イベントレポート

「ブロックチェーンは電力を食う」は誤解です=中島真志氏

中央銀行デジタル通貨は10年以内には当たり前に

日本でも、今後5年から10年の間には中央銀行発行のデジタル通貨をみんなが使うようになるだろう。そこではブロックチェーン技術が使われているだろう──。

仮想通貨交換所を運営するディーカレットが、2019年11月12日にメディア向けラウンドテーブルを開催、麗澤大学経済学部教授の中島真志氏による講演と質疑応答を、新聞や専門メディアの記者を相手に実施した。冒頭の言葉は、中島氏が講演で述べた内容の一部だ。

麗澤大学経済学部教授の中島真志氏

中島氏は「決済システムのすべて」(東洋経済新報社)など一連の専門書の著作があり、また2017年10月に出版した「アフター・ビットコイン」(新潮社)はベストセラーになった。中島氏の立場は、「ビットコインには批判的だが、ブロックチェーン技術は有望である」というものだ。仮想通貨に関心を持つ人からは異論もあるだろうが、ブロックチェーンの社会実装にあたっては、金融分野の専門家の意見は大きな影響力を持っている。今回の記事では、そのような観点から中島氏の講演と質疑の要点を紹介する。

ブロックチェーンの「ありがちな誤解」を指摘

中島氏は、まずブロックチェーンに関する「ありがちな誤解」を何点か挙げた。以下に紹介する。

1点目。「ビットコインの相場は一時期より下がって勢いがなくなった。だが、ビットコインがダメだからブロックチェーンがダメだというのはどうか」(以下、カギカッコ内はすべて中島氏の発言)。つまり、ビットコインへの評価とブロックチェーンは分けて考えてほしいという訳である。

2点目の誤解しやすい点として、「ブロックチェーンといえば、ブロックをチェーン状につないでいく(データ構造の)図がよく出てくる。この図では、技術のすごさや革新性が分からない」。「大事な点は、集中して管理する中央型の管理から、分散的な管理に移行することだ」。参加者全員が同じブロックチェーンを持つ。この分散型台帳技術(DLT)と呼ばれる形態にこそ、金融システムの専門家から見たすごさ、革新性があるという訳である。「DLT(分散型台帳技術)の特徴は、分散管理と情報の共有。Decentralized Technologyが本質。情報の種類は何でもよい。応用の範囲が広い」。

3点目、「ブロックチェーンは単一の技術である」と考えるのは間違いだ」。「『ビッグデータをひとつくれ!』と言った会社社長がいたが、そういう訳にはいかない。ブロックチェーンも同じだ」。金融機関が試しているブロックチェーン技術は、Hyperledger Fabric、Corda、ILP(Interledger Protocol)などがある。Cordaには世界の大手銀行約70行が参加し、日本からも3大メガバンクが参加する。これらの技術をプライベート型ブロックチェーンやコンソーシアム型ブロックチェーンと呼ぶ場合が多いが、中島氏は「クローズド型」という表現を使う。これは信頼できる人しかネットワークに入れない形態だ。「だから悪意がある攻撃はない。さくさくと簡単に取引を承認できる。高速処理も可能で圧倒的に実用化に向いている。金融機関が使っているのはすべてクローズド型だ」。

オープン型(パブリック型)とクローズド型(プライベート型)のブロックチェーンの比較

4点目の誤解として、ブロックチェーン技術を金融機関で使うという話をすると、ビットコインの連想で「誰でもマイニングができる」「電力が必要だ」と思われてしまう場合がある。これも誤解だ。

ここで講演を離れて筆者からの補足となるが、電力消費が大きなブロックチェーンはPoW(Proof of Work)を採用するパブリック型ブロックチェーンだけである(なおPoWの電力消費の意味については関連記事を参照)。中島氏のいうクローズド型(あるいはプライベート型、コンソーシアム型)のブロックチェーンは他の技術と比べて電力消費が大きな技術ではない。

5点目の誤解は、「ブロックチェーンでできることは既存の技術でもできる」と考えてしまうことだ。「あるメガバンクのIT担当役員は、ブロックチェーンとは『エクセルと同じようなものだ!』と言った」。もちろん、これは大きな誤解だ。ブロックチェーンの特徴は不正取引ができないこと。ブロック(データ構造の一単位)に、1つ前のブロックのハッシュ値を含め、全員でデータを共有することで、記録内容の改ざんをきわめて困難にする。

また運用コストも安くなる。中央集中型のシステムは巨大なセンターが必要でバックアップなどの運用上のコストもかかる。分散管理では分散型のコンピュータでよい。コストは10分の1になる可能性もある。

講演から離れるが、集中型と分散型の情報システムの違いについて若干補足しておく。金融分野の情報システムは高い耐故障性が求められる。この課題を中央集中型のシステムとして解決する場合の解決策は、コンピュータを複数並べて密結合するクラスタ構成を導入することだ。また災害に備えて、複数の拠点に情報システムを配置する。このようなアプローチでは情報システムの構築と運用のコストが跳ね上がる。一方、ブロックチェーン技術の場合は情報システムは複数のノード(コンピュータ)に冗長化されているのでノード1台ごとに求められる耐故障性は中央集中型に比べて低い水準でよく、比較的コストが安いコンピュータを使うことができる。この特性をうまく使えば情報システム全体をより低コストに構築運用できるという訳である。

