星暁雄のブロックチェーン界隈ざっくり見て歩き
第5回「BUIDL!」〜2018年の日本の「鎖野郎」たちの取り組み
2018年12月27日 09:39
2018年を通して印象に残った言葉──私の場合はなんといっても「BUIDL」だ。"build"のスペルミスではない。大意は「雑音を気にせず、ものを作り続けよう」といったところ。ブロックチェーン界隈で最近使われるようになったジャーゴンだ。
2018年の界隈の大きな話題は、多数派の人々にとっては仮想通貨取引所からの盗難事件や相場の低迷(注1)だったかもしれないが、ブロックチェーン技術の将来に取り組む人々が意気消沈しているかというと、全く違う。私の感触として、2018年は日本の「鎖野郎」(ブロックチェーンに取り組む若者)の人数が増え、知見の集積が進み、実際に動くテクノロジーやプロダクトが登場してきた豊かな年だった。
背景として、Bitcoinの技術が成長を続けていることがある。2018年にはついにLightning Networkのメインネットが立ち上がった。Ethereum分野では次々と新たな技術が提案されていて、おそらく1人で全貌を完全に把握するのは難しいほどだ(その一部は第1回のコラム記事で解説した)。それ以外のブロックチェーン技術でも実際に動く技術がいくつも登場している。
今回の記事では、2018年に登場したテクノロジーやプロダクトの中から、「日本発」「技術的に興味深い」、そして「BUIDLの掛け声にふさわしい」ものを紹介する。日本のブロックチェーン界隈は、こんなに活発になっているのだ。
(1)Plasma上のDApps開発フレームワークを目指すPlasma Chamber
Plasma Chamberは、福岡のスタートアップ企業Cryptoeconomics Labが開発を進めるプトロコルである(発表資料、関連記事)。Ethereumのスケーリングソリューションとして活発な開発が進むサイドチェーン技術Plasmaの派生版の一つだ。Plasmaとは「サイドチェーンの運営者が不正を働いているかどうかを利用者が監視し、不正発覚の時点でメインチェーンへの資産退避(exit)を発動できる」仕組みを備えた技術。この共通の発想のもとに多数の派生版が登場しているが、一つの大きな課題がPlasmaサイドチェーン上のDApps(分散アプリケーション)の開発の難易度が高いことだ。
このPlasma Chamberは、安全性の確保と開発の難易度を下げることの両立を狙う。Plasmaの有力な派生版Plasma Cashをベースに、メインチェーンとサイドチェーンの両方のプログラム(コントラクト)をDSL(ドメイン特化言語)から生成する開発フレームワークとして作られている。良い開発フレームワークは、アプリケーション数を増やす上では決定的に重要なので、その将来には期待したい。11月30日に行われた講演(動画、講演資料)がデモンストレーションを交えて最新情報を伝えている。
(2)NayutaのLightning Network実装「Ptarmigan」
BitcoinのLayer2技術として高速な少額決済を実現するLightning Networkは、2018年に入ってから一般ユーザーでも試せるようになった。そのプロトコルの実装に取り組むグループの数は世界中を見渡しても片手で数えられるほどだが、その一つが、福岡のスタートアップ企業Nayutaだ。同社はLightning Network実装「Ptarmigan」(GitHub)に取り組む。Lightning Networkのプトロコル実装に世界で最も通じている会社の一つが日本に存在する訳だ。
Nayutaでは、実はLightning Networkが立ち上がる前からその要素技術への取り組みを進めていた。その蓄積を活用し、Lightning Networkと連携して電力供給を制御する「スマートコンセント」を用いて電気自動車への充電の支払いをLightning Networkで実施する実証実験にも取り組んでいる(関連記事)。
(3)「誰でも暗号通貨を入手しやすい」Vreath
「Vreath」は「未踏ジュニア」の2018年度スーパークリエイターに認定された末神奏宙さんのプロジェクトだ。末神さんは現役の高校生。「未踏ジュニア」の成果発表会でプレゼンテーションとデモンストレーションを目にしたが、Vreathは高校生の作品という枠組みを逸脱していると感じた。新規のブロックチェーン技術を新たに立ち上げることは大きな挑戦といえるが、その必然性を納得させられるだけの内容があった。
