星暁雄のブロックチェーン界隈ざっくり見て歩き

第4回

我にテコの支点を与えよ〜LCNEMステーブルコイン、ちけっとピアツーピア考案者の木村優さんに聞く

 紀元前3世紀の科学者アルキメデスは「私に支点を与えよ。そうすれば地球を動かしてみせよう」と語ったと伝えられている。適切な支点を持つ「テコ」は、通常の力では動かせない重量物を動かせる。

 今回の記事では、「囚人のジレンマ」、「金券ショップ」、パブリックブロックチェーンを「テコの支点」として使った事例を取り上げる。どういう意味かって? それは後ほど詳しく説明する。まず、今回の記事の主役であるLCNEMと木村さんを紹介したい。

LCNEM代表取締役の木村優さん。中学生時代から独学でプログラミングに取り組む。最初に触れたのはC言語。その後、C#、JavaScriptに触れる。LCNEMウォレットではAngularとTypeScriptを活用した。LCNEMに取り組む一方で、政治×トークンエコノミーを目指すスタートアップ企業PoliPoliの技術顧問も務める。モデルとしても活動。

 LCNEMは2018年3月設立とまだ新しい企業だ。本拠地は京都に置き、東京にも拠点を持つ。同社は日本円建てステーブルコイン(価格が安定した暗号通貨)である「LCNEMステーブルコイン」のサービスを開発し、展開中である。日本国内の事業者として、ブロックチェーン上で発行し、法的根拠を持ち、商用利用可能なステーブルコインを発行したのは、おそらく同社が初めてではないだろうか。もう一つのサービスとして、ブロックチェーンを活用した転売対策付きのチケット販売システム「Ticket Peer to Peer(ちけっとピアツーピア)」を世に出している。

 これらのLCNEMのプロダクトの仕組みの話を聞くと、非常にシンプルで低コストな仕組みで実現していることに驚く。あまりにもシンプルなので「本当にこれで大丈夫なのか?」と思ってしまうほどだ。

 同社のサービスは、LCNEM代表取締役である木村優さんのアイデアから生まれた。記事執筆時点で木村さんは京都大学に経済学部4回生として在学中の現役大学生だ。

数式とプログラミングを使いこなす

 私がLCNEMと木村さんを知ったきっかけは、2018年5月にモナコインへのセルフィッシュ・マイニング攻撃が発生して話題になった時のことだ(関連記事)。木村さんは攻撃のインセンティブを数式でモデル化し「対策は送金額に応じて承認数を多く取ること」という結論を導いた(木村さんのBlog記事)。英語でも情報発信をしている(木村さんのBlog記事)。この記事を見て数式によるモデル化や可視化ツールを使いこなす手腕に感心した。後から知ったことだが、木村さんは高校時代は理系コースで物理が好きだった。やりたいことを考えた結果、経済学部への進学を決めたそうだ。

 同時期に木村さんを知るもう一つの機会があった。2018年5月に開催されたイベント「ネムフェス」(関連記事)である。このイベント内では暗号通貨NEMで買い物ができるフリーマーケットが開かれる。それに合わせてNEM決済に使いやすいスマートフォン上のNEMウォレットを探していたところ、Twitterで知り合った木村さんから「LCNEMウォレット」を勧められた。使ってみると、ほんの数回のクリックだけでウォレットを使い始めることができた。秘密鍵をサーバー側に格納する仕組みとGoogleアカウント連携を組み合わせることでシンプルな使い勝手を実現した(なお、最新版では端末側に秘密鍵を格納することもできる)。割り切った設計とシンプルな使い勝手に感心した。

LCNEMウォレットの画面。LCNEMステーブルコイン(lc:jpy)とXEM(NEMのネイティブトークン)の残高を表示している。

 木村さんとLCNEMに対して「何をやろうとしているんだろう?」という興味が湧いてきた。

NEMブロックチェーンを使うのは「便利だから」

 木村さんは、アイデアを実現するプラットフォームとしてNEMを使っている。木村さんの言い方によれば「NEMは便利だった」ことが採用の理由だ。ブロックチェーン技術を応用してアプリケーションを載せる取り組みでは、ブロックチェーン上のプログラム実行機能を備えたEthereumを使う事例が多いが、木村さんは「Ethereumはやりたいことに対してオーバースペックだった」と話す。例えばステーブルコインを実現したい場合、EthereumのERC-20トークンで実現するやり方が一般的だが、そのためにはコントラクト(ブロックチェーン上で動くプログラム)の開発、検証、デプロイ、それに手数料支払いが必要となる。NEMの場合、新規開発なしにブロックチェーンが備える標準機能で新規トークンを発行できる。手数料の水準も今のところEthereumよりはるかに安い。

