インタビュー

独自ブロックチェーン「Uniqys Kit」ベータ版公開でDAppsが容易に開発できる環境を提供

オープンソース化でDAppsの普及を目指すモバイルファクトリーに開発への意欲を聞く

左からシニアブロックチェーンエンジニアの秦元昭氏、ソフトウェアエンジニアの吉田尚平氏、ブロックチェーンチーム広報の大沼優子氏

 株式会社モバイルファクトリーはブロックチェーン関連事業の本格始動にあたり、7月に新たに株式会社ビットファクトリーを設立した。ビットファクトリーは設立と同時に「Uniqys Project」(ユニキス プロジェクト)を発足し、各方面から期待が高まるブロックチェーン技術を活用した分散型アプリケーション(DApps:Decentralized Applications)の普及を目標に、DAppsが容易に開発できる環境の提供を目指し活動を行ってきた。

 そのUniqys Projectの一環としてビットファクトリーは11月19日、DApps開発ツールキット「Uniqys Kit」ベータ版をオープンソースライセンスとして公開した。本稿では、公開に併せて本プロジェクトのシニアブロックチェーンエンジニアの秦元昭氏に直接Uniqys Kitベータ版やUniqys Projectについて伺うことができたので、インタビュー記事として紹介していきたい。

Uniqys Projectとは

シニアブロックチェーンエンジニアの秦氏に聞く

 Uniqys Projectは、DAppsをより身近なものに、そして社会に普及させていくことをミッションに掲げて、発足以来プロジェクトを推進しているという秦氏は、DAppsは中央集権の管理者がいないアプリで、基盤となる技術にブロックチェーンを使っているものと定義する。これまでのアプリとの違いは、管理者がいないという意味で、企業あるいは個人の誰1人信頼することなくアプリ全体を動かすことができるものがDApssだという。

 その中では、たとえばゲームであればゲームに登場するアイテム等がユーザーの資産になるゲーム内アイテムを実現することができるのが、以前のゲームと大きく違うところであるとのこと。そういったデジタルアイテムがユーザーの資産になるようなものが未来には必ず華開くだろうと、秦氏は考えているという。

 しかし、その一方でブロックチェーン技術には課題もたくさんあり、たとえばアプリを動かす際に発生するトランザクションの処理に時間がかかることや、その処理にお金がかかることなど、アプリとして活用するにはさまざまな課題を解決する必要があるという。

 さらに秦氏は、弊社はモバイルファクトリーという名前だが、モバイルでDAppsが遊べる環境が少ないので、そこも解決したいという。これら課題を解決していくことで、DAppsはより身近な存在になるのではないかと考えているそうだ。

 そういった考えのもとにUniqys Projectでは、いくつかのプロジェクトを立ち上げサービスを提供しているという。まずはモバイルで遊べる環境が少ないという課題に対しては、秦氏いわく、モバイル用DAppsブラウザー「Quragé」(くらげ)をAndroidとiOS向けに提供しているという。Quragéはブラウザーでありながら、仮想通貨Ethereumを管理する機能(ウォレット)を内蔵しているため、モバイル環境でも実際にDAppsで遊ぶことができる。

Uniqys Project第1弾はモバイル用DAppsブラウザー
DApps情報Quragé Magazineもまたプロジェクトの一環。Quragéで閲覧中
ウォレット機能を持つため、モバイルでDAppsを遊ぶこともできる

Uniqys Kitでブロックチェーンの課題解決

モバイルファクトリーのUniqys Project構想

 そして、今回公開したUniqys Kitベータ版もまた新たな課題解決手段の1つとして、先ほど挙げたブロックチェーンの手数料の問題や処理速度の問題を解決するために提供をするという。これらの課題を解決する技術としてサイドチェーンという仕組みがあるが、方法としてEthereumをベースにアプリごとにそれぞれブロックチェーンを作ることで、アプリの数が増えてもトランザクションの処理が滞らないようにすることができるというものだが、Uniqys Kitではそれを応用するという。

Uniqys Kitは、ブロックチェーンインフラを提供するChain Coreと、DAppsをより簡単に作成できるEasy Frameworkによって構成されている

 トランザクションの手数料に関しても、サイドチェーンにすることでアプリごとに設定が可能になるため、アプリ開発者が各自ブロックチェーンのルールを決めることが可能になり、手数料の有無についても選択できるようになるという。

