イベントレポート

村井純教授「インターネットの三大発明はTCP/IP、ウェブ、公開鍵暗号」=b.tokyo2019

暗号技術によって作り出されるインターネットの発展とつぎの基盤

10月2日、ブロックチェーンコンファレンスb. tokyo 2019(主催:N.Avenue、メディア協賛:CoinDesk Japan)が東京・目黒区で開催された。

まず、初日の基調講演にはインターネットの父とも称される慶應義塾大学環境情報学部教授の村井純氏が登壇した。村井氏はこの講演のなかで、インターネットの発展によって生まれた社会を「インターネット文明」であるとし、今後、さらにインターネットがすべての基盤となり、さらに国際化が進む社会においては、各国、各分野のステークホルダーが集まって議論することが重要であるということ、そして、暗号技術によって生まれたブロックチェーンという基盤技術が国際社会においてどのような意味を持っているかについて述べている。

以下には、その講演内容をダイジェストとしてまとめる。

慶應義塾大学環境情報学部教授村井純氏

「インターネット文明」の夜明け

私は「インターネット文明」という言葉を使って話を進めていきたい。

「文明」というと、洋の東西を問わずに、巨大な建築物に象徴されるイメージがある。人間は知能を持った生き物なので、数学、天文学、科学などの知識を使い、これまでも道具を作って、その道具を使って建造物を作り上げてきた。そして、そこに人類は社会を作ってきた。こうした流れのなかで、われわれはコンピューターという道具、それは数学の原理により動き、さらに物理学の原理を応用して高速の計算をする道具を作り出した。この道具を使って、社会を作るという意味では、インターネットが果たしてきた世の中の役割というものは、もはやすべての人類が関わるような段階に進みつつあると言えよう。そういう意味では「文明」という言い方をしてもいい段階にあると考えている。「コンピューター文明」、「デジタル文明」「インターネット文明」「サイバー文明」など、いろいろな言い方もあるが同じような意味だろう。

ただし、これまでのさまざまな文明とは大きく違う点がある。それは、かつての文明はとてつもないエネルギーと時間を使って、道具、建造物、そして社会を作ってきたが、「インターネット文明」ではソフトウェアで作っていくことができることから、大変にコストが低いということだ。

また、違いは開発コストの面だけではない。文明は地球上にいくつもの種類が存在するが、インターネットはたった1つであるということだ。かつて、私は「インターネット」という題名の本を書いたことがあるが、カタカナで書く「インターネット」と、英語で書く「The Internet」では少し意味が違う。カタカナの「インターネット」は一般的な意味として使われているが、英語での表現は「地球上でただ唯一のインターネット」という意味になる。これを文明論に戻すと、地球で唯一の文明ができているということである。

この本質は何かというと、地球という惑星とそこにいる1人1人の人間は、いったい何が作れるのかということにずっと取り組んできたのがインターネットでの開発だといえる。これからブロックチェーン、あるいはその上の仮想通貨、暗号資産というものも、インターネットという基盤の上に構築されていくことから、この惑星と人間に対して何ができるのかということを考えなければならない。これはとても大切なコンセプトである。そして、ここがまさに「インターネット文明」の価値が期待されるところだ。

国境を越えた文明とそのなかでの規制

次に図1を見ていただきたい。それぞれの国のなかにそれぞれの通貨がある。これは国ごとに異なっていて、その価値も違う。通貨以外では、警察も国ごとに存在していて、ルールも違う。また、文化も違う。例えば、テキストを表記する場合、縦書きだとか、横書きだとかということもそうだ。こうした調整が国と国との関係のなかで行われる。

図1:インターネットの上にある国ごとに異なる価値・制度・文化

インターネットによって各国がすでにつながっているので、このなかではいろいろなことが起きる。最近のできごとでいうなら「漫画村」という海賊版サイトの事件があった。インターネットの仕組みによって、こうした違法なサイトへのアクセスを制限しようという案も話し合われたが、今回は犯人がフィリピンの警察に逮捕された。それは国と国とが調整をして、相手国の警察機構が犯人を見つけだして、逮捕をして、日本に送還されるという経緯だ。解決の仕方として違う2つの方法があるなかで、今回はこうした方法での解決に至った。

インターネット空間と国際的な実空間というなかで、私たちは何を考えていけばいいのかということが問われる時代になっている。インターネット空間と私たちのいる現実空間がどのような関係になっているのかということを正しく理解して、未来を作っていかなければならない。なぜかというと、これは私たちが人類の歴史のなかで「最初の世代」だからだ。インターネットができる前には、地球が一つでそこで人間が活動する、こんなことを考えた世代はいない。インターネットができたあとでは、こうした問題を考えなければならなくなっていて、その第一世代の人類がいまこの時代に生きるわれわれだからだ。

