イベントレポート
ブロックチェーン発展の先にある分散自律型社会で人々の仕事はどう変わるのか?
FLOCブロックチェーン大学校が経済学者・野口悠紀雄氏を招いた特別講演
2018年9月20日 08:12
「FLOCブロックチェーン大学校」を運営する株式会社FLOCは9月13日、経済学者の野口悠紀雄氏を講師に招き、特別講演「ブロックチェーンで変わる未来 〜ブロックチェーン革命の波に乗り、ビジネスチャンスを掴む〜」を開催した。東京・大手町のグローバルビジネスハブ東京にて開催された本講演は、平日夕方にも関わらずほぼ満席の盛況ぶりで、世間のブロックチェーンへの関心の高さがうかがえるものとなった。講演は、経済学者でありブロックチェーンの第一人者である野口悠紀雄氏が、ブロックチェーンの将来性について、最新事例や実例などを交えながら分かりやすく解説する。本稿では、その内容についてレポートしていく。
ブロックチェーン=Bitcoinではない
講師である経済学者の野口悠紀雄氏は、経済学者早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問であり、一橋大学名誉教授でもある。近著に「ブロックチェーン革命 分散自律型社会の出現」(日本経済新聞出版社)や「仮想通貨革命で働き方が変わる」(ダイヤモンド社)などがあり、ブロックチェーンの第一人者として知られている。本講演は、“ブロックチェーン=Bitcoin”のイメージが強いブロックチェーンのBitcoin以外の利用シーンを知り、ブロックチェーンの可能性についてより多くの人に知ってもらえるよう、初心者でも理解できるよう分かりやすく解説していくことを目的としている。
野口氏はまず、ブロックチェーンの原理について解説。ブロックチェーンをひと言で表すなら「書き換えることができないデジタル情報技術」であると、野口氏はいう。書き換えられないことが重要でこれが中心的なテーマだが、初心者にとってはこの仕組みを理解するのが厄介であり、どう解説するかが難しい問題でもあると述べた。
まずは小さな島国を想像してほしいと、野口氏は切り出した。とある島の国民たちが電子マネーを送りあっているという。その様子を真ん中で王様が監視していて、誰が誰にいくら送ったかを記録したり、本当にその人が電子マネーを持っているのか、誰かに同時に送ったり、うそをついたりしていないかなど、常に王様はそれを監視し、記録して集中管理しているという。これが、いわゆる中央集権的な電子マネーの管理方法だという。これは、王様が偉い人であり悪いことはしないだろうという信用があって成り立つ仕組みであると野口氏は解説する。集中管理型の仕組みは、性善説で成り立っているという。
一方、広場がたくさんある国の話。その国では、各広場に石に記録を刻むボランティアがいて、誰かが誰かに電子マネーを送った場合、それをボランティアがチェックして、正しい取引のときはそれを石に記録するという。石に刻まれた情報は書き換えることができない。またこの国では、正しい情報いったん誰かが書き込むと、合わせてその他の広場のボランティアが同じ情報を同じように石に書き込むという。この石は広場に置いてあるため、誰でも見ることができる。万が一どこかの広場の石が割れてしまったとしても、別の広場の石を見れば問題はない。またうそを書き込むボランティアがいたとしても、他の広場の石と比べればそれが間違っていることが誰が見ても明らかなので、うそがつけないという。これがいわゆる分散台帳だと野口氏は解説する。この仕組みは、国民がボランティアを信用しているわけではなく、石に記録されていて書き換えることができないことや他の広場にも同じものがあるという仕組みを信用している、性悪説から成り立っているという。
これらがブロックチェーンの原理であるという野口氏の解説する。
ここで野口氏は、ちょっとややこしい話「Proof of Work」(PoW)の話をしますと切り出した。Powは、わずか10数年ほど前に現れた技術で、誰にとっても難しい話なので理解できなくても安心してほしいと前置きをする。PoWを簡単にいえば、先ほどのボランティアが石に情報を書き込むことや広場で石を公開しているなどの仕組みを電子的に行っていると思っていれば良いという。
もちろんBitcoinのブロックチェーンが行っているPoWについて、一通りの解説をしている。PoWでは、10分に1回のタイミングで取引情報をブロックに記録することや、ブロックを生成するために必要なハッシュ関数やナンスについても簡単な説明を行っている。
ハッシュ関数は、ある種のデジタルデータをハッシュ関数にかけることで、ハッシュはそのデータ固有(ほぼ固有)の結果をデータとして吐き出すという。ハッシュ関数の結果は、元のデータをいじらない限り必ず同じ結果になるが、元のデータを少しでも書き換えるとハッシュの結果は変わってしまうため、改ざんされているかどうかがわかるという。またハッシュの結果から元のデータを復元することは不可能であるとのこと。これを一方向性関数というが、これが大事とのこと。
ナンスは、取引が書き込まれたブロックを確定させるために出題されたとある計算問題の答えのことで、計算問題の結果が正しくなるナンスの値を総当たりで見つけ出す作業をマイニングというとのこと。この正しいナンスを最初に見つけた人が、このブロックを確定することができ、ブロックチェーンの次のブロックを生成させる権利と、報酬をもらうことができるという。ちなみに報酬は、12.5BTC。
野口氏は、PoWについて詳しく説明していると何時間あっても足りないので、ここはざっくりとした説明にとどめるが、ブロックチェーンの仕組みを理解する上で重要な要素であることも指摘し、次に進んだ。
ブロックチェーン革命は何をもたらしたか?
