イベントレポート

村井純氏と伊藤穰一氏が「ブロックチェーンを使い捨てのバズワードにしてはならない」と呼びかける 〜「いまこそ研究を進めレイヤー構造を確立するべき」

第二回BASEアライアンスワークショップ

 2018年6月23日、慶應義塾大学で「第二回BASEアライアンスワークショップ "The 2nd Workshop Basing Blockchain"」が開催された。ブロックチェーンの学術研究に取り組むBASEアライアンス(BASE Alliance)が開催した学術会議である。

 この会議で、村井純氏(慶應義塾大学環境情報学部教授/大学院政策・メディア研究科委員長/慶應義塾大学SFC研究所ブロックチェーン・ラボ代表)は「ブロックチェーンがバズワードとして使い捨てられると危険だ」と語った。また伊藤穰一氏(慶應義塾大学SFC研究所主席所員、MITメディアラボ所長)は「ブロックチェーンや仮想通貨分野は、お金の話ばかり。今はむしろ研究を進め技術のレイヤー(階層型)構造を確立するべき時期だ」と強調した。

村井純氏は「ブロックチェーンがバズワードになると危険」と指摘した

 ブロックチェーン技術は、サトシ・ナカモトという個人のアイデアから生み出され、オープンソース開発者たちがブラッシュアップしてきた。2017年以降に仮想通貨交換所ビジネスが盛んになり仮想通貨の価格が高騰したことで、仮想通貨やブロックチェーンへの注目も高まっている。その一方で、学術的な立場からブロックチェーンを見ると、将来性がある技術だが研究の余地が多く、検証が不十分な部分がまだまだ残されている。村井氏と伊藤氏の発言は、バブルに浮かれず、着実に研究を進めようという強いメッセージを伝えた形となった。

サイトブロッキングは「断腸の思い」

 村井純氏は、冒頭の開会挨拶を、コミック作品を不法に配信していたWebサイト「漫画村」の話題から始めた。村井氏は、「漫画村」へのサイトブロッキング問題をめぐり新たに設置された「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)」で中村伊知哉氏とともに共同座長を務めている。その第1回会合が、6月22日、つまりBASEアライアンスの会議の前日に開かれていたのである。村井氏の発言を含む議事録は公開されている。

 このような会議では「言葉が通じない」と村井氏はぼやく。「IP」という言葉に対しても、intellectual property(知的財産権)と受け止める人もいれば、Internet Protocol(インターネットの基盤プロトコル)と受け止める人もいるといった具合だ。

 村井氏は、インターネットの発展の過程で実社会との摩擦が発生し調整が必要になる局面を何度も体験している。インターネットをめぐる問題に取り組む上で重要な点は、利害の調整だけでなく、インフラ設計の視点が必要となることだが、そこを理解してもらうのが難しいと村井氏は言う。「法律家が話すインターネットの話は、国の話。インターネットの設計は、グローバルな空間でデジタル情報を通すためのもの。そのアブユース(不正使用)を防ぐためにサイトブロッキングをすると、DNSの設計を壊すことになる。今までも(サイトブロッキング措置を)断腸の思いでやってきた」(村井氏)。会場にいる日本語が得意ではない参加者に向けては「断腸って分かりますか。腸がちぎれるということ。それくらい辛い」と強調した。

 そして村井氏は、漫画村問題を契機に開かれた知財に関する会議の資料に、知財の問題をブロックチェーンが解決できるかのように記されているのを見て、「えっ」と思ったそうだ。

 「ブロックチェーンで知財問題を解決できるとするのは、テクニカルバズワード(の濫用)だ」と村井氏は一刀両断にする。「どこまでのリスクがあり、どのような問題があり、ローカルなリーガルイシュー(法的な課題)、ビジネスと結びつくのか。それがオペレーションやトラフィックにどう結びつくのか。予想もつかないことが日々起きている」。ブロックチェーンの活用は、社会との関わりの上でも、技術的にも、研究の余地がありまだまだ検証が不十分との見方を示した。「デザイン、測定、予測、これができるチームがないといけない」(村井氏)。そのような問題に一番取り組みやすいのは学術研究者どうしの協力関係だと村井氏は指摘する。「それがBASEアライアンスです。ぜひ積極的な参加を」と村井氏は挨拶を締めくくった。

