イベントレポート

既存の教育概念や課題解決にインパクトを与えるアイデアが続出。最終審査と結果発表

経済産業省開催「ブロックチェーンハッカソン2019」レポート後編

 経済産業省は2019年2月9日、2月16日、17日の3日間でブロックチェーンの教育利用を考える「ブロックチェーンハッカソン2019」を開催した。初日は、オープンニングイベントやワークショップが行われ、その様子は前編でも紹介した通りだ。

 後編の本稿では、最終日に行われたハッカソンの結果発表をレポートする。教育分野においてブロックチェーン技術はどのような可能性があるのか。最終審査に残ったチームを紹介しよう。

「ブロックチェーンハッカソン2019」最終審査の様子。

参加22チームの中から、4チームが受賞

 ブロックチェーンの教育利用を考える「ブロックチェーンハッカソン2019」は、一般募集で集まった個人やグループなど98名が参加し、22チームに分かれて競い合った。与えられたテーマは「学位・履修・職歴証明」と「研究データ管理」の2つで、チームによって、そのどちらかを選ぶ。第1次審査(審査は非公開)を通過した12チームが最終審査に進み、最終日はこれらのチームがプレゼンを行った。今回のハッカソンで審査員を務めたメンバーについては、こちらを参照。

 最終審査はプレゼン7分、質疑応答3分の形式で行われ、各チームは制限時間内で自ら考案したアイデアを説明し、ブロックチェーンを活用したデモ画面も披露した。最終審査はどのチームも非常にハイレベルな内容であったが、受賞したのは下記の4チームという結果になった。

<最優秀賞>
・学位・履修・職歴証明部門
チーム名:DigiD
発表内容:学位や在学期間のポートフォリオを一括管理するシステム

・研究データ管理部門
チーム名:egateam
発表内容:臨床研究の解析アウトソーシング分散プラットフォーム

<優秀賞>
学位・履修・職歴証明部門より
チーム名:OVP
発表内容:オープン型資格・履修履歴プラットフォーム(OpenVerifiablePlatform)

<アーリーエッジ賞>
研究データ部門より
チーム名:AuthorizedMoment
発表内容:研究の信憑性を担保し、世界中の研究者が継続利用可能なドローンプラットフォーム「ソラノメ」

 では、受賞した4チームの内容を詳しく見ていこう。

組織から学習者へ、学位や学習履歴を学習者が管理できる世の中へ

 学位・履修・職歴証明部門で最優秀賞に輝いたのは、デジタルハリウッド大学院とBlockBaseのメンバーで構成されたチームDigiDだ。同チームはデジタルアイデンティティをテーマにし、学位や在学期間のポートフォリオを一括管理するシステム「DigiD」を合同企画として発表した。

学位・履修・職歴証明部門で最優秀賞に輝いたチームDigiD。

 DigiDがめざしたのは、これまで組織に管理されていた学習者(ユーザー)のアイデンティティを、学習者主導の管理へ転換することだ。これは実際に、デジタルハリウッド大学院での運用を視野に入れた構想で、学生が在学期間中に受賞したコンペ履歴や作品のポートフォリオなど、自分で学習履歴を管理できるシステムをブロックチェーンで構築しようというのだ。学生が単位取得履歴や学歴、作品の受賞歴、ポートフォリオなどを一元的に管理できれば、クリエイターとして個人の価値を高めることができるとの考えが起因となっている。

 DigiDの全体モデルとしては、大学が発行した学位などの認証情報をブロックチェーンに書き込んでいくのだが、特徴的なことはユーザーの公開鍵を使って暗号化された情報のみを記録すること。つまり、ユーザーの許可がなければ大学は証明書などを発行することができない。もちろん、すべての情報にアクセスできるのはユーザーのみであり、学生は学位などの管理をスマートフォンのアプリケーション画面で操作する。

ブロックチェーンはEthereumのERC735とERC725v2を使用。学生はスマホのアプリで学位などの管理が可能になる。また学位の証明などはQRコードを用いて、企業にもすぐに提出可能だという。プレゼンでは、実際のデモ画面も披露した。またDigiDのシステムで重要な公開鍵、秘密鍵、またユーザーが秘密鍵をなくした場合などについて掘り下げて説明した。

 DigiDのチームは、同システムをデジタルハリウッド大学院で運用するにあたり、そのポイントとなる部分や課題についても述べた。最初からいきなりDigiDに置き換えるのはむずかしく、学位の証明などについては今のやり方と併用しながら、誰が、いつ、どのような形でDigiDを使って承認していくのか、ルール化や監査の必要があるという。公開鍵をアイデンティティにし、学校で何を学んできたか、学習者が自分で管理できるシステムをめざしたいと発表を締めくくった。

