イベントレポート
JEITAワークショップ基調講演、ブロックチェーンとはデジタルに物理法則を適用するようなもの
「ブロックチェーンの要素技術とその課題」をテーマに勉強会
2018年12月27日 06:30
一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)は12月13日、ソフトウェアエンジニアリング技術における新市場の創出を推進する活動の一環として「JEITA ソフトウェアエンジニアリング技術ワークショップ2018」を開催した。同ワークショップは、JEITAのソフトウェアエンジニアリング技術専門委員会が、関連する企業等の有識者の方々を講師として招き、同協会の会員企業および当該分野に関係、関心のあるエンジニア等に向けて開催する勉強会である。
今回は、サブテーマに「ブロックチェーンの要素技術とその課題」を掲げ、基調講演および5つの技術講演すべてブロックチェーン技術に焦点をあてた講演を開催する。同ワークショップのレポートとして、数回に分けて代表的な技術講演について報告していきたい。なお、本稿では基調講演について報告する。
ブロックチェーンの最新技術動向
基調講演は、講師にクーガー株式会社・代表取締役CEOの石井敦氏を招き、「ブロックチェーンの最新技術動向」をテーマに現在のブロックチェーン技術について解説をする。
石井氏は、IBMを経て、楽天やインフォシークの大規模検索エンジンの開発に携わる。その後、日本、アメリカ、韓国を横断するオンラインゲームの開発に従事し、そこからAIやロボティクス分野に進出、NEDO次世代AIプロジェクトでのクラウドロボティクス開発統括などを行う。現在、電気通信大学の客員研究員として活動をするなど、幅広い分野で活躍をするほか、ブロックチェーン技術者コミュニティ「Blockchain EXE」の代表を務めるという経歴を持つ。石井氏は、ブロックチェーンやAIに関するコミュニティ活動を世界展開し、北米、ヨーロッパ、アフリカ、中国など、技術者同士のグローバルな交流や連携を深める活動をしていることから、この分野に関する造詣も深い。
石井氏はブロックチェーンを端的に言い表すと、それは「価値のインターネット」だという。ブロックチェーン技術は、価値を乗せたり移転させたりすることができるインターネットだと語る。そして、これを実現しているのが、変更されない履歴が積み上がることによる「信頼」にほかならないという。
また、石井氏はインターネットにおける最初のキラーアプリはEメールであったが、ブロックチェーンにおける最初のキラーアプリはBitcoinであると語ったのが印象深い。通貨は世界中の誰もが重視するわかりやすい価値であり、データ形式が数値のみで技術的に扱いやすく、また人から人へと移転される、つまり価値の移転のニーズが高くその利便性が理解されやすいものであると語る。
ブロックチェーンはデジタル空間に物理法則を適用するようなもの
ブロックチェーンが実現しようとしている世界は、デジタル空間に物理法則を適用するようなことであるという石井氏の解説もまた印象的だ。これまでのデジタル空間でのデータのやり取りでは、メールやSNSでのファイルの送受信は、価値の移転ではなく基本的にはデータのコピーが行われているだけだという石井氏。たとえば家やビルなどの建造物は何か月、何年もかけて建設するが、それらは一瞬にしてコピーできないからこそ価値があるという。それは、我々が日頃、無意識で信じている物理法則だと語る。また、お金や商品は、売買をすることで自分の手元からは消える。だからこそ対面的な買い物では「お金をもらっていない」「商品を受け取っていない」といったトラブルが起きないのだという。ブロックチェーンは、デジタル空間にてそういうことを実現しようとしている技術だという石井氏の解説は、言い得て妙であり腑に落ちる納得感がある。
また、石井氏は、現時点でのブロックチェーン技術が向いていることいないことを解説する。ブロックチェーン技術は、スピードよりもデータの信頼性や公明性が重視されるものに向いているという。具体的は、無数のユーザーが送受信する通貨の処理や、サプライチェーンや貿易等の複数のユーサーが複雑に関与するトレーサビリティの証明などを例に挙げる。逆に不向きなのは、リアルタイム性が高いものや更新頻度の多いものとのこと。具体的には、即時性が求められるIoT機器やモビリティとの連携処理だという。
