、最高到達点です」とツイートしている。

 またステーブルコインを発行するLCNEM代表取締役の木村優氏(関連記事)は、資金決済法をうまく活用した自社サービス(LCNEM Cheque)との関連性を見いだしてツイートで反応している。

 ALIS創設者CTOの石井壮太氏も「こいつは凄くないかい」とツイートで反応した。

 落合氏の記事は、数学の論文のようなスタイルで「仮定」から出発して論理展開しており、しかも前提となる知識が多い。我こそはと思う読者はぜひオリジナル記事に当たって欲しい。以下に記すのは、落合氏に質問して記事の内容を噛み砕いて説明してもらい、厳密性は落ちるが筆者の言葉使いで説明したものだ。重要なこととして、落合氏は「提案手法は実案件で使っていく」と明言した。

ブロックチェーンで経済を効率化できる期待がある

 大前提として、まず既存の経済システムを考えてみよう。経済活動(商取引)を成立させているのは、貨幣、個人や会社の信用、法律(商法など)と司法システム(裁判所など)である。商取引でトラブルが発生すると、最終的な解決は裁判所に持ち込まれる。ECサイト、コンテンツ配信などWebベースの商取引であっても、この枠組みは変わらない。

 一方、パブリックブロックチェーンを活用した商取引は、ブロックチェーンとスマートコントラクトが裏付けとなる。ブロックチェーンの基本的な特徴は特定の会社や個人への信用を前提としないこと(トラストレス)、それに責任の所在が分散されていて特定の中心を持たないことだ(非中央集権)。取引の執行は機械的・自動的に行われて疑義をはさむ余地がない。BitcoinやEthereumのような大規模なブロックチェーンでは51%攻撃は非現実的で、その安全性は非常に高いと考えてよい。

 このブロックチェーン上の取引をプログラムで記述し自動執行できるようにしたものがスマートコントラクトだ。スマートコントラクトにより商取引で必要となる契約と執行を自動化し、多様な取引を効率化して現状よりも滑らかに効率よく経済を回せるのではないか──そのような期待をもってブロックチェーンへの取り組みを進めている人々が世界中に現れている。日本の法改正に盛り込まれた証券トークン(セキュリティトークン)にもスマートコントラクトは使われている。

レイヤー1スマートコントラクトと法秩序は両立するのか

 このようなブロックチェーン&スマートコントラクトの分野をめぐり、最近"Crypto Law"と呼ばれる議論があった。技術は価値中立で善用も悪用もできる。ブロックチェーン上のスマートコントラクトを使い、法秩序に反した動きが出てくる懸念もないとはいえない。この問題をめぐりEthereumファウンデーションのリサーチャーであるVlad Zamfir氏が「今のコミュニティの議論の延長では、社会に受け入れられるパブリックブロックチェーンとスマートコントラクトにならないのではないか」との疑問を提示し、議論が繰り広げられた(関連記事Vlad Zamfir氏の投稿)。

 「落合提案」はこの議論を受けた考察から生まれたものだ。

非中央集権と会社を組み合わせる

 ここから先が、「落合提案」の説明となる。筆者は「落合提案」を「非中央集権のブロックチェーンと、法に従う企業活動を、暗号学的に接続するアイデア」だと受け止めた。重要な部分は「従来からある会社という仕組みと、ブロックチェーン上の技術を組み合わせると、非中央集権と会社のいいところ取りができる」というところだ。しかも現行の制度の延長で実現できるので、実現コストや社会との摩擦も少ないだろう。

 そのアイデアを順番に噛み砕いて記すと、以下のようになる。

(1)従来の個人や会社による商取引の裏付けは法律であるのに対して、スマートコントラクトによる商取引の裏付けは非中央集権のブロックチェーンだ。「落合提案」は、ブロックチェーンと法に従う会社の両方を裏付けとする。