「仮想通貨」を捨て、「金券ショップ」の枠組みを採用

 木村さんがLCNEMステーブルコインのアイデアを得たのは2018年1月頃だった。「野菜価格の高騰を調停するため、野菜の先物を作れないか。そのためにはステーブルコインが必要だ」という発想から始まったそうだ。

 LCNEMステーブルコインは2018年6月にサービスを開始した(関連記事)。LCNEMステーブルコインの概要を説明すると、まず技術的にはNEMのトークン発行機能「モザイク」を使う。「lc:jpy」という名前のトークン(NEMモザイク)としてNEMモザイク対応のウォレット間で送金できる。従来は、このような「お金」に関係するシステムを新たに組む場合、設計、開発、検証に大きな工数を費やす必要があるのが常識だった。だが、LCNEMステーブルコインでは、システムの中核機能としてすでに稼働中で検証済みのNEMブロックチェーンを使うため、構築コストは最小で済む。これもパブリックブロックチェーン技術ならではのメリットだ。

 法的には「前払式支払手段」の枠組みを採用する。NEMのトークンをポイントや金券のように使う。LCNEMステーブルコインは同社のLCNEMウォレットの「入金」メニューからPayPal経由で購入できる。前払式支払手段としての制約から日本円の現金と交換して出金することはできないが、手数料を支払った上でAmazonギフト券に交換することができる。まだ数は少ないが、「珈琲ねむりや」のようにLCNEMステーブルコインで購入できるオンラインショップも登場している。

「珈琲ねむりや」はLCNEMステーブルコインによる支払いを受け付けている。

 前払式支払手段では、未使用残高が1000万円を超えた場合には未使用残高の2分の1以上の金額を供託する必要がある。この仕組みを「ステーブルコインの裏付けとなる資産が存在することを国の制度が証明してくれている」と考えることもできる。米ドル連動のステーブルコインとして有名な「Tether」では裏付けとなる米ドル建て資産が存在するのかどうかへの疑惑が出ており、暗号通貨市場全体のリスク要因とされている。前払式支払手段は公的機関に資金を供託する制度のため、このようなリスクは少ない。

 面白いのは、LCNEMステーブルコインの流通形態だ。木村さんは、LCNEMステーブルコインは「前払式支払手段」の一種である金券と同じだと考え、その流通のために警察から「古物商許可」を取得した。古物商許可は金券ショップに必要なライセンスである。ブロックチェーン上に発行したトークンを金券とみなし、金券ショップとなってLCNNEMステーブルコインを流通させる枠組みとした。

金融庁に問い合わせ法的根拠を確認

 このアイデアに問題がないことを確かめるため、LCNEMでは政府の制度である「法令適用事前確認手続(ノーアクションレター)」を利用して金融庁に問い合わせた(木村さんのBlog記事)。その結果、LCNEMステーブルコインは資金決済法が定める「仮想通貨」に当たらないため仮想通貨交換業のライセンスの必要はなく、また古物商許可を得て販売する枠組みにも一般論として問題がないとの回答を得ている。

 ステーブルコインを日本の法規制に適合させる方法については、多くの議論が出ている。一つ言えることとして、今までの議論では日本でステーブルコインを運営するには仮想通貨交換業、資金移動業、あるいは銀行業のライセンスが必要と言われていた。だが、小さなスタートアップ企業が仮想通貨交換業のライセンスを取ることは、現状の仮想通貨取引所に対する指導を見るとほぼ無理だと考えられている。他のライセンスもハードルが非常に高い。

