イベントレポート

「UNIXの歴史は異文化交流の歴史」ブロックチェーンエンジニアよ、人とつながるべし

UNIXの歴史に学ぶWEB3.0の作り方セミナーをレポート

 ブロックチェーン特化型のコワーキングスペース事業などを手がける株式会社HashHubは1月30日、「UNIXの歴史に学ぶWEB3.0の作り方」と題してセミナーを開催した。セミナーでは、日本UNIXユーザー会(以下、jus)幹事でフリーランスエンジニアとして活動する法林浩之氏と、株式会社Chaintope所属のEthereum研究者である中城元臣氏が登壇し、講演を行った。後半では座談会形式のパネルディスカッションが行われた。本稿では、セミナーの模様をお伝えする。

平成生まれのためのUNIX&IT歴史講座

日本UNIXユーザー会・幹事(元会長)の法林浩之氏

 セミナー前半では、「平成生まれのためのUNIX&IT歴史講座」というテーマで、法林氏が講演を行った。法林氏はjusの幹事を務めながら、フリーランスのエンジニアとして活動している。35年間というjusの歴史を振り返りながら、当時のIT業界事情を解説した。

 法林氏は冒頭で、jusが1983年に設立時から発行している会報「/etc/wall」のバックナンバーが発見されたことを語る。同誌を電子化するとともに、そこに記された当時の生の情報をもとに、各所でIT歴史講座を実施しているという。

「UNIX Fair」で実施されたネットワーク接続実験の概要

 今回の講演は1990年代前半の内容となる。MacやWindowsの登場はまだ先で、各社がハードウェアとOSを独自に作り、それぞれ仕様が異なるという時代背景だ。当時はネットワークの互換性を確認するために「UNIX Fair」というカンファレンスで各社が機器を持ち寄り、長大な1本のイーサネットケーブルを使って相互接続して確認するという方法を採っていたことなどが語られた。

「2001年のワークステーション像」砂原秀樹氏・著で発表された予想

 法林氏は「当時jusが各地で活動を行っていた中でも、面白い発表」として1991年に、jusの幹事で電気通信大学の砂原秀樹氏(現慶應義塾大学教授)が発表した「2001年のワークステーション像」を取り上げた。砂原氏は約20年前の時点で現行のクラウド機能、計算機・ネットワーク性能のおおまかな予測を言い当てていたという。

 その後、jusでのフリーソフトウェア配布方法の1/4インチテープからCD-ROMへの変遷や、1993年のLinux配布、PC-UNIXの発生、文字と画像を単一ウインドウで表示するブラウザ「Mosaic」の衝撃などが語られた。今回の講演資料は法林氏がSlideshareにて公開しているので、全容はそちらをご確認いただきたい。

ブロックチェーン開発の変遷と課題

株式会社Chaintope・開発者の中城元臣氏

 セミナー後半では、中城氏が「ブロックチェーン開発の変遷と課題~UNIXの歴史から学べること~」と題してブロックチェーンの歴史や現状、今後の課題について講演を行った。中城氏は、Ethreumの仮想マシンEVMに用いるスクリプト言語や機械言語を専門領域として研究を行っている。講演のトピックは下記の通り。

  • ブロックチェーンの歴史
  • ブロックチェーンのカテゴライズ
  • ブロックチェーンで本当の分散された環境が作れるのか?を考察
  • 低レイヤーの課題を提案
2008年8月18日、bitcoin.orgのドメイン登録。同年10月31日にサトシ・ナカモトがBitcoinの論文を発表。2009年1月にBitcoinの第1ブロック生成
2010年8月まで多くの脆弱性が発見・改善されてきたが初めてプロトコル自体の脆弱性が確認される。2011年4月にDNSを実装するNameCoin、同年10月にBitcoinからフォークしたLiteCoinがリリースされる。
2013年後半にヴィタリック氏がEthereumの構想を発表。2014年にはMonaCoinをはじめ、プライバシー改善プロジェクトのMonero、金融分野向けのBitSharesなど、多数のアルトコインが登場。
2015年3月にNEM、同年7月にEthereumがリリースされる。同年10月に初期のサイドチェーンとしてLiquidのプロトタイプがリリース。
2016年にはブロックチェーン活用のSNSのSteemit、PoS亜種のDPoSを採用したLisk、匿名性通貨のZcashがリリース。2017年7月にはBitcoinメインチェーンにSegwitが実装される。
2018年1月にBitcoinのメインチェーンでライトニングネットワークが稼働開始。同月DApps重視のEOS.ioがリリース。2018年6月には同じくDApps向けのTRONがリリースされた。

 ブロックチェーンの歴史について、講演では誕生から細かく解説されたが、年代の古いものに関して本稿では上記のとおり簡単な紹介にとどめる。

 このトピックの締めくくりとして、中城氏は「ブロックチェーン3.0」という最近話題に上るワードについて、意見を述べた。中城氏は、Mimblewimble(ミンブルウィンブル)のように新しいアプローチのプロトコルを持つもの、Ethereumでのシャーディングのようなスケーラビリティの抜本的改善が施されたものが「ブロックチェーン3.0」に該当すると語る。

