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Googleの量子コンピュータはビットコインの脅威か?

ヴィタリック氏やビットコイン研究所は脅威とは別次元のものと判断

(Image: TY Lim / Shutterstock.com)

米Googleは10月23日、同社科学者が開発する量子コンピュータが世界最高性能スーパーコンピュータの計算能力をしのぐ「量子超越性(量子優位性)」を実証したことを発表した。ネイチャーリサーチにて公開された論文「プログラム可能な超伝導プロセッサを使用した量子超越性」によると、Googleの53量子ビット(qubit:キュービット)プロセッサ「Sycamore(シカモア)」を搭載した量子コンピュータが、世界最速のスーパーコンピュータが約1万年かかる計算を、わすが200秒程度で完了させたことを報告している。

量子コンピュータは、まだ理論が先行した研究途上にある技術だが、量子コンピュータに対して、これまでのコンピュータはすべて「古典コンピュータ」と表現されるほど、その原理は先進的なものとして注目を浴びている。量子コンピュータが実現することで、ある計算分野においては、古典コンピュータと比べて指数関数的に高速処理することができる可能性があるとも言われている。

量子コンピュータの計算能力は、古典コンピュータが不得意としていた因数分解のような複雑な計算を可能にする。これまで極端に時間のかかっていた計算が、量子コンピュータによって実用的な速度で計算をすることができる可能性がある。

実用的な因数分解の計算能力は、暗号分野などセキュリティ上の危機を意味する。現在の多くの暗号は、暗号鍵を知らなくても計算によって解を求めることができるため、量子コンピュータの出現は、仮想通貨やブロックチェーンの危機であるという見方も少なくない。量子コンピュータを使用することで、多くの暗号は簡単に解読できる可能性があると見ているものもいる。

では、今回のGoogleの量子コンピュータは、その可能性はあるのだろうか?

これに対しては、Ethereum(イーサリアム)の考案者であるヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)氏がTwitterですぐに反応を示した。ヴィタリック氏は「現在の量子超越性の印象は、量子コンピュータの現象とその力を引き出す能力が存在する証拠にはなるものの、実用性にはほど遠い」と述べた。つまり、仮想通貨のセキュリティが破られる対象の技術ではないということだ。

量子コンピュータとは、そもそも何か?

まだまだ研究段階である量子コンピュータを一言で述べるのは難しいが、簡単に説明をすると量子コンピュータは、0か1の2値のビットで計算する古典コンピュータとは異なり、量子力学的な重ね合わせにより2つまたはそれ以上の状態を同時に表すことができる量子ビットと高度なアルゴリズムを用いて並列性を実現するとされる、まったく新しい原理のコンピュータだ。

量子コンピュータでは、n量子ビットあれば、2のn乗の状態を同時に計算することができ、2のn乗個の重ね合わされた結果が得られる。しかし、量子コンピュータによって高速性を得るためには、重ね合わされた結果から求めたい答えを高確率で出力する工夫を施した量子コンピュータ専用の高度なアルゴリズムが必要とされているため、その実現性は難しいとされてきた。Googleの発表は、2の53乗の計算を同時にすることができるプロセッサの実現を示した報告ということになる。

今回、Googleの量子プロセッサSycamoreは、量子回路の1つのインスタンスを100万回サンプリングするのに約200秒で完了したが、現在のベンチマークでは、最先端の古典的なスーパーコンピュータで同等の計算を行うと1万年程度かかることが示されたと明かしているが、果たしてその処理能力が仮想通貨への脅威にはならないのだろうか……。

そのことについては、大石哲之氏と東晃慈氏が運営するビットコイン研究所が早くもレポート「量子コンピュータの実際」として取り上げている。ビットコイン研究所は、Bitcoinを中心に仮想通貨の情報を専門的に扱う会員制(有料)の研究所で、Bitcoinに関する重要情報を広く網羅した日替わりコラム、特定トピックの深堀り研究レポートなど、興味深い内容をウェブを中心に積極的に発信している。今回、弊誌にて記事を紹介する許可をいただいたので、その内容をさわりだけ触れてみたい。

量子コンピュータの実際

ビットコイン研究所で公開されたレポートでは、公開鍵暗号への脅威とされている量子コンピュータと、その脅威についての対応策などを解説している。理論については省いているが、量子コンピュータや量子耐性暗号の現状について説明を行っている。また、Googleの量子コンピュータと仮想通貨の関係についても触れているタイムリーなレポートだ。

量子コンピュータは、(万能)量子コンピュータ、量子アニーリング、量子鍵配送という設定と目的が異なる技術を区別して整理し、理解する必要があると解説する。

まず、普段我々が使用している古典コンピュータの電子回路に代わって量子ビットと量子ゲートを並べてこれまでのコンピュータ以上の計算能力を得ることを目的としたものが万能量子コンピュータと呼ぶ。現在は、前述の通り、理論研究が先行している。理論通りに完成することで、既存の公開鍵暗号を無力化するであろうというものが、これにあたるという。

それとは別に、組み合わせ最適化問題など特定の問題に特化したものは、量子アニーリングに分類されるそうだ。量子アニーリングは、公開鍵暗号への脅威となることはない。

また既存の暗号技術を強化することができるであろう技術に、量子鍵配送がある。量子鍵配送は計算機ではないが、データ交換をする際に、そのデータが中間で傍受されたことを、量子の性質を用いて検証することができるため、仮想通貨とは直接の関係はないが、公開鍵暗号の鍵交換の確実性を高めることができるという。理論的にも現実的にもすでに完成に近づいている技術だが、コストの面から商用化はされていないそうだ。

量子コンピュータについては、この3つの違いについて理解をしておくとよいとのこと。ちなみにBitcoinが影響を受けるであろう技術は万能量子コンピュータで、署名に関する部分などに影響するが、ハッシュ関数やマイニング、スクリプトの安全性自体は直接の影響を受けないとのこと。

レポートでは量子コンピュータの公開鍵暗号への脅威についても解説を行っている。公開鍵暗号の基盤になっている素因数分解と離散対数問題は、量子コンピュータでは簡単に解ける問題クラスに属しており、十分な数の量子ビットと量子ゲートを備えた量子コンピュータが完成すると、公開鍵暗号は解読されるという。また、レポートではそのアルゴリズムについてや、ハードウェアについても触れている。

結論として

今回のGoogleの量子コンピュータによる量子超越性の実証については、古典コンピュータよりも、量子コンピュータのほうが高速に解ける問題が少なくとも1つ見つかったということだという。 基本的にはBitcoinで問題になる署名や公開鍵暗号とはまったく別次元の問題であると結論づけている。

その他にも、量子耐性暗号の現状など量子コンピュータに関する興味深いレポートが掲載されているが、レポートは有料会員向けの記事でもあるので、詳細については割愛したい。

多量子ビットの量子コンピュータの完成は、仮想通貨のみならず公開鍵暗号全体に破壊的な影響をもたらすことは間違いないが、その実現はまだまだ遠いようだ。暗号通貨のリスクの1つとして考えておくべきことではあるが、過度の心配は良くないようだ。