 ところが「ブロックチェーン上で前払式支払手段として発行したステーブルコインを、古物商許可を取得した金券ショップとして提供する」というアイデアは小さなスタートアップ企業でも取り組みが可能だ。金融庁もこの枠組みの法的根拠を認めている。私は思わず木村さんに聞いてしまった。

「なんで他の会社は同じことをやらないんでしょうね?」

 木村さんにもその理由は分からない。ひとつ考えられることは、他の選択肢のハードルの高さに比べて、あまりにもシンプルで低コストな解決策なので視界に入らなかったのではないかということだ。

 木村さんは、こう話す。「LCNEMステーブルコインの枠組みには自信を持っている。金融庁からの回答も得ている。他の人たちは自信を持てないのではないだろうか」。

ステーブルコインの特性を考え「非中央集権」を捨てる

 ところで、連載第1回「スケーリング狂詩曲」で触れたように、ブロックチェーン界隈の若い開発者たちの頭の中は「非中央集権(decentralization)」のことでいっぱいだ。ここで非中央集権とは、ブロックチェーンの動作に責任を持つノードと人・組織がなるべく多くなるように分散させる設計思想を指している。彼らの目から見れば、LCNEMステーブルコインの枠組みは非中央集権とは正反対の仕組みに見えるだろう。

 他のステーブルコインの例を見てみよう。Ethereumのコミュニティでよく話題になる「MakerDAO」は、ドル連動ステーブルコイン「Dai」をEthereumスマートコントラクトにより実現する取り組みだ。暗号通貨Etherを担保とし、非中央集権を指向したプログラム(スマートコントラクト)とインセンティブ設計により価格を制御する。このような取り組みの方が、ブロックチェーンにはふさわしいようにも思える。

 だが木村さんは、LCNEMステーブルコインでは「非中央集権」の要素を捨てた。その理由は「ステーブルコインのトリレンマ」を考えた結果だ(木村さんのBlog記事)。

木村さん考案のステーブルコインのトリレンマ。トラストレス、需要減耐性、需要増耐性の3要素のうち2つまでしか満たせない。

ステーブルコインのトリレンマとは、
(1)トラストレス(非中央集権)
(2)需要減耐性
(3)需要増耐性
の3つの特性のうち、同時に2つしか満たすことができないというものだ。

 (1)を捨てて、重要な(2)と(3)を選ぶアプローチ(法定通貨担保型ステーブルコイン)を木村さんは採用した。LCNEMステーブルコインは法定通貨担保型、つまり法定通貨(日本円建て資産)の裏付けがあり中央集権型のステーブルコインとして登場した形となる。(1)のトラストレス(非中央集権)を捨てると特定の運営主体を信用しなければならず、利用者はカウンターパーティリスクを抱える。ここでLCNEMステーブルコインの場合は、前払式支払手段として資産の半分を供託するため、カウンターパーティリスクを抑えられる。

ブロックチェーンの特性を応用した「Ticket Peer to Peer」

 LCNEMのもう一つのサービス「Ticket Peer to Peer」は、2018年9月にLCNEMが発表したサービスだ。NEMブロックチェーンを応用し、転売防止機能を組み込んだチケットシステムを構築した。

「Ticket Peer to Peer(ちけっとピアツーピア)」の画面例。チケット発行機能などをWebアプリケーションとして利用できる。

 Ticket Peer to Peerはやはり木村さんのアイデアから生まれている。きっかけは、2018年10月に開催したブロックチェーン技術に関するイベント「BlockChainJam 2018」の申し込みシステムの構築を木村さんが依頼されたことだった。そこでの要望は「Webサイトの申し込みページから遷移しないでチケットを購入できるシステム」というもので、それだけなら従来型のデータベース管理システムと組み合わせたWebアプリケーションを作れば済む。だが木村さんは「ブロックチェーンのイベントとしてそれだけでは面白くない」と考えた。

 Ticket Peer to Peerの仕組みは普通の発想と少し違う。まず、NEMブロックチェーン上の「アドレス」そのものをチケットとみなす。未使用のアドレスはチケットとして有効であるものとする。アドレスが1回でもトランザクションを受け取っていれば、チケットは無効になる。ブロックチェーン上の記録は公開されているが、未使用のアドレスはブロックチェーンには記録されていない。したがって有効なチケットのアドレスを公開情報から知ることはできない。

