イベントレポート

トークンエコノミーとトレーサビリティーの実現に向けて 〜シビラ「ブロックチェーンは価値のインフラ」「世界を変えるのは具体的なプロダクト」

BCCC 第1回トレーサビリティ部会

 去る6月27日、一般社団法人ブロックチェーン推進協会(BCCC)は、新たに活動を開始したトレーサビリティ部会の第1回会合を開催した。

 今回のトレーサビリティ部会の会合は、活動の1回目であり、冒頭ではBCCC代表理事である平野洋一郎氏(インフォテリア株式会社・代表取締役)が部会の位置付けを説明したのち、部会長である鈴木淳一氏(株式会社電通国際情報サービス)、藤井隆嗣氏(シビラ株式会社・共同創業者・CEO)、流郷俊彦氏(シビラ株式会社・共同創業者・CTO)が登壇し、先行して実施した「宮崎県綾町でのブロックチェーン実証実験」システムの開発の概要や背景、そして将来、トレーサビリティーによって生み出される新しい価値、トークンエコノミーの将来について語った。

 なお、「宮崎県綾町でのブロックチェーン実証実験」については、これまで2回に分けてレポート記事を掲載しているので、まだ、お読みいただけていない方にはお薦めしたい。

「ブロックチェーン×農業」で産地偽装は防げるのか
ブロックチェーン活用によるエシカル消費の行動記録と促進を

BCCC代表理事、インフォテリア株式会社代表取締役の平野洋一郎氏

トレーサビリティーとトークンエコノミー

 新たに開始したBCCCトレーサビリティ部会の活動趣旨は、ブロックチェーンによるトレーサビリティーの応用によって解決できる社会的な各種課題を発見し、積極的に実装し、世の中に具体的に示していこうということだ。宮崎県綾町における有機農産物の流通事例だけでなく、現在でも、他の事例に対する企画提案を積極的に行っているとしていて、今後の部会活動としては、アイデアのある人や企業の積極的な参加を期待するという。

 また、ブロックチェーンによるトレーサビリティーは、流通経路や流通状態の履歴を可視化するだけでなく、その先には「トークンエコノミー」の実現を見据えているという。トークンエコノミーという言葉は、ブロックチェーンに関連する話題で目にする機会が多いが、いわゆる仮想通貨による投機的取引を指しているわけではない。これまでの通貨という仕組みではできない、新たな価値の可視化、蓄積、交換といった経済活動を指している。

 今回の実証実験でいうならば、その農産物が綾町で有機農法によって生産された「本物」であると証明されれば、その商品の価値だけでなく、その商品を生産したり消費したりする行動にも新たな価値が生じる。これまでのような通貨によって示される「価格」だけではない新たな価値が生まれ、そこに関係する産地、物流、販売、消費にいたるまでの一連の流れをブロックチェーンによって、垣根のないかたちでの実装を目指している。

 こうしたトークンエコノミーの実現は、まさに「20世紀型の消費モデル」から、「21世紀型の消費モデル」へと移行させることだという。従来の経済は、通貨で可視化された価値=価格によって評価されていたため、いかに安く生産(製造)して、いかに安く流通させて、いかに安く購入できるかというような点に関係者の価値判断の軸足が置かれてきた。しかし、これからの消費行動では、どのような環境で生産されたのか、つまりエシカル(倫理的に)生産された農作物なのかどうかという事実と「ひも付けた」価値観が増してくるという。このような新しい価値による経済活動を行うための仕組みをささえる技術としてブロックチェーンは親和性が高いという。

 そもそもこうした価値観の変化は2000年初頭に起きたインターネットにおける変革である「Web 2.0」というパラダイムシフトから始まっているという。それまでのメディアでは、情報は新聞やテレビなどの「権威機関」から発せられ、一般の人はそれを受け取るという関係が成立していた。しかし、Web 2.0では、自分と同じ立場にあるレビューアーからの情報を信じるという大きな転換が起きた。レストランガイドを例にするなら、20世紀型が「ミシュランガイド」だとするなら、21世紀型は「食べログ」だというわけだ。つまり、こうしたボトムアップでの合意形成を進めていくのが21世紀型といえる。

 これまでは権威機関、つまり、あるヒエラルキーの頂点に価値があると一同が信じるという構図があったが、こうした集中型ではちょっとした過ちで信頼がいっきに揺らぎかねない。ここ数年来で発生しているさまざまな食品産地偽装問題や工業製品の品質偽装問題などがそれである。とりわけ、加工食品においてはフェイクフードと呼ばれる製品が市場に出回るようになり、私たちが口にする加工食材がどのような原材料や食品添加物を使って、どのように製造されているのかもわからなくなっている。しかも、価格や見た目などを優先する結果から、多くの外食チェーンなどではあたりまえに利用されるようになっている。