 ちなみにこれらの課題解決方法は、ほかにもいろいろと考えられるとも秦氏はいう。たとえば、処理速度の問題を解決する方法にシャーディングという方法があり、Ethereumにも実装される予定にはなっているが、恐らく実装はまだ先の話であり少なくとも2018年ではなく、2019年もしくはそれ以降になる技術であり、我々も検討をしてみたものの、現時点ではサイドチェーンが最も適切であるとの判断だという。

 開発環境の面においては、これまでEthereumではDAppsの開発には「Solidity」という独自のプログラミング言語を使用しなければならなかったが、Uniqys Kitでは「Python」や「JavaScript」など普段開発者が慣れ親しんでいるプログラミング言語でブロックチェーンのルールを記述できる仕組みを実装しているため、ここでもまたDApss開発がより身近になると、秦氏はいう。

Easy Frameworkは、Chain Coreを用いたDAppsの開発を簡単にするフレームワーク。Easy 開発者はブロックチェーンを意識せずに従来のWebアプリケーションのようにDAppsを作成可能

今回のリリースについても詳しく聞いてみた

Uniqys Labについて語る秦氏

 今回のリリースは主に2つの内容があり、1つは「Uniqys Lab」の設立だと秦氏はいう。Uniqys Labは、Uniqys Projectのチームメンバーから有志を募り、新たにプロジェクト化したチームであるという。そのリーダーが、秦氏である。Uniqys Labの目的は、ブロックチェーンの多くの課題を解決していきながら、さらにその成果を対外的にオープンにしていくことを目指すという。

 Uniqys Labというネーミングはブランディング的な意味合いも大きく、特にエンジニアに向けて「そういう活動をオープンにやっているよ」ということを示していきたいという思いからだと、秦氏はいう。ブロックチェーンという技術そのものもオープンな環境で誕生し開発されていることもあり、その感覚を継続していきたいとのこと。

 また、社内的な事情もあるという。オープンといえども、会社としてさまざまな製品を作っている以上、オープンにできないこともあり、すべてをオープンにしていくことが難しいことから、Uniqys Labの活動に関してはオープンにしていくという社内的な切り分けもしていきたいために、あえて設立をしたのだそうだ。

なぜオープンにこだわるのか

 現状のブロックチェーンは、何度もいっているように手数料や処理速度の問題などいくつも課題があるほか、ブロックチェーン自体がすべてオープンに内容が公開されているという世界なのでプライバシーをどうしようといったセキュリティ面での心配もあるという。また、いったん公開し動かしてしまったスマートコントラクトは基本的に変更ができず、あとでバグを見つけても直すことができないという、今まで以上にバグがないことを確認する作業が重要な状況であるともいう。そういった課題を誰かが解決するだろうというスタンスではなく、ブロックチェーンの発展のためにみんなで解決しようという目的で、ビットファクトリーおよびUniqys Labは、そこに参入し貢献していきたいとのこと。ブロックチェーンにおけるみんなの課題はみんなで解決することを目指すために、Uniqys Labはすべてオープンにしていこうと決めたという。

 そしてリリース内容のもう1つが、Uniqys Kitベータ版のオープンソース化であり、これは、Uniqys Labが目指している世界観に対する活動の第1弾であるという。Uniqys Kitを公開して、誰でも使え、誰でも改造していいというオープンソースライセンスにしていくという。

 なぜ、オープンソースライセンスにしたのか、その答えは信頼性の向上にあると、秦氏はいう。ブロックチェーン技術の信頼性は、基本的にはすべてソースコードに信頼をおいているという面があるので、Uniqys Kitの信頼性についてもモバイルファクトリーのプロダクトに対する信頼性というよりも、ソースコードへの信頼が重要になってくると考えているので、だからこそオープンソース化して、誰でも使え、誰でも検証ができる環境にして、そして誰でも改善ができるようにしていくことを選んだという。

 ちなみにUniqys Kitは、すでに7月からプレビュー版という形でGitHubにて公開していたが、今回、コンセンサスアルゴリズムの実装が完了し、1つのブロックチェーンとして実際に動作するようになったこともあり、このタイミングでベータ版として公開することになったそうだ。