 利用イメージは次のようになる。利用者はチケットを購入するとNEMブロックチェーンのアドレスを受け取る。イベント会場への入場時に、利用者はNEMを扱えるウォレットアプリの画面にQRコードを表示する。入場の際には、主催者側はアプリを使ってQRコードを読み取り検札する。

 チケットが転売に出されている場合、発見した人は簡単に通報できる。チケットのアドレスに対してトランザクションを送信すればよい。ここで通報に対する報酬が必要だ。「およそチケット価格の1割程度の報酬を出せば、仕組みは機能する」と木村さんは説明する。「誰が通報したのか」という情報も疑義が出ない形でブロックチェーン上に記録が残る。2重通報の可能性も排除できる。報酬支払いの方法は、例えば通報者のアドレスに対してLCNEMステーブルコインを送金すればよい。

ゲーム理論の例題「囚人のジレンマ」を応用

 ここから先は、ミクロ経済学のゲーム理論の話になる。概要は次のようになる。

(1)チケット(アドレス)を公開すると通報されてしまうので、転売者はチケットを隠して売るインセンティブがある。転売者の客にとってはチケットが本物かどうかが分からないリスクがあり、転売者はビジネスが不利になる。
(2)転売者がチケットを販売して対価を受け取った後に、転売者が(客を裏切って)チケットを通報し報酬を得るインセンティブが発生する。転売者の客にとってはリスクになる。
(3)転売者が使うシステムにPayPalのように振り込み差し止め機能がある場合、転売者からチケットを購入した客が、代金の振り込み差し止めをすると同時に通報するインセンティブが発生する。

 このように、転売者と客にはそれぞれ相手を裏切るインセンティブがある。ここで作り出される状況はゲーム理論の有名な例題である「囚人のジレンマ」の変形といえる。詳しくは木村さんのBlog記事を見て頂きたい。またゲーム理論の基礎については木村さん推薦の教科書『ミクロ経済学の力』(神取道宏、日本評論社2014年)が、数式が追える読者にとっては非常に分かりやすい。重要な結論は、転売者とその客が双方を裏切るインセンティブを与えることにより、転売ビジネスを阻止する仕組みを実現できることだ。

 木村さんはTicket Peer to Peerのアイデアをミクロ経済学分野の学術論文にまとめている(記事執筆時点では未発表)。ゲーム理論の手法に基づき、転売者と客が取り得る行動を場合分けしてそれぞれの利得を計算し、転売防止の効果があることを理論的に立証した。「まずアイデアを思いついて、それを実装して、そこで考えていたことを場合分けして数式で表現したら論文になった」と木村さんは話す。木村さんの頭の中にはブロックチェーンの動作と経済学部で学んだゲーム理論はすでにインプットされていた。そこから出てきたひらめきを後から実装および定式化を行った形だ。

 木村さんは今後、大学院に進学しながらLCNEMの経営を続ける。今考えているのは、LCNEMステーブルコインを活用するサードパーティアプリケーションを増やすために助成金などインセンティブを付与する施策だ。他の企業との協業した取り組みも出てくるかもしれない。今までに、LCNEMステーブルコインに関心を示している仮想通貨取引所と話をしたり、Ticket Peer to Peerに関してチケット販売会社らと話をする機会もあった。

 「出てくるアイデアに手が追いつかない」。そう木村さんは話す。私が今回の記事を書いている最中にも、木村さんはTicket Peer to Peerの改良版を考案した。詳細は未発表だが、設計を見直し「課金ゲームアカウントの転売」などを防止するインセンティブを付与できるようにしたとのことだ。

 木村さんから聞くアイデア群は、ブロックチェーン、法律、ゲーム理論を「テコの支点」のように有効に使っている。アルキメデスが「地球を動かして見せよう」と語ったように、低コストで利用でき内容を信頼できる公開台帳であるブロックチェーンと、ゲーム理論を応用したアイデアをうまく組み合わせれば、あるいは地球規模で社会システムを動かせる可能性があるのではないか──そんな想像も膨らんでくる。

星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。