イベントレポート

トークンエコノミーの時代がやってくる!―見えない価値を可視化し、交換する技術

#2 Digital Asset Academy~ブロックチェーンとコミュニティの未来~

(Image: Shutterstock)

 ブロックチェーンのユースケースとしては2017年から仮想通貨が大きな注目を浴びてきたが、2018年には仮想通貨交換所から資産が大規模に流出する事件が発生したり、いくつかの通貨ではハードフォークという一般のユーザーには理解しにくい運用ポリシーによる“再編”という名の下でのイザコザが生じたり、そもそも通貨としては決済手段としての利用範囲が狭かったり、幸いにも取引によって利益が得られたとしても、納税(確定申告)の手続きが難しかったりといういくつものデメリットが生じたことから、一時期の仮想通貨の投機ブームも一気に冷え込んでいるのが実情だ。

 一方で、仮想通貨はブロックチェーンのユースケースのひとつにしかすぎず、それ以外でもさまざまな応用のアイデアが研究されていたり、社会実験も行われたりしている。そのなかでこれから注目できるのが「トークンエコノミー」という考え方である。

 去る1月29日、アルトデザイン株式会社は「未来のカタチをデザインする」と題するトークンエコノミーに関するミートアップを東京で開催した。当日、プレゼンテーションに登壇したのは、株式会社博報堂が発足した「HAKUHODO Blockchain Initiative」(博報堂ブロックチェーン・イニシアティブ)の伊藤佑介氏、株式会社INDETAIL代表取締役の坪井大輔氏、そしてSho T氏という3名で、それぞれの観点からトークンエコノミーへの取り組みについて熱く語った。ここではその概要を紹介する。

博報堂が考えるマーケティングソリューションとしての「トークンコミュニティー」

 博報堂の伊藤佑介氏がこの分野に注目したのは、2016年にサトシ・ナカモトの論文を目にして衝撃を受けたことがきっかけだという。それ以後、博報堂の事業でもあるマーケティングやコミュニケーションの領域でブロックチェーンを活用するための研究を始めた。とりわけブロックチェーンは1990年代のインターネットの登場にも匹敵するほどの大きな技術革新をもたらすのではないかと直感したと振り返る。

 そして、2018年になり、博報堂社内でもようやくブロックチェーンが認知されるようになり、博報堂グループ組織横断の専門プロジェクトチームである「HAKUHODO Blockchain Initiative」(博報堂ブロックチェーン・イニシアティブ)が立ち上がった。

 この組織ではブロックチェーンを「コミュニティーを形成するために適したツール」として位置づけていて、一般にいわれる「トークンエコノミー」という観点よりは、「トークンコミュニティー」という観点から、さまざまな施策を考えているという。

 博報堂がいうところの「コミュニティー」とは、生活者にとって、それぞれ共通の価値観を持った不特定多数の人が価値交換を行う集まりを想定しているという。若者世代にとっての孤立感、国や企業に対する信用度、核家族化などに伴う人々の関係が分断されるという課題に対し、それらをつなぐ方法としてのコミュニティーが重要視される時代になりつつあると指摘する。

 一般的に、コミュニティーというと、これまではゲートボールを楽しむような趣味が同じ人の集まりをイメージしがちだが、とりわけ若年層、すなわちデジタルネーティブ世代にとってのコミュニティーとは、ネットワーク上のコミュニティーサービスに参加して、活動を日常的に行っていることから、そうした行動があたりまえになった時代にあわせて、コミュニティーを起点としたマーケティング、これまでの代理店の施策とはマス中心であったものが、若い世代に対してはコミュニティーを中心とした施策になるという。

 また、伊藤氏は、ブロックチェーンの技術的な背景にも注目している。いうまでもなく、ブロックチェーンには管理主体が存在しなくても自律分散的に機能するプラットフォームであり、情報の改ざんができない台帳データベースという特性がある。管理者がいないということは、博報堂のような広告代理業でいうならメディアと広告主の間をつなぐ取次業務などがブロックチェーンに置き換えられる可能性もありうるわけで、そうした変化への備えは守りの観点からも考えておく必要があるとしている。

 すでに博報堂ではトークンコミュニティーのデータ解析ツール「トークンアナライザー」を開発している。これはコミュニティー内でのトークンのやりとりについて、社会学のネットワーク分析の手法を応用することで、その盛り上がりを定量的に観測したり、コミュニティーのキーとなるユーザーやイベントを特定したりできるようになるというものだ。こうしたツールを活用することは、博報堂のコアとなるビジネスとの親和性が期待される。

