イベントレポート
ソニー・グローバルエデュケーションが描く、ブロックチェーンを活用した教育データネットワークの未来
「ブロックチェーンが教育を変える」TIESシンポジウム2018レポート前編
2018年10月29日 14:02
一般的に“ブロックチェーン”といえば、仮想通貨をイメージする人が多い。しかし、言うまでもなく、ブロックチェーンは1つの技術であり、他の分野やサービスにも応用可能だ。
近年、教育分野においてもブロックチェーン技術を活用したサービスが、国内外で登場している。学習者の成績証明書や学習記録の管理、デジタルコンテンツや知的財産の保護など、その活用はさまざまであるが、教育分野も今やブロックチェーンの黎明期にあるといってよいだろう。
そんな中、10月20日に奈良県の帝塚山大学にて「ブロックチェーンが教育を変える」と題したNPO法人CCC-TIES主催のシンポジウムが開催された。CCC-TIESは、学校のためではなく人生のために学ぶを理念に、高等教育を公開するNPO法人である。シンポジウムより、ブロックチェーンの教育利用とはどのようなものか。登壇者の話しから探っていこう。
教育とブロックチェーン、その背景にあるものは?
そもそもの話になるが、「なぜ教育でブロックチェーン?」と唐突に感じる人もいるだろう。そこで、シンポジウムの内容を紹介する前に、教育とブロックチェーンにおける動向を整理しておく。
教育分野において、ブロックチェーンの話題が注目を集めるきっかけになったのは、2016年に米テキサス州オースティンで開催された教育系イベント「SXSW EDU 2016」だ。このイベントは米国最大級の教育イベントであるが、その基調講演でゲームデザイナー兼未来予測学者のジェーン・マクゴニガル氏は、「ブロックチェーンを活用すれば、個人の学習履歴が全て追跡可能になる」と唱えた。これまでは大学卒などの学歴が個人の学習履歴を知る手掛かりであったが、ブロックチェーンを使うことで、個人が何を学んだのか、その内容を記録できる。同氏は、個人の評価が変わる、新しい教育のあり方を示唆した。
こうしたブロックチェーンの話題が教育業界で取り上げられる背景にあるのは、モバイルデバイスの普及やテクノロジーの進化によって、教育現場でITを活用した学習が増えているからだ。例えば、無料で受講可能なオンライン講義動画「MOOC」(Massive Open Online Course)や、ネイティブと会話ができるオンライン英会話、学習管理サービスや教育用SNSなど、今やインターネットにつながるデバイスさえあれば多様な学習が可能になった。その結果として、学習者の学習ログも集計しやすくなり、日々の学習記録をどう蓄積し、どう評価に結びつけるかは、教育関係者らの関心事でもあった。ブロックチェーンが、学習データを管理する1つの手段として有効ではないかと見る動きは、こうした背景も影響している。
そんな中、日本企業で教育分野のブロックチェーン事業に参入したのが、株式会社ソニー・グローバルエデュケーションだ。読者の中には、「ソニーが教育事業?」と意外に思う方もいるだろうが、同社は2015年に設立し、1年後の2016年にはブロックチェーンによる学習到達・活動記録のオープン化技術を開発し、発表した。2016年といえば、前出のジェーン・マクゴニガル氏がSXSW EDUの基調講演で、ブロックチェーンの教育利用を唱えた年でもあるが、それと同じ年にソニー・グローバルエデュケーションはサービスをリリースしていた。今となっては、いかに同社の動きが早かったのかが分かる。本シンポジウムでは、そんな同社のブロックチェーン事業でプロジェクトリーダーを務める高橋恒樹氏が登壇した。
ソニー・グローバルエデュケーションが重視する教育は「多様性」
高橋氏は講演の冒頭で、ソニー・グローバルエデュケーションの事業内容から説明した。
同社は「来るべき社会の教育インフラを創造する」をミッションに、世界市場向けの教育ネットワークサービスを事業の柱にしている。現在は4つのサービスを展開しており、具体的には、ロボット・プログラミング学習キット「KOOV(クーブ)」、思考力育成のためのデジタル教材「STEM101 Think」、大人から子供まで参加できる世界算数大会「GLOBAL MATH CHALLENGE」、学習データを管理する教育ブロックチェーン、となる。
高橋氏はこれらのサービスについて、「プログラミングやデジタル教材など学習サービスだけを提供するのではなく、目指すのはあらゆるサービスから集まったデータを集約するプラットフォームで、それがブロックチェーンを活用した教育データネットワークである」と説明した。
このようなサービスを展開するソニー・グローバルエデュケーションであるが、新しい教育サービスを進める上で、最も重視しているのが「多様性」だ。今までの教育はテストの点数で学習者を評価していたが、これからの教育は、学習者が「答えが1つではない問題」に向き合うことが求められる。ゆえに、どのようにしてその答えに辿り着いたのか、学びのプロセスを評価することが重要ではないかと語った。
高橋氏は一例として、子供たちがKOOVで作成したプログラミング作品を参加者らに見せた(下記写真)。2つの作品はどちらも「小さな生き物」というテーマに対して、子供たちが作った作品であるが、写真左は複雑なプログラムを組み込んだ多機能な「子猫」、それに対して右写真は、赤のブロックとモーターで作ったシンプルな「エビ」になる。読者の皆さんなら、どちらの作品を選ばれるだろうか?
