イベントレポート
「シカにもアドレスを振った」プライベート型ブロックチェーン技術mijinでジビエ食肉のトレーサビリティー管理システムを構築
第2回プライベートブロックチェーンmijin活用セミナー
2018年7月19日 14:51
テックビューロが提供するプライベート型ブロックチェーン技術「mijin」の事例の中で、公表された最初の実運用事例が、日本ジビエ振興協会のジビエ食肉トレーサビリティー管理のためのシステムだ。狩猟で捕獲したシカやイノシシなど野生鳥獣の食肉の流通を管理する。2017年10月に事例として公表している(発表資料)。テックビューロは6月26日に「第2回プライベートブロックチェーンmijin活用セミナー」を開催し、その詳細について報告した。
mijinは仮想通貨NEMと共通の技術を用いたプライベート型ブロックチェーン技術である。テックビューロがNEMのコア開発者らを迎え入れて雇用する形で開発を進めてきたものだ(同社のプレスリリースでは「コア開発者らが同社に合流」と表現している)。パブリック型ブロックチェーンよりも高速に動作させることができ、NEMと共通の機能を備える。例えばトークンによる価値移転(送金)の機能、トークン作成機能(モザイク)、マルチシグにより合意を表現する機能を活用できる。パブリック型ブロックチェーン技術にも多くの種類があるが、Hyperledger FabricやQuorum(エンタープライズEthereum)はプログラム(スマートコントラクト)により機能を作り込む設計思想であるのに対して、mijinはそれらと異なり標準機能の範囲で多くのユースケースに対応する設計思想を持つ。最初の製品発表が2015年9月と他のブロックチェーン製品よりも早かったこともあり、テックビューロによれば、PoC(検証)事例を含めると300社以上への導入実績を持つ。
日本でのジビエ本格活用に合わせ構築
今回のシステムの目的は、野生鳥獣の食肉(ジビエ食肉)の流通過程で、食肉が規定通りに取り扱われていることを保証することだ。
システムの背景には、日本国内でのジビエ食肉の利活用がようやく始まった段階にあるという事情がある。「現在流通しているジビエ食肉はほぼ輸入もの。なぜ国産ジビエを使わないかといえば、食肉として認められていなかったから。法律がなく、ルールがなかった」(一般社団法人日本ジビエ振興協会 事務局 石毛俊治氏)。2014年(平成26年)に厚生労働省が「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」を公表。また2016年(平成28年)に「鳥獣被害防止特措法」を一部改正し、捕獲した鳥獣を食肉として利用することを法律に明記した。「ようやく食肉として認められた」(石毛氏)。
野生鳥獣には、寄生虫や感染症、それに解体過程での汚染などのリスクがある。そこで食肉処理業の許可を受けた施設で規定通りに解体処理することを義務付けている。とはいえ、各種のルールはまだ決まったばかり。ジビエ食肉の流通過程でルールの遵守を確認する仕組みが求められていた。これがトレーサビリティー管理のシステムの開発の背景となる。
シカにも加工業者にもアドレスを付与
今回のシステム開発では、当初は従来技術であるデータベース管理システムを用いて開発を進めていたが、途中でmijinを導入した形となる。「ブロックチェーンが持つ耐改ざん性などの機能が分かりやすかった」(石毛氏)ことから導入に踏み切った。
システムの構築の実務を担当した大前匡佐氏(カドルウェア株式会社 代表取締役社長、明治大学サービス創新研究所 客員研究員)は、今回のシステム構築が初めてブロックチェーン技術に触れる機会となった。「最初はブロックチェーンといえば仮想通貨だと思っていたが、実際に触れてみると仮想通貨とは別物と言い切っていい。ブロックチェーンとは要は台帳だが、セキュリティ面で超堅牢だ」(大前氏)。
大前氏は、システムの要件について「シカをブロックチェーンで管理したい、と言われた」と表現する。単に管理するだけなら、従来通りのデータベース管理システムを用いた台帳でもいいように思える。ただし、野生のシカなどの食肉を流通させる過程ではハンター、加工業者など複数の当事者が介在し、それぞれ利害が異なる。品質基準や加工方法などのルールも定まったばかり。当事者全員がルールを守って行動すると信用できるとは限らない。そこで、改ざんが非常に困難なブロックチェーンを応用して信頼できるデータ管理をするシステムを目指した。
暗号通貨やブロックチェーン技術の基本的な流儀は、個別の取引ごとに、取引の当事者が秘密鍵を用いて電子署名することで真正性を担保し、複数のノード(サーバー)が協力して記録内容を検証、さらに記録内容をハッシュチェーンで管理することで強固な耐改ざん性を持たせるというものである。
この考え方を食肉のトレーサビリティー管理に応用した。シカなど野生鳥獣の個体や、流通過程で関わる当事者(加工者など)に対して「アドレス」を付与し、情報を登録する時点で電子署名する作りとした。ブロックチェーン分野での「アドレス」は、秘密鍵から生成した公開鍵と同じ意味を持つ。「Aさんがシカの個体Xを検査した」「Bさんがシカの個体Xを加工した」といった個別の処理ごとに、当事者が電子署名する形となる。
このような仕組みを使い、例えば「流通過程の途中で、シカの個体Xに感染症があることが分かった」といった事態に対して、シカの個体Xに由来する食肉や流通経路を追跡可能とした。
今回のシステムではmijinの特徴のうちアドレスを活用した形である。mijinの特徴となる機能のうち、トークン発行機能(モザイク)やマルチシグによる合意の機能は今回のシステムでは利用していないが、今後の機能拡張で利用する可能性もあるとのことだ。
食肉はバーコードを印刷したラベルによって管理する。セミナーの質疑応答では、ラベルの取り違えなど現実世界との紐付けの部分で問題が発生する可能性があるのではないか、との質問もあった。大前氏が提示した解決策は、ひとつは剥がしにくいラベルを使うこと。もう一つは将来的に食肉のDNAの情報を低コストで取り出せるようになれば、それを使ってトレーサビリティーを管理することでより確実な管理が可能になる、というものである。なお、現実世界との紐付けという課題は従来技術のデータベース管理システムを用いたシステムでも同様に発生するので、ブロックチェーン技術特有の課題とは分けて考えた方がいいだろう。
システム構築に参加した感想として、大前氏は「パッケージソフトをWeb APIで操作しているような感覚で、問題なく構築できた」(大前氏)と述べている。mijinの標準機能を呼び出す形でシステム構築する場合、難易度はそれほど高くないという感触のようだ。
今回のシステムにおけるプライベート型ブロックチェーン技術のメリットを要約すると、次のようになる。(1)電子署名とブロックチェーンの耐改ざん性によりデータの信頼性を担保できた。(2)複数のノードが同じデータを持つことで高可用性を実現し、非常にダウンしにくいシステムを作ることができた。(3)mijinというワンストップソリューションによりシステムを実現でき、設計、構築、検証のコストを抑えることができた。
プライベート型ブロックチェーン技術に関しては様々な意見があるが、まず挑戦者が出てこないことには可能性を議論することもできない。今回の事例は、プライベート型ブロックチェーン技術を使うことで、信頼性が高いデータ管理基盤を従来技術よりも低コストで実現できる可能性があることを示しているといえるだろう。