インターネットを使い始めたとき、われわれは現実の世界に住んでいて、そこで電子メールができるようになって面白い、便利だと感じた。次にはSNSができた。そして検索サービスもできた。こうしていろいろなものができてくると、さまざまなことがインターネット空間にどんどんと引き寄せられていく。これはある意味で極論かもしれないが、いまわれわれが生きている世界では、インターネット空間と実空間の関係が逆転しつつあるのではないだろうか。

すべての産業や、すべての生活において、インターネットが関わっていない分野はもはやないといえるところまできた。そうすると、われわれのいる空間は実はサイバー空間を基本として動いていて、地理的な条件の下での現実の空間において、ときどき災害のような事象が発生しているとも言える。さらに、国と国が相互に関係してくるということではないだろうか。つまり、完全な共存が実現しつつあるのであって、これからはサイバー空間のなかで、何ができるのか、どんな新しいビジネスできるのかということを前提として考えていくことになる。かつて、本を読みたいときには、書店に買いにいっていたが、いまやインターネットで読むか、電子書籍で読むか、物理的な本がほしければオンラインで注文をするかというようになった。

すなわち、私たちの生活が前提としているのはすでにサイバー空間なのだ。そのサイバー空間を作っているインターネットやウェブで、これが社会の基盤を作っている。インターネットは地球全体を包んでいて、国境は意識をしていない。人間はどこの国にいても、ウェブを使って世界の空間、地球全体、惑星全体を基盤とし、いろんなことが実現できるようになってきている。ウェブにはドメイン名、URLでアクセスできるから、そこにはもはや国境という概念は存在しない。

インターネットの三大発明はTCP/IP、ウェブ、そして公開鍵暗号

インターネットの世界の三大発明を挙げるとするなら、それはTCP/IP、WWW(ワールドワイドウェブ)、そしてRSA、すなわち公開鍵暗号である。この公開鍵暗号はまさに革命的な技術である。それまでに会ったこともない人に対して、相手の人しか解けないような暗号化を施して、情報を安全に送ることができる技術だ。この技術がインターネットのなかで利用されるようになったことで、安全な通信ができるプラットフォームが地球という惑星全体を包むようになった。あたりまえのようにクレジットカードの番号を送ることができるようになり、電子商取引が活発になった。それ以外にも、以前ではできなかったようなこともいろいろとできるようになってきた。こうした基盤ができたことで、今後、世界中でイノベーションが生まれてくる。このように、デジタル情報が自由に流れる空間が地球全体にカバーしたとき、いったい何が起こるのかということを考えてみてほしい。

ウェブの基盤のつぎはファイナンスの基盤が重要

暗号の次の基盤として重要になるのはファイナンスの基盤である。なぜなら、地球上で人類がさまざまな活動をしたとき、どうしたらその価値を変換して、お互いに交換することができるのかということを考える必要があるからだ。そうした基盤はどうやったらできるのかというのがこのブロックチェーンという技術の大きなテーマである。

図2a:インターネット、ウェブ、ファイナンスという基盤の上にある国ごとに異なる価値・制度・文化
図2b:インターネット、ウェブ、ファイナンスという基盤の上にある産業価値

図2はそれぞれの国がインターネットでつながってしまうと、各国の貨幣との関係がどうなるかということを示している。一般的に、バーチカルをホリゾンタルにつなぐのがインターネットの使命である、というようなことがいわれる。そう考えると、いま、あらゆる産業ではだんだんとインターネットを使うようになってきた段階だといえるだろう。これまで、まったく使っていなかった産業もある。例えば、病院のなかの機械は患者の状態を検知して、蓄積している。しかし、これらの機器はインターネットにつながってなく、データは外部へは出ない。また、共有して使われたこともほとんどないだろう。したがって、これは「サイバー文明」から閉ざされた空間なのである。もしかしたら、教育などもそうした部分があるかもしれない。一方、ファクトリーオートメーションは急速に変化してきた。農業でも利用されつつある。それぞれがインターネットの上でマーケットを見て、生産をコントロールして、物流に乗せるということをそろそろできるからやろうというのが「コネクテッドインダストリー」という考え方である。

産業を越えて、新しいことができると考えることは、電子メールやSNSによって、インターネットで人類が新しいことができるようになったという考え方と同様、これは各産業がどうやって連結したり、調整したりして、いかに新しい社会を作れるかという話になる。各産業はすでに経済価値をともなっているので、ファイナンスのレイヤーが新たに定義されていくということがいかに大事なことがわかるだろう。

