イベントレポート
フランス人起業家による「デジタル通貨」の設計デザイン概観
法規制のエキスパートが見据えるデジタル通貨とブロックチェーンの未来
2020年3月19日 06:00
本稿では、3月3日から5日にフランスのパリで開催された「Ethereum Community Conference 3」(EthCC 3)のセッション「Architectural design of institutional digital currencies」に関する内容をお届けする。スピーカーは、ブロックチェーン及び規制分野の専門家である、フランス人起業家のXavier Lavayssière(ザビエル・ラヴィッサ)氏だ。
ラヴィッサ氏は、法律分野の修士過程を卒業後、長年に渡り法律家として行政・金融分野に携わってきた。2014年よりブロックチェーン業界で会社を立ち上げ、コンサルティングや教育活動に従事。2019年からは、パリ大学の金融テクノロジー分野における修士課程で教鞭を執り、ブロックチェーンに関する講義を担当している。
デジタル通貨の必要性とは
ラヴィッサ氏はまず、現在多くの金融機関や中央銀行がデジタル通貨の導入を検討する理由について述べた。
デジタル通貨といえど、銀行預金や電子マネーなどのように、デジタル上で通貨性を持たせた資産を扱う仕組みは、既に数多く存在する。氏によると、近頃検討されているデジタル通貨は、ブロックチェーンのような分散型台帳技術を活用することで、決済の効率化や仲介者の排除を実現できる点にメリットを見出しているという。
中でも特に氏が注目しているのは、昨今各国の中央銀行が発行を検討している中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)だ。氏は、CBDCが注目される要因として以下の2点に言及した。
まず一つ目は、「中央銀行による貨幣供給のコントロール権拡大のため」だという。「デジタル通貨の導入により、中央銀行は通貨の市場供給量をより正確に把握でき、経済をコントロールする力を拡大することができる」と氏は説明している。
二つ目は、地政学的要因だ。現在、世界にはイランやロシア、ベネズエラのように米国からの経済制裁を回避したいと望む国が多数存在している。氏によると、それらの国々は、米ドルに依存しない国際的な決済・金融取引が可能な手段、すなわちデジタルな新しい決済基盤を求める背景があるという。
通貨の分類
ラヴィッサ氏は次に、デジタル通貨の全体像を明らかにすべく、以下の画像を引き合いに出した。この図は、2017年に国際決済銀行(BIS:Bank for International Settlements)によるレポートの中で紹介された、通貨の分類表である。
上図では、通貨の性質として「普遍的にアクセス可能(Widely accessible)」「デジタル(Digital)」「中央銀行発行(Central bank-issued)」「P2P(Peer to Peer)」という4つの項目を挙げている。以下の項目は、上図における各通貨分類とその例だ。なお、例については筆者による追記を含んでいる。
- Commodity money=商品貨幣(例:金や銀)
- Cash=現金(例:日本銀行券)
- Cryptocurrency(非許可型)=暗号通貨(例:ビットコイン)
- Cryptocurrency(許可型)=企業間暗号通貨(例:Utility Settlement Coin, JPM Coin)
- CBDC(retail)=リテール向け中央銀行暗号通貨(例:ペトロコイン)
- CBDC(wholesale)=企業間向け中央銀行暗号通貨(例:現在は存在せず)
- Central bank deposited currency accounts=中央銀行預金口座(例:デジタル人民元)
- Central bank reserve and settlement accounts=中央銀行準備金・決済口座(例:銀行準備金・積立金)
- Virtual currency=電子マネー(例:楽天ポイント)
- Bank deposit(例:銀行預金)
4項目全てを満たすのは、分類表中央に記載されているCBDC(retail)のみだ。しかし、「CBDCの実装難易度は非常に高く、現時点で広く普及する実例は存在しない」と氏は言及している。
デジタル通貨の実装における課題
ラヴィッサ氏は次に、デジタル通貨の実装における課題について言及した。現状の大きな課題は主に、「利便性」「市場理解」「プライバシー」「犯罪防止」「技術的リスクと運用コストの把握」の5つだという。
利便性
