イベントレポート

Hi-Con2018から〜LayerXのブロックチェーン版「https」、非中央集権版メルカリ、DeNAのゲームへの取り組み

 日本のEthereum開発者コミュニティHi-Etherが主催する最初の大型会議Hi-Con 2018(2018年11月10日開催)から、LayerXのOsuke Sudo氏、メルカリ子会社のメルペイ分散台帳開発部のエンジニアKeita Nakamura氏、DeNAのFumitoshi Ogata氏の講演を取り上げてお伝えする。各社とも、数年後のDApps(分散アプリケーション)が普及した世界に向けた長期的な取り組みを進めている。

LayerXはゼロ知識証明を応用し「ブロックチェーン版のhttps」に相当するプロトコルを開発

 LayerXは、GunosyとAnyPayが50%ずつ出資するブロックチェーンスタートアップだ。Gunosy創業者の福島良典氏が専任でLayerX代表取締役社長に就任したことでも話題となった。

 同社のOsuke Sudo氏による講演「zk-SNARKsの理論と応用」(講演スライド)は、ゼロ知識証明の方式の一つzk-SNARKsと、そのEthereum関連技術への応用を説明する内容だった。

 ゼロ知識証明とは、変数xの値を明らかにせず「f(x)となるxを知っていること」を証明するテクニックだ。講演者のOsuke氏のBlog記事や、Vitalik Buterin氏のBlog記事に、クリプト分野の初学者向けの解説がある。例えばパスワードを晒さず、パスワードを知っている事実だけを証明できる。ゼロ知識証明では複数の方式があるが、特にzk-SNARKsは非対話的(複数回のやりとりを必要としない)、簡潔(数百バイトのデータを受け渡すだけで証明できる)という重要な特徴を持つ。高セキュリティを求められるプロトコルへの応用に向いているといえる。

 zk-SNARKsの活用事例で有名なのは暗号通貨Zcashだ。トランザクション内容を公開せずに、トランザクションが正当である事実を伝えるのに用いる。Ethereumでもzk-SNARKsに必要な演算機能を追加している。

 Ethereum分野で考えられているzk-SNARKsの応用の一つが、スケーリングである。ブロックチェーン外部(オフチェーン)の処理能力が高いコンピュータに計算処理を委譲し、ブロックチェーン全体の計算能力を高めることができる。

zk-SNARKsのスケーリングへの応用。オフチェーンのコンピュータに処理を委譲し、zk-SNARKsでブロックチェーンに結果を伝える。例えば計算負荷が高い検証処理をオフチェーンの高速なサーバーに委譲することでブロックチェーン全体の性能向上を図る応用が可能となる。

 LayerXでは、形式検証(Formal Verification)とzk-SNARKsを組み合わせたプロトコルの研究開発を進めている。コントラクト(ブロックチェーン上のプログラム)を呼び出す際、「形式検証されている」事実をzk-SNARKsにより証明する。またDAppsブラウザからコントラクトを呼び出す際、形式検証されているか、また標準規格に沿っているかどうかを判別する。

LayerXが取り組む新プロトコルの説明図。コントラクトを呼び出す時に、形式検証されていることをzk-SNARKsで証明する。LayerXではWebにおける「https」に例えている。

 LayerXのR&Dチームはこのプロトコルに関して、Ethereumの研究開発上の知見を共有するWebサイトEtheresearchに提案内容を記した文書「“https” in blockchain: Verifiable Formal Verification of Smart Contracts」を投稿している。Webにおけるhttpsのように、コントラクト呼び出しに関してセキュリティ機能を強化したプロトコルと位置づける。今後の研究と議論が深まることを期待したい。

3〜5年後を見据えた非中央集権版メルカリ「MercariX」

 メルペイ分散台帳開発部のエンジニアKeita Nakamura氏の講演"Decentralized Marketplace"では、メルカリと同様の機能を備えた非中央集権市場を目指す「MercariX」について説明した。メルペイはメルカリの100%子会社、分散台帳開発部は同社でブロックチェーン技術に取り組むチームだ。

MercariXの利用イメージ。ブロックチェーンを活用した「メルカリ」を試作した。

 MercariXは「ブロックチェーン上の物々交換に必要なプロトコルを集約したDApp」である。同社内ではコンセプトモデルとしてすでに動いている。市場機能とエスクローの機能があり、「メルコイン」と呼ぶトークンを使える。「メリカリと同様に、値引き交渉もできる」。

メルカリの子会社メルペイの分散台帳開発部が開発した「非中央集権版メルカリ」のMercariX。メルカリの諸機能を非中央集権型に再構築する。

 MercariXの価値交換プロトコルを「MercariX Protocol」と呼ぶ。Listing(出品)、Escrow(仲介)、Scoring(評価)、その他、配送プロトコル、レンディングプロトコル、DEXプロトコルなどがある。

