イベントレポート
副業解禁で必要となる勤怠管理システムとは? ブロックチェーン「mijin」による実証実験 ~トークンやマルチシグによる二重勤務や勤務時間の改ざん抑止
第1回プライベートブロックチェーンmijin活用セミナー
2018年6月25日 14:19
去る5月30日、テックビューロ株式会社は同社のプライベート・ブロックチェーン・プラットフォーム「mijin」の活用セミナーを開催した。なお、mijinに関する詳細な記事はINTERNET Watchの2018年2月27日付け記事「NEM(ネム)を元にした「mijin」ブロックチェーンが作る今と未来」が参考になる。
今回、紹介された実証実験を実施したのは就職情報サービス大手のパーソルキャリア株式会社(旧社名:株式会社インテリジェンス)で、テレビCMなどでは「PERSOL」というブランド名でよく目にする企業だ。提供されているサービスには、転職情報サービス「DODA」やアルバイト情報誌「an」があると説明すれば、多くの人に知られている企業だということがわかるだろう。また、同社では個人向け以外に、法人向けとして、人事管理のソリューションも提供している。
開発の背景:副業による労働時間の管理をどうするのか?
この実証実験の題材は、法人向けに就業者の副業(複業)を管理する人事システムである。ただし、これまでのタイムカードとは異なり、副業をする就業者を管理するものである。
現在、政府が推進している「働き方改革」の1つに、就労者が単一の企業で働くだけでなく、所定の勤務時間外には別の企業で働いたり、自宅などで個人事業を行ったりという多様な働き方を推進するということが含まれている。これらを一般には副業といい、主な勤務先での仕事以外に、副次的に別の仕事を別の勤務先でするというイメージである(その主従はあまり関係なく働くことを「複業」と書き分けて表現するようだが、ここでは双方を区別せず「副業」と表記することとする)。
すでに政府は2017年3月に副業の推進を決定し、2018年には厚生労働省からはモデル就業規則や運用ガイドラインが定められた。それによれば、副業を解禁するにあたり、企業には対象となる就労者の労働時間を把握することなど管理の実施、その上での安全配慮義務(長時間労働の禁止)の履行を求めるとしている。それが可能になって、はじめて企業としての副業解禁に移れるというわけだ。こうした管理が困難であることから、副業のメリットなども認めつつも、なかなか副業解禁に踏み切れないという企業も多いようだ。
実際、労働時間の管理といっても、自社内だけのことではなく、他社でどのくらい働いているのかということも管理することになるので、実はそう簡単なことではない。仮に、A社で8時間勤務したのち、B社で5時間勤務したとすると、1日あたり13時間勤務することになり、このペースで毎日働くとするなら、1週間あたりの労働時間は労働基準法で定める週40時間をはるかに超過することになる。また、1日あたり8時間を超過した勤務については、あとから契約した事業主が時間外勤務手当を払う必要があるというルールがある。
そこで、副業を実施するためには、就労者自身の働きすぎを抑え、またきちんと当該の企業が時間外勤務手当を払えるように、複数の企業にまたがる労働時間を正しく管理する必要性が生じている。そして、どちらの企業も対等な関係で情報へのアクセスと管理が実現できる中立的なシステムであることが望ましい。
そこで、今回の実証実験では複数企業にまたがる時間管理にブロックチェーンを利用し、情報の正しさを担保する(耐改ざん性)だけでなく、就労者が給与や手当を目当てに、同時に複数の勤務を行ったことにするような「二重勤務」を禁止するための機能を実装しようということだ。
開発のポイント:トークンやマルチシグによる二重勤務や勤務時間の改ざんの抑止
開発にあたっては、テックビューロ社のブロックチェーン基盤であるmijinを使用し、パーソルキャリア社がコンセプト、要件策定、技術検証を担当し、日本情報通信社がサーバー環境構築、アプリケーション開発、技術検証を行った。
いずれの企業も実際にブロックチェーンを使ったソリューションを実装することで、関係者がより深くブロックチェーンの技術を理解したうえで、さまざまな経験を積み、知見を蓄積することを目的としている。
ここで開発しようとしているシステムは副業解禁時代のタイムカードともいえるもので、就労者の労働時間の管理のみならず、就労者がどの企業で副業の勤務しているのかということ(競合企業での勤務禁止)や、同時に複数箇所で勤務していることにする二重勤務を禁止することなども要件として含まれる。勤務時間以外のこうした情報を可視化することで、事業者にとっても、労働者にとっても健全な副業環境が整え、より働き方改革にのっとった人事システムを促進しようという狙いだ。
もちろん、ブロックチェーンを使うことによるデータの耐改ざん性の高さはいうまでもないことなのが、とりわけ、この事例においてはトークンをリアル世界の「何」と結びつけるのかということが設計時点での大きな議題になったという。最終的に、この実装では就労者にトークンを1つだけ発行し、A社に出勤したらトークンはA社に移り、A社を退勤するとトークンは就労者に戻る。次にB社に出勤すると、トークンはB社に移動するという仕組みだ。逆にいうなら、退勤処理をしないまま、つぎの勤務先では出勤処理をして、勤務することができないという仕組みになっている。つまり、就労者にとって、トークンは「労働権」を示している。
ブロックチェーン基盤mijinを活かした実装例
mijinは暗号通貨NEMに由来するブロックチェーン基盤である。特徴としてはマルチシグ(マルチシグネチャ)という機能がある。これは、一言でいうならば、複数の承認があって初めてトークンの送信が可能となるという機能だ。このシステムに当てはめて言うなら、トークンの移動を行うのに、就労者と勤務先の管理者双方の承認が必要というわけだ。
したがって、今回の実証実験における実装では、就労者と勤務先の管理者という両者がフェース・トゥ・フェースで顔を合わせたうえで、出勤したことや退勤することを報告し、バーコードを読み取ることで承認する手順となる。つまり、管理者が知らない間に就労者が出勤していたり、退勤していたりすることがないように運用することが想定されている。もちろん、就労中なのに退勤したことにするようなサービス残業の抑止にもなるとともに、別の勤務をしていたかのような水増しもできない。
今後も発展が期待される仮想通貨ではないブロックチェーン利用
ここで実装された例では、複数の企業にまたがり就労管理をするということがどういうことなのか、という要件を綿密に洗い出して実装を行ったことが見て取れる。すでに現実社会では問題になりそうな状況、例えば、何時間勤務したかという事実を管理者と当事者の2人で顔を合わせて行うあたりは「報告」という一般的な流れには沿っている。また、実態となる人は1人であるということからも、1つのトークンを移動させることで二重勤務を抑止するというアイディアも面白い。もちろん、現実の運用では煩雑だったりすることもあるので、改良が必要になるのだろうが、基本的なモデル化としては十分ではないだろうか。
さらに、今後はスマートコントラクトを使用することで、勤務時間が超過した場合の処理を行うなどの実装のアイディアもあり、課題に対しての発展性を感じる。
これはあくまでも実証実験の段階だが、どのようにして課題を分解し、ブロックチェーンの特性や機能性の上に実装するかということは、こうしたシステム開発を通じて蓄積していくしかないだろう。また、システムを導入する側にとっても、従来のデータベース・システムとの本質的な違いがどこにあるのかということについて、理解を深めることにもつながる。
このような実験的な実装を積み重ねることこそが、技術を前進させていくことになると考えられる。そして、広く発表することで、チーム外からのアイディアや意見を求めて、より本質に近づくことになる。