イベントレポート
JEITAワークショップから〜日立は生体認証から鍵生成、NECは高速合意形成、富士通研は異種BC連携
2018年12月26日 07:00
一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)が、「ソフトウェアエンジニアリング技術ワークショップ2018~ブロックチェーンの要素技術とその課題~」と題したワークショップを2018年12月13日に開催した。NEC、富士通グループの研究開発会社である富士通研究所、日立製作所と、日本の電子産業を支えてきた大手企業のR&D部門からの登壇者に加えて、エンタープライズITの創始者といえる日本IBM、日本のスタートアップ企業のクーガー、エンゲートが参加した。
このイベントの主催団体であるJEITAは、日本の電子産業の業界団体として長い歴史を持つ。私事となり恐縮だが、筆者の最初の職場は『日経エレクトロニクス』という日本の電子産業の技術者向けの雑誌の編集部だった。日本の電子産業に関しては少しは土地勘がある(例えばこのBlog記事)。一方、私自身の現在の仕事では、スタートアップ企業の経営者やエンジニアへの取材、そしてブロックチェーン関連技術の取材の比率が高い。私としては、このワークショップは伝統と革新の2大カルチャーが衝突する場所になる可能性があると予想していた。実際にどうだったかは、読者の皆さんがそれぞれ読み取ってほしい。
以下、各社の講演について見ていく。
クーガーはEnterprise Ethereum Allianceの日本での窓口に
クーガー代表取締役CEOの石井敦氏は、「世界のブロックチェーンの技術動向」と題して基調講演を行った。
石井氏はブロックチェーン開発者コミュニティBlockchain EXEを立ち上げた実績がある。またクーガーはEEA(Enterprise Ethereum Alliance)の日本での窓口役でもある。ブロックチェーン関連の取り組みとして、KDDIと共同で携帯電話の修理業務を想定したEnterprise Ethereumの実証実験に取り組んだ実績を持つ(プレスリリース)。このほか、自動運転車向け機械学習AIでは学習データの真正性を保証する履歴管理が重要になるとの考えから、AIとブロックチェーンの連携にも取り組む。関連して、xR(AR/VR)とバーチャルヒューマンキャラクターとの連携という挑戦的なテーマにも取り組んでいる(例えばこの動画を参照)。
石井氏は、ブロックチェーン技術の価値は「変更されない履歴が積み上がることによる信頼」にあると指摘する。この性質を「物理法則のようなもの」と表現する。ブロックチェーン技術が向いているのは、スピードよりも信頼性、公明性が求められる用途だ。一方で向いていないのは、リアルタイム性が求められる用途や頻繁な更新がある用途である。
石井氏は、Bitcoin Core、Ethereum、Hyperledger(主にHyperledger Fabric)の3種を「3大ブロックチェーン」と表現する。Ethereumでは、分散IDのuPort、エンタープライズ向けのEEA、エネルギー産業向けのGrid+、P2P電力売買など送金分野以外の用途を目指す取り組みが出始めている。一方でHyperledgerは産業界での事例数が多い。最近、HyperledgerとEEAの両者が連携するとの発表があり、相互に情報を参照可能となった。今後は日本でも情報発信を進める計画だ。
基調講演という性格上、ブロックチェーンの基本的な性質とユースケースを概観する内容が中心だったのだが、クーガー自身がブロックチェーンに多くのリソースを投入していることには注意を払っておきたい。スタートアップ企業にとって、これは自社の将来を賭けることを意味しているからだ。
日立は生体認証による鍵生成と「ブロックチェーンパターン」を説明
日立製作所のR&D部門のひとつシステムイノベーションセンタのユニットリーダ主任研究員である山田仁志夫氏は、「ブロックチェーンパタンを用いたサービス設計」と題して講演した。
講演中で興味深い技術の紹介があった。同社は公開型生体認証基盤(Public Biometrics Infrastructure)と呼ぶ技術を開発済みである(プレスリリース、解説記事)。これは指紋や静脈パターンのような生体認証に使う情報自体から暗号鍵を生成する技術である。ブロックチェーン技術や暗号通貨の利用では秘密鍵の管理方法が課題となるが、同社の手法は生体情報から秘密鍵を生成でき、しかも端末上には生体情報も秘密鍵も残さない使い方が可能だ。