 今のMercariXはEthereumベースだが、本格活用する上ではスケーリングの課題が出てくる。Ethereumの将来版で採用する予定のCasperを使うか、あるいはTendermint(高速なブロックチェーン構築のためのプロトコル)のようにEthereum以外の技術を使うかを「検討中」としている。それ以外の課題についても触れ、今後はゲーム理論への取り組みや、ステーブルコインの必要性があることを示唆した。

MercariXの今後の課題のうち、「インセンティブ」に分類されるもの。ゲーム理論、クロスチェーン技術、ステーブルコインなどの必要性を挙げている。

 質疑応答で興味深い議論があった。非中央集権を突き詰めたサービスでは、収益はサービス運営企業のような特定の主体ではなくプロトコルそのものの上に蓄積されるはずである。ではMercariXのキャッシュポイント(ビジネスモデル上、収益源となる部分)はどこになるのだろうか。質疑応答では、エスクロー(仲介機能)が収益源になる可能性があるとの見方を示した。

DeNAはゲームプラットフォームとしてのブロックチェーンに注目

DeNAのエンジニアFumitoshi Ogata氏は"Block chain as a gaming platform"と題したセッションで、DeNAのブロックチェーンゲームへの取り組みについて「肝心な部分」は喋れないと前置きした上で、その周辺の取り組みを紹介した。

DeNAが開発中のブロックチェーン関連技術を取り巻く技術群。肝心の中身については明かされなかったが、ゲーム分野の何らかのプラットフォームを構築している感触は伝わってくる。

 Ogata氏によれば、Ethereumのトークン規格ERC-20は、ゲームに応用すると「クッキーゲーム」ぐらいしか使い道がない。そこで「NEMのMosaicとNamespaceでキャラクターを設定できないか」と考えていた時期もあるそうだ。この悩みは、Ethereum分野でNFT(非代替トークン)の技術が出てきたことで解決の方向に向かった。

 NFT(非代替トークン)の規格ERC-721は、キャラクターにパラメータを付与できる。ただし、今のままでは衣装やアイテムとキャラクターを別々のトークンとして扱う必要がある。例えば「キャラクターを取引するとき、衣装を脱いだ状態で売買しないといけない」という問題が生じる。一方、トークンを階層的に見て一括取引できるERC-998は、衣装とキャラクターをまとめてアバターとして取引する使い方に応用できる。

 ERC-1155は、ファンジブル(代替)とノンファンジブル(非代替)の両方のトークンを管理できる。バッチトランスファー機能があり、従来複数回の承認が必要だった処理を1回の承認で済ますことが可能になる。

 NFTを活用したブロックチェーンゲームのヒット作CryptoKittiesには周辺ゲームが登場し、今やエコシステムを形成している。同じ世界のキャラクターを複数のゲームで用いるコンセプト「KittyVerse」が広がっている。例えばKotoWarsがある。このような動向、ブロックチェーン分野のゲームへの取り組みにヒントを与えてくれる。

 同社では、ゲーム開発フレームワークとして知られているCocos2d-xフレームワークをベースに「Lift」と呼ぶSDK(ソフトウェア開発キット)を構築している。これはEthereumのサイドチェーンLoom Networkと「密に連携する」もの。ブロックチェーン分野でも、今後はSDKの必要性が高まると見ている。

 ここでLoom NetworkとはEthereumのサイドチェーンで、Ethereumメインチェーンの混雑を避けてDAppsの処理能力を追求するために作られた(参考記事)。Loom Networkでは、サイドチェーン上の資産の安全性を保つ仕組みPlasmaの派生版であるPlasma Cashへの取り組みもあった(参考記事)。Hi-Conの他の講演でも出てきた話題だが、Ethereumメインチェーンの混雑に伴い、特にゲーム分野への応用ではサイドチェーンに取り組む必要性が高まっている。

 同社ではこのほか、トークン市場を運営するためのKYC(本人確認)の機能や、ブロックチェーンゲームプラットフォームCocos-BCXなども調べている。

 講演から伝わってきたことは、DeNAの開発チームがEthereum上の技術動向やゲームの動向に強い関心を持っていることだった。同社の取り組みの「肝心な部分」の正体はまだ分からないが、ブロックチェーン上のアセット移転を取り入れたゲームを効率よく開発、運用するゲームエンジンのようなものの気配が感じられた。

 Hi-Con2018では、他にもゲーム分野への取り組みに関する講演があった。Ethereum上のDApps全体の中でゲームの比率は高い。ブロックチェーン分野の今後の動向を見ていく上では、ゲーム分野が普及の突破口となるシナリオも想定しておいた方がよさそうだ。

星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。