イベントレポート

ブロックチェーン利用のEV「充電管理システム」実証実験の報告 〜P2P電力取引の可能性に向けて

BCCC 第4回スマートシティー部会

 中部電力株式会社、株式会社Nayuta、インフォテリア株式会社の3社は、この3月に電気自動車やプラグイン・ハイブリッド自動車(EV)の充電履歴をブロックチェーンで管理する技術の実証実験を共同で実施した。すでにいくつかのメディアで報じられているが、去る5月28日、その実験の概要と結果について、ブロックチェーン推進協会(BCCC)のスマートシティー部会であらためてプレゼンテーションが行われた。なお、このスマートシティー部会は金融以外のブロックチェーンの適用について扱う専門部会である。ここではそのプレゼンテーションの概要を取りまとめて紹介する。

実証実験の報告で登壇した市川 英弘氏(中部電力株式会社・技術開発本部・技術企画室・企画グループ課長)

中部電力が取り組む理由

 中部電力がこうした先進的なICTの応用へ積極的に取り組むのには理由があるという。1つは地球温暖化への対応、もう1つは業務の効率化、そして、最後に新たなサービスを提供するということによる事業の拡大だという。

 地球温暖化に対する対応という課題は電力会社としては社会的責任ともいえる大きなものだが、業務の効率化はいずこの企業でも真っ先に挙げられる課題だろう。とりわけ、電力業界では、IoTの事例として取り上げられるように、スマートメーターの導入による使用量データの収集は着実に進みつつある。

 しかし、最も重要なのはこれらを実現しつつ、さらにそこから新たなサービスや価値を生み出そうというところだ。これまでのように、電力会社のサービスは停電さえしなければいいという時代ではなく、AI、IoT、ビッグデータ、ブロックチェーンのような新しい技術を研究しながら、自社の事業に適用することで、従来のシステムを単に置き換えるだけではなく、新しいサービスやビジネスの可能性を広げるという観点で取り組んでいるという。

 さらに、太陽光パネルの設置など、分散型エネルギーが普及していくことも事業環境に変化として大きく、これらをどう活用していくかも課題であるとしている。

 近い将来、スマートメーターの普及等によるエネルギーとICTの融合、家庭用太陽光パネルなどの小規模分散電源の普及によるP2P電力取引などの新たな形態の登場が予想されていて、そのプラットフォームとしてのブロックチェーン技術が期待されている。

 これまでも、中部電力では、ブロックチェーンの特性を学習するために、コンピューター上にP2Pの電力取引プラットフォームを作ったり、簡単な環境権の取引システムのモデルを構築したりし、スタッフがゲーム感覚でのシミュレーションを行ったりしたという。

ブロックチェーンを用いたEV充電システムの実証実験とは

 今回の実証実験は、Nayutaが開発したブロックチェーンに対応した充電用コンセント、インフォテリアが開発したスマートフォン用アプリを使い、ネットワークを利用した充電サービスを提供し、「いつ」「誰が」「何分間」コンセントを利用したのか履歴をブロックチェーンに記録しようというものだ。

 まず、この実験モデルでは、既存の集合住宅の共益部分にEVの充電用コンセントを設置するというシナリオが想定されている。一般に、高速道路のサービスエリアなどにある高価な専用急速充電設備ではなく、オーナーにとって安価な設備投資で充電サービスを提供するという条件がポイントである。

 居住者は自分のスマートフォンを使って、どのコンセントで充電を開始するかという操作をする。操作が完了すると、指定したコンセントがアクティブになり、充電が開始されるという仕組みだ。

実証実験の想定するシナリオ(出所:中部電力)
実証実験の構成・仕組み(出所:中部電力)
実証実験の様子(出所:中部電力)※写真は左上がブロックチェーン対応コンセント

 充電をした日時、場所、コンセント利用時間は台帳に記録され、月間や年間などの利用時間をもとに集計して、グラフ化したり、締め日ごとに利用した時間に応じた請求を居住者にしたりすることができるという流れである。

充電アプリケーションの画面例(出所:中部電力)

 この動きをシステムの内部的な観点の図で見ていくことにしよう。この例では、充電をする居住者や集合住宅のオーナーのほか、コンセントもブロックチェーン上の1つのアカウントとして定義してある。

 利用者がスマートフォンから指示しているのはトークンを目的とする「ブロックチェーン対応コンセント」へ移動させるということだ。コンセント側ではトークンを受け取ることで、充電が開始されるというスマートコントラクトが実行される。一連のトランザクションがブロックチェーンによりマスターデータに記録され、最終的にはコンセントの利用時間という軸で集計され、耐改ざん性の高い状態で情報を基にした請求業務へつながる。

システムでの定義(出所:インフォテリア)
中部電力EV充電実験の構成(出所:インフォテリア)

新産業創出のダイナミズム

 こうしたシステムを構築することで、冒頭でも紹介したように、新しいサービスの提供が可能になることが大きなポイントである。

 例えば、このような集合住宅のオーナーが住民向けにこの充電システムを設置したとすると、共益部分の使用量を誰もが納得できる根拠のある記録に基づいて負担することができるようになる。その結果、これまでハードルの高かったEVの充電設備がユビキタスに普及し、新たな交通システムに移行するためのブレイクスルーになる可能性もある。

 そして、ブロックチェーンを使う意味はさらにこの先にもある。このモデルは最小ユニットで実施しているため、想定しているのは1つの集合住宅内であるが、現実には、同じシステムがバラバラに存在していても、利用者は移動先の他のコンセントでは充電ができず、利便性も上がらない。

 しかし、これが広域で使えるオープンなサービスになれば(同一のブロックチェーン基盤を利用するようになれば)、充電用のコンセントが偏在することになり、多数の利用者はどこのコンセントでも充電できるようになるとともに、その履歴は台帳に正しく記録され、締め日ごとに正しい請求をすることができる。

 さらに、課金業務を行うための中央に位置づける管理事業者や団体に依存しなくても自律的に運用できることも不可能ではなさそうだ。

 さらに、中部電力の市川氏によるプレゼンテーションの最後には、電力業界の国際的な動きの報告があった。それによると、電力取引は分散エネルギーの普及により、P2P取引に向かおうとしているという。

 業界団体であるエナジー・ウェブ・ファンデーション(Energy Web Foundation:EWF)は、イーサリアム上にオープンソースのP2PプラットフォームTOBALABAを構築し、すでにその上ではさまざまなオープンソースのアプリケーションも動き始めているという。正直、これが主流になるかどうかは見通せないものの、活発な活動の成果として、集約が進んでいるということも技術的には興味深い点である。

 ブロックチェーンの仕組みを使ったこうした実装例は、まだまだ一般にはリアリティーを持って受け止めにくいかもしれない。しかし、世の中を見渡せば、家庭内、街中にはさまざまなインフラやデバイスがある。将来は街中のあらゆるサービスを提供する機器がブロックチェーンの基盤につながることで、さまざまな情報を機器間で交換しながらサービスが提供されるようになるのだろうと感じる。

 登壇した市川氏のプレゼンテーション中で挙げられていた一例を紹介するならば、いずれは家電機器ごとの(コンセントごとの)電力契約ができるようになる可能性もあり、あらかじめ特定の家電製品には購入時に一定の電力を無料で付けるようなマーケティング施策やサブスクリプション・モデルの販売も実現可能になるという。

 こうした技術特性から生じる新たなサービスを実装するイメージを関係者が共有するためにも、BCCCのような業界団体を通じて、まずは実験に取り組み、発表し、他の観点を持つ人々と意見交換やアイディア交換が今まで以上に必要になっている。

中島 由弘