 ブロックチェーンのスタートアップであるPoliPoliとのアライアンスでは、お互いの知見を持ち合ってビジネス開発を行っている。また、アドテクノロジーを手がけているユナイテッドとも研究開発ラボを立ち上げて、マーケティングに与える影響や事例を調査研究している。いずれも既存のITソリューションのようにマイナスをゼロにするような取り組みではなく、ブロックチェーンがなければできなかったような価値創出をいかに実現するかということだという。

 この「トークンコミュニティー」という単語は伊藤氏が業界団体で提唱し始めた言葉だという。その理由として、「トークンエコノミー」という言い方になじめなかった点を指摘している。「エコノミー」というと「商圏」という意味が強すぎて、経済的(=貨幣)なものが関わっていないと回らないというイメージがあるが、経済価値以外のなにかを乗せることができるということを、商圏ではなく、同じ価値観が持つ集団がコミュニティーだと考えたいという。

 そのようなことから、ブロックチェーンはサービスを作るのではなく、コミュニティーを作るという考え方で博報堂のチームでは議論を進めている。

 最後に、伊藤氏は独自の見解と断りながらも、ビットコインのような仮想通貨も「トークンコミュニティー」という考え方で分析ができるという。

 当初、管理者たる中央銀行が発行した法定通貨に根ざした資本主義経済から開放され、技術が担保するデジタル通貨で新しい資本主義を作るのであるという崇高な理念に賛同した人々、つまりコミュニティーが存在していた。しかし、仮想通貨が現在にような厳しい状況に至ったの理由のひとつは、当初、法定通貨からの開放という理想を掲げていたはずなのに、なぜか仮想通貨が法定通貨と交換できることにより利益を上げられるというようなことに変質していき、描いていた理想とはほど遠い人たちが多く参入してきたことが理由ではないかと指摘する。

 そもそもの理念を共有できたコミュニティーのなか、とりわけ開発者コミュニティーのなかで、なんらかの自分に優位性のあるコーディング作業を引き受けた対価としてトークンとしての仮想通貨を受け取り、さらにそれを使って他のエンジニアに優位性のある分野のコーディングを依頼するようなやりとりが想定されていたのではないかというわけだ。

博報堂ブロックチェーン・イニシアティブの伊藤佑介氏

リアルエコノミーと補完関係にあるトークンエコノミーの実現

 株式会社INDETAILは北海道に根ざした創業10年になるベンチャー企業で、現在、社員は158名になるという。事業内容はビジネスソリューション事業などに加え、現在ではブロックチェーン事業も営んでいたが、すでにほとんどのエンジニアが属するビジネスソリューション事業の売却を発表している。

 今後はブロックチェーンに注力した小規模な組織で再スタートをきることが決定しているという。現在、ブロックチェーンの技術者は6名で、全員が外国籍だが、経歴としてはみなそれぞれの国のエリートであるという。

 坪井大輔氏は現在の情報通信技術の分野がGAFAらによって支配されているプラットフォームのうえで中央主権的に管理されているとし、一方のブロックチェーンはそれとは真逆の位置に存在している自律分散的なアプローチであるとその特徴を説明した。

 また、すでにインターネット上で交換されている法定通貨の機能を置き換えることがトークンの役割でもないと指摘する。法定通貨で行われていることをあえて否定して、トークンに置き換える努力をするようなことには特段の意味がなく、それよりもこれまでの法定通貨で表現できなかった価値を扱えるようにするのがトークンであるという。

 例えば、ちょっとした謝意であったり、コミュニティー内での貢献であったり、お互いの評価であったりといった価値をどうやって計測し、交換し、蓄積するかということである。トークンも法定通貨も別のものではなく、相互に補完関係にあるものだというわけだ。

 そうした理念のもと、まずはブロックチェーンに対する社会の理解を得るためのユースケースを開発してきていて、このプレゼンテーションでは同社が取り組んできたユースケースのいくつか示した。

 ひとつ目に紹介したのは「調剤薬局のデッドストック解消サービス」である。調剤薬局の最大の課題は仕入れた医薬品が消費期限を迎えてしまうまえに売りきれなかった場合のデッドストック化だという。とりわけ、調剤薬局はその85パーセントが個人経営であり、組織化が行われていない。しかも、その数は全国で5万8000店舗にものぼる。

