イベントレポート
文書改ざんはブロックチェーンで止められるのか? ~自治体との共同実験
大分・竹田市職員へのブロックチェーン勉強会
2018年7月17日 15:14
財務省による決裁文書の書き換え問題がたびたびニュースで取り上げられていたのは記憶に新しい。関係者であれば、こうした文書はあとから都合良く書き換えたり、情報を消したりできる。このような行為に、多くの人がもどかしさを感じていたのではないだろうか。
文書改ざんの問題について、掲示板やSNSなどでは「ブロックチェーンなら文書の改ざんを防げるのではないか」という声が多数挙がっていたが、ここにきてようやく胎動を感じ始めた。
大分・竹田市がブロックチェーンに目を付ける理由
大分県と熊本県のほぼ県境に位置する竹田市は、人口約2万6000人の小さな自治体。「荒城の月」をはじめとする数々の楽曲を生み出した滝 廉太郎が少年時代を過ごした地として知られている。雄大な阿蘇の自然の恵みを受け、農業が盛んな地として地元民から愛されている。そうした地の中心にある竹田市総合社会福祉センターで、7月2日、市職員向けに「ブロックチェーン技術勉強会」が開催された。地方自治体向けのブロックチェーン関連の勉強会は、日本初となるそうだ。
田舎街とITとは、一見かけ離れているように見える。しかし、そうした地域だからこそ先進的な技術を取り入れていくことに意義があると、副市長の野田 良輔氏は勉強会の冒頭で語った。
「竹田市としましては、IT業者さんと縁を持ち、データセンターを山奥に置いたり、IT関連の方に移住していただいたりといったことができるのではないかと思いました」
インターネットは社会的な変革を促したが、自治体にとっては恩恵が少ない。企業がますます巨大化していくなかで、地方の中小企業についてはそこからおいていかれるばかりだったと野田副市長は語る。それだけに、中央集権からの脱却を図るブロックチェーン技術には、おのずと期待が高まるというもの。「ブロックチェーンで世の中がどう変わるか、これから先の社会を見てみたいなと思う。同時に竹田市も変わらなければならない」という。
また、竹田市は大分市の中心地からクルマで1時間ほどかかるなど、決して利便性が高い街とはいえない。人口規模が少なく農業以外の産業はそれほど盛んではない街では、かならずと言っていいほど少子高齢化の問題に直面する。先進技術を取り入れることで、市民を増やしたいというのが、竹田市の狙いだ。
基礎的なブロックチェーン技術のしくみを職員向けに講義
講師はインフォテリア株式会社のブロックチェーン事業推進室室長・森 一弥氏。住民票管理や登記簿などをブロックチェーンで管理している、エストニアの事例から勉強会がスタートした。
「エストニアでブロックチェーンを導入したという事例があります。その中で、エストニア国外にいる人でも住民になれますよという仕組みがあるんです。インターネットだけで住民登録をして会社が作れて、銀行口座を持てるというのが20分ほどでできるようです」
ブロックチェーンは電子化されたデータ上でのやりとりであるため、これまで大使館や領事館に出向いて行っていた処理を、すべてインターネットで行える。エストニアでは、こうした情報の管理にブロックチェーンを用いていると説明した。
続けて森氏は「ブロックチェーンのことをBitcoin(ビットコイン)だと思っている方が多いんじゃないかと思います。ブロックチェーンはフィンテックの一つと言われています。フィンテックというのはファイナンシャル+テクノロジー。金融向けのテクノロジーという意味がありますが、それだけではありません」と続ける。
実際のところ、ブロックチェーンは仮想通貨を支えるための技術だと認識している人は多い。海外での事例を紹介することで、金融向けだけではないことを強調した。
「Googleトレンドでブロックチェーンを調べると、地域の分布図が表示されます。(画面を見せながら)なぜか、ガーナでの検索が目立ちますよね。なぜそういうところでブロックチェーンが検索されまくっているのでしょうか」と疑問を投げかける。森氏は続けて「ビットランドという企業が、ガーナ政府と協力して、土地の登記簿のようなものをブロックチェーンで管理しているんです」という。
ガーナ周辺では、土地の権利についての管理がいいかげんで、たびたび不正が行われているという。土地の権利について、ブロックチェーンを用いて改ざんできないようにしているとのことだ。
勉強会では、ブロックチェーンの技術的な要素についても触れた。ブロックチェーンを支える技術として、P2P、秘密鍵(公開鍵)、ハッシュ関数などについても言及された。また、マイニングについても、proof of workなどの仕組みから丁寧に解説していた。