講演後に質問したところ、この技術は「例えば暗号通貨ウォレットにも応用可能」とのことだ。秘密鍵管理に生体認証を応用する取り組みは、ブロックチェーン分野の普及とうまく組み合わさると有力な技術となる可能性があるだろう。
同社はこの「公開型生体認証基盤」とプライベートブロックチェーン技術Hyperledger Fabricを組み合わせ、KDDIと共に実証実験を行っている。実験の内容は、ミスタードーナッツの店舗で生体認証によりクーポンを利用できるというものだ(プレスリリース)。
同社の講演内容の中心は、同社が考案した「ブロックチェーンパターン」についてだった。これは、エンタープライズシステムにブロックチェーン技術を適用する場合の「パターン」を整理、分類したものである。パターンの一部はWeb上で公開している。例えばパターンのひとつ「#5 POSTPAY ALLOCATION」は「行動やログから支払元や支払先を自動で割り振る」パターン。このようなパターン言語を共通言語として使い、顧客が解決したい課題を議論する。
このパターンの背後にある問題意識は、ブロックチェーン技術に関するPoC(Proof of Concept、実証実験)を実施しても、多くの場合そこで止まってしまう問題である。ブロックチェーン技術が企業利用で意味が出てくるのは、多数のステークホルダーがいる状況(企業コンソーシアム)である場合が多いが、ここで多数のステークホルダーの合意を取るのに時間がかかってしまう。またブロックチェーン技術そのものが発展途上で技術選定にも時間がかかる。ユースケースも現行ビジネスの観点で考えてしまう。
興味深かったのが、企業でのブロックチェーン活用を検討すると「大きすぎるユースケースか、小さなユースケースになってしまう」との指摘だ。企業にとって、ブロックチェーン技術とは意外に扱いが難しい対象といえる。そこで同社は企業へのブロックチェーン導入の有効なパターンを整理して共有することを目指している。
NECは高速合意形成アルゴリズム、ユーザーによるID管理などを研究
NECセキュリティ研究所の特別技術主幹である佐古和恵氏は「TEEを用いた高速コンセンサスといくつかのブロックチェーン・アプリケーション」と題して講演した。
佐古氏は暗号分野の研究を続けてきたが、「以前は暗号アルゴリズムの話をしても、みんな面倒がって使ってくれなかった。ビットコインが普及したら興味を持ってくれるようになった」と話して場内の笑いを誘っていた。佐古氏はブロックチェーン技術の標準化に取り組むISO/TC307の活動にも参加している。また、書籍『ブロックチェーン技術の未解決問題』(松尾真一郎ほか、日経BP社、2018年)では、Bitcoinの合意形成や攻撃手法について執筆している。
講演では3つの独立した話題を取り上げた。1番目の話題は新たな高速合意形成アルゴリズムである。NECは2018年2月に「世界最速 毎秒10万件超の取引を可能にするブロックチェーン技術」と題した発表を行っている(プレスリリース)。その内容に関する説明となった。
提案手法では、プロセッサにセキュリティ領域を組み込む技術TEE(Trusted Execution Environment)を利用して、合意形成アルゴリズムPBFT(Practical Byzantine Fault Tolerance)を改良した。TEEは、「Intel SGX」やARMプロセッサの「TrustZone」としてすでに商用プロセッサ上で実装されている。
合意形成アルゴリズムPBFTのメリットはファイナリティが得られる点だが、弱点はノード数が既知である必要がある点と、ノード数が多くなるとネットワークを飛び交うメッセージが急増して性能が上がらない点である。提案方式では、「木構造で順番を決めることで、メッセージをルートにそってアグリゲート」する手法によりノード数13の場合のメッセージ数を約1/6に削減した。200ノードで毎秒10万件の取引を処理できるよう高速化している。さらにビザンチン耐障害性を向上した。PBFTではf個のノードの障害を許容するのに(3f+1)ノードを必要とする。つまりシステムの動作を妨害するには33%超のノードを奪取すればよかった。一方、提案方式ではf個のノードの障害を許容するために(2f+1)ノードでよくなる。つまり50%超のノードを奪取しなければ攻撃できなくなった。ただし、このビザンチン障害耐性には前提条件が別にあり「従来方式では13ノードぜんぶが合意するが、提案方式では半数のノードが合意し、それを他に伝える。その意味ではオプティミスティック。悪い人がいたらロールバックするのでこのスピードは出ない」とコメントがあった。