 オープンソース化ということになると企業としてマネタイズが難しくなるのではないかと訪ねると、それについてはブロックチェーンチーム広報担当の大沼優子氏が、そもそもモバイルファクトリーの代表がブロックチェーン事業に参入を決めた際に、数年後には絶対に普及する技術だろうという考えのもと、5年10年先を見越して、ブロックチェーンに関しては短期的な収益というよりも、まずは普及させていこうという側面から、開発者が増えること、ユーザーが増えていくようにということで、地道に健全にやっていこうという思いで活動を始めたことを明かしてくれた。

これからのUniqys Kitベータ版について

 11月19日より誰でも利用可能になるわけだが、Uniqys Kitベータ版の公開後についても伺ってみた。

 Uniqys Kitベータ版の使用者に対して、開発面でのサポートなども行われるのかどうかが気になるところだが、それについてはオープンソースコミュニティとしてのサポートはもちろん行っていくとのこと。ただし、コンサルティングのような開発サポートについては、可能性はないとはいえないが、今後の結果を見てからの話になるだろうという。

 また、Uniqys Kitベータ版を使って自社サービスとしてのDAppsの開発も行うのかという質問に対しては、将来的にはもちろんUniqys Kitで開発を行っていくとのこと。ちなみに、このプロジェクトについてはDAppsを支えるツールとしてサービスを提供しているが、このサービスも場合によってはそれ自体がDAppsであるという想定はしていて、それのベースとしてUniqys Kitを使っていくことは最初から考えていたという。

 改めてUniqys Kitベータ版でどのようなことができるのかを訪ねると、端的ないい方としては、Uniqys Kitベータ版で独自のブロックチェーンを作ることができるものであるとのこと。まず、P2Pのネットワークの構築が可能であり、その中でブロックの同期、さらにコンセンサスを回すことができるようになっているという。ブロックチェーンのルールについては、先ほどの話で出てきたDApssとして開発者がプログラミング言語で記述したものがルールとなり、今回提供するUniqys Kitベータ版と開発者が記述するロジックの部分は協調して動くことで、1つのブロックチェーンアプリとして動かすことができるというものであるとのこと。

Uniqys Kitベータ版によるDApps第1号

7月からチームに合流した吉田尚平氏

 ここで実際にUniqys Kitを使ってDApps「CryptOsushi」を作ったチームメンバーの吉田尚平氏にも、Uniqys Kitについて伺った。

 吉田氏は、「CryptOsushi」のほかにもビットファクトリーのプロダクトとして「HL-Report」というブロックチェーン技術を活用してサービスが終了するゲームのアイテムをトークン化し、ゲーム終了後もトークン化されたゲームキャラクターを閲覧することができる、ユーザーにアイテムの所有権を移管するDAppsを開発している。

 吉田氏は、チームに合流したのは7月だという。ブロックチェーンを学び始めたのもその頃であり、10月にはHL-Reportをリリースしている。HL-ReportはUniqys Kitで作ったわけではないが、チームに合流してすぐに作り始めたという。

 その吉田氏の最初に作ったDAppsが「CryptOsushi」であり、Uniqys Kitのデモを兼ねているという。「CryptOsushi」は、Uniqys Kitの特徴をより分かりやすくするための開発者向けサンプルDApssという位置付けで、ソースコードはもちろんだが、その開発記をブログでまとめているので、Uniqys Kitを使ってみたい方は、まずは吉田氏の作品を見ることをおすすめする。ブロックチェーンを学んだばかりの吉田氏が、DAppsを作り上げていくプロセスがよく分かる情報だ。

無料で配られる1000gariを元手にお寿司を握るCryptOsushi
お寿司をマーケットでgariを使って売買もできるなど、DApssの仕組みが学べる簡単サンプル

 こうして、今回公開のUniqys Kitベータ版で誰でもDAppsが作れるようになったので、時期などは未定だがモバイルファクトリー主導でUniqys Kitを使用したハッカソンのような開発者向けのイベントはやってみたいと、秦氏はいう。Uniqys Kitベータ版を公開したところで、いよいよ普及活動が本格的にできる場に立ったという段階なので、これからいろいろとやっていきたいとのことだった。

 もちろん来年の公開を予定している正式版リリースもまた目標なので、それに向かっても開発を進めていくとのこと。

ビットファクトリー設立時に発表されたロードマップ。順調にプロジェクトは進行中だ

最後に苦労話について訪ねる

 7月に新会社を立ち上げ、ブロックチェーンに関するプロジェクトを次々と発表し、いよいよUniqys Kitベータ版の公開と、わずか4か月でここまで達成してしまった順風満帆に見えるプロジェクトチームだが、まったくの苦労はなかったのか、苦労話についてもあえて伺ってみた。

