イベントレポート

ブロックチェーン活用によるエシカル消費の行動記録と促進を 〜マーケティング施策の実証実験レポート

BCCCトレーサビリティ部会プレイベント

実験に参加したイタリアンレストラン「レアルタ」

 5月23日付の本誌では「『ブロックチェーン×農業』で産地偽装は防げるのか――宮崎県東諸県郡綾町でのブロックチェーン実証実験」という記事を掲載した。まだ、お読みいただいていない方にはこの機会にご一読をお勧めしたい。この記事で紹介したのはブロックチェーンを使い、農作物のトレーサビリティーを実現しようという実証実験である。

 それに続き今回紹介するのは、そのトレーサビリティーが実現されたうえでの次のステップとして、配送された農作物を使って料理を提供するレストランで、消費者の「エシカルな食材を使った料理」の消費行動をブロックチェーンに記録しようという実証実験である。

実証実験の概要

 すでに紹介した実証実験では、宮崎県東諸県郡綾町において有機農法で栽培された農作物を消費地に向けて流通させるうえで、いかにその真正性を担保するかという課題の解決を目指した。具体的には、農作物の育成段階では、農地の土壌の状態をセンサーによって計測し、出荷段階でダンボール箱には、商品のほかに、温湿度、照度、衝撃などを検知する無線送信機能を持ったセンサーユニットを入れ、生産から流通までの状態を記録することで、情報を可視化することで実現した。

 これまではいかに農法や流通についてアピールをしても、「本当に説明通りの農法なのか」「流通過程で異なる産地の商品が混入したり、悪意のある人に入れ替えられたりするのではないか」、あるいは「流通事業者が荷物を高温多湿な環境に放置したりしているのではないか」という懸念を持つ人もいた。実際、最近でも産地偽装が行われたり、基準値以上の農薬が残留していたりといった事件が報道されている。

 言ってみれば、こうした商品に対する信頼は、長年築き上げてきたブランド価値、あるいは各事業者との信頼関係によってのみ成立してきた側面があるので、それが失われればいともかんたんに崩壊してしまうのだ。そこで、ブロックチェーンという耐改ざん性が高い技術を使い、商品の情報を管理することで、より客観的、かつ可視化できるようにすることで、信頼性を高めようということが狙いである。

 そして、農作物に対する信頼性が高まるということは、その経済的な価値が高まるだけでなく、農作物の質的な価値を積極的に見いだし、消費をしようという消費者の動機付けにもつながる。もちろん、レストランなどの飲食店にとっても、メニューの差別化や価値の向上につながるというわけだ。

 今回の実証実験は、すでに紹介した生産から流通という消費者から見たバックヤードでの場面のみならず、それを選択して消費したという履歴を記録しようというわけだ。こうした情報をブロックチェーンで記録することにより、いわゆる「エシカル消費」に参加しているということを表明するとともに、提携する他店に訪問した際などには割引サービスなどの特典が受けられるようにするというマーケティング的な用途への適用が考えられている。

実証実験の概要

 今回の実験は、ブロックチェーン推進協会(代表理事:平野 洋一郎、インフォテリア・代表取締役社長)(以下、BCCC)で新たに発足するトレーサビリティ部会(部会長:鈴木 淳一、電通国際情報サービス・オープンイノベーションラボ・プロデューサー)の活動の一環として行われた実証実験である。全体のブロックチェーンのシステムは電通国際情報サービスが開発、使用するハードウェア(ドングル)はパナソニックが開発を担当した。

 今回の実験に使用された食材は、すでに紹介した宮崎県東諸県郡綾町において生産された農作物で、それを東京都千代田区にあるイタリアンレストラン「レアルタ」において、エシカルメニューとして一般にも提供した(ただし、取材時にはおよそ100食分を用意しているということだったが、この記事が公開された時点で提供されていない可能性がある)。

 そもそも、エシカル(Ethical)とは「倫理」という意味で、これまでの食品の選択基準にあるような「鮮度」「価格」「安全性」に加え、「環境保護」「無農薬」「生産者の人権」「被災地支援」などといったような、生産のさらに背景にある倫理的な観点を満たしているかどうかを評価しようという考え方である。来るべき東京オリンピックで調達する物品も、エシカルであるという条件が求められることから、一般への認知も徐々に広がりつつある段階だ。

