イベントレポート
ICTの発展で国家法や条約で解消できない問題も生じている
中央大学法科大学院の佐藤教授が語る「ブロックチェーンと通貨と法」
2019年4月15日 06:00
中央大学は4月6日、中央大学クレセント・アカデミーの2019年度開講記念公開講座を開催した。「ICTは国家法を破壊するか~ブロックチェーンと通貨と法~」と題して、中央大学法科大学院教授にしてクレセント・アカデミー所長の佐藤信行教授が講義を行った。
中央大学は、「生涯学習」を掲げ、25年以上にわたって学生だけでなく、すべての人を対象とした講座を、クレセント・アカデミーとして開講している。外国語実用会話講座や歴史、法律といったものからスポーツ教室までジャンルは多岐にわたり、同学の多摩、駿河台、後楽園の各キャンパスを利用して通年さまざまな講座が開かれる。
今回開催された2019年度開校記念講座は、毎年度初めに開催される各年度一回きりの講座。毎年、時事に合わせたテーマを選定して実施されるという。2019年度は、世の中を席巻した仮想通貨とブロックチェーンを例に、ICT(コンピュータと通信の融合)が法に与える影響を検討する。
講座のレポートに入る前に共有しておきたいのが、会場の年齢層が非常に高いということだ。お年寄りと仮想通貨というと最も縁遠いように見えるというのは筆者の偏見だが、実際はICTやブロックチェーンといった先端技術に興味を持たれる方も少なくない。会場には約90名が訪れたが、半数以上は登壇した佐藤氏よりも年上だったのではないだろうか。そんなご高齢の方も講義に聞き入り、熱心にメモを取っている姿が見受けられた。
国家法の無力化
国家法は、ICTが生まれる前に作られた。そのため、ICTに対応するように変えていく必要があると佐藤氏は言う。自由意志を持った「人」を国の法律で規制するというのが国家の仕組みだが、ICTは容易に国境を越えてしまい、国家法の仕組みを無力化してしまう場合がある。今回は、そんな「国家法の限界」について検討した。
従来、海外からの規制物の流入は税関の働きによって、国内へ入らないよう規制されてきた。しかし、インターネットの登場によって、データ化され、実態を持たない規制対象は、税関の仕組みを飛び越えて国内へ入ってくるようになった。刑法で定められるような規制物も、データ化されてインターネット上にごく普通に存在してしまっており、物に対する規制という国家法は、その一部が無力化されてしまっている。
こういった状況は、各国で規制内容が細かく違うことから生じる。A国で規制されていない情報をインターネット上に置いた際、それを規制対象とするB国から見えてしまうのだ。この観点から、ICTは国単位で作られた法律を無力化してしまう。
仮想通貨と法
新しい技術は国家法に影響を与えるが、以下の3つで分類できる。この3番目(3型対応)に当たるものが「国家法を破壊する」と考えられる。
- 既存の法の枠組みで対応できるもの
- 既存の法を前提とする特別法対応ができるもの
- 既存の法システム全体が揺らぎ、相当規模の法システムの改革が必要となるもの
仮想通貨は現状、2番目の「既存の法を前提とする特別法対応ができるもの」(2型対応)に分類される。改正資金決済法など、現行法の一部を変更する形で規制を実施している。改正資金決済法により、仮想通貨の購入時に消費税が生じるなどの問題は払拭されたが、より原理的な問題は未解決だという。
仮想通貨と通貨高権の関係
江戸時代、幕藩統治の頃に、各藩が独自の通貨「藩札」を発行していた時期があったという。藩札は、幕府の発行する通貨とは別に各藩の中だけで利用できる通貨として利用された。こうした独自通貨を認めると、経済システムが分断されてしまい、国としてのまとまった経済体制が作れなくなってしまう。そこで、通貨の発行は国の独占的な権利であるとする「通貨高権」という考え方が生まれた。
仮想通貨は、この「通貨高権」を侵しつつある。通貨の発行は、通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律の第4条および、「紙幣類似証券取締法」の第1条から第4条によって定められる。
明治39年に作られた「紙幣類似証券取締法」は、日本国内における紙幣類似証券を念頭に定められている。しかし、仮想通貨は国境を容易に越えることができる。法定通貨との交換についても、その場所を定義する意味がない。
現状、日本の「通貨高権」が侵害される事態には至っていない。しかし、将来的に問題となる可能性があると佐藤氏は言う。Bitcoinが大きく注目されることとなったのは、2013年に生じたキプロス危機が発端とも言われる。政府信用の破綻によってキプロスの法定通貨が機能しなくなり、大勢が同国の法定通貨をBitcoinに換えるという事態が起きた。
日本でも、将来的に法定通貨の信用が低下すればキプロス危機と同様の事態が起きる可能性がないとは言えない。実際、人工の減少を主因として日本円の信用は低下傾向にあるという。そうした場合には3型対応を取る必要があると佐藤氏は述べ、「仮想通貨は現状、国家法を破壊したとは言えない」とした。
世界をつなぐインターネットが世界の分断を浮き彫りにする
現状の仮想通貨は国家法を破壊しないとする一方、すでに国家法の枠組みで対応不可能と考えられるICT問題もあるという。それは各国の法律の違いによって生じる。それぞれの国家法はインターネット以前では独立していたが、インターネットの登場によってそれぞれの差異が顕在化し、解消不可能な問題が発生してきた。
佐藤氏は、2017年に起きたGoogleとカナダのEquustek Solutions社(以下、Equustek)の裁判を例に挙げた。発端はEquustekが同社のコピー製品を販売する企業を訴訟したことに始まる。その企業は訴訟を受け国外へ逃亡し、インターネットを通じてコピー製品の販売をグローバル展開し始めたという。
この事態を受けたEquutekは、コピー製品の流通を止めるため、Googleに対してカナダ国内で訴訟を起こした。Googleの検索結果からコピー製品の表示を止めるためだ。カナダ裁判所はこの訴えを認め、Googleはカナダ国内でコピー製品の表示を行わないよう対応した。
ところが、EquutekはGoogleの対応を不服とし、世界中すべての検索結果からコピー製品の表示をやめるようさらなる要求を行った。カナダ最高裁判所はこの訴えを認める。これに対してGoogleは米連邦地裁にて、「米国内でカナダの法に基づいたカナダ最高裁判所の決定に従うのは適法ではない」と主張した。米連邦地裁はGoogleの主張を認め、GoogleはEquutekの2度目の訴えを受け入れなかった。
- e.g., GOOGLE INC. v. EQUUSTEK SOLUTIONS INC., 2017 SCC 34, [2017]1 S.C.R. 824
- カナダ最高裁判決:Google Inc. v. Equustek Solutions Inc., 2017 SCC 24, [2017] 1 S.C.R. 842
- アメリカ合衆国連邦地裁判決:Google LLC v. Equustek Solutions Inc., 2017 WL 5000834 (N.D. Cal. Nov. 2, 2017)
この問題は国家法では解決できず、原理的には国家間の条約でも解消できないと佐藤氏は言う。インターネットには明確な国境がなく、この事例のように複数の国家にまたがるようなインターネット上の問題は、関わるすべての国家の法律に照らし合わせなければならない。そのため、従来型の国家法の枠組みでも、国家間条約の枠組みでも対応不可能の問題となる。