伊藤穰一氏「金儲けより、きれいな技術体系の確立を」

 続くプログラムは伊藤穰一氏による「基調講演」である。実際には松尾真一郎氏(ジョージタウン大学)の司会による伊藤穰一氏と村井純氏の対談という形のセッションとなった。

 伊藤穰一氏は、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のDigital Currency Initiative(DCI)でBitcoinやブロックチェーンの専門家らを組織している。

 仮想通貨、ブロックチェーン分野では「ビジネスが先走りすぎて、基盤技術が足りないと思っている」と伊藤氏は語る。規制当局の姿勢も心配だ。「マウント・ゴックス事件やコインチェック事件のような事件もある。官僚の姿勢がインターネットの時代に比べて前屈みになっている」。それに加えて伊藤氏が懸念していることは、Bitcoin Core Project(Bitcoinの基盤ソフトウェアのオープンソース開発プロジェクト)に日本人の参加者が少ないことだ。仮想通貨やブロックチェーン関連のビジネスへの期待の大きさと裏腹に、専門家が少なく、研究がまだ足りていないとするのが、伊藤氏の指摘である。

伊藤穰一氏は「今は金儲けより、きれいな技術体系の確立を」と訴えた

 「今はNovellのネットワークや、ニフティのパソ通(パソコン通信)とか、そういう時期だと思う」と伊藤氏は手厳しい。

 ここで注釈を加えると、米Novell社は、インターネット普及より前の時代、1990年代前半には「パソコンLAN」と呼ばれる分野の一番手だった。物理層からアプリケーション層まで、つまりLANボード「NE2000」からファイル共有プロトコルまでを1社で提供した。Novellの専用プロトコルはライバルだったMicrosoftも標準サポートするほどの影響力があった。しかしTCP/IP上の技術体系が普及すると使われなくなった。

 一方、ニフティは1980年代から1990年代にかけて日本のパソコン通信の一番手だった。パソコンからモデム経由で接続するアクセスポイントから、電子メールや電子掲示板(BBS)などのサービスまでフルスタックでサービスを提供していた。しかし、インターネットの普及とともにパソコン通信サービスは縮小していった。

 パソコンLANもパソコン通信も、1社がフルスタックでサービスを構築するスタイルだった。インターネットのレイヤー構造(異なる技術の階層を定め、別の階層は共通インターフェースを定義して分離する構造)が確立すると、古い世代のフルスタックの技術は捨てられていった。このようなことが、ブロックチェーン分野でも再び起きるかもしれない、との指摘である。

 伊藤氏は「レイヤー構造こそが重要」だと考えている。インターネットの技術の大事な点は、プトロコルのレイヤー(階層)を分離し、それぞれ独立に進化できるようにしたことだ。そのような技術体系を確立する上で、インターネットが当初は非営利のネットワークとして進化したことが重要だったと伊藤氏は考えている。

 司会の松尾氏も、「技術的にきれいな設計は、そこ(個別の商用フルスタックサービス)からは出てこない」と指摘する。

 伊藤氏は「今、会社を作っている人はこれから苦労すると思う。ニフティやNovellではなく、本当はCiscoのようになりたい」と語る。Ciscoはインターネットの構築に必要なネットワーク機器を、それが必要とされている時期に提供して成長した。技術のレイヤー構造が成熟した後に、社会が必要とするレイヤーの技術をいち早く供給できる企業を狙うべきだとの発言である。

 ここで注釈を加えると、Microsoftのように、インターネット以前、以後という技術の世代交代期を乗り越えて勢力を拡大した企業もある。とはいえ、パソコンLAN分野のビジネスに背を向けてインターネット技術を追求していた人々がいたのと同様に、仮想通貨バブルに背を向けてブロックチェーンの技術を追求する人々が存在しており、彼らはブロックチェーンの未来にとって重要な仕事をしている。「Bitcoin開発者たちは、自分では暗号通貨を持っていなかったりする」と伊藤氏は語る。