野口氏は、ブロックチェーンの最大の功績、革命は「ビザンチン将軍問題」の解決にあるという。これまでさまざまなシステムがなし得なかった問題を、ブロックチェーンは見事に解決をしたという。
ビザンチン将軍問題とは、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)の史実になぞられたコンピューターによる通信システムの問題点を示す言葉だ。それぞれ軍を率いるビザンチン帝国の将軍たちが、とある都市を包囲している状況で、攻撃するか撤退するかを多数決で合意決定するルールがある。合意決定における将軍の意見は本心なのか、また将軍間には距離があり、その意見の伝達が正しく行われている保証がないなど、あらゆる問題を抱えている状況を示している。コンピューターにおけるビザンチン将軍問題とは、通信および個々の環境(サーバーやプログラムなど)で、それらの一部が故障あるいは故意に偽の情報(バグなども含む)流す可能性のあるシステムで、全体として正しい合意を形成できるかという問題を示す。
野口氏は、これを信頼できない人同士が集まって、信頼できる仕事ができるか? という言葉に置き換えて解説する。つまり、1台でも故障しているサーバーが含まれているネットワークを信頼することはできないが、それをブロックチェーンは分散型のネットワークによって解決しているという。これこそが革命であり、これまで誰もなし得ることができなかった技術であると指摘する。Bitcoinのブロックチェーンは、開始以来一度も止まることもなく事故も故障も起きていないのが、それを証明していると野口氏はいう。ちなみに、Mt.Goxやコインチェックの事件は、ブロックチェーンの事故ではなく、取引を行うシステム側の問題であるとのこと。
こういったシステムや相手の組織を信頼する必要がない仕組みをトラストレスというが、ブロックチェーンによって、トラストレスな社会が実現することが、ブロックチェーンがもたらすものの1つという。これまでの社会は、運営している組織が巨大であったり、あるいは国家のような存在であることが、信頼を示すものだったが、これからはブロックチェーンによって確立された信頼が、巨大組織の有利性を消滅させると野口氏はいう。
ブロックチェーンの応用例
野口氏はブロックチェーンの応用例として、いくつかの実例を示した。まずは、通貨におけるブロックチェーンでは、Bitcoinを始めとする仮想通貨がいくつも誕生をしたことを挙げた。ブロックチェーン=仮想通貨ではなく、仮想通貨はあくまでもブロックチェーン技術の応用の一例にすぎないという言葉が印象的だった。通貨については従来の仮想通貨のみならず、今後はメガバンクが発行する仮想通貨へと発展したり、中央銀行が発行する通貨が出てくる可能性もあるという。
資金調達の面においても、ブロックチェーンは有効であることが示された。昨今のICO(Initial Coin Offering)ブームがそれだが、去年の夏頃にブームとなるも詐欺などが増えたことから、国内におけるICOはここのところ静かで、法の整備が待たれる事案になってしまったが、世界的に見ると資金調達の手段としては十分に有効であることがわかっている。
また、保険の世界もすでに変わりつつあると、野口氏はいう。たとえば、P2P保険だ。P2P保険は、保険会社やブローカーなしにソーシャルメディア等を活用し、友達同士やコミュニティ間など、ネットワークに参加するメンバー同士でお金を出し合い、メンバーのリスクをシェアするという新しい形態の保険だ。パラメトリック保険といったIoTなどを活用した測定可能なパラメーター(降雨量、降雪量、風速など)を基準に、測定パラメーターがある条件に達したことで自動的に保険金が支払われるという新しい保険も登場している。保険会社が損害の調査を必要とせず、かつ被保険者は保険金を早く受け取れるといったメリットがあるが、これらの情報の記録にブロックチェーンが応用されているという。