ブロックチェーン技術の向き不向き
石井氏は、ブロックチェーン技術の向き不向きを話しながらも、不向きな分野におけるブロックチェーン技術の活用方法について、改めて解説をする。
たとえばIoTにおけるブロックチェーン技術の可能性は、リアルタイム性とデータ信頼性の両立にあるという。それにはフォグコンピューティングやエッジコンピューティングの技術がポイントになるとのこと。ちなみにフォグコンピューティングとは、データがクラウドの手前、もっと端末に近い位置でミドルウェアによる分散処理する環境を指す。また、エッジコンピューティングは、端末の近くにサーバを分散配置するネットワーク技法の1つである。どちらもユーザーや端末の近くでデータ処理し、クラウドなと上位システムへの負荷や通信遅延を解消する。そしてIoT機器と連動したスマートコントラクトの実行環境により、多様化するIoTに対応することができるだろうという。
また、AIの分野でもブロックチェーン技術は重要な役割を担うという。現在、各方面でAIが導入されつつあるが、その学習データはどこで誰が作ったのか、AIプログラム自身は誰が開発をしたのか、学習モデルはどういうデータの組み合わせなのか、AIを誰がどのようにトレーニングさせたのかなど、AIの成長履歴が実は重要だという。この部分の履歴やその保証、成長過程のトレーサビリティにブロックチェーンが必要であるのこと。石井氏は、この分野はまだあまり重要視されていないが、とても大事なことであり、石井氏の会社は、ここにも取り組んでいるという。
石井氏は、トヨタが自動運転のデータ共有にブロックチェーンを導入するというニュースを紹介する。モビリティ分野においてもまた、ブロックチェーン技術を用いた分散台帳システムは、個人オーナーや企業の運行管理者、自動車メーカー間での安全な情報共有を可能にするだろうという。
モビリティにおける予想されるブロックチェーン技術の用途として、前述の自動車関連のデータ共有のほか、カーシェアリング関連にも応用されると石井氏は解説する。車の貸し出し履歴やトラッキング、ブロックチェーン管理によるスマートロックとの連動、権利や所有権のシームレスな処理、また走行実績に基づく各種保険の自動化などにも応用が利くといった具体例を挙げている。
最後に
石井氏は最後に、注目すべき技術動向として、最新のブロックチェーン技術を解説する。
最新技術の具体例として、IoTのためのブロックチェーン「IOTA」を紹介する。IOTAは、IoTデバイス間の通信のために作られた暗号通貨「DAG」を用いた「Tangle」(タングル)という独自技術により、送金手数料を無料化、強固なセキュリティを構築するという。フォルクスワーゲン社や富士通、国連がIOTAを用いた実証実験を行っているとのこと。
また、「Polymath」というEthereumを使ったセキュリティトークン発行プラットフォームを紹介する。Polymathは、セキュリティトークンを発行したい企業がSTO(Security Token Offering)を行うことができるプラットフォームだという。ST-20 STANDARDという標準規格を提供し、セキュリティトークンの作成と投資のプロセスを簡素化するという。
HyperledgerとEEA(Enterprise Ethereum Alliance)の提携についても紹介をする。Hyperledgerは、Linux Foundationによって開始されたオープンソースによる企業向けのブロックチェーンプラットフォームであり、IntelやIBMなど200以上の団体が会員であるという。また、EEAは2017年に設立された企業向けのブロックチェーンプラットフォームを提供している企業連合であり、マイクロソフトやJPモルガンなど500以上の団体が会員であるという。その両者が提携をしたというのだ。Ethereum基盤のEEAとHyperledgerがお互いを補完できることを発表しているという。
2019年以降は、これまでブロックチェーンの課題であると称されている部分が大きく改善されそうな予感と、ブロックチェーンの将来に期待することができる基調講演だったのではないだろうか。