イベントレポート
「ブロックチェーン×農業」で産地偽装は防げるのか
宮崎県綾町でのブロックチェーン実証実験
2018年5月23日 11:35
金融業界の革命ともいえる技術「ブロックチェーン」が、農業を変えるかもしれない。つい先日、雪印メグミルク子会社の雪印種苗が偽装表示を行っていたとしてニュースになっていた。ひとくくりに偽装表示といっても、消費期限の偽装や異なる品種の表示など、その内容は実にさまざまだ。
なかでもひときわ多いのが産地の偽装。販売店や飲食店などの末端で行われる場合もあれば、流通の際にすり替えられることもある。取り扱う業者の担当者レベルでモラルを問われるだけに、社会全体での改善が難しいという問題をはらんでいる。
こうした問題にブロックチェーンで立ち向かうことができないか。そうしたプロジェクトが宮崎・綾町で、実証実験というかたちで始まっている。今回はその様子を5月2日に取材することができた。
宮崎・綾町でトレーサビリティー保証の実証実験が開始
宮崎市から山岳を望む方角に位置する綾町では、農業が盛んに行われている。綾町は、宮崎の一級河川となる本庄川の上流に位置する小さな町だ。川下は宮崎有数の河川となる大淀川へ注ぎ、宮崎市民の生活用水として使われている。それだけでなく、豊富な魚の棲み処となっているなど自然豊かな特徴がある。綾町は上流にあるため、土地を汚すことのないよう自然生態系を維持する農業に取り組んできた。そうした土地で育った野菜だからこそ、消費者が安心して手に取ることができる。
有機栽培で育った野菜が一般的に高価であることは周知の通り。それゆえに、産地を偽装されやすい。そうした問題に、ブロックチェーンで立ち向かおうとしているのが、株式会社電通国際情報サービスのオープンイノベーションラボだ。
実証実験の目的は、綾町で育てられた有機野菜が産地から消費者に届くまでの間のトレーサビリティー保証にある。オープンイノベーションラボの鈴木 淳一氏は、「ブロックチェーンの技術を用いれば改ざんができない。野菜の生産履歴などの情報管理をブロックチェーンで行えば、合理性のある市場を作っていくことができるのではないかと考えました」という。
もともと、ブロックチェーンはデジタルデータの改ざんが難しい技術として、おもに金融の分野で使われてきたという側面がある。これを、生モノの野菜にどうやって適用していくのか。実際に収穫から出荷までの流れを見せてもらった。
野菜とともにLTE通信可能なIoTセンサーを入れて監視
今回の実証実験で用いられたのは、レタスを収穫して段ボール箱に詰めたあと、センサーを同梱する方法だ。このセンサーが、実証実験の最大のキモだ。
センサーはLTEでインターネットに接続されていて、箱に伝わる振動や温度などさまざまなデータを蓄積。それをブロックチェーンの台帳に記録していく。
鈴木氏はIoTセンサーデバイスについて、「今回は、新たに照度センサーを追加しました。これによって箱が開けられたかどうかを検知できる」と語る。産地偽装については、出荷用のダンボール箱がなんらかのかたちで開けられることもある。照度センサーの値をブロックチェーンから確認することで、店舗に届くまでに箱が開梱されたかどうかを判断できる。中身のすり替えはもちろん、極度に日光のあたる場所に放置されていないかなどの品質管理にも役立つのだという。
ブロックチェーンに書き込まれるのは、輸送時のステータスだけではない。綾町では以前から、生態系を維持するための土壌の測定を行なっているが、ブロックチェーンにはそうしたデータも含まれる。つまり、作付けをする前からの野菜の品質を立証できるというわけだ。
この独自のIoTデバイスを詰めた箱には、ひとつずつNFCタグが付けられる。農家は梱包の際に野菜をスマートフォンで撮影し、NFCタグを読み取ってサーバーにデータをアップロードする。そうして各情報が関連付けられた状態でデータがブロックチェーンに書き込まれる。
鈴木氏は、「消費者が気になるのは、生産品質だけではなく流通の品質はどうだったのかという部分もあります。たとえば、一定の温度帯を超えたような配送はなかったか、大きな段ボール箱から小さな段ボール箱に荷さばき場で詰め替えるリパック作業時に長い間、陽の下で照らされていなかったか、といった流通品質をチェックできるのではないか」と説明する。
消費者に野菜を手に取ってもらう際にも、ブロックチェーンは活用される。梱包された段ボール箱には、ICタグに関連付けられたQRコードが貼られており、そこから各商品ごとに個別のWebページへアクセスして情報を確認できる。Webページでは、この野菜がどのように育てられ、どのような経路で輸送されたのかといった一連の情報を、消費者も写真付きのタイムラインで見ることができる。
ブロック承認の遅さをいかに改善するか
一方で、この実証実験を行うにあたり、クリアしなければならない課題もあったそうだ。なかでも、パブリックチェーン(履歴が世界中に公開される方式のブロックチェーン)を使うにあたっては、速度の遅さという問題を超えなければならなかったという。
Bitcoinなどブロックチェーンを使った仮想通貨取引では、送金時にブロックの正当性を認証するのにある程度の時間がかかる。農家の収穫時期には、1日に数百の梱包を行うのはザラ。ひとつの箱の登録に数十分の時間をかけていては使い物にならない。
これに対して、自前のコンピューターリソースのみを使ってブロックチェーンを使って構成するプライベートチェーンならば、スピードの問題を解決できるが、肝心のデータの正当性が担保されない。
鈴木氏は「速度の低いパブリックチェーンでは、農家さんの繁忙期の収穫ラッシュに間に合わない。そこで、プライベートチェーンとパブリックチェーンを合わせて使うことにした」と説明する。大阪に拠点のある企業、シビラ株式会社が開発したプライベートチェーン「Broof」を用いて高速化を図っているとのこと。これをパブリックチェーンに接続する形で正当性を担保している。鈴木氏は、「実際には、Broofに格納したデータのハッシュをパブリックチェーンに入れている」と説明する。この仕組みを取り入れたおかげで、農家の繁忙期においても、登録にも時間をかけず、スムーズな出荷が可能になる見込みだ。
今後ブロックチェーンの有用性が実証できれば、安心して野菜を手に取ることができる環境作りが容易になる。それとともに、先進の技術を使った高付加価値の野菜という、新しい価値を持った作物の提供が可能になる。
これについて鈴木氏は、「今までの有機を促進させるためのやり方では、利益率の高いものばかりが優先されてしまいます。地域によって作れる作物は違いますので、市場合理性を伴ったかたちで発展させていかないとさまざまな問題が生じてしまうのです。この実証実験を通じて、価格よりもどう育ったかを意識する消費者と、生産者をつなぐ仕組みを作ることを目指します」と締めくくった。