インタビュー

NEMブロックチェーンを選んだ理由はプロトコルレイヤーでトークン発行できる安全性

スポーツチームとファンのための投げ銭コミュニティ「エンゲート」の技術について聞く

エンゲート・代表取締役社長の城戸幸一郎氏

 エンゲート株式会社は10月9日、スポーツチームや選手を投げ銭で応援できるNEMのブロックチェーンを応用したギフティング・コミュニティ「エンゲート」ベータ版を10月20日より公開することを発表した。「エンゲート」ベータ版の概要および発表会についてはイベントレポート「スポーツチームとファンをつなぐ投げ銭コミュニティ「エンゲート」、NEMブロックチェーンの活用」にて報告をしているので、一読いただきたい。本稿では、直接エンゲート社に「エンゲート」ベータ版の仕組みについて技術面の話も伺うことができたので、併せてインタビュー記事として紹介していきたい。

 小学生の頃からサッカーをやっていたという自身もスポーツマンのエンゲート・代表取締役社長の城戸幸一郎氏は、北京五輪代表に選ばれた石橋顕選手とは高校の同級生であるという。城戸氏は、石橋顕選手が代表に選ばれた際に、仲間と一緒になって遠征費用を捻出するためにTシャツを売って資金調達をした経験を披露した。それを機に城戸氏は、いつかスポーツ選手への支援をテクノロジーで解決したいと思ったという。

 「エンゲート」は、自分のお気に入りのチームや選手にギフトを送ることができるサービス。ファンは「エンゲート」で試合を観戦したり、購入したポイントを好きなチームや選手の好プレイなどに対してギフティング(投げ銭)で応援ができる。投げられたギフトは、チームの運営費や選手への支援金として支払われる。その履歴がブロックチェーンに記録される仕組みだ。「エンゲート」は、NEMのブロックチェーン技術を使用しているという。

なぜNEMのブロックチェーンなのか

 最初に、数多くあるブロックチェーンのトークン技術の中からなぜNEMを利用することにしたのか伺うと、エンゲート社にはBitcoin、Ethereum、NEMそれぞれのブロックチェーンでアプリやサービスを開発したことのあるエンジニアがいるが、それぞれのブロックチェーンの特徴を分類した結果、経験的にトークンを発行することについてはNEMが一番いいと思っているということだった。

Bitcoin、Ethereum、NEMの比較表

 NEMを選択した大きな理由は、安全で手軽で、手数料も安いというのがポイントだという。トークンが発行できるブロックチェーンのうち、Bitcoinはカウンターパーティートークンが発行可能であり、Ethereumはスマートコントラクトとしてトークンを発行するという方法があるとのこと。ちなみにこの3つを候補としているのは、同社のエンジニアが実際に開発の経験があるものから選定したとのこと。

 そしてNEMの場合も、仮想通貨XEM(ゼム)と呼ばれるネイティブトークンがあり、かつNEMのブロックチェーンは、XEMと同じプロトコルのレイヤーでAPI経由によって自分の好きなトークンが発行できるのがポイントだという。

 トークンの発行は、Bitcoinではサイドチェーンを、Ethereumだとプログラミングしないといけない。NEMは、プロトコルの中にネームスペースという、インターネットのドメインに相当する自分の住所のような名前を付けられるスペースを確保して、その下に(階層化)NEMのトークン発行機能であるモザイクという形でトークンを発行することが可能で、発行したトークンがコンセンサスアルゴリズムの中で処理されるので、非常に安全であるという。

 またEthereumは、自由度は高いが設計が難しいという。Ethereumは、プログラミングでトークンを発行するので、万が一プログラムにバグがあるとサービスが止まってしまう心配もあるが、NEMはトークンの発行が簡単であり、かつプロトコルレイヤーで発行されるのでサービスも止まることなく流通していくのが特徴であるとのこと。

 さらに現状の仮想通貨の対法定通貨の相場価格を鑑みると、先週の相場で見ると、似たような金額のトランザクションをおこしたときに、NEMはEthereumと比較して手数料が約40分の1になるという。この手数料が安いというのも大事なポイントとのこと。

 技術面においてもエンジニアがAPI経由で簡単にトークンを発行できるので、より早くサービスを展開したいスタートアップには向いているというのがエンゲート社としての見解だそうだ。

 逆にここ半年、Bitcoinのカウンターパーティを使う案件を聞かなくなってきているのではないかという話も伺えた。

 Ethereumについては、去年ICOが流行ったときにEthereum上のトークンでICOをしてサービスを作っていくという話を良く聞いたという。また、発行されるトークンそれぞれに固有の性質や希少性を持たせることができるノンファンジブルトークン(NFT)のような自由度の高い設計のサービスには、確実にEthereumが向いているだろうとのこと。しかし、今回の「エンゲート」で行うギフティングのサービスでは、トークンは基本的にステーブルコインに近く、1円と1エンゲートポイントがペッグする形なので(為替レートを一定に保つ形)、このトークンの発行の仕方だとEthereumの技術を使うと少しもったいないと思っていると述べた。

