ブックに学ぶ:『実践ブロックチェーン・ビジネス』

【第2回】イーサリアムの概要とブロックチェーンの課題

[著者:株式会社ブロックチェーンハブ 監修:増田 一之]

ブロックチェーンは仮想通貨の取引に限らず、為替や決済等の金融分野への応用、AIやIoTと結び付いてさまざまな産業や政府での活用が始まっています。

そういった事例を解説する書籍『新事業企画・起業のための実践ブロックチェーン・ビジネス』(日本能率協会マネジメントセンター刊)からの抜粋を、全7回に分けて記事として紹介していきます。データ類は基本的に書籍刊行時(2018年4月)のもので、書籍の脚注は省略いたします。

なお、市販書籍からの抜粋のため、仮想通貨 Watch編集部の見解とは異なる場合があります。

第2章[3] イーサリアムの概要

スマートコントラクトを実現するプラットフォーム

 イーサリアムは、分散型のコンピューター、分散型のアプリケーション、分散型の計算をする仕組みにより、「スマートコントラクト」を実現するためのプラットフォームです。特定のアプリケーションだけに適用するブロックチェーンではなく、あらゆるアプリケーションがイーサリアムのプラットフォーム上で動作可能になるサービスのため、決済や送金、個人認証など様々な用途に使える画期的な「汎用のコンピューティングプラットフォーム」です。

 ロシア生まれカナダ育ちのヴィタリック・ブテリンが19歳の2013年に構想した、ブロックチェーンプラットフォーム「イーサリアム」のアイデアは1980年生まれの英国人ギャビン・ウッドにより学術的な整理がなされ、2014年2月に実証実験が行われました。その後のアップデートを経て、ベータ版「フロンティア」がリリースされたのが2015年7月30日です。

 スマートコントラクトは、「コントラクト(contract/契約)を実行するために、コンピュータープロトコルによって条件の確認から履行までを自動的に執行させる」という仕組みです。よく、自動販売機の仕組みに喩えられます。「必要な額のお金を入れて、欲しい飲み物をボタンで指定する」といった条件が揃えば、自動的にその欲しい飲み物が出てくる、という約束事が実行されるわけです。

 これと同じような発想で、ブロックチェーン上で、「もし○○であれば、そうしたら○○せよ」といったスマートコントラクトを実装すれば、ビジネスが効率的になる期待から注目されています。

 また、スマートコントラクトは、「デジタルに表現される資産を、予め定められたルールに従って、自動的に移転させる仕組み」とも説明できます。資産や権利移転の契約をプログラム化したものを自動執行することができます。

 スマートコントラクトの「コントラクト」は計算ルールとデータを記述したもので、すべてのノードが同じコントラクトを実行します。このとき、正しい計算を行わなければ、マイニング報酬が得られません。一番初めにブロックを確定するマイニングを行った者に報酬が支払われるのはビットコインと同様です。

 また、安全性と信頼性を実現するために、「見るべき対象をひとつにしたこと」「参加者全員が積極的にマイニング作業に関わること」もビットコインと同じです。

 ビットコインと同じ長所を持ちつつ、独自のメリットを実装したサービスですが、無限にループするような計算指示には注意が必要です。例えば、「『1+1=いくつ?』という計算を無限に繰り返せ」という指示をしてしまうと計算が永遠に続き、他のコントラクトが実行できず、システム停止を引き起こしかねません。

 そうした問題を回避するために、命令を実行するには「Gas(ガス)」という手数料が発生する仕組みにしています。1+1の計算を1回したら1ガスが消費され、2+2の計算を1回したら1ガスが消費されるといった仕組みです。これであれば、無限ループの計算をさせたら無限にガスが支払われ続けることになります。マイナーへの手数料のガスが足りなくなれば、そこでマイニング作業を終了してしまいますので、無限ループを防ぐことができます。

 なお、ガスを購入するにはイーサリアム上の通貨「イーサ(Ether/ETH)」を使います。イーサを計算命令実行に直接使わずに、イーサから換算されたガスをコントラクト実行のための手数料として利用しています(図2-12)。

活用が期待される用途例

 金融界では、シンジケートローンの計算に使う、デリバティブ取引やエスクロー取引などに活用する、あるいは組織を自動的に動かす自律分散型組織「DAO」(183ページ参照)に使うなど、その用途について様々な構想が打ち出されています。

