イベントレポート

お部屋探しの来店時「もう埋まってました」は近い将来になくなる?

リアル物件とデータの1対1対応をめざす不動産コンソーシアムADRE

LIFULLが取り組む不動産×ブロックチェーン。真正性・登記・証券化の3軸

一般社団法人日本ブロックチェーン協会(JBA)は6月11日、定例会議を開催した。同協会は参画企業の取り組みについて共有し、その研究開発を深める目的で、定期的に勉強会を開催している。今回は不動産業へのブロックチェーン技術の適用に取り組む株式会社LIFULLより、同社ブロックチェーン推進グループの松坂維大氏が講演を行った。

株式会社LIFULL・ブロックチェーン推進グループの松坂維大氏

LIFULLは、住宅・不動産ポータルサイトLIFULL HOME'Sの運営など、不動産情報サービス事業を営む。2017年よりブロックチェーン技術の研究に取り組んでいる。目指すところは、ブロックチェーンを用いて不動産情報の真正性を担保すること。そして建物情報を適切に管理するための登記制度の改善と、不動産の資産的流動性を確保するための証券化だ。

2017年12月には、株式会社NTTデータ経営研究所、NTTデータ先端技術株式会社(旧NTTデータGTSJ)と共に、ブロックチェーン技術を取り入れた不動産情報システムのプロトタイプを開発。実証実験を実施した。その後、株式会社ゼンリン、全保連株式会社、株式会社ネットプロテクションズが加わり共同検討を開始。2018年10月には、不動産情報コンソーシアムADREを設立した。2019年内のシステムの商用化を目指す。

不動産情報コンソーシアムAggregate Data Ledger for Real Estate(略称:ADRE)

松坂氏は講演で、不動産業界の現状の仕組みについて、どのような問題があるか、ブロックチェーンによってどう変えられるのかを説明した。

現実には1つだけ存在する物件。ネット上には同じ物件に対するデータが複数

20年前なら不動産情報は不動産業者だけが持っていた。利用者は不動産屋に赴いてその情報を手にしていたことだろう。現在はインターネット上に不動産情報は無数にあって、誰もが閲覧できる状態だ。賃貸を借りるためにインターネットで不動産情報を見比べたことがあれば、掲載している媒体によって、同じ物件に対しても微妙に異なる情報が掲載されているのを目にした人もいるかもしれない。

現在の不動産情報システムでは、リアルとデータの非対称性という問題がある。現実に1つしか存在しない物件に対して、各社がデータを持っている。当然データの同期は取れていない。不動産屋に足を運び、物件の検討をしたことがあれば、店頭から仲介会社に問い合わせてもらった段階で、実は部屋が埋まっていることが判明したという経験はないだろうか。

それ以外にも、物件によっては管理履歴の消失や、同じ住所に対して表記揺れで物件が複数あるように登録されているなど、登録情報の正確性についても信頼を欠く状態にあるという。

ADREの取り組みは、このデータの同期と正確性の問題を解消することを目的の一つに持つ。データの同期問題は、不動産情報を各社が持つのではなく、業界各社が共同管理する一つのデータベースがあればよい。すなわち、ブロックチェーンだ。ブロックチェーンに物件の管理情報を書き込んでいけば、その履歴を紛失することもない。IDで管理を行えば現実の物件とデータ上の物件を1対1で扱うことができる。つまり、リアルとデータの対称性を保持できるのである。

ADREでは、不動産業者だけでなく広い業種から企業が集っている。ADREの情報共有プラットフォームは、物件に対して不動産情報だけでなく、インフラや地図データ、金融機関や行政からの情報を加味して正確な情報をリアルタイムに提供することを目指す。実現すれば、エンドユーザーの賃貸物件選びがスムーズになり、不動産会社にとっては業務の効率化など、さまざまな恩恵がもたらされるという。

ADREが構築する情報共有プラットフォーム

そもそも不動産業界で情報共有をやっていれば、不動産情報が混乱するような問題は起きなかったわけだが、そこには各企業の利権が関わる。旧来から不動産業界では、情報を持っている企業は儲かる。持ってない企業は儲からないという仕組みがあると松坂氏は言う。結果として、どの企業も自身が持っている情報を出したがらないのだ。