 もちろん将来、NEMが発行をするXEMの価格が上がることも考えられるし、想定もしているという。たとえばユーザーがギフティングするときに1万円単位でギフティングをする場合には手数料が0.5円から20円に上がってもあまりインパクトはないが、100円単位でギフティングをするとその中の手数料の割合はすごく上がってしまうことも否めないという。

 しかしNEMを選んだもう1つの理由として、万が一仮想通貨XEM自体の価格が高騰した場合や、もしくは「エンゲート」のサービスの人気で頻繁にギフティングが行われるようになってトランザクションの負荷が増えた場合でも、NEMにはテックビューロホールディングス社が提供している「mijin」のようなプライベートブロックチェーンもあるので、NEMを使用していれば、将来パブリックとプライベートを組み合わせたクロスチェーンへ移行することも比較的容易に行えるのも良いポイントであるという。

ネームスペースとサブネームスペース

 「エンゲート」で発行するポイントは具体的には、どんなトークンなのかという質問を投げかけると、それにはNEMのトークン発行の仕組みを知る必要があるという回答を得た。

 NEMのトークン発行には、ネームスペースがある。ネームスペースがトップレベルドメインになっていて、その下にサブネームスペースとして2階層持てるような構造になっている。NEMのネームスペースはユニークなものであり、パブリックブロックチェーン上に取得したネームスペース名は重複不可であり、他の人と同じ名前は使えないという仕組みだという。ただし、サブネームスペースの第2レベル、第3レベルドメインについては、他の人と重複していても問題ないとのこと。

 こうしてネームスペースのトップレベルドメインを取得し、モザイクと呼ばれるトークンを発行していく。たとえば、ネームスペースを「impress」にして、impressの下に直接「point」というトークンを発行すると、システム上は「impress:point」という形で認識されるようになるという。さらに「impress」下で「takahashi」という人が「point」というトークンを発行したい場合は「impress.takahashi:point」というように、トップレベルドメイン以下に好きにトークンを発行することができるという。

 各トークンは、可分可能・不可能といった設定ができ、トークンを分けることができるかどうかを設定することが可能で、分ける場合は小数点以下何桁まで分かられるかまで設定可能であるとのこと。また、トークンの発行数も上限の90億から限定トークン100というようなことも自由に設定できる。さらに、追加発行のあるなしも選択可能。この仕組みでキャンペーントークンなどを発行したら面白いなと思っていると、NEMのトークン発行について聞くことができた。

 「ギフティング用のトークンはNEMで購入するんですか?」という質問を良く受けるが、購入するのは「エンゲート」の独自トークンを日本円で購入する形になるとのこと。仮想通貨で買うとなると仮想通貨交換所を経由し購入していただかない限り、同社が仮想通貨交換業者の登録をする必要が出てきてしまうので、それは一般ユーザーが参加するハードルを上げてしまうので避けたいという。

 ちなみに、さまざまなスポーツチームや選手に対してそれぞれのアドレスを発行していくことになるので、トークンの名称および単位、またどのアドレスが特定のチームや選手であるかは非公開であるとのこと。

 これまでブロックチェーン上で提供されるゲームやエンターテインメントは、仮想通貨を持っている人しか楽しめないというものが多かったが、仮想通貨のファンとスポーツファンは違うものであると我々は認識しているので、「エンゲート」のサービスは、子供から年配の方まで幅広いスポーツのファン層がまったくブロックチェーンや仮想通貨を意識せずに遊んでもらえることが大事な要素であると常に考えているという。

 「エンゲート」ベータ版は、まずはスマートフォン等のWebブラウザーベースで見てもらうことを意識しているという。年明けにはiOS向けにアプリを出したいそうだ。また、来年春以降になるがAndroid向けのアプリも開発を行う予定であるという計画についても伺うことができた。

サービスイメージ

 「エンゲート」ベータ版の具体的な楽しみ方についても伺った。「エンゲート」ではまず、自分が応援したいチームのコミュニティをフォローする。すると、コミュニティではチームのオフィシャル映像やチームの情報などが見られるので、それに対してみんなでコメントをしあうのが基本だという。ギフティングを行いたい場合は、画面上に表示されているラッパのマークをタップし、ギフティングしたい選手を選択し、そのときの気持ちを現す絵柄を選びギフトを投げるという仕組みとのこと。

 ギフティングを行いたいユーザーは、エンゲートポイントが購入できるメニューから、クレジットカード等を使って直接日本円でポイントを購入し、ギフティングを行う。ユーザーは一切ブロックチェーンや仮想通貨を意識することなくポイントを購入し、サービスを利用することができるという。