 この状況に、消費者も気が付きはじめ、価格や見た目、あるいは入手の利便性だけで判断するのではなく、その商品の背景にある生産プロセスを知った上で購入したいという意識が高まりつつあるという。こうした状況を鑑みて、「本物を証明」するとともに、「本物を守る」という意味が明確になってきているという。

新しい価値の可視化、蓄積、交換

 このような「本物を守る」という課題を解決するためには、なんらかの経済合理性を伴う必要がある。例えば、日本の農産物生産者のうち、ハウスなどを利用して栽培する施設栽培による年収は10アールあたり1人平均250万円で、そうした施設を使わない有機農業による路地野菜は10アールあたり1人平均167万円にとどまるという。路地野菜の栽培によって、施設栽培と同じ年収を得るためには、単純計算では1.5倍の労働が必要になる。

 こうした数字を知れば、農業に携わる誰もがより収入の高い生産方法を選択しようとするのは当然である。有機農法による農作物を生産してもらうためには、生産者の平均所得を上げるという経済合理性をいかに実現するかがカギで、それが日本の有機農業を守ることにつながるとしている。

農業生産物による生産者の年収

 今回の実証実験に参加した宮崎県綾町の町長によれば、生産者の収入を上げるためには、生産コストを下げるか、販売価格を上げるかという二者択一の戦略があるとした上で、単に販売価格を上げただけでは「綾町の農産物は高い」というネガティブな印象を与えるだけで何も得るものがないという。しかし、生産方法や品質などを担保し、消費地においては、その価値を理解してもらえる人に、多少は販売価格が高くてもそれにはこだわらずに買ってもらおうという戦略をとったという。実際、これまでに行った販売会(マルシェ)などでも、商品が保証されていれば、その価格にこだわる人はそれほどいなかったという。

 そこでキーワードとなるのが「エシカル消費」という価値観である。つまり、価格の優位性だけでは評価できない価値、すなわち「いかに倫理的(エシカル)に生産されたり、流通されたりしたものであるか」という点に価値をみいだして消費をする行動は国際的にも大きなトレンドでもあり、環境や人権などを21世紀型に変えていくための指標になるとしている。

 エシカル消費が進んでいくとともに、一般の消費者はもちろん、生産者も流通事業者もメリットを享受できるかたちでのエコシステムが必要となってきている。その具体的な施策の一つとして考えられるのが、この実証実験にあるエシカルポイントというトークンの発行である。エシカル消費を好んで選択する消費者に対して、対象となる食材を消費するごとにトークンを発行して、同じ価値観を共有する他店舗に行ったときも、消費の履歴を認識され、それをきっかけになんらかのサービスなどが受けられるというような価値の連鎖を生み出そうという取り組みだ。もちろん、消費者自身もエシカルな消費したことを記憶にとどめるだけではなく、可視化すればより満足度が増すという効果もある。加えて、同じトークンを所有する人同士でのコミュニティーの形成も期待できる。さらにこのモデルを推し進めていくと、将来的には、SDGs(持続可能な開発目標)の各要素とひも付くトークンを発行できる可能性もあるという。

宮崎県綾町における農作物トレーサビリティー実証実験の概念図(1)
宮崎県綾町における農作物トレーサビリティー実証実験の概念図(2)
宮崎県綾町における農作物トレーサビリティー実証実験の概念図(3)

シビラの目指すトークンエコノミーの世界

 このシステムを開発したシビラ株式会社は、ブロックチェーンの社会実装を通じて、分散社会の実現を目指すとしているスタートアップ企業だ。未来をどのようにトークンエコノミー化していくのかということ、つまりトークンエコノミーの本質とは何かに迫ろうとしている。

 パネルディスカッションにおいて、ブロックチェーンはどこにこれまでと違う特徴的な進化が見られるのかという問いに対し、藤井氏は「インターネットが情報のインフラだとすると、ブロックチェーンは価値のインフラだととらえている」と説明した。価値の保証、そして価値の交換をするという経済において、現在、一般的に使われている通貨では可視化できなかった新たな価値を可視化して、扱えるようにすることだという。今はまだ多くの人が「法定通貨」を集めるという経済ゲームだけに参加しているが、これからは別の通貨、つまりトークンを集める経済ゲームにも参加する時代が来るとしている。

 実証実験を行った宮崎県綾町の例では、生産者は土づくりから始めて、有機農法での農産物を生産するという仕事をし、そこに価値をみいだした消費者から対価を得るという連鎖が機能している。一方で、プラスチックゴミで汚れている海をきれいにしようとしても、海は対価を払ってくれないことから、そこには経済的な合理性が働かず、一向にきれいにならないという社会問題がある。しかし、ここになんらかのインセンティブが与えられるように設計されたプロトコルが作られれば、こうした問題も解決が進むのではないかという。これがトークンエコノミー、クリプトエコノミクスなどといわれ、新たな価値を可視化できたり、価値を交換できたりする範囲が広がり、多くの社会問題の解決がよりシンプルにできる可能性があるという。

