イベントレポート

「福岡をパブリックブロックチェーンという『資源』の一大開発拠点にしよう」

FUKUOKA BLOCKCHAIN MEETUP

 「福岡でブロックチェーンエンジニアを増やしたい。東アジア最大のブロックチェーンコミュニティを目指す」(Cryptoeconomics Lab CTOの落合渉悟氏)。

 7月27日、福岡市で「福岡ブロックチェーンコンソーシアム」のキックオフとなるイベント「FUKUOKA BLOCKCHAIN MEETUP」が開かれた。プレスリリースでは「福岡拠点を持つ民間スタートアップの有志が参画する、ブロックチェーン研究団体」と表現している(関連記事)である。福岡市に拠点を持つスタートアップ企業が中心となり、福岡市や、地域の事業開発に取り組む団体である福岡地域戦略推進協議会(FDC)とも協調していく。

 会の冒頭、コンソーシアムを代表してCryptoeconomics Lab CTOの落合渉悟氏(Twitterアカウントは@_sgtn)が講演した。落合氏はEthereumの開発者コミュニティHi-Ether、Ethereumのスケーリング手法として議論が盛んなPlasmaの論文翻訳など、積極的な活動で知られている。「福岡市にブロックチェーンエンジニアを増やしたい。福岡市は若年層人口が多く、行政もイノベーションに前向き」と、ブロックチェーン技術の集積地として福岡市を位置付ける。海外との連携も視野に入れる。「福岡市は近隣諸国との距離が近い。釜山からは飛行機で30分ほど。台北からも近い。こうした地域との連携も目指す」(落合氏)と強調した。

Cryptoeconomics Lab CTOの落合氏

 実際に福岡市・天神地区ではブロックチェーン活用プロジェクトのPoC(実証)が複数進んでいる。これについては、後述するスタートアップ各社のプレゼンテーションとともに紹介する。

福岡ブロックチェーンコンソーシアム発足の背景

 続いて、福岡市総務企画局企画課長の藤本和史氏が「Society5.0へのチャレンジ」と題して講演した。デジタルテクノロジーが経済活動の中心となる時代を想定し、福岡市では「実証実験フルサポート事業」を展開、スタートアップによる実証実験を地域ぐるみで支援している(採択プロジェクト一覧)。自動運転、ドローン、医療分野などの実験を進めているほか、LINEグループによるキャッシュレス支払いの実証実験や、メルカリのグループ企業ソウゾウによるシェアサイクル実証実験も進めている。行政当局として先端技術による社会課題解決に意欲的、協力的な姿勢であることを強調する講演となった。

福岡市総務企画局企画課長の藤本和史氏

 続いて福岡地域戦略推進協議会(FDC)からのプレゼンテーションがあった。同団体はスタートアップ企業にとって特に重要な資金調達やビジネスマッチングの支援も含めた事業推進を行っている。会員数は170社、スタートアップ支援施設Fukuoka Growth Next(今回のミートアップ会場でもある)とも連携する。

「デジタルな資源」としてパブリックブロックチェーンを捉える

 ここでCryptoeconomics LabCTOの落合氏による講演「ブロックチェーンの未来と私が福岡でやる理由」の内容を紹介したい。スタートアップ6社のショートプレゼンテーションの1本として行われた講演だが自社紹介はなく、どちらかといえば落合氏が参加者に向かってブロックチェーンの研究開発を呼びかける「もう1本の基調講演」のような内容だった。資料はWebで公開されている。

Cryptoeconomics Lab CTOの落合氏

 この講演の狙いとしては、100%理解できる人はいなくても、特定の層に刺さることを意図していたと思われる。ここでは筆者のフィルターを通して重要と受け止めたポイントを4点、紹介する。

(1)仮想通貨/暗号通貨のテクノロジーに対して取り得る「4つのポジション」を提示した。通貨は国が管理するべきと考える「中央集権マキシマリスト」、Bitcoinの誕生経緯や設計思想を重視する「非中央集権マキシマリスト」、伝統的ビジネスに仮想通貨を取り入れようとする「中央集権リアリスト」、実名で活動するVitalik Buterin氏がリードするEthereumに関連した活動をイメージした「非中央集権リアリスト」の4つである。どの選択肢を選んだとしても楽な道ではない。それでも「自分はどのポジションにいるのか」を意識することが大事だと指摘した。

落合氏講演から、4つのポジションのうちのひとつ「中央集権マキシマリスト」
落合氏講演から、4つのポジションのうちのひとつ「非中央集権マキシマリスト」
落合氏講演から、4つのポジションのうちのひとつ「中央集権リアリスト」
落合氏講演から、4つのポジションのうちのひとつ「非中央集権リアリスト」

