インタビュー
「指先採血の気軽な血液検査」で革新的ヘルスケアサービスを目指す
マイクロブラッドサイエンス取締役の大竹氏に聞く
2019年5月13日 12:00
株式会社マイクロブラッドサイエンス(以下、MBS)は、その社名の通り「微量血液の科学」による革新的なヘルスケアサービスの提供を目指す、ベンチャー企業。
現在MBSは、指先から一滴の血液を採取して血液検査を行うサービスを提供している。サービスの核となるのが、この血液検査に使用する採血器具「Lifeeチューブ」であり、これを開発したことからMBSの事業はスタートしたという。今回、MBSの取締役である大竹圭氏に、事業の詳細と今後の計画について聞くことができた。
事業の発端は採血器具「Lifeeチューブ」
事業の発端は、検査のために1日に何度も採血をする高齢の患者や新生児、乳幼児たちが病院の血液検査で行う、静脈からの通常の採血が負担であると感じ、その負担を軽減させたいと思ったのがきっかけで、新たな採血器具を開発したそうだ。当初は、通常医療における採血方法をMBSの技術に置き換えることを目標としていたが、開発を進めていくうちに、医療業界の通常業務を新しい仕組みに置き換えるのはかなり難しいことがわかったという。
そこで新たな目標として、病院内で行う血液検査ではなく、血液検査をより身近なものにするために、どこでも簡単に検査ができるサービスにビジネスをシフトし、それが事業のコアになったという。
大きな転機としては2014年3月31日臨床検査技士法に基づく告示改正により、薬局などでの自己採血検査が正式に認められたことだ。
MBSは、自己採血であれば医師以外の採血が問題ないという見解から、一般向けに健康管理の一環としての指先からの採血による血液検査サービスの検討をし始めたという。そこで最初に作ったのが、微量採血器具「Lifeeチューブ」とのこと。
小さな器具だが「Lifee チューブ」には、さまざまなアイデアや加工技術が詰め込まれており、いわゆる注射器で行う従来の採血方法と同等の検査結果が得られる血液を確保できるようになったという。大竹氏いわく、見た目はたいしたことない小さなプラスチックだが、日本の技術が凝縮されており、精密な加工が施されているとのこと。これがあることによって、血球を壊すことなく適切に微量の血液を採取できるようになったという。
「Lifeeチューブ」による検査方法は、採血量が通常の採血検査よりも少ないという部分だけが異なる。血液検査については既存の医療で使用されている検査機器と検査試薬と同じものを使用しているとのこと。つまり、採血後の血液検査は従来の方法で行うことができるというのだ。
これらと平行してMBSは、指先からの微量採血による検査でも従来の血液検査となんら違いがない検査結果が得られることを論文「新規採血用具によって採取した指頭微量血と通常の静脈血を試料とする血液検査値の相関について」によって証明している。
論文については、日本臨床検査医学会の学会誌「臨床病理」第65巻 第3号 2017年3月号(Vol.65 No.3)に掲載されている。
その証明をもってMBSは、テストマーケティングとして「Lifeeチューブ」を使った一般向けサービスとして自己採血を利用した血液検査サービスを展開している。これまでの病院での血液検査は、結果を聞きに後日来院し、検査結果を紙で渡される事が一般的だが、MBSの検査では検査の受け付けからiPadなどデジタル機器を利用し、検査結果についてもMBSが開発したスマートフォン向けアプリ「Lifee」を介して報告されるので、結果を受け取るだけのために再度予定を調整する必要がない。さらには紙で渡される検査結果がアプリ内に保存されるため、以前の検査結果との比較が簡単にできる。
現在、銀座にある銀座血液検査ラボという日本初の自己採血専用施設では、採血ができるサービスを展開している。施設では、旅行代理店のH.I.S.と提携し、中国からのインバウンド旅行者向けサービスとして血液検査サービスを行っているという。中国には、日本で人間ドックや病気の治療をしたいというメディカルツーリズムというツアーが多く、銀座血液検査ラボによる血液検査はそのライトなもの、メディカルツーリズムのファーストステップとして、銀座での買い物ついでに検査ができるサービスとして提供している。
その流れから、当初の利用者はインバウンド旅行者が多かったが、最近は日本人の利用者も増え、利用者数については、増加してきているとのこと。
さらにMBSは銀座血液検査ラボ以外にも同様の採血専門施設、調剤薬局の店頭やパーソナルトレーニングジムなど、自己採血ができる施設を増やしていく。現在は、東京・千葉・神奈川・鹿児島の17か所で実施している。現在のサービスは、すべて来店いただき採血をする対面型のサービスとして行っているそうだ。今まで医療機関でしかできなかったものが、医療従事者不用で、特に保健所等に届け出る必要のない状況で採血できる場所を簡単に提供できるようになったという。基本的には、どこでもできるサービスだ。