第三者がデータ検証に関わり、報酬を受け取るプラットフォーム

 研究データ管理の部門で最優秀賞を受賞したのは、チーム名egateamが発表した「臨床研究の解析アウトソーシング分散プラットフォーム」だ。同チームは、臨床試験における研究データの検証作業をブロックチェーン上で行うプラットフォームを構築した。

研究データ管理の部門で最優秀賞を受賞したチームegateam

 そもそも臨床試験とはなにか。大きくは臨床研究の括りに入るが、治療の有効性や安全性を検証することが目的となる。この領域では昨今、臨床試験の論文掲載後に解析結果の信頼性が疑われ撤回された事例や、臨床試験の質が疑われる事例が多数発生しているという。

 同チームはこうした課題解決に向けて、ブロックチェーンを用いて第三者が解析過程を検証できるようにし、解析の人為的ミスや不正を防ぐ管理体制を構築した。具体的には解析工程の依頼内容をブロックチェーンに公開し、ネットワーク参加者が解析の検証作業を行い、その報酬としてトークンを受け取る仕組みだ。

研究データの解析を依頼するオーナがEthereumブロックチェーンに生データを公開し、それを検証するユーザーは仕様を見ながらデータの解析を行う。ユーザーは回答のハッシュ値と、ユーザーに当てられたシークレットキーのハッシュ値で回答を生成。期限が来ると最も多かったハッシュ値の回答が正しいと判断され、その回答を生成した回答者に正解のハッシュ値を送信し、報酬としてトークンが与えられる。

 同チームはこのプラットフォームの利用価値について、「解析を分散化することで不正が起こりにくい」「法人契約なしにフレキシブルに依頼ができる。しかも24時間稼働」「解析プログラマの新たな報酬体系を構築し、空いているプログラマリソースも有効活用できる」といった点を挙げた。今後は解析計画とデータがあれば解析関連の実作業をすべて同プラットフォームに丸投げできるような仕組みへ発展させていく考えだ。

アイデアとブロックチェーンの可能性が広がる優秀賞・アーリーエッジ賞

 優秀賞は、学位・履修・職歴証明の部門からチームOVPが選ばれた。同チームが発表したのは、国家資格や民間資格などを連携して検証し、時代に即した形で評価をする「オープン型資格・履修検証プラットフォーム(Open Verifiable Platform)」だ。

優秀賞を受賞したチームOVP。

 現在の国家資格や民間資格は、それぞれの資格の価値が分かりづらい。本当に必要とされている資格なのか。時代に合っているものなのかなど検証する仕組みもない。また逆に、必要とされている資格であっても、そのニーズを引き出せていないケースもある。そこで同プラットフォームでは、あらゆる国家資格や民間資格を連携させ、国・民間・第三者機関による評価を加えて、時代に即した形で「準公的」な資格へ認証させる仕組みを提案した。

 ポイントとなるのは、資格をどう評価するかだ。同プラットフォームでは、アイデンティファイ用のメタデータとレピュテーションをリンクさせ、利用者自身が資格を評価できる仕組みも内蔵した。また国家や第三者機関による公的認証をブロックチェーン上で行えるようにもした。電子書籍やeラーニングなど、あらゆる学習履歴や資格とさまざまな資格認定者の評価を関連付けることで、個人を広い観点で評価できる仕組みを作った。

アイデンティファイにはEthereumのERC725とERC735を利用。分散型ネットワークのIPSF技術も活用した。レピュテーションに関するethereum/EIPドラフトも作成し、コミュニティに提案した。

 アーリーエッジ賞を受賞したのは、チーム名AuthorizedMomentが発表した研究の信頼性を担保するドローンプラットフォーム「ソラノメ」だ。

アーリーエッジ賞を受賞したチームAuthorizedMoment

 同チームは、研究機関による画像の合成や改ざん問題が後を経たないことから、自動操縦のドローンを飛ばし、研究状況を画像・動画で公開するシステムを開発した。その画像が本当に、その日に、その場所で、その人が撮影したものなのか。人が関わる限り、その疑いはつきまとうため、自動操縦のドローンを用いる方法で研究状況を撮影することにした。撮影したデータは、リアルタイムでブロックチェーンに保管され、誰もが見ることが可能だという。絶対的な信用を得ることができる研究を創出したいと同チームはアピールした。

利用方法としては、無改変資料のほしい利用者がお金を払ってチケットを購入し、ある程度貯まったら自動操縦によるドローンの撮影が可能となる。プレゼンでは実際にドローンを飛ばしてNEMブロックチェーンに記録した時の動画を披露した。