証券の世界にもブロックチェーンの技術が応用され始めているとのこと。証券業界では、取引は高速に行えるが、その清算や決済に時間がかかるため、ブロックチェーンで高速化を図るなど、新たなシステムが構築されつつあるという。
金融以外の応用例も登場
さらにブロックチェーンは、金融以外の新たな分野にも広がりつつあるという。1つは、シェアリングエコノミーの世界。インターネットの進化によって、UbeやAirbnbのようなシェアリングエコノミーがすでに世界中に登場しているが、これらはまだ中央による集中管理型の仕組みだが、これをブロックチェーンに置き換えることで、個々の契約などを自動化することができるという。また、ブロックチェーンによる管理に変えることで、これまで鍵のやりとりを行っていた部分をスマートロックなどに変更することが可能になり、物理的な鍵の受け渡しをなくすことができるだろうという。
また、昨今、IoTの普及が話題になることが多いが、これらすべてを集中管理するにはコストの面やセキュリティの面で問題が多いという。IoTは、ブロックチェーンによって分散管理をすることでより安全性も高まり、コストの削減にもつながるだろうという。たとえばだが、トースターや冷蔵庫などさまざまなIoT家電が登場したとして、それらすべてを中央のサーバーにつなげて管理するのは馬鹿げている。今の集中型では、運営できないだろうとこと。
公文書や特許、登記簿の改ざん防止や文書の存在証明や、商品の履歴追跡にも使えるだろうという。これらは、ブロックチェーンの得意とするところだ。
予測市場において、胴元のいない透明性の高いシステムが構築できるので、賭け事などにも応用できるという話は興味深かった。胴元が悪いことをする可能性が、ブロックチェーンのシステムでは皆無になるという。
経営者がいなくなる分散自立型社会
最後の話として野口氏は、ブロックチェーンとAIによって変わっていく社会を未来の話として解説する。
AIは将来、その発展によっていくつかの職業、仕事を奪うだろうといわれている。たとえば、AIによって車の自動運転がいよいよ実現しそうな勢いだが、それによって起きるのがドライバーの仕事がなくなるということだ。野口氏は、AIの発展は労働者の仕事を奪うことにもつながる面があるという。
一方、ブロックチェーンの仕組みは、管理者が不要になるということ。つまり、ブロックチェーンの発展の先には、管理者や経営者のいらない社会がやってくるのだと野口氏はいう。管理者の仕事やルーチンワークなどをブロックチェーンで自動化し、従来の管理者や経営者の仕事を代替する社会をDAO(Decentralized Autonomous Organization)と呼ぶそうだ。
この2つの組み合わせによって、会社や社会の仕組みも大きく変わっていくだろうと野口氏は解説する。
まず、経営者もいて労働者もいるのが、これまでの伝統的な株式会社。そこにAIが導入されることで労働者のいない、ロボットなどによるオートメーション工場のような会社が成り立つ。労働者がいて経営者がいないのが、先ほどのDAO。分かりやすくいえば、Uberのシステムがブロックチェーンに置き換わることで、仕事のほしいドライバーと車に乗りたい顧客だけで成り立ってしまう仕組みが可能になる。そして最後は、AIとブロックチェーンを組み合わせた経営者も労働者もいない完全に自動化された会社だ。社会は、この4種類のタイプの会社に分けられる時代が予測されるという。
そんな未来で人間は「何をすればいいのか?」と自問自答することになるだろうが、それでも野口氏は人間の仕事は必ず残るだろうという。それは、たとえばオーナーシェフのレストランだという。オーナーシェフのレストランは、経営者と労働者兼任の組織だ。すでにIBMのAI「IBM Watson」はレシピを作るというが、「しかし私はあなたの作った料理が食べたい」という人が必ずいるはず。そういったことに価値を見いだす社会になるだろうというのだ。こういうことが、さまざまなところで必ず発生するはずと力説をする。最後に野口氏は、豊かな未来のために、これからの人間は、その価値を見いだすことが大切なのだと野口氏は断言し、講演は終了した。