 ギフティング用のギフトは100ポイント、1000ポイントなどギフトによってポイントが異なり、絵柄によってさまざまな感情、声援を表現することができる。応援しているチームが試合中継などライブ配信中に、自分の感情や選手の頑張りに合わせて投げたいギフトを選び、ライブ配信の映像に向けてギフティングをするイメージだ。ユーザーが行ったギフティングの履歴は、すべてブロックチェーンに記録されていく。

 こうして行われたギフティングは、チームがどれだけギフトを贈ってもらったか、どの選手がいくらポイントを集めたかなども、すべてブロックチェーンに記録されているので、選手の人気の度合いも一目瞭然となる。もちろんどのユーザーがどれだけギフティングを行ったかも明確になる。チームは、たくさんギフティングをしてくれたファンに対して「リワード」という感謝の気持ちをファンサービスとしてお返しする、トークンエコノミー型のコミュニティが形成される。

エンゲートが実現したい世界

 「エンゲート」は将来、どの選手にどういう時間軸でギフティングが行われたか、試合であればどんなプレイの時にギフティングをもらっているか、またイベントやキャンペーンではどのようなギフティングが行われているかなど、そのパターンをデータ分析し、チームにフィードバックするなど、データベースマーケティングも視野に入れている。「エンゲート」では、選手のこれまでの成績やチームの戦歴といったデータ以外に、人気という新しい評価軸で選手の魅力をさらに広げることにつながるといいなと思っているという。中には成績以上にみんなに愛されている選手もいて、そういう選手もチームに貢献していると評価されるべきで、それらも可視化していきたいという。

 また、ブロックチェーンに記録された改ざんされることのない情報を元に、実現をさせたいことがあるという。引退する選手が現役時代を応援してくれたファンに対して感謝の気持ちを伝えたい時にサポートをしたいとのこと。たとえば、ある選手が引退後に焼き肉屋をオープンさせるといった場合に、現役時代に応援してくれたファン上位100名にメッセージを送って招待するというとも可能だという。そういったサポートにつなげたいとのこと。スポーツ選手の引退後のキャリアにもつなげられるサービスにしたいという。

どのような情報がブロックチェーンに記録されるのか

 まず「エンゲート」のアカウントがあり、ユーザーがエンゲートポイントを購入するとエンゲートのアカウントからユーザーのアカウントへポイントが移る。ユーザーがギフティングをすることで、今度はポイントは選手やチームのアカウントに移り、それぞれ取引がブロックチェーン上に記録されていくという。今回のブロックチェーンの使い方では、ポイントがアカウント間を直接移動しブロックチェーンに刻まれていくという。まずは、これでやってみるとのこと。

 また、この仕組みの懸念点にも触れられた。たとえば大型の競技場を持っているチームが、とある試合で仮に6万人入ったとして、ゴールの瞬間、もし観客の10%の6000人がエンゲートでギフティングをしたら、それだけで6000トランザクションをエンゲートだけで独占してしまうことになるので、パブリックブロックチェーン上で一気に6000トランザクションが発生してしまうのは、まぁDDoS攻撃みたいなことになってしまうので、そこをどう負荷を分散していくかといったことも、しっかり動くように設計しているという。

 そのあたりがプライベートになるイメージかという質問に対しては、将来的にエンゲートがサービスとして成長したらプライベートブロックチェーンで対応する必要はあると思うとのこと。実際には、mijinのようなプライベートブロックチェーンとパブリックブロックチェーンの組み合わせに切り替えられようにも考えているし、普通にデータベースで処理をして、取引所形式で1日に1回まとめた履歴をブロックチェーンに刻むというようにデータベースとパブリックの組み合わせというのも考えられるだろうとのこと。いくつかパターンがあるので、どういうときにどの組み合わせがいいかを事前に用意しておいて、状況に合わせて使い分けるのがいいのではないかという。

 現状は、たくさんのギフティングが発生したら、ちょっと1時間ぐらい幅を見て、非同期でゆっくりとパブリックで記録していくようにしているという。アプリケーション側のデータベースではユーザーの残高等を把握しているので、ユーザー側のアクションは止まらず、リアルタイムでギフティングを行うことができるようになっているとのこと。すべてリアルタイムで同期させようとすると、NEMでは秒間2から3トランザクションしか処理できないので、1分間でも120トランザクションというレベルなので、大きな会場での試合では、あっというまに処理ができなくなってしまうだろうとのこと。

サービスの開始は10月20日から

 いよいよ10月20日よりサービスがスタートする。この日、「エンゲート」に参加を表明したバスケットボールチームの横浜ビー・コルセアーズのホーム試合が開催されるが、そこで「エンゲート」のキャンペーンが決定している。キャンペーン当日、競技場来場者全員にURLが配布され、そのURL経由で「エンゲート」の新規ユーザーアカウントを作ると、もれなくキャンペーンポイントが100ポイント付与されるとのこと。横浜ビー・コルセアーズを応援するファンは、ギフティング体験が無料でできるという。

高橋ピョン太