ブロックチェーンの歴史、2019年以降

 ブロックチェーンによる分散環境について、中城氏はBitcoinとEthereumのハッシュレートを例に、国別で見ると偏りがある点、ノード運用者の利用クライアント一極化という懸念を述べた。見方によっては権力が集中化しているが、氏は「非中央集権の要件はVerifiable(誰でも、誰が何をやっているか見られる状態)」と主張し、その観点からすると「現状は集中化しているが非中央集権と呼べる」とした。

 中城氏は、ブロックチェーンの低レイヤー(ベーシックレイヤー)における問題として、4点を取り上げた。

セカンドレイヤーのネットワーク構造「右のモデルが理想だが、現状中央のモデルから移行するのは難しい」(中城氏)
ブロックチェーンのデータ構造改善によるフォーク発生率の減少「フォークによる無駄なデータの発生を抑えるためにネットワーク伝播の効率化が必要」
Ethereumの更新速度がHDDの書き込み速度を超える問題「プラットフォーム系ブロックチェーンすべてが抱える問題で、根本的改善が必要」
Ethereum仮想マシンEVMの下位互換性問題「下位互換性を保ちながら開発を進めるのは難しい。下位互換性を保ちながら進めたというUNIX系の開発から学べることがある」

 今後現れる速いブロックチェーンでは、速ければ速いほどノード間で大量のデータが交わされることとなり、ネットワークの効率化が不可欠であると中城氏は語る。「ブロックチェーンのデータが流れる構造を改善すると、フォークの発生を抑えられる」という先行研究(上図、右上)を基にネットワークの効率化が今後必要であると主張した。

 講演のまとめとして、中城氏は「Decentralized Maximalist」を自称し、真の分散性に向かって、1つ1つ問題を解決しながら開発を進めていくという野望を語った。

パネルディスカッション

 パネルディスカッションでは、司会進行を株式会社Chaintope・CEOの正田英樹氏が務める。先に講演を行った法林氏と中城氏に加え、ネットワーク分野の研究開発者である株式会社HAW internationalの岩男皓一朗氏が参加し、座談会形式で討論を行った。以下ではその一部を抜粋する。

パネルディスカッションの模様(写真左から、正田氏、岩男氏、中城氏、法林氏)

ブロックチェーンに必要な性能向上

 討論の冒頭では、岩男氏がネットワークエンジニアとしての視点から、「ブロックチェーンが広く活用されるために必要な性能」について、持論を展開した。氏は、インターネットが黎明期を経て有用な技術として利用されるまでに、「ISDN(64kbps)から初期の光ファイバー(10Mbps)という移り変わりで150倍の性能向上」があったことを述べた。そして、現行のBitcoinの性能である7tps(トランザクション/秒)を150倍すると現行のクレジットカードが持つ3000から4000tpsという性能と比較できるレベルとなることから、ブロックチェーンには150から200倍の速度向上が必要であると主張した。

 岩男氏の論を受けて中城氏は、「Bitcoinの7tpsという性能はファーストレイヤーのもので、誕生から10年経っても変化していない数値」と語る。氏は、現行のセカンドレイヤーによる速度改善(ライトニングネットワークなど)も将来的にはファーストレイヤーの性能がボトルネックとなる可能性を挙げ、ファーストレイヤーの性能向上の必要性について同意を示した。一方で、100倍を超えるような性能の向上をBitcoinで実現することは、実際には難しいとしている。

ブロックチェーンによるネットワークインフラへの負担

 中城氏の講演内でブロックチェーンの課題として「ネットワーク最適化」があった。これを受けて、岩男氏はネットワークインフラへの負担に対して懸念を示した。かつて、動画配信サービスの黎明期にインフラ事業者の回線にデータを流すだけのコンテンツ配信事業者が多数発生し、「ネットワークインフラただ乗り論争」として問題になったと語る。現在はコンテンツ事業者が海底ケーブルの敷設等に出資するなどして改善されたが、ブロックチェーン界隈でも、ハードディスクで処理できないレベルのトラフィックが発生するならインフラ投資を負担するべきと主張した。

 インフラの問題に対して、中城氏は、ブロックチェーン業界でも実際にインフラの整備を行っているBlockstream社の事例を挙げた。同社は衛星を打ち上げるなどの取り組みを行っているという。その他、インターネットに限らない通信方法を整備するという方法を提案した。

まとめ

 討論の締めくくりに、法林氏は「jusの35年間の歴史はいろんなレイヤーに関わるさまざまな団体の人たちとの交流の歴史」とし、参加したブロックチェーンエンジニアに対して、「ほかのレイヤー、ジャンルを開発する団体にも積極的に関わる」ことを勧めた。経験則から、そこで自身の抱える問題を投げかけることで、異なった切り口から解決のヒントが得られるのだという。

日下 弘樹