イベントレポート

ICO・STOの法整備進むシンガポール、東南アジアブロックチェーン最前線の今

「海外仮想通貨ビジネス動向視察レポート第一回」後編

 1月29日に開催された「海外仮想通貨ビジネス動向視察レポート」は、ブロックチェーンビジネス・技術のセミナーを手がけるコイネージ株式会社が主催。第1回は東南アジアを対象に、FEB株式会社・CEOの阪間裕之氏(タイ担当)とロシアンOLちゃん(@crypto_russia、シンガポール担当)が、それぞれの担当地域にちなんだセッションを行った。本稿では、イベントレポートの後編として、Twitterで海外のブロックチェーン・仮想通貨の動向を発信しているロシアンOLちゃんが報告したシンガポールの最新情報をお知らせする。

 阪間氏報告のタイ編レポートは「中央銀行主導の国家仮想通貨「CBDC」開発やブロックチェーン活用の政治投票、社会実装が進むタイという国」にて報告しているので併せて一読いただきたい。

海外仮想通貨ビジネス動向視察レポート シンガポール編

ロシアンOLちゃん(@crypto_russia)こと、タマラ・ソイキナ氏

 セミナー後半は、ロシアンOLちゃんこと、FEB株式会社のタマラ・ソイキナ氏がシンガポールの最新動向について報告した。タマラ氏は日本のブロックチェーンコミュニティに向けて海外の情報を翻訳して配信したり、各国のブロックチェーンセミナーで登壇したりといった活動を行っている。

シンガポールで1月7日開催されたネットワーキングイベント「Upcoming Crypto Trends」

 今回、シンガポールの視察を行ったのは、現地で1月7日に開催されたセミナー「Upcoming Crypto Trends」がきっかけだという。パネルセッションではタマラ氏がモデレーターとして登壇した。15社の投資企業が参加しており、世界一のICO投資額を持つというシンガポールの、現場の生の声が聞けたという。

 シンガポールは2014年から「スマートネーション」という構想を掲げている。2030年までに先進技術を取り入れて国全体のスマート化を進めるというもので、フィンテックの推進も含まれている。そのため、ブロックチェーン技術や仮想通貨に対しても積極的に受け入れを進めており、国内にはBitcoin(BTC)のATMが9台も設置されているという。

 一方で、シンガポールの銀行は保守的で、ブロックチェーン企業は銀行口座の開設が困難(※1)であるという。対照的に香港の銀行はフィンテックの口座開設にオープンなので、「シンガポールで口座開設ができなかったので、すぐに香港に行ってしまったブロックチェーンプロジェクトも多かった」とタマラ氏は語る。

※1:現在は仮想通貨関連事業に対して銀行口座の開設を支援する姿勢を、シンガポール金融管理局(MAS)が示している。(参考資料

注目のプロジェクト

 シンガポールには、TenXやKyber Networkといった大型のブロックチェーンプロジェクトが本部を構えている。RippleやLitecoinといった最大手の仮想通貨プロジェクトも同国に拠点を設置しており、技術開発が活発であるという。

金を担保としたトークンプロジェクト「DIGIX」
非中央集権クラウドコンピューティング・マーケットプレイスを開発する「Perlin」

 ブロックチェーン技術の最先端にあるシンガポールから、タマラ氏は3つのプロジェクトを取り上げた。一つ目はDIGIXという金を担保としたトークンを発行するプロジェクト。日本のグローバルブレイン社やEthereum創設者のヴィタリック氏がアドバイザーを務めるキャピタルなどから出資を受けている。

 二つ目はPerlinという、「非中央集権クラウドコンピューティング・マーケットプレイス」を開発するプロジェクトだ。2018年初頭に発表された新しいコンセンサスアルゴリズムであるAvalancheプロトコルを採用していることが特長であるという。

自社サービス「LINE」で提供するDAppsの開発に注力する「BITBOX」

 三つ目にはシンガポールのLINE子会社が展開する仮想通貨交換所「BITBOX」が挙げられた。同社は日本でも仮想通貨交換所として申請中だ。LINEは2018年9月より日米を除く地域で独自仮想通貨LINKを提供するなど、サービスに積極的にブロックチェーン技術を取り入れている。シンガポールではベトナム支部と連携して、LINEで提供中のWizbell、4CASTを含めた5つのDAppsの開発が進められるという。