文書の改ざん検知ソリューションを体験
勉強会の後半では、文書改ざんを防止する仕組みについて触れられた。具体的には、インフォテリアが提供している文書管理システム「Handbook」をブロックチェーンに取り入れ、どのように文書改ざんを防止していくかについて、森氏は説明した。
ちなみに、Handbookは、オフィス文書やPDFなどの形式のファイルを保管し、PCのみならずスマートフォンやタブレットといった端末で閲覧することができるソフトウェアだ。森氏は「Handbookに文書を登録する際にハッシュを作ってブロックチェーンに書き込む、という仕組みを作りました。実際には、文書をドラッグして登録するだけでQRコードが発行されます。これをスマートフォンで読み取ると、文書が改ざんされていないかを確認することができます」と説明する。
具体的には、ハッシュを書き出すまでをHandbookで、それ以降のブロックチェーンをテックビューロ ホールディングス株式会社の汎用ブロックチェーンプラットフォーム「mijin」を組み合わせて行っている。mijinで文書全体をブロックチェーンに書き込むこともできなくはないが、それでは、ブロック一つあたり数十バイトの情報しか入れることができず、分断するとなれば、それはそれで負荷がかかるため現実的ではない。そのため、文書管理システム側でハッシュを生成し、それをmijinに書き込んでいくのが最適だと森氏。扱うことのできる文書も広く利用されているオフィス文書形式やPDF形式といった一般的なもの。既存のパソコンが使えるため、システムの構築も用意で導入しやすいという。この一連のシステムを、森氏は「改ざん検知ソリューション」と呼んでいるそうだ。
実際に職員らはHandbookを用いた改ざん検知ソリューションを試した。PC上の文書をドラッグでHandbookに登録すると、QRコードが発生する。これを、個人のスマホで読み取ると、「改ざんされていないことが確認できました」と表示される。なお、表示はウェブブラウザーを利用するので、スマホ側に特別なアプリをインストールする必要はない。職員たちからは、非常にわかりやすいと好評だった。
この改ざん検知ソリューションは、竹田市役所でしばらくの間試用されるとのこと。担当職員によれば「この仕組みが、どういった用途に利用できるかはもちろん、ブロックチェーンを自治体ポイントに利用できないかなどを模索したい」とのことだった。
副市長に市職員のブロックチェーンに対する想いを聞いた
勉強会後、副市長に向けて竹田市にブロックチェーン導入についての想いを聞いてみた。こうした小さな自治体にとって、どのように見えたのだろうか。
――ブロックチェーンについて、文章改ざんなどの仕組みを市のほうに導入していくという意欲はありますか?
野田副市長:竹田市ではこれまで、文書改ざんが問題になったということはありません。ただ、私たちは小さな自治体ですので、今でもアナログの仕事が結構あるんです。(業務時間やミスなどを)改善するときに、ブロックチェーンなどの最新技術を用いるのはあり得ると思いました。
また、ブロックチェーン関連の企業さんが、竹田市で実証実験をしたいと思われているのであれば、コラボレーションしていきたいと思っています。
――竹田市を活性化するのに、ブロックチェーンがどのように役立つと考えられますか?
野田副市長:ブロックチェーンに限らず、IT企業が、東京にいる必要もないという人もおられるでしょう。今、私たちは(都市からの)移住や定住を市の方針として推進しています。静かな場所で、ケーブルネットワークなどのIT環境が充実している。家賃が安く、食べ物も美味しい。そうした土地で仕事される人がいれば、ぜひお越しいただければと思っています。
また、北欧や中国などにデータセンターを置くといったことを聞きます。竹田市には元々小学校だった建物など空いている場所があるので、そうしたお話があれば誘致したい。という淡い期待があります。
――現在の市民の方々には、どんなメリットがあると考えられますか?
野田副市長:市民にとっても、書類を一つ申請するなどの場合に市役所まできて事務的な煩わしさがたくさんあるんですね。そういうことが改善できるのであれば、先進技術を進んで取り入れて行きたいと思います。
以上で勉強会は終了した。これからさまざまな自治体でブロックチェーンによる文書改ざん検知ソリューションが取り入れられれば、公正な社会の構築につながる第一歩となるはずだ。竹田市での勉強会はその試金石となりそうだ。