またMBSは、対面型のサービスのみならず、オフィスや工場・倉庫など企業が持っている施設内で、従業員が就業時間中に5分、10分で血液検査ができるなど、年一回の健康診断に加えて3か月に1回程度、健康管理の一環、企業の福利厚生として実施する血液検査も行っているという。これが実は大きなマーケットで、今後はこのジャンルも伸びていく分野だろうと、大竹氏は語る。
具体的な利用シーン、導入側のメリット
「Lifeeチューブ」による血液検査の利用シーンは、それぞれ導入する企業によって、その目的が違うこともまた特徴的で面白いと、大竹氏はいう。
たとえば調剤薬局は、通常は処方箋を持った客が来店するものだが、店頭で採血、血液検査ができることで、健康管理を目的に来店する人が増えるなど、集客ツールとして利用し始めているという。ちなみに現在、調剤薬局ではアプリを使わず、検査結果を後日手渡しという方法でサービスを行っており、その結果がサプリメントへの購入につながったり、悪い数値が出た場合は提携クリニックに受診勧奨するというような活用事例もあるそうだ。
接骨院・整骨院での導入事例では、同院では治療以外にスポーツ選手などが体のコンディションを整えるためにマッサージ等で来院することも多く、血液検査の結果をコンディション調整の参考数値として利用しているという。
パーソナルトレーニングでは、入会時、途中経過、プログラム終了時とトレーニングメニューに応じた経過観察に利用されるという。これまでの体重、体脂肪の計測と同様に血液検査を行い、その数値によって栄養指導や、体調を調整するためのデータとして利用しているのこと。
銀座血液検査ラボのような採血専用施設については、採血と血液検査そのものを目的に来客する人に向けたサービスであるという。
ブロックチェーンを検討する
このような方法で2017年より指先からの採血で血液検査を行うサービスを試行錯誤しながら広めて来て、ユーザーの採血データをデータベースに蓄積してきたが、今後利用者数が増えてデータ量が増えていくほどコストもリスクも高まっていくことを実感したという。この時にデータを蓄積する適切な方法にブロックチェーンが使えるのではないかと思い立ち、すぐに検討を開始したという。
ブロックチェーンを検討していく中で、同社の事業関連者から資金調達方法としてICO(Initial Coin Offering)という手段があるというアドバイスを受け、併せて検討を始めたという。2017年はICOが世界的に盛り上がりをみせ、事業計画によってはより多くの資金が調達できる可能性もあるということで、トライしてみてはどうかという流れになり、ここで初めてブロックチェーンと仮想通貨がMBSの中でつながったと大竹氏は話す。また、事業計画には株式会社アヤナスシグレ・代表取締役社長であり、トークンエコノミーエバンジェリストの川本栄介氏がアドバイザーとして参画している。
早速、ICOを検討し、まずは単純に血液検査に使用できるトークンを発行し、トークンを使うことにより検査が受けられるなど、血液検査を中心としたトークンによる経済圏が作れるのではないかという議論に入ったという。
これらのプロジェクトがスタートしたのが2017年の11月ごろとのこと。さらに検討を重ね、ICOをやろうと決断をし、MBSは2018年の1月29日に「ICOに向けた事業説明会」を行う方向で準備を開始。記者発表は、微量採血検査システムを中心とした内容でストーリーを構成した。
当初、ICOについては国内の仮想通貨交換所での上場を目指した。その理由はトークンを流通させる経済圏を作りたかったためだという。ユーザーが気軽にトークンを手に入れるには、国内の仮想通貨交換所で取引を行う方法がベストだから。ここまでの準備は万全だったと大竹氏は語った。
しかしながら、世間ではICOによる詐欺が横行し始め(世界的な傾向)、資金を調達するだけで何もしない(結果が出ない)案件が乱立し、投資案件としてICOは危険という風潮になりつつあった。また国内においては投資家保護の観点からICOに関する法律の必要性が問われるようになり、それまでICOを予定していた企業も、法が整備されるまではICOを見送るといった苦渋の選択をするようになった。加えて2018年1月26日、予定していた記者会見の前に日本国内で仮想通貨NEM(XEM)が流出するいわゆるコインチェック事件が発生し、仮想通貨に対する世間の雰囲気は一変、ICOをするなという関係各所からの助言もあったほどだという。記者発表では国内でのICOについての発表は諦め、MBSの事業計画発表を行うだけにとどめたと大竹氏は当時を回想する。
その後、金融庁は国内数社の仮想通貨交換所に対して業務改善命令等の行政処分を行ったことから、仮想通貨交換所がICOや新たな仮想通貨やトークンを扱うこと、いわゆる新規上場がさらに難しくなったのはいうまでもない。
トークンエコノミーの実現に向けて