苦労話を伺うも笑顔だった秦氏が印象的だった

 すると秦氏は、元々自分はモバイルファクトリーがリリースする日本全国の駅を巡る位置情報連動型ゲーム「ステーションメモリーズ!」(略称:駅メモ!)のサーバー側のエンジニアだったことを明かしてくれた。そんな中で、昨年の暮れあたりにモバイルファクトリーが社内的にブロックチェーン事業に参入するという話になり、人員を募ることになって、秦氏はそこに合流することを決意している。しかし秦氏は、ブロックチェーンの存在は知っていたが、技術的な知識としてはハッシュがつながってブロックになっていく程度のことしか知らなかったというのだ。

 秦氏は、お正月に家で「ブロックチェーンって何だ?」と技術書を読み始めたことをきっかけに、そこで初めてBitcoinの中身を理解し、なるほどBitcoinってそういうものなのかと思ったのがスタートだという。そこからEthereumにたどり着き、「スマートコントラクトって何だ?」ということから始まり、より掘り下げていくうちに少しずつブロックチェーンの課題についても知ることになり、「それを解決するにはどうすればいいんだろう」と思ったのが今年の3月とのこと。さらに深く調べていくうちに、解決策としてサイドチェーン等の技術を知るも、実際に何をどうすればいいのかわからないので、まずは自分で試してみようと思ったのがUniqys Kit開発の始まりだったという。

 最初は、「P2Pネットワークってどうやって作るんだろう?」ということから始め、「ブロックチェーンってどうやって保持するのか」など調べながら試す中で、「これってどうやって開発していったら楽なんだろう?」という思いにつながり、頭を悩ませながら開発していくうちに、Uniqys Kitの骨格が見え始め、結果、一からブロックチェーンを作ることになっていたというのだ。苦労話というよりも、Uniqys Kitの誕生秘話のような話だが、とにかく何事も展開が早い。常に試行錯誤を繰り返しているのが、プロジェクトの推進力のようだ。こうした中でUniqys Kitのプレビュー版が7月に公開されるのだが、秦氏はすでにその時点でオープンソースにしたい気持ちが強かったという。

 そしてその推進力は、Uniqys Labのチーム全体が持つ印象だ。秦氏は、このプロジェクトはトップダウンというよりも、チーム内からいろいろと意見が出ており、課題解決に向けたオープンソース化の方向性はチームの中から生まれ出たものであるという。ブロックチェーンの課題は壮大な敵であり、みんなで一丸となってかかっていかなければ倒せないだろうと、秦氏はいう。それもまたモチベーションになっているとのこと。

 秦氏は、ブロックチェーンにかけるという思いの中でこんなことをいうのも何だが、ブロックチェーン技術自体が相当優れているものなのかというとそうではないという。ブロックチェーンの要所要所を見れば、確かに今までにできなかったことができるようになるというメリットはあるが、すべてのアプリがブロックチェーンになるかというと、正直にいえば課題が多すぎで微妙な点が多いという。しかしその一方で、エンジニアは「課題が多ければ多いほど楽しい」というのがあるので、開発すること自体が楽しいのだという。

 そんな課題解決に意欲的な秦氏にブロックチェーンの魅力を尋ねると、秦氏は間髪入れずに「所有という概念を表現できることが、最大にして唯一」のメリットだと語る。そのスタートがBitcoinだったが、所有の概念を誰か企業だったり国だったりを信頼せずに行えるのがメリットであり、DAppsとしてもそういう特徴を生かすことができるアプリがはまっていくのではないだろうかという。

 日本に住んでいると企業も国も信頼できる面が多いため、所有の概念を誰も信頼せずに行えるといってもあまりピンとこないかもしれないが、海外では企業どころか国すら信頼のおけない地域もたくさんあるので、世界的に見てもブロックチェーンのメリットは大きいのではないだろうかという言葉もまた印象的だった。

 ブロックチェーン技術を活用したDAppsの普及を目標に、DAppsが容易に開発できる環境の提供を目指すための活動として、まずはUniqys Kitベータ版のオープンソース化でそのスタートを切ることができたというが、その目標はここで大きく前進したのではないだろか。インタビューを終えて、Uniqys Kitの今後の展開がますます気になるところだ。

高橋ピョン太