ICO規制、STOの動向について

 シンガポールでは2017年7月より、シンガポール金融管理局(MAS)管轄の下、一部ICOの規制が始まった。証券性トークンが証券先物法の規制対象となっている。証券性を持たないユーティリティトークンにおいても、支払い等に利用可能なものは資金決済法に抵触する場合があり、一部は規制対象とされている。

 2018年11月には新ガイドラインとして「デジタルトークンオファリングガイド」が発行された。同書ではセキュリティトークン(ST)が明確に定義され、「資本市場プロダクト(証券、ファンド投資、デリバティブ、FX)として認められ手続きを受けたもの」と定められたという。また、投資顧問法としてSTOに関する投資アドバイスの規制が定められ、現在同国の国会では同書に追加する新決済法が審議中とのこと。(参考資料

 タマラ氏はSTOの動向として「非常に面白い事例」と前置き、ICHX Techというスタートアップ企業が開発するSTO取引プラットフォーム「iSTOX」を取り上げた。同社はシンガポール証券取引所(SGX)と政府系VCのHeliconia Capital Managementから投資を受けている。iSTOXはブロックチェーンとスマートコントラクトの技術を活用して透明性のある高速な取引を実現するという。現在MASによるライセンス発行待ちとしているが、現地ではすでにオペレーションを開始しているという噂もあり、年内には大きな動きがあるだろうとタマラ氏は語った。(参考資料

VOX社のステファノ・ヴァージリ(Stefano Virgilli)氏

 ICOとSTOの動向に関して、シンガポールSTOコンサルティング会社VOXでCEOを務めるステファノ・ヴァージリ(Stefano Virgilli)氏がテレビ電話を介して現地の情報・意見を伝えた。

 ステファノ氏はICOに対して否定的な考えを持っており、ICOの盛衰をシンガポールで一昔前に流行した、自転車を共有するバイクシェアリングビジネスに例えた。同事業は当初人気を博したが、損耗して利用できなくなった自転車が山のように廃棄され、社会問題となった。事業を継続した場合の影響が考えられていなかったために、持続可能なビジネスではなかったという。ICOも結果的にプロダクトを作っていない企業にも資金が流れており、持続的なスキームではないという考えだ。また、発行から2年が経っても使い道がないトークンが大量に存在すること、発行量と流通量がコントールできていない点も問題点として挙げた。

 STOの普及についてステファノ氏は、売買に資格が必要となるので大衆にまで大きく普及するには時間がかかるという予想を語る。氏は「ICOではグレーなやり方が非常に多かったが、STOをいい加減な方法で発行すると、最悪逮捕されてしまう」と述べた。実際にシンガポールでは「ICOの名前をSTOに変えただけ」でSTOを扱おうとする人や企業には当局から直接注意が行われているという現状を伝えた。

 ICOの課題は参加者の数だとステファノ氏は語る。その解決策として、STOには「ゲーミフィケーション」の要素を取り入れることを提案した。ファイナンシャルのエコシステムの中でのみ利用できるSTをまず発行し、連動するNTUT (Non-Trdable-Utility-Token)をライフスタイル(非ファイナンシャル)エコシステムで発行する。STとUTを厳密に分けることで安全性を高めながら、両者が「使い道のないトークン」になりにくいと語った。それぞれのエコシステムで投資家と一般ユーザーに参入を促す形となるので、従来の流れとは逆の流れを作ることもでき、新しい広がり方を見せる可能性もあるという。

まとめ

 東南アジアの仮想通貨先進国と呼ばれるシンガポールでは、トークン関連の法整備が迅速に進められながら、大小問わず注目すべきプロジェクトが数多く進められていることが分かった。特にPerlinの開発するAvalancheプロトコルを採用したというプロジェクトは興味深い。同プロトコルはランダム性を含んでいることで否定的な意見も散見されているが、実際にどのようなものがリリースされるのか注目したいところだ。

お詫びと訂正:記事初出時、「ICOの課題解決策」の解説中に「ICO」と記載しておりましたが、正しくは「STO」となります。お詫びして訂正させていただきます。

日下 弘樹