デジタル通貨は中銀、民間銀行、ノンバンク企業が「三つ巴」で取り組む

続けて中島氏はデジタル通貨の動向について説明した。

仮想通貨には裏づけ資産がなく、価格が乱高下する。そのため決済用の通貨としては使いづらく「投機用の資産としてしか使われない」。これは金融分野の専門家からはよく聞く考え方である。

そこで最近は価格が安定したステーブルコインが登場している。米ドルにペグしたTetherなどだ。価格は「だいたい」安定し、仮想通貨交換所では待機用の資産として使われている。

一方、デジタル通貨の流れ、資産のトークン化の流れがある。民間の銀行も、USC(各国の銀行の団体Fnality Internationalが推進)、JPMコイン(米国の最大手銀行JP Morgan Chaseが推進)などのデジタル通貨を作り始めた。銀行以外の民間銀行でも、米FacebookのLibra構想のようにデジタル通貨を発行する動きがある。

そして、各国の中央銀行の中で、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行を計画する動きがいくつも出てきた。大口決済用の分野では、例えば日本銀行もプロジェクト・ステラの実証実験を行っている。リテール(小口決済用)の中央銀行デジタル通貨として、スウェーデンのe-kronaの取り組みが有名である。また中国人民銀行も取り組みを進めている。「けっこうたくさんの中央銀行がブロックチェーンを使って(デジタル通貨を)やろうとしている」。

各国の中央銀行デジタル通貨の取り組み

つまり、同じようなことを、民間銀行、銀行以外の民間企業、中央銀行が三つ巴でやろうとしている。

大口決済用デジタル通貨はDVPの即時決済に必要

デジタル通貨といっても、大口決済用と小口決済用がある。中島氏は、まず大口決済用のデジタル通貨の必要性について、次のように説明した。

証券決済の概念であるDVP(Delivery versus Payment)決済では、A行からB行への証券の引き渡し(Delivery)と資金の支払い(Payment)を同時に行う。ここで「証券のデジタル化が進むと、通貨もデジタル化しないといけない」。

通貨がデジタル化していない場合、いったん資金をロックして証券を引き渡した上でロックを解除する手間が発生する。これは「オフチェーン取引」に相当する。引き渡しと同時に交換できれば──つまり「アトミックスワップ」ができれば、同時決済が可能となる。中央銀行もこのような大口決済用通貨のデジタル化に備えている。

事例として、オーストラリア証券取引所(ASX)ではDVP決済をデジタル通貨なしの状態で実現している。「証券決済では初。資金決済はオフチェーン」だと中島氏は説明する。ここでデジタル通貨を導入できれば、アトミックDVPによる同時決済が可能になる理屈という訳である。

オーストラリア証券取引所は証券決済をDVPで行う計画

小口決済用中央銀行デジタル通貨、匿名性への3つの考え方

続いて中島氏は小口決済用の中央銀行デジタル通貨の論点を挙げていった。

1番目の論点として、小口決済用デジタル通貨はさらに2種類に分かれる。(a)直接発行型と、(b)間接発行型である。

小口決済用の中央銀行デジタル通貨の論点を整理

直接発行型は、利用者に直接渡されて転々流通する。これが普及すると、銀行は「中抜き」されてしまい経営は打撃を受ける。

一方、間接発行型は、銀行が個人や企業に配付する。今の銀行券とほぼ同じような形態なので、銀行システムに与えるインパクトは少ないと考えられている。

2番目の論点は、トークン型か、口座型か。トークン型では紙幣が価値を表すようにデジタルトークンが価値を表現する。口座型は民間銀行の預金口座に類似する。利用者から見れば、どちらも同じだ。違うのは裏側の仕組み、法律構成である。

3番目の論点は、国民のプライバシー。口座型では、誰から誰に払ったのか、中央銀行に記録が残る形になる。プライバシーをどのように捉えるかで、対応は複数に分かれる。

(1)中国やロシアは、中央銀行が取引情報を捕捉できる特性を、脱税や賄賂の防止に利用しようと考えている。
(2)一定の条件を満たす場合にのみ、取引情報を閲覧できるようにするアプローチ。法的、制度的な対応となる。
(3)小口の取引には匿名性を認め、そのような技術を開発するアプローチ。例えば欧州中央銀行(ECB)のデジタルユーロ実証実験では、毎月150ユーロまでは匿名で扱えるようにする。このような限定された匿名性を実現する。

つまりデジタル通貨の匿名性とは、ある、なしの2択ではない。技術的な工夫により、取引履歴の閲覧許可の条件を設定することや、少額に限定した匿名取引を認めることも可能だ。