 村井氏は、「バズワードは危険だよね」と語った。それを受けて伊藤氏は、「マルチメディア」という言葉がかつてバズワードとして中央省庁の予算取りに使われて捨てられてしまった経緯を語る。ブロックチェーンも、一回限りのバズワードとして使われてしまう危険性があるとの指摘だ。

 ブロックチェーン関連のカンファレンスが「お金の話ばかりになっている」とする伊藤氏の発言を受けて、村井氏は「そういう雰囲気は90年代の終わり(インターネットバブルの時期)に経験したことだよね。エンジニアがやりたいことができる、議論できる場が大事」と締めくくった。

世界規模でブロックチェーンを実験できるBSafe.network

 松尾真一郎氏(ジョージタウン大学)は、「BSafe.Network ステータスアップデート」と題して、学術的なブロックチェーン研究の現状を語った。

 松尾氏は、次のようなスライドを示した(Academic Research on (public) blockchain Direction and update of BSafe.network)。Cryptocurrency Exchange(仮想通貨交換所)のシステムは、実はサトシ・ナカモト論文に記されているBitcoinの設計のスコープ(範囲)からは外れた存在である。第三者への信頼を前提とせず二者間の送金を実現するのがBitcoinの基本設計だが、仮想通貨交換所はその設計には含まれていない。「Bitcoinですべて完結できればうまくいくが、実際には(仮想通貨交換所の存在があり)そうではない。だからマウント・ゴックス事件やコインチェック事件が起きた」。

仮想通貨交換所(Cryptocurrency Exchange)は、サトシ・ナカモト論文に記されたBitcoinの設計のスコープ外

 また、サトシ・ナカモト論文ではマイニングが分散化されていることを前提とするが、現実にはBitcoinのマイニングは一部の大手マイニングプールが大きなシェアを持ち寡占化している状況がある。

 このように、現実世界には未知の問題、探求が十分ではない問題があふれている。そこで学術的な研究が必要と松尾氏は指摘する。

 ここで松尾氏が紹介したものは、学術的なブロックチェーン研究ネットワークであるBSafe.networkである。現在、世界各国の28の大学を結び、ブロックチェーンの実験、検証を行うことができる。

 「インターネットの歴史では、1985年から1995年にかけて、BSDとNSFNETによる実験期間が10年あった。それと同様の役割を果たすのがBSafe.networkだ」と松尾氏は説明する。例えば、南米にはネットワーク環境が弱い地域がある。中国にはGreat Firewallがある。このような不均一な現実世界のネットワークの上で、ブロックチェーン環境の検証を行うことができる。

世界各国の研究機関を結びブロックチェーン技術を実験できるBSafe.network

 研究例として、Long Term Blockchain(ハッシュ関数の危殆化に耐えるブロックチェーン)を紹介した。ブロックチェーンの動作を支える基盤技術である暗号学的ハッシュ関数は、コンピューターの技術の進化によりいつかは破られてしまう。そこでETSI(欧州電気通信標準化機構)標準の長期署名(Long Term Signature)を応用したブロックチェーン技術の実験を、日本の2機関、欧州の2機関、米国とカナダそれぞれ1機関と国際的な協力体制で実施した。

 別の研究例として、世界各国の4大学が連携し、フォークした暗号通貨の監視を行った例もある。2017年8月にBitcoinからBitcoin Cashが分岐したハードフォークについて、フォーク以前の2017年7月25日から監視を行った。このほか、Segwit2x(2017年11月にBitcoinから分岐する懸念があったハードフォーク。実際には分岐はキャンセルされた)やZcashの監視も行った。

 また、暗号技術では、共通の目標に向けて世界各国の頭脳を集めるオープン・コンペティション(技術の公募)が重要と指摘する。例えば新しいハッシュ関数SHA-3もコンペティションで選ばれた。ブロックチェーンに関連したコンペティションの取り組みとして、Layer2 Competition(ブロックチェーンのレイヤー2技術の提案を募集)を実施中である。