Vreathは誰でもマイニング報酬を得やすい新たな暗号通貨の提案である。PoWとPoSを組み合わせ、Parallel Miningと呼ぶ手法でマイニング報酬を広く分配する。今後はVM(仮想マシンによるプログラム実行機能)と、Plasmaライクな「子チェーン」や、シェーディング(並行処理)によるスケーリングも目指す。その設計を記したホワイトペーパーを12月に公開している。
(4)サービスやプロダクトの売買を仮想通貨抜きに行うプロダクト・クラウド・セール(PCS)
プロダクト・クラウド・セール(PCS)は、デジタルなプロダクトの販売やサービスの課金を、ブロックチェーン技術を使ってより合理的にする取り組みである(解説記事)。EthereumのERC-721規格の非代替トークン(NFT)を一種の会員証のように用いる。ただしEthereumの存在はユーザーからはあまり意識させない仕組みとしている。
従来手法に比べたメリットとして、例えばサービスごとにクレジットカード番号をいちいち入力しなくても済む。また通常ブロックチェーン上のトークンを利用する場合には秘密鍵を紛失すると資産を失ってしまうが、2種類の秘密鍵を組み合わせる仕組みにより権利を失いにくいようにした。法的には「仮想通貨」を用いないため、日本で厳しさを増す仮想通貨交換業の規制とは独立してサービスを展開できる。
(5)ちけっとピアツーピア
電子的なチケットを転売防止機能付きで販売するアプリケーション。ゲーム理論の応用により驚くほどシンプルな仕組みで転売防止を実現するところがポイントだ。詳細は前回のコラム記事を参照されたい。利用料を払えば誰でも手軽にチケットの発券と検札の機能を利用できる。仕組みは特許申請中とのことだ。
(6)LayerXのゼロ知識証明zk-SNARKs応用
LayerXは、ゼロ知識証明の方式のひとつzk-SNARKsを用いた「ブロックチェーン版の"https"」の開発を進める。httpsに対応したブラウザがWebサイトを呼び出すさい、証明書が正しいかどうかをブラウザ上で判別できるように、コントラクト(ブロックチェーン上のプログラム)を呼び出すさい、形式検証されているか否かを判定する。詳細は関連記事を参照されたい。
(7)Lightning Networkクライアント「Denryu」
ブロックチェーン分野の開発者やスタートアップ企業向けのシェアオフィスを運営するHushHubは、自らプロダクト開発にも取り組んでいる。その成果が、Lightning Networkクライアント「Denryu」(解説記事)。ゲームなどのLapps(Lightning App)と連携して少額決済(マイクロペイメント)に活用できるよう作られている。実際に、このDenryuと組み合わせる狙いでSaruTobiと呼ぶゲームアプリが公開されている。ゲームなどのアプリを通してLightning Networkを普及させる狙いを持つプロダクトといえるだろう。
(8)Bitcoinを疑う立場でゼロから構築したBBc-1
一般社団法人ビヨンドブロックチェーンが開発を進める新たなブロックチェーン技術BBc-1は、2018年5月に正式版をリリースした(関連記事)。パブリックブロックチェーンの前提といえる「ブロックをハッシュチェーンで結ぶデータ構造」、「合意形成アルゴリズムの利用」、「ネイティブトークン(暗号通貨)」というコンセプトをすべて疑い、別のやり方を採用、参加者がそれぞれ自分の責任を果たすことを前提に「約束を空中に固定する装置」を再構築した。いわばBitcoinを疑うことから出発した技術といえる。挑戦的な姿勢を評価したい。
以上、2018年に日本国内から登場した、技術的に興味深いテクノロジーやプロダクトを挙げた。不覚にも当方の視界に入っていなかった興味深いプロダクトもまだまだあるかもしれないが、ご容赦願いたい。
私の視点からは2018年のブロックチェーン界隈は非常に充実した1年だった。皆さん、よいお年を!
(注1)
多数派の人々にとって2018年は「『仮想通貨バブル』が崩壊した年」という位置づけになるだろう。統計サイトATHDAの2018年12月26日時点の情報によれば、Bitcoinの市場価格は2017年12月16日に最高値19665.395ドルから80.90%も下落している。他の暗号通貨(オルトコイン)の最高値からの下落率はさらに大きい。例えばEthereumは最高値から91.13%、NEMは96.27%も下落している。
暗号通貨の市場価格は、暗号通貨建て資産の比率が多い企業や、マイニング、ICOコンサルティングのようなビジネスでは重要である。暗号通貨資産を背景にビジネスを展開していたと考えられる米ConsenSysや、マイニング機器とマイニングプール運営の中国Bitmainは、人員整理を行ったと伝えられている。日本ではGMOインターネットがマイニングマシンの開発、販売から撤退すると発表した。