イベントレポート
「学位証明」と「研究不正対応」にブロックチェーン活用の期待高まる。海外事例紹介なども
経済産業省開催「ブロックチェーンハッカソン2019」レポート前編
2019年3月5日 10:31
日本国内でも近年、教育分野におけるブロックチェーンの活用が注目され始めている。教育業界が抱える課題を解決する手段、新しい学び方を広げる手段としてブロックチェーンには可能性があるとの見方が広がりつつあるのだ。
そんな中、経済産業省は2019年2月9日、2月16日、17日の3日間でブロックチェーンの教育利用を考える「ブロックチェーンハッカソン2019 〜学位・履修履歴や職務履歴、研究データの管理にブロックチェーン技術を活用し、人材流動化や研究開発において信頼ある基盤の構築を目指そう!〜」を開催した。同イベントには、98名の参加者が集まり、22チームに分かれて競い合った。
前編の本稿では、ハッカソンのオープニングイベントとワークショップの内容を、後編ではハッカソンの結果発表と受賞したプロダクトを紹介する。
「学位証明」と「研究不正対応」にブロックチェーン技術を期待
教育分野のブロックチェーン利用を考える「ブロックチェーンハッカソン2019」を主催したのは、経済産業省だ。オープニングでは同省の大臣官房審議官(産業技術環境局担当)渡邊昇治氏が登壇し、ハッカソン開催の意義を語った。
渡邊氏は「経済産業省としては、ずいぶん前からブロックチェーンの技術に注目している」と語った。実際に同省は2015年から、ブロックチェーン技術を活用したサービスについて調査・研究も行っており、金融分野以外での活用も可能性を感じているという。なかでも渡邊氏は、「医療・ヘルスケア」「物流・サプライチェーン・モビリティ」などブロックチェーン技術と親和性が高いと言われる5つの重要な分野を取り上げ、それぞれの可能性について言及した。もちろん、ブロックチェーンの社会実装については、法整備の課題もある。同氏は「今の日本の法律は中央管理者がいる前提で作られているが、そうした前提自体も見直す必要があるだろう」と語った。
続いて渡邊氏は、「経済産業省は教育分野におけるブロックチェーンの活用も非常に注目している」と語った。その理由として、教育分野が直面している2つの課題「学位証明」と「研究不正対応」を挙げ、これらの課題解決に向けてブロックチェーン技術は親和性が高いというのだ。
学位証明の課題から詳しくみていこう。今まで、ほとんど人は学校を卒業しても、最終学歴は変わらないことが多かった。しかし、これからの時代は転職や副業、兼業など、働き方が多様化し、一個人が人生の中で何度も学び直す世の中になる。いつ、どの学校を卒業したのか、キャリアアップのために何を学び直したのかなど、自分の学歴や学習の履歴を明確に証明できることが求められる社会になる。一方で、少子化の影響を受けて教育機関の統廃合も進んでいる。自分の卒業した学校がなくなった場合、卒業証明や成績証明を取得することが困難なケースも発生するだろう。こうしたことから、個人の学位証明や学習履歴を生涯にわたって証明する手段やシステムが必要であり、ブロックチェーン技術が使えるのではないかというのだ。
もうひとつ、教育分野が抱える課題は研究不正対応に関するものだ。近年、大学などの研究機関においては、研究不正問題が顕在化し、産業界においてもデータの改ざんが問題になっている。研究自体もオープンソース化しているうえに、守秘性の担保も課題だ。こうした問題は、日本国内だけでなく、海外でも課題になっており、海外ではすでに研究データに特化したプラットフォームも登場しているという。渡邊氏はこれら2つの課題を参加者らに説明し、課題解決の手段としてブロックチェーン技術に期待していると述べた。
海外における教育分野のブロックチェーン導入事例とは?
さて、ハッカソン自体はどのように進められるのか。今回のハッカソンでは、渡邊氏の話にもあったように、教育分野が抱える2つの課題「学位・経歴証明」と「研究データの信頼性確保」がテーマに挙げられた。参加者たちはどちらかのテーマを選び、ブロックチェーン技術を用いた社会実装につながるアイデアを競い合う。参加者は一般募集で集まった個人やグループなどで、全部で98名。22チームに分かれて競い合い、第1次審査(審査は非公開)を通過した12チームが、最終審査に進む。
事務局(株式会社リクルートR&D)からは、ハッカソンに先立ち、参加者らに対して2つのテーマにおける海外の動向が紹介された。たとえば、「学位・経歴証明」のテーマでは、マレーシアが国内6つの大学を結び、学位の管理を行うコンソーシアム型のブロックチェーン基盤を構築し始めたことや、米MITでは2018年の卒業生に対して紙ベースの学位とともに、Digital Certificateの受領オプションを提供し始めたという。また海外では、経歴証明のプラットフォームにトークンを使用する事例も登場しており、ユーザーが経歴情報を登録するインセンティブとして使用されている。
「研究データの信頼性確保」に関しては、ドイツをベースとするシンクタンクBlockchain for Scienceの取り組みが進んでいるようだ。同団体は、研究領域、研究プロセスにおけるブロックチェーンの適用可能性を探り、研究予算を獲得するファンディングにまでブロックチェーンの利用を広げているという。ほかにも、スマートコントラクトを使って被験者のデータ管理を行う「Smart Privacy」や、研究デバイスからのデータを瞬時にブロックチェーンに記録する「Internet of Research Things」といった試みも行っている。ハッカソン参加者たちは、このような海外の事例を聞きながら、ブロックチェーンの教育利用に関する知見を深めた。
ブロックチェーンの社会実装において、考えるべき点は?
