イベントレポート
不動産情報の共有にブロックチェーン、実証の成果を受け団体設立へ
不動産情報コンソーシアム(仮称)説明会
2018年8月2日 11:03
不動産情報の共有にブロックチェーン技術を活用した実証プロジェクトが成果を出したことで、「不動産情報コンソーシアム(仮称)」が立ち上がろうとしている。7月30日、不動産業界関係者らを集めてコンソーシアムについて説明するイベントが都内で開かれた。3か月に渡るPoC(実証)によりプライベート型ブロックチェーン技術Hyperledger Fabricを活用したプロトタイプを構築しており、その延長として不動産情報の共有のための情報システムを構築していく予定だ。
イベントでまず説明を行ったのは、NTTデータ経営研究所の桜井駿氏である。NTTデータ研究所はNTTデータ子会社で、コンソーシアムの事務局の役割をする予定となっている。
桜井氏は、不動産の情報共有に関する問題意識を、「土地と建物は、それぞれ世界に一つしかない」と表現した。世界で一つしかない土地、建物の情報管理は、現状では多くの組織がそれぞれバラバラに管理している。地図情報を提供する会社、不動産情報のポータルサイト、多数の不動産会社、物流会社、電力会社など、それぞれ別々の情報を持っている。
そこで出てくる課題は、情報の正確性やタイムラグの問題である。桜井氏は次の3つの課題を挙げた。
(1)問い合わせると物件がない。あるいはすでに入居者がいた(これは、不動産会社の「おとり広告」と呼ぶ問題にも関連している)。
(2)管理履歴が残っていない。例えばリフォームにより不動産の状態が変わっていても記録されていない場合がある。
(3)ユニーク情報がない。例えば住所が同じなのに2種類の名前のマンションが記録されている場合がある。表記揺れなどでデータの重複を排除できない。
ブロックチェーン技術を採用しプロトタイプ開発に成功
不動産情報をめぐるこれらの課題を解決するため、複数のプレイヤーの間でデータベースを共有し、情報を集約、履歴も含めて一元管理するという発想が生まれた。ここで次の課題となるのが、そのような情報システム(「共有プラットフォームDB」と呼ぶ)をいかに構築するか、いかに運用するかだ。
システムの構築については、ブロックチェーン技術によりプロトタイプ開発に成功した段階である。ただし「ブロックチェーン技術にこだわっている訳ではない」(NTTデータ先端技術のセウェカリ・シタル氏)と強調した。
システムの運用については、不動産情報の入力や管理に関して、課題が多数あることが分かった。桜井氏が挙げる課題は、不動産物件に対して付与するユニークIDのルール化と発行、データ入力様式の標準化である。そこで今回設立する不動産情報コンソーシアム(仮称)でルールの整備を進めていく考えだ。
コンソーシアム設立の経緯だが、2017年に不動産情報ポータルサイト「LIFULL HOME'S」を手がけるLIFULLが取り組みを開始。2017年12月にPoC(実証)としてプロトタイプの開発に着手した。この段階で、NTTデータ経営研究所と、NTTデータ・グローバル・テクノロジー・サービス・ジャパン(インド全土に2万3000人のスタッフを抱える開発会社。2018年7月にはNTTデータ子会社のNTTデータ先端技術と統合)が参加している。
約3か月でプロトタイプを開発した後、継続して取り組みを進めることとなる。2018年4月に、地図情報サービス大手のゼンリン、家賃保証サービスの全保連、与信や代金回収サービスをネット上で展開するネットプロテクションズが参加し、共同検討を開始した。そして2018年夏にコンソーシアム設立の運びとなった。2019年以降に商用化の予定である。
プロトタイプ構築で利用した技術は、Hyperledger Fabricである。ただし、「特定の技術にこだわっているわけではない。別の技術を利用する可能性はある」(NTTデータ先端技術のセウェカリ・シタル氏)としている。Hyperledger Fabricはオープンソースプロジェクトとして活発に開発が進められていて、仕様変更も頻繁にある。「スマートコントラクト(Fabric用語ではチェーンコードと呼ぶ)は当初Java言語で開発したが、途中からGo言語に切り替える必要があった」(シタル氏)とのことだ。