中島氏は、「通貨の歴史では、精錬技術、鋳造技術、製紙と印刷の技術のように、その時代の最先端技術が使われてきた。今、我々はブロックチェーン技術を持っている。私から見ると、中銀がデジタル通貨を発行するのは自然なことだ」と語る。

デジタル人民元とLibraは開発時期も目的も違う

中国の中央銀行である中国人民銀行は、デジタル通貨の取り組みを数年前から進めており、まもなく登場すると言われている。

中国は中央銀行デジタル通貨の発行に積極的

「デジタル人民元の話をすると、Libraの話が出てくる。だがこれは間違いだと思う。デジタル人民元は2014年と5年前から取り組んでいる。『(デジタル人民元で)ドルの覇権に対抗する』という書き方のメディアもあるが、中国は資本流出規制をやっている。外と中で(国境を越えて)簡単にお金が出入りするのはまずい。そこはやらないのではないか。彼ら(中国人民銀行)もドメスティック(国内)オンリーだと言っている。国内の締め付けに使うのがメインの目的ではないか」。

中島氏はここで、カンボジア国立銀行が開始したデジタル通貨「Bakong」について言及した。この2019年11月に発表資料が公開された。9つの銀行が参加、すでに数千人のアクティブユーザーがいる。価値はカンボジアの法定通貨リエルに連動。トークン型。間接発行型。来年2020年には本格導入予定という内容だ。この場合、中国を抜いて世界初になる可能性がある。

講演内容からは離れるが、Bakongの情報を補足しておく。BakongはiOSおよびAndroidのモバイルアプリで利用でき、銀行から残高をチャージしてQRコードを利用した送金を行える。この説明だけだと、いわゆる「○○Pay」と呼ばれるQR決済アプリとの違いが分かりにくいが、重要な点は中央銀行であるカンボジア国立銀行が主導していることだ。日本のブロックチェーン企業であるソラミツが開発したブロックチェーン技術Hyperledger Irohaを活用し、転々流通可能なトークン型のデジタル決済を実現していると発表されている(プレスリリース関連記事)。Bakongのホームページにはデジタル通貨という言葉はなく「次世代モバイルペイメント&バンキング」と記されている。提携先の銀行の数は2019年の11月の発表時点ではカンボジアの民間銀行9行となっていたが、記事執筆時点では10行に増えている。

FacebookのLibra構想の発表の後では、金融規制側の公的機関のスタンスが変化している。デジタル通貨発行の必要性をより強調するようになった。

Libra構想の後で金融規制側のスタンスも変化

「中央銀行の世界でも流行廃りがある。マイナス金利政策は当初はできると思われていなかったが、デンマーク中央銀行が2012年7月に初めて実施した後、各国の中銀が相次いで採用した。(デジタル通貨も)どこかの中銀が成功すれば相次いでいくんじゃないかという気がする。5年後は難しいが、10年後を考えると、スマホに電子ウォレットがあり、その中にBOJコイン(日銀コイン)を入れて渡す世界が来ているのではないか」。中島氏は、このように講演を結んだ。

質疑応答で、中島氏に質問する機会を得た。筆者の質問は「グローバスステーブルコインと中央銀行デジタル通貨の違いを整理してほしい」だった。FacebookのLibra構想を受けて、今各国の金融当局は国境を越えた決済が可能なグローバスステーブルコインを厳しく規制しようとしている。一方、中央銀行デジタル通貨は、今のところ国境を越えるクロスボーダー取引向けというより、従来の国内向け通貨のデジタル版として登場しようとしている。

中島氏の答えは「各国の中央銀行がやろうとしているのは『紙をデジタルにする』こと。中央銀行デジタル通貨はテクノロジーニュートラル。つまり紙でも電子でも性格は同じだ。一方、グローバルステーブルコインはまったく別。今までにそのようなもの発行していた主体はない。(Libraの場合は)それを、民間企業が、各国の中央銀行(および金融システム)に『ただ乗り』する形でグローバル通貨を作ろうとしている」と指摘した。Libraについては「よく出来ている。だから当局が目くじらを立てている」と指摘した。

質疑応答では、もう一点注目するべき話題が出た。米国の中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)がデジタル通貨に関する構想を対外的に公表していない点について、中島氏は「米国はデジタル通貨の発行に一番消極的な国だ」と指摘した。「米ドル紙幣はその半分以上が米国の国外で使われている。そういう状況が(米国にとって)心地よいので、あまりデジタルにしたくないのではないか」。

講演への筆者の意見となるが、中島氏はデジタル通貨への移行を歴史的な必然と見ており、そこでブロックチェーン技術が使われていくと予測している。実体経済で動くマネーの中心は法定通貨(紙幣、銀行預金)だが、それらは将来的にはデジタル通貨としてより便利になっていくだろう。その一方、パブリックブロックチェーンにより実現されている仮想通貨(暗号通貨)は今回の講演では対象範囲外だった。中央銀行や民間のデジタル通貨が当たり前となる時代には、仮想通貨の意味づけも変わってくる可能性が大きいだろう。

星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。