MBS Coinは2018年12月26日にBCEX Globalにて上場、MBS Coin/ETHの通貨ペアによる取引を開始した。ちなみにMBS Coinの発行体は、シンガポールにある同社の100%子会社であるMBS ASSET MANAGEMENT PTE. LTD.だという。
まずは、トークンエコノミーの構想を実現するにあたり、MBSの目標である「血液検査がどこでも簡便にできる」環境を整えるためにはより多くの拠点を作り、簡単に血液検査ができることを誰もが知る状況を作りたいと大竹氏はいう。それは、これまでもICOのプロジェクトと並行して行ってきたことだが、ICOはそれを宣伝する役割も担っていたというのだ。
大竹氏は、2019年は目標として10万人規模の人たちに血液検査をしてもらいたいという。少しでも多くの方達にMBSの検査を知ってもらい、検査に付随するさまざまなサービスを知ってもらうことで、そこから口コミでより多くの人にサービスが広がっていくことが理想だという。MBSはベンチャーなのでフットワークを軽くし、大手ではすぐにできないことにチャレンジすることが大切だと思っていると、大竹氏はこれまでの経緯を語る。
MBSは「Lifeeチューブ」のメーカーであることから、基本的にはこれが売れることでビジネスが成り立つ。大竹氏は、そこが強みでもあると語った。
なので採血施設もMBSが運営するのではなく、提携する企業に自由に運営していただいているとのこと。一定数以上の検体が見込める企業であれば、採血施設だけでなく、検査ラボを開設してもらっても良いと考えているという。MBSはそういったノウハウを提供する準備もあるようだ。
また「Lifee」のアプリケーションについても現状は、血液検査後の結果はMBSが提供するスマホアプリで管理する仕組みになっているが、すでにヘルスケアアプリを展開している企業においては、データー連携をする形での提供もありだと大竹氏は語る。逆にいえば、そういったヘルスケアアプリの機能の1つに組み込む使い方をしてもらっても構わないという。
トークンによる経済圏
MBSの考えるMBS Coinによる経済圏は、Lifeeによる血液検査を中心としたエコシステムを構築するためだという。その経済圏の中には、まずユーザーがいて、MBSがいて、採血をする施設があり、検査する場所があり、そこから血液検査によって蓄積されるデータが生まれ、そのデータを活用する企業やデータそのものを買い取りたいという企業が参加することで、経済圏が作られるだろうと大竹氏はいう。その中の共通通貨として、単純にMBS Coinがあると考えているとのこと。
そこで、現金ではできない、MBS Coinにしかできないものは何かを考えるわけだが、1つは小額の送受金、いわゆるマイクロペイメントが簡単に実現できること。またもう1つは、参加者に対して公平な仕組みが作りやすいという、いわゆるブロックチェーンとトークンの特性があるだろうとのこと。しかし大竹氏は、それよりもユーザーに対してインセンティブを作ることができることが大きいという。MBSがトークンに注目をしているポイントは、ズバリそこだという。
インセンティブ設計については、血液検査を行うコスト面を補いたいそうだ。
普段、健康診断も受けなければ、健康管理を意識したこともないような人にとっては、定期的な採血は時間も金額も大きな負担だろうと大竹氏は力説をする。そもそも健康面の意識が高い人は、健康な方が多いので、普段から不摂生な生活をしている人や生活習慣病予備軍と思われる方達に積極的に血液検査を行ってもらいたいとのこと。
そういう人々を引き込むためには、その人たちが得をする仕組みが必要であると考えるという。インセンティブとしてシンプルに、まずトークンを使って血液検査をするとことで割安で受けられるという仕組みを作る。これは、簡単に作れるだろうと大竹氏はいう。なおかつ採血をサービスとして提供する事業者にとっては、クレジットカード等の決済で手数料を取られるよりも、トークン決済や割引のほうが有利な仕組みであれば、両者にメリットが出ると見ているとのこと。これもインセンティブの1つであり、最もハードルが低くすぐに取り組むべき課題であると大竹氏はいう。
さらに血液検査のデータそのものや、経済圏として発展してさまざまなものに価値が付くようになったときに、その価値をMBSが利益として吸収するのではなく、非中央集権的なWeb 3.0のような思想のもとしっかりとユーザーに還元するような仕組みを作りたいという。そこにトークンが活用できると大竹氏は見ているそうだ。
そもそも血液データはユーザー個人のものであり、企業がデータを使用するのであれば、個人に報酬が入るべきだと大竹氏は主張する。ブロックチェーンによって自分の血液データを自分で管理することができることによって、それも可能になるという。
とにかく価格を下げてハードルを低くすることで、血液検査を定期的に行ってもらえるような経済圏を作ることが、MBS Coinの目指す先だと大竹氏は語る。
