星暁雄のブロックチェーン界隈見て歩き

第12回

金融庁はブロックチェーンに貢献できるか

3月10日、ブロックチェーン分野のガバナンスのための団体「Blockchain Governance Initiative Network」(略称:BGIN)が結成された(関連記事)。当事者は「国際ネットワーク」という言い方をしているのだが、ここでは分かりやすくするために団体という言い方を使わせてもらった。

詳しくは上記の関連記事を見て頂きたいが、「BGIN」には、Bitcoin開発者、Ethereum開発者が1名ずつ創設メンバーとして参加している。インターネットの基盤技術に貢献した人物もいる。

そして興味深いことに、日本の金融庁がこのBGINを強力にバックアップしている。BGIN創設メンバーには金融庁職員2名が加わっている。3月10日に実施したオンラインのパネル会議には、金融庁の遠藤俊英長官がホスト役として参加した。

金融庁の遠藤俊英長官が、BGIN発足を告げるパネル会議のホスト役として参加した

BGIN立ち上げと同時に実施したオンライン会議の記録映像
オリジナル(英語) https://vimeo.com/395639333
日本語同時通訳 https://vimeo.com/395638416

このような異例の取り組みの背後には、「暗号通貨やブロックチェーンの分野では、今までの金融規制とは異なる枠組みが必要である」という認識があるようだ。

仲介者がいない暗号通貨では開発者との対話が重要

金融庁の遠藤長官は、パネル会議の場で次のように発言している。「従来型の規制では常に仲介者がいた。プレイヤーではなく、仲介業者を規制してきた。新しいシステム(注:ブロックチェーン)ではプレイヤーが直接つながる。中間業者が入っていない」。

このような分散型の仕組みでは、規制する側も考え方を変えなければならない。

具体的には、立場が異なる当事者どうしが話し合う「マルチステークホルダープロセス」の一参加者として金融規制当局が参加して、意見を述べ、時には貢献するスタイルでやっていく意思を表明した。

このような考え方は、インターネットガバナンスの分野に近い。BGIN創設メンバーの松尾真一郎氏(米ジョージタウン大学研究教授)は、「インターネットのInternet Society、IETF(Internet Engineering Task Force)、ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)のような過去の事例を調べ、似た活動をする組織を作った」と説明する。

関連して、金融庁の遠藤長官はパネル会議で次のような発言をしている。

「(暗号通貨は)分散型で多国間にまたがり仲介者がいない。そこでインターネットの歴史から教訓を得て、マルチステークホルダーの協力をあおいでいく。特にテクノロジーのコミュニティと接触する。今まではあまり対話がなかったが、これからは重要になる」

つまり、金融規制当局として暗号通貨/ブロックチェーンの開発者コミュニティと「対話をしたい」と明言したのだ。

「金融庁職員がBitcoinのソースコードを書けるようにしたい」

BGIN創設メンバーの1人である松尾真一郎氏は次のようにパネル会議で発言している。

「ワークショップのたびに(開発者たちに)投げた問いがある。それは『規制当局がBitcoinのソースコードを作ったらどうなるのか?』という問いだ。聞いた側はびっくりする」

このパネル会議では、金融庁の遠藤長官も「金融庁には多様な人材がいる。金融庁の職員がBitcoinのソースコードを書けるようになればいいと思う」と発言している。

日本の金融庁は、いわばローレンス・レッシグが著書「CODE」で提示した人々を動かす4分類「法、市場、規範、コード」のうち「コード」に目を向け始めているのである。

なお、ここで補足がある。このパネル会議に先立ち開かれたオンライン記者会見の場でマルチステークホルダープロセスで「コード」に取り組むという着想とレッシグの著書との関係について質問したところ、次のような回答を得た。「文脈は近い。だが『CODE』はcontroversialな(=異論もある)本で解釈が難しい。また(BGIN創設メンバーの1人である)アーロン・ライト氏(米イェシーバー大学カルドゾ・ロースクール 教授)の著書『Blockchain and Law』も参考にしている。包括的に着想を得て、我々の文脈で取り組んでいる」(金融庁 総合政策局総務課国際室課長補佐の高梨佑太氏)。

レッシグの理論そのままではないが、法学の専門家の協力も得ながらマルチステークホルダーを推進している訳である。

ここで筆者には1つの疑問が出てくる。はたして思惑通りに物事が運ぶものだろうか。

これを考える1つの材料は、暗号通貨の開発者コミュニティはオープンソースの流儀で物事を決めているということだ。技術力があり、コミュニケーション能力があり、コミュニティの流儀に親しんだ人間がいれば、コミュニティに貢献できるはずなのだ。それに、例えばマサチューセッツ工科大学デジタル通貨イニシアチブ(MIT Digital Currency Initiative)がそうしているように、Bitcoin Core開発者を雇用するというやり方もあるだろう。