 つまり、今回の実験はこのエシカルな消費を促進しようという、生産者のみならず、レストランと消費者を巻き込んだ消費活動のなかに、ブロックチェーンという技術を導入しようという事例である。

 この実験で示されたシナリオはつぎのような流れとなる。

(1)実験に参加しているレストランは宮崎県東諸県郡綾町の農家から食材を仕入れる。もちろん、生産から流通の状態はブロックチェーンに記録され、その「信頼性」が担保されている農作物を使用する。

レストランに配送された農産物の荷姿
宛名ラベルにはQRコードが印刷され、スマートフォンで読み取ることでトレースされた情報が閲覧可能
農作物とともに入れられたセンサー機器は温湿度、衝撃、照度(箱が開封されたかどうか)を検知し、ワイヤレスで送信

(2)そのレストランに訪れた消費者は、提供される料理のメニュー(内容や使用されている食材の状態)をパンフレットやスマートフォンの画面で確認する。産地の状態なども動画で閲覧が可能だ。閲覧の際には、店舗に設置されているドングル(アダプター)をスマートフォンに装着し、消費者のSNSアカウントでこの記録システムにサインアップする。この手順により、エシカルメニューの情報を閲覧したという記録がブロックチェーンに記録される。

注:実験で使用されたスマートフォンは店舗に備え付けのものだが、実際の運用では消費者が所持するスマートフォンを利用するということが想定されている。

その日に提供されるメニューや食材の情報、および’エシカル消費に関する情報をスマートフォンで閲覧
エシカルメニューに関する印刷物

(3)メニューの内容を理解し、注文する際には、別のドングルをスマートフォンに差し替え、注文をしたこと(=消費したこととする)をブロックチェーンに記録する。

スマートフォンでエシカルメニューを注文

(4)このような料理を注文する、つまりエシカルな食材を消費するごとに「エシカルポイント」というトークンが発行され、各アカウント(ウォレット)で受け取ることができ、貯まったトークンの数に応じて、同じエシカルな食材で料理を提供するほかのレストランなどにおいて、割引などのサービスが受けられる。

注:今回の実証実験では注文前のメニュー説明時と注文時では異なったドングルをスマートフォンに装着したが、プロトタイプでの実装上の都合によるもので、技術的なモデルでは大きな意味はないということである。

レストランと消費者も参加する「エシカル消費」の連鎖

 こうしたシステムの流れは、従来でいうならばスタンプカードのような物理的な仕組みでも実現できるのではないかと思われるが、ブロックチェーンを使うことで、より記録の信頼性が高まることが期待される。また、店舗間での記録の相互参照なども容易になる。このように、消費者の消費行動(どこの店舗でどういう食材を消費したか)が確実に記録されるアイディアは、今後のブロックチェーンの利用アイディアとしては興味深い。

 ただし、今回の実証実験では、貯まったトークン(エシカルポイント)を消費者間で譲渡したり、交換したり、現金化したりするような流動性に基づく機能は実装されていないが、将来的には、信頼性が高い記録ができているということから、経済原理に基づく、エシカル消費実績の取引というようなアイディアもあり得るかもしれない。

 しかし、今回の実験も含め、そもそもはこのような情報システムを利用することにより、消費者にとっての特別感やインセンティブにより、エシカル消費を促進しようという本来の目的に意味がある。今回の実験例でいうならば、エシカル消費は生産、流通、小売りといった段階の問題なのではなく、それを欲する消費者がいることが前提になっているので、より質の高い食材を選択して消費したことが記録されるということは、消費者にとっても、エシカル消費のエコスステムへの参加をしたということが証明され、さらに優待サービスなどが得られるというインセンティブになることが期待されるという点である。

 つまり、食材の信頼性がブロックチェーンにより高まったのと同じように、消費者の参加意識の高まりも支援しようというわけだ。

 なお、今回は技術的な実証実験で、ブロックチェーンを利用するシナリオの一つを示すことに意味があるわけだが、以前からあるサプライチェーンの暗黙の信頼関係を明示的な信頼性向上、そして価値向上へと転換することが可能であるということを示した一例といえるだろう。

中島 由弘