 シビラが今回の実証実験に参加した理由は、世界を変えるのは具体的なプロダクトだという思いからだという。多くの人にとって、単に話として説明してもよくわからないような概念でも、具体的に動く事例を見てもらえば、理解がより促進され、社会に受け入れていくという点を重視しているという。ちょうど、インターネットの特徴を理屈で説明してもわかりにくいかもしれないが、Amazon.comというコマースサービスを作ってしまえば、その意味は誰にでもわかるのと同じだという。

 また、今の時代、まさにプラットフォーム中心の世界にあるという。プラットフォームには参加者が集まり、結果的にそこのなかに閉じてしまう結果、必ず、なんらかの独占状態を生み出してしまう。しかし、ブロックチェーンはプロトコルに近い概念であり、十分に分散されたプロトコルであるならば、イメージとしてはHTMLコンテンツとブラウザーの関係のように、利用者が選択した方法によって、自由に利用が可能になるものである。

 そして、トークンエコノミーでは、自分の情報などを自分で管理する権利が広がるのも特徴だという。例えば、自分の履歴や経歴について、学校、役所、サービス提供者という情報を管理する組織に問い合わせなくてもよくなり、すべての情報を自分の手元に取り戻し、管理できる世界が実現するという。

 貨幣とは異なる新しい経済圏が生まれるということは、すでに何例かのICOによって証明されているという。仮に、A社は5年後に利益が出るという事業計画を立てていて、B社は5年後でも利益が出ないという事業計画を立てているとする。だがその一方で、A社はいわゆるブラック企業で、B社はホワイト企業だとしよう。今の経済原理ではB社の資金調達は難しいといわざるを得ない。しかし、B社もICOという仕組みによりトークンを発行すれば、利益計画だけでない価値に対してそれを支持する市場から資金を調達できる可能性がある。

 宮崎県綾町の例に話を戻すと、将来的にはどの物流業者に依頼して、運んでもらうたびに、運送作業の質を評価して、エシカルトークンを得られるようにすれば、物流業者も自分たちの作業品質を可視化でき、外部からの評価もしてもらいやすくなる。同じような価値を持つ生産者や消費者に支持されているという事実が、その価値観に合致した運送品質や温度管理が行われているという具体的な点で評価され、結果として、単なるコストに利益を乗せただけの運送料という価格を基準とした競争ではなく、新たな価値における競争が起こる可能性がある。

トレーサビリティ部会長である電通国際情報サービスの鈴木淳一氏
シビラの共同創業者であるCTOの流郷俊彦氏(左)とCEOの藤井隆嗣氏(右)

金融ではないブロックチェーンの応用に向けて

 BCCCをはじめとする業界活動を取材していくと、暗号通貨(仮想通貨)ではないブロックチェーンの応用事例がだんだんと具体的になりつつある。その一つで、これから有力と考えられているのがトレーサビリティーへの応用である。

 今までのようなコンピューターシステムによる既存の作業の置き換えとは異なり、新たな概念を含む利用方法の理解を進めるには、実際に動かしてみるのが共通の理解に結びつくもっとも早い手段であるというこの部会で指摘はまさにそのとおりだろう。今回の実証実験で使用したシステムの実装期間はおよそ3か月だというが、さらに短いサイクルでの実装が行われれば、より多くの場面でのアイデアに結びつき、一同がさまざまな経験を積める可能性がある。

 さらに、昨今の国際化社会においては、地球規模で何段階もの複雑な下請け構造(サプライチェーン)ができている。いかに安価で見た目がよいといわれている製品でも、実際には人権が侵害されるような労働環境で生産・製造されていたり、地球環境に甚大な影響がある方法が行われていたり、品質が基準を満たしていなかったりする事件が報じられているが、おそらく、それは氷山の一角にすぎないのだろう。

 最終製品において使われている原料や部品の一つ一つが、いかにエシカルであるかということをプロトコルによって保証し、かつ透明化していけば、今後の消費生活はもとより、製造する企業活動にとっても重要な価値基準になっていくのは間違いないだろう。これを管理するのは困難を極める作業であるが、製造責任や流通責任を明確にすることを消費者が求めていき、持続的な社会の成長を目指していくという人類にとっても共通目標でもある。

 こうした社会的に大きな課題をブロックチェーンによるトレーサビリティーによって解決を目指し、そこに新たな21世紀型の価値が生じるというのは大変に興味深い活動である。今後のさまざまな取り組みには、技術的な進歩だけでなく、こうした観点からも注目していきたい。

中島 由弘