イベントでは、システムのデモンストレーション画面も披露した。ブロックチェーン技術により、「誰が、いつ、どの情報を入力、更新したか」が追跡可能となる。またブロックチェーン上の記録は追記型なので、過去の情報の更新履歴も残る。コンソーシアムの参加メンバー全員の利害が一致している訳ではないが、この点でも記録内容の追跡が可能で改ざんが困難なブロックチェーン技術は相性が良いといえる。「ブロックチェーン技術は、信用しあっている会社どうしなら不要と言われている」(シタル氏)。
このほか、ブロックチェーンのメリットについては「コンソーシアムに参加する各社が従来システムを変えないといけないようでは大きな障壁になる。ブロックチェーンは各社が持つ既存のシステムの上のレイヤー(層)なので、インタフェースさえ提供できればよい。ニアリアルタイム(ほぼ実時間)なデータ管理ができる。将来的な話になるが、スマートコントラクトを活用して手動の作業を減らし自動化を進められる可能性もある」(シタル氏)とコメントしている。
フォーマット統一、個人情報の扱いなど課題を指摘
イベントで行われたパネル・ディスカッションでは、全保連 業務企画部企画一課長 中村大輔氏、ゼンリン DB戦略室専任部長 高木和之氏、ネットプロテクションズ カスタマーサービスグループマネージャー 高木大輔氏、LIFULL LIFULLHOME'S事業本部 事業支援部 不動産情報バンク推進グループ 松坂維大氏、それに前出のシタル氏らが議論を展開した。
多くの指摘が出たが、システム的な側面で興味深かったのは、ゼンリンの高木氏が指摘した「現実世界との紐付け」の問題である。ゼンリンは、実際に調査員が現地を歩いて地図と現実の違いを確認している。ゼンリンが持つデータは、現実世界との紐付けが行われているという点で重要な意味がある。
ネットプロテクションズの高木氏は、情報のフォーマットの揺れをどう統制するかは、共同検討している4社の間でも統合が難しい課題だと明かした。また高木氏は、「不動産情報が集まると、パワーバランスに偏りが生じる。不公平、不公正な社会の基盤になる危険性をどう排除して、公共性を持たせるかが課題だ」と指摘した。また、不動産情報は個人情報と紐付けられる可能性が高い。個人情報管理は今回の不動産情報コンソーシアムのスコープ(範囲)外だが、「人が住んでいる物件かどうか」の情報は必要となる。個人情報と紐付く可能性が高い不動産情報の取り扱いのルール作りには課題が残ることを指摘した。
コンソーシアムが整備する不動産情報共有のプラットフォームは、海外展開も視野に入れている。海外では土地登記の混乱などの課題を抱えている地域が多く、コンソーシアムで培った不動産情報管理のノウハウを海外でも有効活用できるとの期待がある。海外展開に関連して、シタル氏は「GDPR(EU一般データ保護規則)では個人情報の消去権があり、要求された場合には情報を完全に消す必要がある。個人情報をなんらかの形でブロックチェーンに取り入れた場合、消すことは不可能になる。そこをどう解決するか」と新たな課題を提示した。ここで注釈を付け加えると、アクセンチュアは消去権に対応できる「編集可能なブロックチェーン技術」を提案している。また、ブロックチェーンにはデータの真正性を検証するためのデータ(ハッシュ値)だけを記録し、データの本体は消去可能な別の手段で格納するやり方もある。ただし、その場合でもGDPR対応を間違いなく行っているかどうかを保証することは一つの課題となるだろう。
不動産情報コンソーシアム(仮称)では、運用上の数々の課題が残されているが、システム技術としてのブロックチェーン技術には合理性を認めて採用しようとしている。コンソーシアムによる情報共有という分野では、従来型技術よりもブロックチェーン技術の方が合理的との認識が広がっていくかもしれない。