われわれは1つのモデルとして、「インターネット電池社会」というモデルの研究をしている。例えば、電気自動車や携帯電話に電池が内蔵されているだけでなく、あらゆる家庭、工場、商業施設などにも電池が置かれるようになり、電力を互いに流通するようになったとき、そのエネルギーマネジメントはどのようにするのかということを考えている。かなり気が遠くなるようなモデルではあるのだが、もしそうなったとするなら、原発と電力会社の役割と私たちの身の回りの関係はどうなるのか、規制はどうあるべきか、隣の家から電力を借りたり、エネルギーを買ったりというようなエネルギー流通が細かくできるようになったとすると、それはどう最適化できるのか、エネルギーを地球に保存できるのかということだ。

このときに問題になるのは、隣から電力を借りて流通させたときに、その価値をどのように交換していくかということだ。そのための価値は日本の通貨の最小単位である1円よりもはるかに小さな単位で調整しなければならないかもしれない。そして、いつもでダイナミックに世界中で調整しなければばらないかもしれない。そういうことを考えていくと、そのための新たな基盤が必要になることに気づく。いままでと同じ方法を使って、各国の貨幣価値で流通させるということは無理がある。

このような意味において、これからの未来社会を考える上で、基盤としてどういうものを作っていけばいいのかというのが、このファイナンスとグローバルスペースの関係だと思う。

ファイナンシャルインクルージョンの重要性

また、インクルージョン(包摂)という考え方がある。今年、福岡県で開催されたG20の会合ではブロックチェーンに関するセッションがあって、専門家の1人として登壇する機会があった。

ご存じのとおり、G20はリーマンショック後の経済的な対処について話し合うことを目的として始まったことが起源である。今年、日本からは麻生財務大臣や黒田日銀総裁をはじめとする金融政策のトップが登壇したが、そのなかでわれわれがブロックチェーンを議論した。この会合のなかで国際通貨基金(IMF)専務理事のクリスティーヌ・ラガルド氏がすばらしい基調講演を行った。なんと、金融規制当局の会合のなかで、暗号資産の話をしたのだ。

ラガルド氏によれば、世界の貧困層のなかで、銀行に口座を持てない人たちが大きな割合を占めているという。さらにいうなら、銀行口座を持っていない人のなかにおける女性の比率が高いという。こうした貧困問題の解消のためには、こうした貧困に苦しむ人たちが銀行口座を容易に持てるようにし、経済活動、すなわちファイナンスに参加できるようにすることが1つの重要な鍵であるというのだ。すでに、インターネットやスマホの普及によって、オンラインバンキングが利用できるようになったことから、かつてよりもそのハードルは下がりつつあるともいえるが、そうはいっても、まだまだ、銀行口座を作ることが大変な状況があることに変わりはないという。

こうした発言をふまえ、インターネット電池社会のマイクロマネジメントのように価値の移転などの部分で暗号資産がどういう役割をしなければならないか考えなければならない前提ができ、私たちのディスカッションはとても話を進めやすくなった。

このように、今年のG20において、世界の銀行、金融当局、ブロックチェーンのトップが同じ席について議論をしたということは、おそらく歴史的にも大きな意義があったと思う。かつて、インターネットを始めたとき、われわれがインターネットで考えていたことと、電話会社が考えていたこととの間には大きな距離があって、いろいろな意味で調整が困難だったことを思い出す。それと比べると、ファイナンスの分野では、すでにこういう形で進んでいることは大変に喜ばしいと思う。

日本が責任を持った役割を果たしていくために

インターネットの人口カバー率は2000年にはわずか6%だったが、いまはなんと60%にまでなった。将来、例えば2030年というSDGsが目指している時点を考えると、80%、ひょっとすると100%も達成できるのではないかという勢いだ。インクルージョン、すなわちすべての人が「サイバー文明」のなかで生きていくために、重要な役割を果たしていくファイナンスでのアプローチについては、すべての分野、すべての国の人たちが集まって議論することが大事になっている。そういう意味では、日本は責任を持った役割を果たしていけるのではないかと思う。

お詫びと訂正: 記事初出時、「インターネット電池社会」を「インターネット電子社会」と記述する誤りがございました。お詫びして訂正させていただきます。

中島 由弘

フリーランスエディター/元インターネットマガジン編集長。情報通信分野、およびデジタルメディア分野における技術とビジネスに関する調査研究や企画プロデュースなどに従事。