本ハッカソンでは初日に、参加者たちがブロックチェーンに関する知識や技術を学べるよう、さまざまなワークショップが開催された。
OpenIDファウンデーション・ジャパンの富士榮尚寛氏(伊藤忠テクノソリューションズ株式会社)は、「組織におけるアイデンティティ管理に関する基本的な考え方」と題したワークショップを行った。そもそもブロックチェーンの社会実装を考えるにあたり、個人の「ID」はどのように考えればいいのか。その基本的な考え方と課題を説明した。同氏による当日のスライドは公開されているので参考にしてほしい。
富 士榮氏は最初に、”IDとは何か”、”ID管理で注意すべき点は何か”など基礎的な内容から話した。そして、IDを管理するうえで重要な考え方として、人は職場で見せる自分、家族といる自分など、接する相手によって見せたい自分が異なるため、自分の意志で属性を使い分けできることが大事だと強調した。もちろん、個人の属性が本当に正しいのかどうかを第三者が証明できることも重要である。それを踏まえて富士榮氏は、組織が信頼性を得るために必要なID管理やシステムについても説明した。
続いて富士榮氏は、ブロックチェーン技術の活用に期待が高まる課題を挙げた。具体的には、教育機関に出向いたり、郵送で取り寄せる卒業証明書など、つまりは過去の所属組織への照会や、所属していた組織がなくなった場合の証明、また所属していた組織に身元を否認された場合。こうした課題に対してブロックチェーンの活用が期待されるという。すでに海外では、学位の電子化や研修医の身元確認の電子化などで事例があるほか、高等教育を受けたい難民に対して身元を証明する国連難民高等弁務官事務所の取り組み「LIGHTest+UNHCR」を挙げた。
最後に富士榮氏は、こうした課題にブロックチェーン技術が期待されると述べる一方で、人には「忘れられる権利」や「忘れられない権利」があり、これらを考慮する必要があると語った。すべてをデータベース化し管理できてしまうのが良いのか、個人の意志でアイデンティティを削除したり、組織の意識でアイデンティティが削除されないといった点を考える必要がある。また認証情報のロストによりオンライン・アイデンティティへアクセスできなくなることや、アイデンティティを利用する側が安全に簡単に使える仕組みを作ることも重要だ。富士榮氏は「信頼と証明はブロックチェーン技術と重なる部分であり、そうした視点でアイデアを広げてみてはどうか」と参加者らに語った。
取り組みが進む海外のブロックチェーン活用事例
続いて取り上げるワークショップは、イギリスに本部を置く通信制の公立大学Open Universityの研究機関Knowledge Media Institute(KMI)が取り組むブロックチェーンの教育利用を紹介するものだ。同大学は1969年に設立して以来、1000以上のアカデミックコースを提供し、現在も20万人近くの学生が在籍しているという。KMIは、その中でも新しいテクノロジーの教育利用を研究する機関で、3年前にブロックチェーンの研究グループを立ち上げた。
ワークショップに登壇したMichelle Bachler氏はまず、KMIがこれまで取り組んできたブロックチェーンのプロジェクトや実験について紹介した。最初の実験は、オープンバッジだ。同氏は、これからの教育はより多くの科目を短いスパンで学ぶスタイルが増えるとの予測から、学んだコースや成績を証明するバッジをブロックチェーンで実装したと述べた。そして現在は、Open Universityが提供する無料講座Open Learnとコラボし、10コースでブロックチェーンを活用したオープンバッジの発行を試みているという。
オープンバッジの取り組みは当初、学習者の身元を証明し、コースや成績など、基本的な情報をブロックチェーンで管理するにすぎなかった。しかし、取り組みを進めるうちに学生が自分でバッジを管理できる学生用ブラウザや、習得したスキルや学んだコースをもとに、仕事を見つけるジョブマッチングにも可能性が広げられた。また評価の方にもブロックチェーンの活用を広げ、トークンを用いたPeer-to-peer Reputation(相互評価)をシステム化した。
またMichelle Bachler氏は、最近のブロックチェーンに関する取り組みとして、“Webの父”と呼ばれるサー・ティム・バーナーズ=リー氏が始めたオープンソースプロジェクト「Solid」に触れた。Solidとは、ユーザーが個人情報をGoogleやAmazonのような企業に渡すのではなく、「Solid Personal Data Pod」と呼ばれる保管場所でデータを管理し、どの情報を提供するのかを自分で選択できるようにするもの。Michelle氏は、Solidの仕組みを利用して、分散型SNSの実装を試みていると述べた。
このようにMichelle Bachler氏は、ブロックチェーンに関する過去の取り組み、現在進行形のプロジェクトについて語った。ワークショップはほかにも、ブロックチェーンの技術や知識が学べるものが用意され、また海外スピーカーによるワークショップもあった。参加者たちは、こうした時間を利用しながらハッカソンのアイデアにつなげた。
後編では、ハッカソン最終日、結果発表の様子をレポートする。