 夢が広がるイーサリアムですが、その最大の特徴であるスマートコントラクトには注意すべき点もあります。例えば、コントラクト(契約)時のバグ発生の問題、予測不能な事態の発生の問題などです。

 スマートコントラクトは、決済や契約、認証など様々な局面で自動処理が行われ、世の中を便利にすることは想定されます。ただ、実社会の法体系や社会慣習の実態と離れてプログラム上で100%行うには、例外処理の必要性もあり、まだ無理があることを認識しておく必要があります。

第2章[4] ブロックチェーンの課題

技術的課題

 ブロックチェーンの技術的課題については、主に3つあります。

 ひとつめは、「ファイナリティ」の問題です。ファイナリティとは決済が完了した状態のことです。ここで課題となるのが、取引の確定までに時間がかかるため、果たして実際のビジネスに使えるかどうかということです。ビットコインの場合、ブロック確定に約10分間、6ブロック繋がるまでに約1時間かかることになります。

 ふたつめは、「処理速度」の問題です。単位時間あたりに処理できるトランザクション数が少ないと、これもビジネスに活用するうえでネックとなります。例えばビットコインの場合、多くて秒間7トランザクション程度しか処理できないといわれています。これでは、大量の取引を行うことが前提の金融機関では実用に耐えられません。

 3つめは、「秘匿性」の問題です。ビットコインの取引は透明性が高いといわれます。データのやり取りが「丸見え」の状態ともいえ、送る人と受け取る人の名前は実名ではないものの、公開鍵でわかる仕組みになっています。仮名性があるとはいえ、取引所で本人確認がされていれば、それを辿ることで誰によって行われた取引かがわかるため、秘匿性が維持できないことになります。

 ファイナリティと処理速度に関する問題は、ビジネス上の処理能力の問題にもつながります。ビットコインのブロックチェーンでは、ブロックサイズが1メガバイトに制限されているため、それ以上のデータはブロックに入りません。トランザクション数が増えれば、必然的にトランザクション待ちの数も増え、そこから処理速度も遅くなっていきます。仮に仮想通貨で決済するとなると、現在の銀行取引やクレジットカード決済と比べて、大量処理の点で劣るのが現状です。

持続性に関する課題

 続いて、持続性に関する課題です。これは主にガバナンスとインセンティブに関わる問題です。

 ひとつめのガバナンスについての問題は、機能拡張などシステム向上のポリシー策定や、アップデートが困難であることがあげられます。

 そもそもブロックチェーンは、取引データが中央集権的ではなく、分散されることで様々なメリットを生み出しています。しかし逆に、中央集権的でないために、システムのアップデートや機能の拡張をしたいときに、ポリシーの策定において合意を取りにくいデメリットがあります。いったんシステムを構築すると、関係者のほとんどが合意しないかぎり、それを変えることが大変に困難だという本質的な問題を抱えています。

 ふたつめのインセンティブについての問題は、仮想通貨を得るという経済的インセンティブに依存した運営になっているため、仮に仮想通貨の価格が高騰や暴落すれば、インセンティブについてどのような影響が発生するかがわかりません。

 それというのも、ビットコインにおけるブロックチェーンでは、システムを維持するのはマイナーたちです。マイナーたちがマイニング報酬や取引手数料をインセンティブとして得ることで、このシステムを運営をしているわけですが、例えばビットコインの価格が暴落すれば、マイナーたちはマイニングによるインセンティブを失うことになります。ビットコインやイーサリアムなどの仮想通貨はマイナーの経済的インセンティブに依存してシステムを維持しているため、価格の暴落は大変なリスクというわけです。

著者:株式会社ブロックチェーンハブ

ブロックチェーン技術関連の情報発信・教育・コンサルティングのほか、ブロックチェーン・ビジネスにおけるベンチャー育成・支援を行う。2016年1月創業。アドバイザーに日本IBM名誉相談役及び国際基督教大学理事長北城恪太郎氏、早稲田大学教授岩村充氏 他。

監修:増田 一之(ますだ・かずゆき)

株式会社ブロックチェーンハブ代表取締役社長。京都大学経済学部卒、ペンシルバニア大学ウォートン校MBA、慶應義塾大学大学院修士(メディアデザイン学)、早稲田大学大学院博士(学術)。山形大学客員教授、早稲田大学大学院経営管理研究科講師、慶應義塾大学SFC研究所上席所員。元日本興業銀行ネットワーク業務推進部部長、IT推進室室長。