もともと暗号通貨の開発者コミュニティは、サイファーパンクと呼ばれる人々が主導して形成された経緯がある。サイファーパンクとは、どちらかといえば権力が嫌いで暗号技術に関心を持つ人々だ。だが、中長期的には暗号通貨の開発者コミュニティも「規制側の当事者が開発に参加したらどうなるのか?」という問いを意識しなければいけないかもしれない。この問いは、それを発する側にも跳ね返ってくる。つまり「金融規制当局は本当に暗号通貨/ブロックチェーンのコードのためにリソースを割くのか?」という問いだ。

マルチステークホルダープロセスとブロックチェーン

技術の標準化の領域では、国際的な公的機関である国際標準化団体に各国の代表が参加して会議を重ねて標準を確立する「デジュール標準」が長年にわたり権威を持っていた。ところが、UNIX、インターネット、オープンソース・ソフトウェアのような分野はこのやり方と馴染まなかった。今や私たちの情報化社会を支えている多くの技術は、国際標準化団体とは異なる枠組みで作られている。つまり関係者どうしのゆるやかな合意や、市場の選択によって決まった「デファクト標準」が大きな役割を果たしている。

インターネットを推進する人々は、1つのピラミッド型の組織に属している訳ではない。大学、研究機関、民間企業などに所属する個人がゆるやかに連携して作ってきた。国の違いや、企業間の競争にはあまり左右されない構造だ。そうした環境のもとで、ICANNやIETFのような複数の団体の中で合意形成が行われる習慣ができあがった。

ではブロックチェーン技術はどうだろうか。私たちが現在見ている暗号通貨、あるいはパブリックブロックチェーン技術は、今のところ標準化や幅広い立場の人々による合意形成とはあまり関係がない。Bitcoinの開発は、主にBitcoin Core開発者コミュニティの内部で熟議の上で開発している。Ethereumも似たようなものだ。複数のブロックチェーン技術が相互に話し合って連携するという話は、ほぼ聞こえてこない。

記者会見の場で、このような状況について問いを投げかけたところ、BGIN創設メンバーの1人である慶應義塾大学大学院の鈴木茂哉氏(政策・メディア研究科特任教授)は次のように説明してくれた。「プロトコルの標準化がどのような大きさで行われるのか、そこにはいろいろな意見がある。ブロックチェーンはモノリシックな構造で、『大きな塊』だ。だがモデルが深く認識されるに従って、根本的なネットワーク化が進むだろう。将来のブロックチェーンのソフトウェアスタックには共通部分が出てくる。例えばアイデンティティの共通基盤があれば使いやすくなる。私の視点からは、コンポーネント化は進むと考えている」

ブロックチェーン技術のスタック構造が分離していくという議論は、以前にも聞いたことがある(関連記事)。ブロックチェーン技術の実用化が進むにつれて、モノリシックな一枚岩のようなブロックチェーン技術から、インターネットプロトコルのように複数のレイヤー構造から成る技術へと進化を遂げていく可能性はあるだろう。そのとき、このようなマルチステークホルダープロセスは本領を発揮するはずだ。

もっとも、その方向に行かない可能性もあるのではないか、という思いが筆者にはある。例えばUNIXの歴史を思い返してみよう。異なるバージョンのUNIXの間で共通仕様を作る試みが複数あった。だが歴史的な経緯を振り返ると、これらの試みはUNIX系OSの共通化、モジュール化には向かわなかった。むしろUNIXクローンとして誕生したオープンソースソフトウェアであるLinuxの実装にリソースを集中する形に落ち着いた。

BGINの取り組みは始まったばかりだ。その取り組みはブロックチェーン技術の今後を見据える上で興味深い論点をいくつも提示してくれる。マルチステークホルダーによる規制はうまく機能するだろうか。金融規制当局と開発者コミュニティはお互いわかり合えるだろうか。学術コミュニティとサイファーパンク達はうまく協力できるだろうか。複数のブロックチェーン技術がモジュール化、コンポーネント化で協力する動きは始まるだろうか。ブロックチェーン技術のレイヤー構造化やモジュール化は進むだろうか。

もう少し時代が進んだ段階で、その答を見てみたい。

星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。