(2)「パブリックブロックチェーンは資源(デジタルネイチャー)」との視点を提示した。パブリックブロックチェーンとは、Bitcoin、Ethereumのように管理主体を持たず、インターネット上に公開されて誰でも参加可能なブロックチェーンを指す。

 「デジタルネイチャー」はメディアアーティスト落合陽一氏が提唱した概念である(ざっくり言えば、天然・自然とデジタル・人工を2項対立として捉えない思想といえる。著書『魔法の世紀』、『デジタルネイチャー』に詳しい)。一方、今回の落合渉悟氏による講演の文脈では、デジタルテクノロジーではあるが人類がまだ究明しつくしていない未知の有用性が秘められている「資源」という意味合いで「デジタルネイチャー」という言葉を用いた。例えば、ディープラーニング(深層学習)はデジタル技術ではあるが、理論的な解明が進んでおらず実験を繰り返すアプローチで研究が進んでいる。パブリックブロックチェーンもデジタル技術ではあるが、探求が進んでいない側面が大きく、大勢の開発者たちが未検証の新たなアプローチを試している段階にある。落合氏は、このような動きを「天然資源の開発」に例える。

 パブリックブロックチェーンは特定の人物や組織の意思だけでコントールできないことから自然現象のような性格を持っていると捉えることができるが、その一方でプログラム可能なデジタルテクノロジーとしての性格もある。今後のインターネット技術も検閲耐性を重視する方向に向かうと考えられている。パブリックブロックチェーンが自然に近い性質を持っていることはむしろ必然なので、それを避けたり禁止することは、時代の流れに逆行することになりかねない。むしろ、パブリックブロックチェーンを「資源」とみなし、企業の枠を越えて「資源開発」に取り組もうではないか、と呼びかける提案が、落合氏の講演の大事な部分だ。

落合氏講演では、パブリックブロックチェーンの理解のため「デジタルネイチャー」の用語を提示した

(3)企業、法人の視点だけでなく、コミュニティ=資源開発集団の視点を提示する。パブリックブロックチェーンの技術は、企業の枠を越えて取り組むべき技術といえる。パブリックブロックチェーンへの知見がある開発者が集まっている地域には、自然と企業も集まると指摘した。これはオープンソースコミュニティが企業や国家の枠を越えて活動していること、成功したオープンソースコミュニティの周囲には企業が集まってくる様子と似ている。

(4)福岡の都市圏を、台湾や韓国・釜山などまで広げて捉える。外国人のブロックチェーンエンジニアにとって魅力ある地域にする。また行政当局(=福岡市)にも暗号通貨コミュニティに理解ある姿勢を求め、開発者にとって安心できるブロックチェーン都市となることを目指す。

 講演の締めの言葉は“Graceful Anarchy in the FK”(福岡に優しいアナーキズムを)というものだった。ここは注釈が必要だろう。Bitcoinを筆頭とするパブリックブロックチェーンは管理主体を排除した設計が特徴だが、これは国家による統制を受け付けないよう設計していると見ることができ、アナーキズム(無政府主義)的だと批判的に見る立場もある。だが、落合氏は「そもそもパブリックブロックチェーンは一種の自然現象(デジタルネイチャー)であり資源である」「アナーキズムの発想はパブリックブロックチェーンの理解に欠かせない」「本当に政府転覆を企むような人物であれば実名で活動したり企業活動したりしない」と指摘する。新しい世代の技術を理解するには、新しい発想を理解しない限り難しいという訳だ。

合計6社がプレゼン、ブロックチェーンへの取り組みを説明

 スタートアップ各社のショートプレゼンテーションでは、各社の取り組みを説明した。

 Geek Studioは、福岡市の会員制のコミュニティスペースである。24時間365日の出入りができる。複数のブロックチェーンスタートアップが法人会員として参加している。「ブロックチェーン勉強会」、「NEMDev.fukuoka」「Cryptozombiesもくもく会」「Plasma勉強会」とブロックチェーン関連のイベント会場にもなっている。またNEMブロックチェーンとスマートロックを組み合わせた入退室管理の実証実験を行っている。今後は、ブロックチェーンエンジニア養成の勉強会、ハッカソン、さらにはトークン活用のコミュニティ運営を検討しているとのことだ。

Geek Studio管理人の吉野雅耶氏

 サーキュレーションは、経営コンサルティング会社で1万人の外部スタッフのネットワークを持っている。エンジニア紹介の業務も行っている。福岡市には6名体制の開発ラボを持っている。AI活用のリーガルチェック低コスト化、仮想通貨による報酬支払い、スマートコントラクト(ブロックチェーン管理下で動作するプログラム)による紛争解決などに取り組み、一部は実装を進めている(プレスリリース)。今後は仕事の受発注へのブロックチェーンのテスト運用を始める計画である。