情報共有のメリット自体は不動産業界内で認識されていたものの、各社が利益を優先するのでなかなかまとまってこなかった。そこで、ブロックチェーンが登場した。公平性が担保でき、業界内の企業だけでなく、業界外からも広く企業を巻き込むことで、不動産業界に根付いた利害関係を薄めることもできるわけだ。

ADREが取り組む情報共有システムについては、そのシステム開発を担うNTTデータ先端技術研究所より、シタル・セウェカリ氏の講演でも仕組みの一端が語られている。併せてご確認いただきたい。

日本の不動産登記は義務じゃないから形骸化している

続いては不動産登記の課題。先述のデータの真正性を担保する話で、「登記で解決できるのではないか」と言われることがある。しかし、その登記自体にかなりの課題があると松坂氏は言う。

日本には未登記あるいは未更新の不動産が最大2割あると言われる。所有者が死亡した際など、空き家の所有者が不明となっているケースが年々増えている。日本の不動産の3割程度が空き家になる懸念があるという。

なぜこのような状況にあるのか。大前提として不動産登記は義務ではない。価値が低い不動産でも、登記・更新に当たっては数万円の費用が必要となる。また、登記によって得られる明確なメリットというものが、法廷闘争となった際に法的な証拠となること以外にない。つまるところ、相続での所有権の移転など法的なリスクがない場合、または不動産の価値が低い場合、不動産登記を行わない方が賢い判断となってしまっているのだ。

そこで、松坂氏が提案するのは登記制度自体の見直しだ。当然一民間企業が行えることではないので、文部省らと協力することを前提とする。不動産登記をブロックチェーン上でトークン化することで、登記の仕組みを実現する。

不動産の登記契約そのものをトークンに埋め込むことができる。所有権の移転は、ブロックチェーン上から見ることができる。また、二重支払いも起きないため、所有権を複製して複数人に渡す二重譲渡も防ぐことできる。事務手続きのコスト削減にもつながる。ブロックチェーンでの登記のデータ化が実現すれば、納税台帳など、他のデータとひも付けることも可能だ。同様の手法は国内外でも複数提案されているという。

ブロックチェーンを用いた不動産権利移転登記モデル。登記契約をトークン化する

数億円規模じゃないと不動産投資ファンド儲からない問題

海外で不動産投資は手堅い投資として認識されている。多くの不動産が年々緩やかに不動産価値を高めていく傾向があるからだ。年率で言うと2%から3%程度になるという。例えば英国・ロンドンなどでは100年前のレンガ造りの外壁を使用し、内装だけをリノベーションするような住居も少なくない。日本では気候や地震などの問題から、100年使える不動産というものは少ない。そうした背景の違いもあるが、価値が上昇しにくい物件を扱う日本の不動産投資は活発とは言えない。

日本の不動産市場において、証券化されているのは市場総額のわずか2%にとどまる。市場の流動性が低いレベルで停滞してしまっているのが現状だ。当然、流動性の低さは価値の上がりにくさにもつながる。

証券化は既存の投資スキームとして、数百億円規模の投資信託や、数十億円の私募ファンド、数億円規模のクラウドファンディングによって構成される。少なくとも数億円規模のファンドでなければ、十分なリターンを投資家に返すことが難しい。

ブロックチェーンを用いた不動産権利移転登記モデル。登記契約をトークン化する

一方、証券化されていない不動産商品は、一般人が借りるマンションなど、価格が低く数が多い不動産が大半を占める。そうしたものを対象に、ブロックチェーンを用いて少額から投資を行えるようにし、不動産市場の流動性向上を実現する計画があるという。

こちらについては現段階では詳細を公表できないとのことなので、不動産投資市場が持つ課題だけを説明する形となるがご容赦願いたい。

まとめ

以上、LIFULLの取り組みについて紹介した。LIFULLは不動産情報の真正性、不動産登記の見直し、不動産投資市場の流動化という3つの課題に取り組む。現在コンソーシアムADREで開発中のシステムは2019年に商用化を目指し、現在は不動産情報のID割り振りについて定義付けをしている段階だという。このシステムは、物件を探すエンドユーザーにも、その恩恵を感じられるものとなることが予想される。続報に期待したい。

お詫びと訂正: 記事初出時、「日本の不動産市場における証券化率」を「28%」と記載しておりましたが、正しくは「2%」となります。また、不動産投資に関して主体を「不動産投資ファンド」へ改めました。お詫びして訂正させていただきます。

日下 弘樹