まずは血液検査を受けた報酬としてMBS Coinが存在すること、それに加えてさまざまなインセンティブを作り出し、何かアンケートに答えたり、あるいは定期的に血液検査をすることでデータの価値を高めた結果、報酬としてたくさんのMBS Coinを受け取ることができる現実社会を先に見せたいとのこと。健康であることをトークンによって見える化し、それを価値にしていく経済圏を目指していきたいと、大竹氏は今後の目標を示した。
定期的な血液検査を行う社会の行き先は、将来的に起こり得る病気のリスクを低減させること、病気の早期発見をすることによりQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の低下を防ぎ、お金も時間も節約できるという。さらに大きな視点で見れば、みんなが健康になることで、国全体の医療費削減につながり、個人の負担もおのずと削減できる社会が実現できると大竹氏はいう。
しかしながらこういった目標を言葉で説明をしても、なかなか社会には通じにくいと大竹氏はいう。だからこそトークンによる得する仕組みを作りたいとのこと。
さらなる将来の話
MBSが現在提供中の「Lifee App」は、採血を行った利用者が最短2日で検査結果をスマートフォンで受け取ることができるアプリとなっている。検査を行った利用者が一度アプリをダウンロードすると、その後の検査結果がアプリに通知され、健康管理の指標となる検査結果がグラフ等をまじえて確認することができる。結果をいつでもアプリで確認でき、自身の健康ライフに役立てることができるのがポイントだ。
将来は「Lifee App」を、さらにアップグレードしていく計画もあるとのこと。今後は、血液検査の結果に基づいた最適なアドバイスができるような仕組みを考えているというのだ。予定では、他社サービスと連携させて、食事、運動、ストレスや疲労をためないといった健康に関する情報を提案することを考えているとのこと。外部の専門サービスとリンクすることで、利用者は検査結果をもとに、正確な健康改善のための行動情報を得ることができるようになるという。最終的にはMBS Coinとの連携を視野に入れ、提携先サービスでトークンが使える環境を作りたいと、大竹氏は将来的展望を語る。
「Lifee App」は、2019年「Lifee Chain」という構想へと発展させる予定とのこと。「Lifee Chain」は、文字通りサービスのブロックチェーン化だ。MBSは収集した血液検査データから個人情報を切り離し、血液データのみをブロックチェーンへと格納していくという。これについては、すでにHyperLager Fabricのパブリックブロックチェーンを使用し、ベータ版として運用を開始しているという。ちなみにブロックに記載するのは、血液データの数値のみで、その数値が何を意味しているのかを紐付けることはMBSにしかできないため、パブリックブロックチェーンによる運用でもセキュリティ面において問題はないとのこと。ただし将来的には、他の血液検査会社もデータを書き込めるよう、コンソーシアム型のプライベートブロックチェーンについても検討をしていきたいとのこと。
大竹氏は、さらに続く2020年、2021年の将来的な展開についても語ってくれた。現在進行中の「Lifee App」と「Lifee Chain」は、その先「Lifee-Home」へと発展する。2020年には「Lifee-Home」を実現させ、家でも血液検査ができるなど、時と場所を選ばず血液検査が可能となる装置の開発を目指すという。そして2021年以降は「Lifee-AI」で、行動と血液データに基づいた最適な情報が提供できるサービスを提供していくとのこと。「Lifee-AI」は、ディープラーニングとAIを組み合わせたものになるだろうという。現状、このままの生活を続けているとこういう病気になるリスクがあるなど、かかりやすい病気の予測や、病気の早期発見にもつながるサービスとのこと。「Lifee-AI」は、すでに開発先のあてがあり、MBSでの内製はしないそうだ。
ICOと経済圏の話
「Lifeeチューブ」に始まり「Lifee-AI」へと続くMBSの着想に至ったそもそもの経緯は、我々の医療採血事業が広まっていくにつれて、たくさんのデータが集まっていく過程を経て、収集したデータを活用したビジネスにもつながるという考え方、マネタイズの方法が見えてきたからだと大竹氏はいう。ブロックチェーン技術の応用やICOについては、その流れの中で出てきた技術やアイデアであり、使えるのであれば利用するという考え方に過ぎないようだ。コンセプトとしてやりたいことは、とにかくユーザー本位の社会で「ユーザーが得をする仕組みを作りたい」に尽きるとのこと。それを実現させる手段として最も有力な候補が、MBS Coinを使った経済圏の実現なのであろう。
大竹氏は、まずは決済手段としてトークンが使えるようにすることを先に考え、その後に報酬手段を実現させていくとのこと。大竹氏いわく、ニワトリが先か卵が先かのような話だが、ひとまずはMBS Coinを流通させたいと考えているという。