この技術の開発には、NECの欧州の研究所であるNEC Laboratories Europeの研究者、Ghassan Karame氏の功績が大きかった。Karame氏はBitcoin XTに技術を貢献するなど、Bitcoin分野やブロックチェーン分野で実績を持つ。論文"Scalable Byzantine Consensus via Hardware-assisted Secret Sharing"では今回の提案手法「FastBFT」の詳細を述べている。
2件目の話題は「公平性を検証可能な乱数発生」である。これは、ブロックチェーンを応用してゲーム内で使われる乱数の公平性をユーザーが信用できるようにする仕組みである。例えば「ガチャ」の当選確率を運営側が操作しているのではないか、といった疑惑を払拭することができる。
その方法は、ブロックチェーンにサーバー側の乱数シードを「封印」し、ゲーム後に開封して疑似乱数発生系列を検証可能にするというもの。ブロックチェーンへのアクセスは最初の1回だけで済むので、ブロックチェーン利用に発生する手数料も最小で済む。ゲーム用途を考えてUI、操作性に配慮した。実際にHEROZのオンラインゲームで採用された実績がある。
3件目の話題は、ユーザー側主導でID管理を行う技術「Self-Sovereign Identity」である。これはID管理レイヤーをブロックチェーンに入れるもの。複数のサービスでIDの突き合わせができなくなるように、複数のIDを使い分ける機能も備える。匿名認証技術を利用している。その成果はHyperledger Indyとしてオープンソースで公開している。また、活動内容はsovrin.orgとして公開されている。
講演後のパネル・ディスカッションで、佐古氏は、ブロックチェーン技術に関して「たぶん私たちは語彙が少ない」と語り「語彙を高めていかないと」議論を深めていくことが難しいとの見方を示した。例えばブロックチェーン技術に関してよく使われる概念「トラストレス」にしても、「いろんなものを前提にして、たまたまたうまくいっている状況だと思う」と話す。BitcoinやEthereumという実際に動いているパブリックブロックチェーンに対して、プロの研究者がこのような感想を述べる事例はよく見聞きする。BitcoinやEthereumのようなパブリックブロックチェーンに関して、学術分野の研究者が納得できる共通の議論の土台となる語彙がまだ足りないようなのだ。
ブロックチェーンの標準化活動が始まっているが、「ブロックチェーンの定義」という最も基本的な合意がまだできていない。佐古氏は、ブロックチェーンの分類に関しては「データを公開しているかどうかでPublic/Privateに分け、参加するのに許可が必要かどうかでPermissionless/Permissionedに分ける」という2軸の分類が「自分にはしっくりくる」と説明する。この分類では、BitcoinやEthereumは「Public/Permissionless」、Hyperledger Indyは「Public/Permissioned」、Hyperledger Fabricは「Private/Permissioned」と分類できる。
富士通研は異種ブロックチェーンを連携するコネクションチェーンを開発
富士通グループの研究開発会社である富士通研究所のブロックチェーン研究センター・シニアリサーチャーの藤本真吾氏は、「異なるブロックチェーンの安全な連携技術~コネクションチェーン~」と題して講演した。富士通は「コネクションチェーン」を2017年11月に発表している(プレスリリース)。
「コネクションチェーン」とは、複数のブロックチェーンを連携するためのブロックチェーンである。ブロックチェーン上で動作するプログラム「スマートコントラクト」を活用し、異種ブロックチェーン間の価値移転を実行する。
想定するユースケースは「地域通貨Aを支払うことで、地域通貨B建てでビジネスを行っているX書店から買い物をする」、「データ流通ブロックチェーンの上で購入したデータ量に応じて、支払いブロックチェーンの上で決済する」などだ。スマートコントラクトとして機能を実現しているので、異種ブロックチェーンを連携させた業務上のニーズに対応する機能を作り込むことができる。例えば本人確認との連携や、取引失敗時のロールバックなどの機能を備えている。
コネクションチェーンは、このような異種ブロックチェーン上の決済を記録するブロックチェーンであり、また異種ブロックチェーン連携用スマートコントラクト(「拡張スマートコントラクト」と呼んでいる)を動かすプラットフォームでもある。特定のブロックチェーン技術に異存しないよう抽象化レイヤーを持つ。当面のターゲットはHyperledger FabricとEthereumである。