サーキュレーションが取り組む労働契約へのAIとブロックチェーン適用のアプローチ

 Nayutaは、Bitcoinの最先端といえるLightning Network(ブロックチェーンの一つ上のレイヤーで保護された高速・少額の取引を実現する技術)を開発中のスタートアップ企業だ。世界中でLightning Networkの実装は4グループが知られているが、最近はNayutaも加わった。異なる実装同士の相互運用性をテストしながら開発を続けている。2018年3月には、中部電力、インフォテリアとともに、EV(電気自動車)充電にLightning Networkを適用する実証実験を行った。

Nayuta広報の森山瞳氏
NayutaはLightning Network実装で世界に並ぶ存在に

 グッドラックスリーは、ブロックチェーンとゲームを組み合わせた「くりぷ豚(クリプトン)」を展開中である。Ethereumのブロックチェーンを活用、「豚」を仮想通貨(Ether)で購入、お見合いさせて交配させると、世界で一匹だけの豚が誕生する。リリース後1か月で1万匹の豚が生まれ、中には5万円相当で取引される豚も現れたとのことだ。EthereumのDapp(分散型アプリケーション)の統計サイトであるDappsRadarの「Crypto Collectibles」部門で、「7月25日には1位になった」と報告した。今後は「豚」をARアプリなど別の世界に出張させる構想もある。また最新のサービスとして、ブロックチェーン上でアイドルのイラストを売買する「CryptoIdols」や、ブロックチェーンを用いたソーシャルプラットフォーム「LuckyMe」を紹介した。

「くりぷ豚」の説明
新サービス「LuckyMe」の説明

 PoliPoliは、「政治をエンターテインする」サービス。サービスの基本的な枠組みは政治を議論するメディアを、仮想通貨技術を応用したトークン「Polin」を組み合わせることで運営をスムーズにする。Polinは当初は企業ポイントのような存在だが、ある程度の時間をかけて価値を持たせていき、政治家への献金や選挙活動の費用支払いなどの経済活動を回せるようにする構想である。詳細は関連記事に詳しい。この2018年11月の福岡市長選は重要なイベントとして捉えている。講演した伊藤和真氏(CEO)は慶應義塾大学の2年生で、試験期間の最中に登壇した。翌日には都内に戻って試験を受け、その後移動して大阪のイベントに参加する強行軍とのことだった。

PoliPoliの伊藤和真CEO

 福岡ブロックチェーンコンソーシアムの会員一覧は次のようになる。同団体は「中心不在の分散型組織」をうたい、プレスリリースでは参加各社は50音順で並んでいる。

  • F Ventures LLP(本社:福岡県福岡市、代表組合員 両角将太)
  • エンゲート株式会社(本社:東京都渋谷区、代表 城戸幸一郎)
  • GeekStudio(拠点:福岡県福岡市、代表 吉野雅耶)
  • 株式会社グッドラックスリー(本社:福岡県福岡市、代表 井上和久)
  • 株式会社Cryptoeconomics Lab(本社:福岡県福岡市、共同代表 片岡拓 落合渉悟)
  • CIRCULATION Technology Lab(拠点:福岡県福岡市、CTO 大谷祐司)
  • スルー株式会社(本社:福岡県福岡市、代表 西出寿也)
  • 株式会社chaintope(本社:福岡県飯塚市、COO 村上照明)
  • 株式会社Nayuta(本社:福岡県福岡市、代表 栗元憲一)
  • 株式会社西日本新聞メディアラボ(本社:福岡県福岡市 代表:秀島徹)
  • NEO Global Development, Japan Operations(日本拠点:東京、本社:中国上海、創業者: Da Hongfei)
  • Hi-Ether(分散型コミュニティ)
  • 株式会社ハウインターナショナル(本社:福岡県飯塚市、担当 中城元臣)
  • ピクシーダストテクノロジーズ株式会社(本社:東京都千代田区、代表 落合陽一)
  • 株式会社PoliPoli(本社:神奈川県相模原市、代表 伊藤和真)
  • MINT株式会社(本社:東京都渋谷区、代表 田村健太郎)
  • 明星和楽(拠点:福岡県福岡市、実行委員長 松口健司)

 ミートアップには100名以上が参加した。イベント後の交流会では、福岡市のベンチャーキャピタルF Ventures代表の両角将太氏が挨拶し、地域のスタートアップと行政も一緒になってコンソーシアムを立ち上げたことを説明。交流会では、地域の熱気とともに、特定の技術や企業を越えたクリプト(暗号通貨技術)全般、パブリックブロックチェーン全般に親和性があるコミュニティを目指していることがよく伝わってきた。今後の福岡市でのブロックチェーン技術の盛り上がりに期待したい。

星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。