 こうした組織化されていない「分散された産業構造」は、ブロックチェーンでつなぐのにやりがいのあるモデルだという。

 薬局間でデッドスックになりそうな在庫を手頃な価格で取引したいというニーズはかねてあり、これまでは体育館などの場所を借り切って、薬局間でのデッドストックの売買が行われてきた。そこで、ブロックチェーンを使うことで、その取引をネットワーク上で円滑に行おうという仕組みを開発した。さらに、従来の物流機構も配達という業務に組み込むことで、既存産業の形態を維持するような工夫も行われている。これは2017年10月にはフェーズ1が終了している。

調剤薬局のデッドストック解消サービス

 もうひとつの例は、自動車部品の流通をブロックチェーンに記録する取り組みである。自動車部品はさまざまな工場でばらばらに製造され、組立工場に集められて1台の車になるが、それぞれの部品がどこの工場でいつ製造されたのかを記録することで、信頼性の高い情報管理ができ、ユーザーにとっては安心・安全な利用をすることができるようになることを目指したという。

 さらには、製造後の車がどのくらいの期間、どのくらいの距離を走ったのかという履歴ともひも付けることができ、中古車として流通したあとでも、こうした記録は維持される。たとえ故障やリコールが発見された場合にも、各個体でのトレースが可能にある。こちらは2018年8月にフェーズ1が終了した取り組みだ。

ブロックチェーンを活用したトーレーサビリティシステム

 そして、最後にあげた例は地域通貨を使い、過疎地域における公共交通システムを実現させる例である。

 いうまでもなく、過疎地で深刻なのは「生活の足」となる交通機関の確保である。北海道ではローカル線は廃止となり、路線バスの維持も困難になりつつある。もちろん、高齢化が進むにつれ、自分で車を運転することが難しくなる世代も増加していく。そこで、どのようにしたら公共交通機関が維持できるのかという社会課題に取り組むのがこの例である。

 具体的には、地方には太陽光パネルによる発電設備があること多く、それを使った電気自動車(EVバス)を稼働させるというプランだ。これは地方自治体や国などの資金により運営されことを前提とするが、利用者はそのサービスを受け身で利用するだけでなく、その地域における消費活動やその地域内での医療機関の受診をするなど、地域の経済活動などに参加することでトークンを得られるようにし、そのトークンを使って公共交通機関を利用してもらうという仕組みだ。

 過疎地からは産業がどんどんと減っていって、利用者は隣町へ行って経済活動を行ったりするという悪循環が生じていることから、その地域の経済活動が失われないようにしようという仕掛けが組み込まれている。リアルエコノミーを補完するようにトークンエコノミーを実装することで、地域での活動を活性化し、地域の価値を共有しようというわけだ。

ブロックチェーンを活用した地域通貨移送サービス
株式会社INDETAIL代表取締役の坪井大輔氏

マネタイズから「価値タイズ」へ

 つぎに登壇したのはSho T氏で、IT企業に勤務するかたわら、ブロックチェーンSNSのSTEEM/Steemitのアンバサダーを務めている。それに加え、ブロックチェーンに関するイベントを主宰するなど、関連分野において活躍をしている。

 Sho T氏によれば、人はあいまいな目的のままに貨幣というものに絶対的な価値を求めたがる傾向にあるが、決してそれだけで充足されることなく、感謝、希少性、経験、共感、影響力、信頼などの「見えない価値」も感じて生きていると指摘する。

 「どのようなとき、仕事にやりがいを感じるか」と問われれば、「お客さんに喜んでもらえたとき」「感謝されたとき」「自分が成長できる経験ができたとき」というような答えが返ってくるのは決して珍しいことではないのがその一例だという。

 しかし、貨幣がなければなにも実現できないという現実があることから、意識のなかにおける「見えない価値」の比率が下がってしまっているというわけだ。

やりがい・意味を求めている

 そこで、いままで見えなかった価値を含めた、拡大した価値の経済を作るのがトークンエコノミーであると指摘する。すなわち、これまでの「マネタイズ」という考え方をさらに進め、価値を直接に求める経済とはなにかという命題である。Sho T氏はそれを「価値タイズ」と呼んでいるという。

 具体的にこのようなモチベーションを原動力として実装されているSNSがSTEEMである。

 一般的なSNSではなんらかのコンテンツが投稿され、それを閲覧した人が共感をした場合に「いいね」という評価がつけられ、その数が価値の証しとなっている。STEEMではその価値に応じ、投稿した人と「いいね」をつけた人とに報酬プールからトークンを一定の比率で分配される仕組みになっているという。