日本IBMは「ブロックチェーン企画を通すコツ」を伝授
日本アイ・ビー・エム(日本IBM)のブロックチェーン・ソリューションズのエグゼクティブITスペシャリストである紫関昭光氏は「ブロックチェーンのユースケース組立ての勘所」と題して講演した。その主な内容は、ずばり「企画書、稟議を回すための注意点」である。「PoCから先に進む」ためのノウハウ集ともいうべき内容だった。
日本IBMを含めたグローバル企業であるIBMがコミットするブロックチェーン技術がHyperledger Fabricだ。日本企業では、NEC、富士通、日立製作所、NTTデータなどがHyperledger Fabricへの取り組みを進めている。
Hyperledger Fabricは、4半期ごとのバージョンアップと速いペースで開発が進んでいる。2019年初頭にはv1.4が出る予定で、このバージョンでは長期的な保守LTS(Long Term Service)が予定されている。また価値移転の機能であるTokenizationが加わる。「今までFabricはトークンとは距離を置いていたが、最近できるようになった」と説明する。
この日に紫関氏が紹介したニュースは、米IBMとデンマークの海運大手マースク社が組んだ国際コンテナ貿易追跡の業界プラットフォームTradeLensがこの日のワークショップの前日に「サービスインした」というもの。TradeLensは、Hyperledger Fabricを活用した業界プラットフォームの中でも最も大きく重要なものの一つだ。また、大手スーパーのウォルマートと組んだ食品追跡の業界プラットフォームFood Trustも「本稼働に入っている」と説明した。
IBMらしい、と感じたのが、「ブロックチェーンはSoE(System of Engagement)かSoR(System of Record)かといえば、SoR」との説明だ。SoEは、Webとデジタルマーケティング技術、モバイル技術などを駆使して付加価値を創出する取り組みである。一方、SoRとは直球ど真ん中の「基幹系」を指す。ブロックチェーン技術の取り組みの多くがPoC(実証実験)から先に進まない大きな理由として、基幹系というイナーシャ(慣性)も抵抗も大きな領域の取り組みであることがある。
紫関氏は「ブロックチェーンが既存技術を完全に置き換えることはない」と話す。おそらく既存技術とは並行して動かす形になる。そこで大事なことは、「ライン(現場)を巻き込んで『どういう問題を解きたいか』からスタートすること」と強調する。
企業利用でのブロックチェーンの価値は、利害が異なる当事者どうしの情報共有、価値移転に適していることだ。つまり「広がりが大きいほど価値が出てくる」。その一方で、大きな外部プレイヤーが参加すると合意が難しくなってくる。そこで大きなゴールを描きながら、中間のロードマップの最初の第一歩を「自社内、自社グループで」とすることが重要だと指摘する。
エンゲートは、NEMの実用性と若い世代の熱気を紹介
プロスポーツチームや選手への「投げ銭」をアプリから行えるサービス「エンゲート」を運営するスタートアップ企業エンゲートのBlockchain PRの藤田綾子氏は、「パブリックブロックチェーン上で実稼働する『エンゲート』のご紹介」と題して講演した。
エンゲートは、「デジタルギフト」を購入してプロスポーツチームや選手への「投げ銭」に使う仕組みだ。その投げ銭の内容を透明性を保って記録するためにNEMのパブリックブロックチェーンを用いる。NEMを採用する理由として、Ethereumより手数料が安いなどの費用対効果、各国の実サービスで使われている実績、それに金融庁ホワイトリスト(仮想通貨交換業者が取り扱う仮想通貨のリスト)にNEMが含まれていることの3点を挙げた。
パネル・ディスカッションでは、藤田氏から興味深い発言があった。同社は、若者の活動の場として自社オフィスを提供する取り組みもしている。「早朝に、しかも毎日開催する『クリプトモーニング』というイベントに若者が集まり活発に議論している」とその熱気を伝える。また、エンゲートに協力するメンバーの中にはEthereumのサイドチェーン技術Plasmaに取り組んでいる開発者もいる。Plasmaのプロトコル開発に夢中になっている開発者は「もれなく26歳以下」だと藤田氏は指摘する。「オープンソースコミュニティは、英語さえできれば世界中の天才と仕事ができる。それが若い人たちの気持ちをかきたてている。若い世代がこんなに夢中になっているものは他の世代に広がっていく。技術で実現する気持ちに期待したい」そう藤田氏は結んだ。