 最後に、Bitcoinに関する学術的な会議としてScaling Bitcoin 2018 Tokyoを紹介した。Scaling Bitcoinは2015年以来、世界各国で開催されてきており、2018年10月6日から7日にかけて東京で開催する。テーマは「改善」である。

PoWの安全性をモデル化して検証

 今回の「第二回BASEアライアンスワークショップ」では、ブロックチェーン技術を題材とした学術研究の発表が2件あった。

 1件目は、細井琢朗氏(東京大学 生産技術研究所)による「PoW型ブロックチェーンの安全性証明の明示的定式化とその効能」。これは、先行研究(Garayほか、2014年)を引き継ぎ、BitcoinのようなPoW(Proof of Work)によるブロックチェーンの動作をモデル化、解析した研究である。前提として、全ノードが平等なハッシュ計算能力を持ち、ネットワークの遅延は考慮せずノードはすべて同期されているものとする。このように抽象化したモデルに基づきブロックチェーンへの攻撃の成功確率を導出した。その結果、「深いブロック、長いチェーンの方が安全(ここで深さとは「合意形成が成立していない可能性がある最新部分のブロック個数の最大値」、長さとは「検証の対象とする連続するブロック数」)「Difficulty(採掘難易度)は安全性を変えない」「ブロックチェーンの安全性には、blockが生成され続けられることが必要」などの結論を示した。例えば、今回用いたモデルでは「採掘難易度が高く1時間あたり3ブロックが生成されるブロックチェーンより、採掘難易度が低く1時間あたり6ブロックが生成されるブロックチェーンの方がより安全」との知見が得られた。

Bitcoin建てトークンをEVMチェーン上で利用可能に

 2件目の研究発表は、渡邊大喜氏(NTTサービスエボリューション研究所)による「Layer 2 Technology:スマートコントラクトを利用したブロックチェーン連携」。Bitcoinのパブリック型ブロックチェーンとEVM(Ethereum Virtual Machine)を搭載したコンソーシアム型ブロックチェーンを連携させ、Bitcoin建ての価値記録を移転したトークンをコンソーシアム型ブロックチェーン上で使えるようにする研究である。提案技術を「Niji」と命名している。

 EVMをサポートするコンソーシアム型ブロックチェーンとしては、Ethereumをプライベート環境で使うやり方もあり、またQuorum(エンタープライズEthereumの技術)も登場している。最近はパーミッション型ブロックチェーンにEVMを移植するプロジェクトHyperledger Burrowも立ち上がっている。このような背景があることから、報告者は「EVMは移植性が高い」と指摘する。独自技術を作るのではなく、BitcoinとEVMを利用していることがこの研究のポイントの一つといえる。

 この研究の提案技術「Niji」では、Bitcoinのレイヤー2技術であるマイクロペイメントチャネルの技術を応用して、Bitcoin上の価値記録をコンソーシアム型ブロックチェーン上に移転する。Bitcoinのブロックチェーン上で資金をロックし、保護された取引によりEVM上のトークンに価値を移転する。Bitcoinのブロックチェーンは決済処理のスループット上限が低いが、コンソーシアム型ブロックチェーンはより高速に設計できる。「決済スピードはコンソーシアム型ブロックチェーン上でスケール可能」と説明する。

Bitcoinの価値を、スマートコントラクトによりコンソーシアム型ブロックチェーン上のトークンに移転する

 「Niji」と位置付けが近い技術としてPlasmaがある。Plasmaは、Ethereumをメインチェーンとし、複数階層のサイドチェーン(支流)を持つことができる技術で、Ethereumのスケーリング手段として位置付けられており開発が急ピッチで進んでいる。今回の研究の提案技術「Niji」とPlasmaは複数チェーンの連携という点で似ている部分もあるが、「Plasmaはメインチェーンへの巻き戻しの概念があり『堅い連携』といえる。当研究は、柔軟に多様な基盤と接続可能な『より緩い連携』だ」と違いを説明した。

 以上、第二回BASEアライアンスの内容を紹介した。今回の各講演の発表資料はWebサイトで公開されている。BASEアライアンスの次回ワークショップは、2019年初めの予定である。

星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。