 そして、STEEM上での活動によって、結果的にトークンをたくさん所有した人はそのなかでのステータスも上がり、「影響力がある人」と認定される。さらに、影響力のある人の共感が得られ、その人から「いいね」がつけられると、より高い価値の「いいね」としてカウントされる。

 一方、読者もやみくもに「いいね」をつけることはできず、ほんとうに「いい」ポストに「いいね」をつけることで評価され、読者としての信頼をトークンの分配によって計測されるという仕組みになっている。

 さらに、当初、STEEMには記事を投稿するアプリケーションしかなかったが、APIが公開されていることから、動画、音楽などを投稿するアプリが開発され、さまざまなコンテンツが投稿されるようになったり、クラウドファウンディングと連動したオープンなつながりを形成したりしつつある。

 つまり、誰かが所有している基盤ではなく、全員が生産者であり、消費者であるともいえる。

特定の管理者なしに価値が循環する経済の創造へ

 STEEMのなかでは、集まったトークンの数はその人の信頼や影響力の証しであるとともに、そのトークンを使って影響力を行使できるというところが興味深い。例えば、クラウドファウンディングに参加するというと、一般的には貨幣によって出資をすることになるが、影響力のある人があるプロジェクトに対して賛同の「いいね」をすることで、そのプロジェクトにトークンが分配されることになるので、出資をしたのと同じ効果が得られるという。

 このように、オープンな環境にコミュニティーを作り出し、特定の管理者なしに価値が循環する経済圏を創造しようというコンセプトの実装がSTEEMである。

 実は、こうした管理者のいない「非ピラミッド型」の環境というのは現実社会においても意識されつつあるところだ。話題となったマネジメント手法としての「ティール組織」や「ポートフォリオ・ワーカー」といった考え方も、「力に縛られない、個性が生かされる社会」の象徴ともいえるものだ。トークンエコノミーはこうした動きと本質的に類似している。

 みんなが共有するネットワークの価値そのものが高まらないと、その場所の価値そのものが下がってしまうということにつながるので、コミュニティーで影響力のある人が一人でがんばっているだけでは意味がなく、参加している組織全体がよくならないといけないということで、コミュニティーとプロジェクトがお互いに育て合わないとならない関係になる。自分だけが主語ではなく、ネットワークが主語として動かなければならない点も忘れてはならないところだ。

 貨幣経済の世界とトークンの世界では原資の規模がまったく違うこと、そして、それを理解して、利用しようとする人が少ないという理想と現実、テクノロジーと社会のギャップということも厳然と存在している。しかし、だんだんと理解が進み、広まることで、こうしたカルチャーが定着していくものと期待しているという。

 それぞれのコミュニティーが価値を発見して育む場となり、さらにその価値は特定のコミュニティーを超えて流動化させるクロスコミュニティーに拡大することもありえると指摘をしている。

価値が多様な場所で発見・創造・流動されていく
Steemit/STEEMアンバサダー Sho T氏

まとめ:トークンエコノミーは根付くのか?

 通貨は価値を計測したり、交換したり、保存したりするのに都合がよい方法であり、人類の歴史上、画期的な発明であることは間違いない。しかし、貨幣では表現できていない分野にフォーカスがあたりつつあるということだろう。つまり、解決することが必要な社会課題ではあるものの、貨幣では扱いにくい(可視化しにくい)課題については、トークンによって補完することでさまざまな解決が可能になるというのが各氏に共通した見解ではないだろうか。

 たしかに、自己満足的な貨幣の“コレクション”にいそしむのは、長年、貨幣経済のなかで生きてきたわれわれ世代の悲しい性だろう。

 また、リアルに対面できる相手であれば、謝意を表すのに、コーヒーをごちそうしたりする程度のことは日常的にもあるが、コミュニケーションの範囲はリアルを超えてネットワーク越しになった場合、それはとても難しくなる。だからといって、通貨による報酬を銀行のネットワークで送金するのとはちょっと違う。いってみれば謝意のような感情をデジタル化してネットワーク越しに伝送する方法のひとつがトークンであるとも捉えられるかもしれない。

 貨幣経済のなかで生きてきたわれわれの世代でも、トークンエコノミーという理念や技術的な背景は理解できないわけではないし、その可能性は十分に感じるものの、それが社会的に広く定着するのかということについてはまだまだハードルを感じる。

 さまざまな価値観、経済格差、欲望を持つ人が入りくんでいる現実社会で「トークンエコノミー・ネーティブ」のような世代が登場してから、初めてうまく機能するのかもしれない。しかし、それは決して遠い将来のことではない。

中島 由弘