デジタル通貨は、現金のようにユーザーにとって使い易いものである必要がある。氏は、「ユーザーがサービス上の挙動や偽造・不正にすぐ気付くことができる利便性が求められる」と述べた。
市場理解
氏は、「デジタル通貨の必要性や普及策について勘案する上で、まず各国・地域別のペイメント市場の差異を理解することが重要だ」と指摘する。欧州圏内を例にあげると、スウェーデンの現金利用率はわずか3%である。一方のギリシャでは、67%と未だ現金に依存した経済圏が広がっている。その他にも、カードの利用率がわずか14%の国もあれば、83%の国もあり、とても一枚岩だとは捉えきれない。
プライバシー
「プライバシーも当然大きな課題として考えられる」と氏は述べた。ここでは、一般的な個人情報保護だけでなく、企業間における必要以上のデータ共有を防止するという2つの側面を持つという。
犯罪防止
氏はデジタル通貨の普及後、2種類の犯罪が増加すると予想している。一つ目はデジタル上の資産がハッキングされることであり、二つ目がマネーロンダリングだという。「デジタル通貨は、大金を即座に移動させることを可能にするため、政府の脅威になる」と述べた。
デジタル通貨の設計モデル
ラヴィッサ氏によると、デジタル通貨の設計モデルは7種類に分けられるという。以下にその7つを記載するが、それぞれは独立した設計モデルではなく、部分的な構成要素であるとも考えられる。そのため、各モデル同士のハイブリッド型を検討することも可能だ。
プライベート・リザーブ
同モデルについて、氏は次のように説明した。「プライベート・リザーブは、顧客が預けた法定通貨と同価値のデジタル通貨を受け取ることができる仕組みだ。プライベート・リザーブ型通貨の価値は、法定通貨を預託する機関の信用によって保証される。」このような性質から、一般的には法定通貨担保型ステーブルコインと呼ばれ、テザー(USDT)などが例としてあげられる。
リテール向け中央銀行デジタル通貨
氏によると、「同モデルは、プライベート・リザーブ型のデジタル通貨を中央銀行が発行する際に採用される。つまりデジタル通貨の価値は、中央銀行の信用によって保たれることになる。」という。例としては、中国の構想するデジタル人民元が最も近い。
コンプライアンス仲介
氏は、同モデルを「決済ネットワーク内にコンプライアンス遵守業務を行うための仲介機関を設置する際に採用する」と述べた。仲介機関がユーザーのアイデンティティをモニタリングすることで、デジタル通貨の犯罪利用やマネーロンダリングを防止できるという。
中央銀行発行の銀行間デジタル通貨
同モデルは文字通り、中央銀行によって発行される、銀行間ないしその他の金融機関同士による取引で利用されるデジタル通貨である。氏は、「同モデルは、決済ネットワークを統合し透明性を向上させることで、より効率的な取引を実現することを目的としている。我々消費者には直接的な関係性はないが、大きな効率化が期待できる」と述べた。
銀行間デジタル通貨
同モデルによって発行されるデジタル通貨は、企業連盟などで採用される。氏によると、国際決済ネットワーク「Utility Settlement Coin」が好例だという。これは、複数の大手国際金融機関による共同プロジェクトで、分散型台帳技術を活用することで独自トークンUSCを発行し、国際的な銀行間取引を効率化することを目的としている。
リテール向けデジタル通貨
こちらは、Peer to Peer(P2P)のリテール向けデジタル通貨モデルである。発行主体は、中央銀行と企業いずれの場合も該当する。氏は同モデルについて、「中央銀行が発行する場合でも、P2Pで分散的に設計される点が長所である」と説明した。また「分散的に構築されるため暗号通貨エコシステムとの相性が良く、最もエキサイティングである」とも述べている。
例としては、中央銀行主体であればベネズエラのペトロコイン、民間主体であればFacebookのLibraなどがあげられる。
中央銀行当座預金口座
同モデルは、中央銀行の単一台帳によって管理される、国民向けの当座預金口座である。氏は「同モデルは、中央銀行が全てを管理する分散性を考慮しない設計であるため、実装が比較的簡単で好まれやすい。ただし、利点は不明確だ」と述べている。
まとめ
以上が、ラヴィッサ氏による現在のデジタル通貨市場の概観である。本セッションでは、中央銀行・企業が開発を検討するデジタル通貨について、分類や課題、設計モデルなどを通し、全体像を詳しく知ることができた。
2019年はFacebook主導のLibraや中国のデジタル人民元、JP MorganのJPM Coinなどの構想発表が世間を騒がせた。2020年も引き続き大きなイベントが起こる可能性は否定できない。したがって、今後のデジタル通貨市場の動向には大きく注目していく必要があるだろう。