(2)商取引を円滑にするためステーブルコイン(法定通貨建ての価格が安定した仮想通貨)を使う。「落合提案」には、ある国の法が及ぶ地域では、そこで通用する法定通貨があり、それに価格が連動するステーブルコインがブロックチェーン上で流通できるという暗黙の前提がある。

BitcoinやEthereumは価格変動が激しく商取引の決済に使いづらいとされているが、価格が安定したステーブルコインはすでに多数登場している。Ethereum分野ではスマートコントラクトを使い価格安定を図るDaiがあり、日本でもZen、LCNEMなどの取り組みがある。さらに三菱UFJ銀行、みずほ銀行、SBIグループ、GMOグループなどがステーブルコイン発行を検討している。

(3)Ethereumの外側のレイヤーで性能向上を図る手法(レイヤー2スケーリング手法)である"Plasma"の技術を用いた特定用途向けブロックチェーン「Plasmaチェーン」を使い、なんらかのサービスを展開している状況を考える。例えばDAppsゲーム、書くと投げ銭をもえらるBlogサイト、そのほかいろいろなサービスが考えられるだろう。ここでPlasmaチェーンには「Plasmaオペレータ」と呼ぶ運営会社が存在する。

(4)Plasmaチェーンの運営会社(オペレータ)は、サービスの法的責任主体となる。ここで運営会社が公開鍵を示すことにより、利用者は利用中のサービス運営会社の「身元」を確認できる。ここで利用者にとって信用できる情報公開のやり方が必要となる。落合氏の提案は「会社登記簿に公開鍵を記録する」ことだ。それに至る途中段階として民間で登記簿サービスを提供することも考えられるだろう。

(5)Plasmaチェーンの運営会社の身元を利用者が確実に確認できることにより、法秩序に反する事態が起きたときに法律の運用により解決できる。例えば重大な利用規約違反があれば、利用者が運営会社を訴えることができる。法秩序に反するスマートコントラクトの懸念を打ち消す材料といえる。

(6)Plasmaという技術の肝心な部分は、プロトコルに資産退避(exit)の機能をあらかじめ仕組んでおくことにより、運営会社が利用者の利益を損なわないインセンティブが働くことである。またPlasmaチェーンは、大規模ブロックチェーンのEthereumの耐攻撃性を引き継いだ「子チェーン」として作られていて攻撃は困難である。

(7)運営会社とPlasmaのプロトコルを組み合わせると、従来型の法人と情報システムの組み合わせ(例えば従来型Webサービス)に比べて、より効率的で安価な商取引が可能となる。「Plasma上(レイヤー2)のスマートコンラクトを、今日のWebの基盤となるプロトコルHTTPと同じくらい低コストに気軽に使えるようになるだろう」と落合氏は説明する。レイヤー1のスマートコントラクトは利用手数料(Gas代)が発生するが、Plasmaチェーンははるかに安価に運営できると落合氏は考えている。

 提案手法のインパクトだが、「スマートコントラクトがHTTPくらい安価なものになる」とすれば、取引や紛争解決の自動化をごく手軽に進めることができ、今に比べてはるかに効率良く経済活動を回せる可能性が出てくるだろう。運営会社が身元を明らかにして利用者が確認可能とすることにより、法秩序に反するサービスの登場を防ぎ、もし登場しても法で対処しやすくなる。実現コストも低い。

 提案手法のキーテクノロジーであるPlasmaについて、少し補足しておきたい。Plasmaとは、有力なパブリックブロックチェーン技術であるEthereumのスケーリング(性能問題解決)手法の1つとして2017年8月に提案された技術的アイデアだ(Cryptoeconomics Labによるホワイトペーパー日本語訳がある)。今回の手法の提案者である落合氏らが設立したCryptoeconomics Labは、日本のスタートアップ企業として数少ないPlasmaに取り組む企業の1社だ。詳細は非公開だが「すでにPlasmaベースの実案件を手がけている」と落合氏は話す。また既存のPlasma関連技術に比べてソフトウェア開発をより容易にするフレームワーク「Plasma Chamber」を開発、オープンソースで公開中である。