受賞を逃したチームも紹介!
独創的なアイデアが満載のブロックチェーン×教育の世界。

 ここまでは受賞した4チームを紹介したが、最終審査に残りつつも、惜しくも受賞を逃したチームも紹介しよう。

【学位・履修・職歴証明部門】

スマートコントラクトを活用した受講修了証の真正性証明
学歴・職歴・資格・スキルの正当性を証明し、人材の流動化を支えるプラットフォーム「Profile Proof」のサービスを開発。経歴を証明したいユーザー、証明書を発行する教育機関・団体、それらを必要とする企業の三者がブロックチェーンでつながる。ユーザーは公開したいProofやスキルを選び、オンライン履歴書を作成し、企業はそれを閲覧できる。ブロックチェーンは承認を得てから入れるようにするため、Hyperledger Fabricを使用した。
ブロックチェーンで繋がる広がるエンジニアライフ
多くの情報量から作成する履歴書や職務経歴書、各種証明書の取り寄せなど、学生や求職者は負担が大きい。その一方で、企業に入社してからのキャリアイメージが描きづらい。その両方の課題解決に向けてブロックチェーンで全ての情報を管理するシステム「Wakaba」を作成。ブロックチェーンはHyperledger Irohaを利用し、ユーザーには欲しいスキルは何か、自分がやりたいと思っている仕事にマッチする企業の情報も提供できるようにする。
証明書と発行元の信頼担保と評価システム
Ethereumの規格ERC725とERC735を用いて学生に証明書を発行。同時に証明書の情報はUser Registryに登録され、以前にその学生を評価した教育機関にERC20トークンが付与される仕組み。たとえば、ノーベル賞を受賞するような優秀な学生を早く見つけた教育機関の評判があがる。度重なる学歴・経歴詐称の問題、偏差値に重きを置いた評価システムを変える手段として同システムを考案。
ウェアラブル端末を用いた健康経歴の提案
日本人は睡眠不足による慢性疾患が多いことから、学歴や職歴に並ぶ新たな経歴として「健康経歴」を提案。ウェアラブル端末を用いて運動量や睡眠時間をNEMブロックチェーン上に記録する「HealMes」を考案した。一例として、HRデージェントが企業にデバイスをレンタルし、社員の健康習慣を記録。結果の良い社員にはポイントを付与するとともに、人事評価にもつながるよう健康経歴書を発行する。法人ユーザーは低価格で社員の健康状態を知ることが可能。
学習者のインフォーマルな学びや学習履歴を記録する
“学校の成績は悪いが、Twitterにフォロワーが1万人以上いる”、このような生徒をどう評価すればいいか。学校外のインフォーマルな学びや活動をブロックチェーンで記録し、個人の学びや活動に広げるシステムを提案。具体的にはアクティビティのログ化、作品のポートフォリオ、SNSのデータを活用し、学習者が自分の学びとして有益だったものをセレクトしてブロックチェーンに記録する。ブロックチェーンはHyperledger Fabricを使用。
ブロックチェーン上に発行情報を記録し、簡単に真正性を確認できる修了証
エンジニア向け有料トレーニングで発行される修了証は、紙かPDFが多く、不正防止が機能していない。こうした課題に対して、ブロックチェーン上に発行情報を記録し、簡単に真正性を確認できる修了証を作成した。流れとしては、Ethereum上に修了証発行データを記録し、紙の修了証にURLと復号鍵を印刷。カメラで復号鍵のQRコードを読み取れば、ウェブサイトで真正性を確認できるというもの。
変更自在のブロックチェーン証明書発行総合システム「AMOEBACERTS」
教育分野では、学割など紙の証明書が未だに根強く残っている。デジタル化できればコスト削減、管理軽減、紛失や偽造対策にもつながることからEthereumブロックチェーンを利用した証明書発行総合システム「AMOEBACERTS」を発表した。同システムの特徴は、UIと書式を変えるだけで学位証明書、学生証、eラーニング用の証明書が発行できること。データの真正性も担保できる。

【研究データ管理部門】

研究内容の改ざん防止に関する提案
研究データにミスや偽装がないか。不正な研究データと正しい研究データを自動的に分別し、正しい研究データだけをブロックチェーン上に保管するシステム。クラウドソーシングを用いてデータの収集を行い、アプリケーションサーバーでデータを解析、正しいデータはすぐにブロックチェーンに保管され、データの提供者には報酬が支払われる。ブロックチェーンの部分はEthereumのスマートコントラクトを使って実装した。

 以上が、最終審査に残ったチームの発表内容になる。受賞したチームだけでなく、どのチ―ムの発表からもブロックチェーン技術がもたらす可能性を感じることとなった。まだまだ社会実装に向けて課題は山積しているが、教育を前進させる技術として今後も動向を注目していきたい。

神谷 加代

教育ITライター。「教育×IT」をテーマに教育分野におけるIT活用やプログラミング教育、EdTech関連の話題を多数取材。著書に『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由 「21世紀型スキル」で社会を生き抜く』(共著、インプレス)、『マインクラフトで身につく5つの力』(共著、学研プラス)など。