高橋氏は、「これら2つの作品のうち、どちらが優れているかを見た目だけで評価するのは難しい」と述べた。多機能な子猫はプログラミングやプレゼン動画などその完成度が素晴らしい。一方でエビも、小さな生き物というテーマに対してシンプルに忠実に表現している。つまり、作品の出来栄えで優劣を決めるよりも、子供たち自身が最終的なアウトプットに至るまでのプロセスで、どれだけ問題を発見し、それに対してどう課題解決や試行錯誤に取り組んだのかを評価することが大切ではないかというのだ。
そうしたことから同氏は、「これからの教育には、多様性や創造性を重視した学習プロセスを評価するシステムや仕組みが必要であり、自分自身がよりよく生きていくために学習は役立つという認識を持てることが大切ではないか」と述べた。ソニー・グローバルエデュケーションが手がける、ブロックチェーンを活用した教育インフラの原点はここにある。
新しい教育インフラを支えるブロックチェーンと、これまでの取り組み
では具体的に、未来の教育インフラはどうあるべきか。これについて高橋氏は「多様な学びの記録」「多様化・拡大するデジタル教材のデータ集約」「個人の学習データのポータビリティの実現」の3つが重要なポイントであり、これらを実現するために、ブロックチェーンが有効であると述べた。こうしたアイデアのもと、ソニー・グローバルエデュケーションで生まれた教育ネットワークが「EDN」(Education Data Network)だ。
EDNは、ブロックチェーン技術による教育データネットワークで、コンセプトとしては、学習者中心のデータ管理になる(下記写真を参照)。一般的に学習者といえば、小中高生をイメージしがちだが、この場合の学習者は、幼児から老人までを指し、生涯にわたって学び続ける学習者を意味する。つまり、幼児教育、学校教育、リカレント教育など、ひとりの学習者が生涯にわたって学んだすべての学習データを蓄積し、活用できるネットワークである、ということだ。
蓄積した学習データは、企業や大学、役所など外部機関が活用することも可能で、たとえば就職や転職などのマッチングに有効だ。また学習データが集約されることで、学習者が成果物を教材コンテンツとして教材会社や出版社に提供できるような方向も視野に入れている。高橋氏は、「こうした教育インフラを築くためには、事業者やサービスを問わずに利用できること、またデータがいつでも・どこからでも正しいことが確認できること、この2つの機能をブロックチェーンで実現することが重要だ」と述べた。
続いて高橋氏は、ソニー・グローバルエデュケーションが、これまでどのようにブロックチェーン事業に取り組んで来たのかを述べた。同社は2015年に設立した後、2016年にブロックチェーンによる学習到達・活動記録のオープン化技術を開発し、発表した。翌2017年には、ブロックチェーン技術による教育データの認証、共有、権限管理システムを開発し、「GLOBAL MATH CHALLENGE」(世界算数)のサービスで利用を開始。同サービスは、世界規模で算数の思考力を測定するコンテストであるが、試験結果をブロックチェーンに記録し、成績証明書として発行した。
その後、2018年10月には、ソニー、ソニー・ミュージックエンタテイメント、ソニー・グローバルエデュケーションの3社で、ブロックチェーン基盤を活用したデジタルコンテンツの権利情報処理システムを開発したと発表した。同システムでは、教科書や問題集などの教材、学習者が作った教育コンテンツなどをブロックチェーンで保護する活用を想定している。
高橋氏は同社のブロックチェーン事業について、「国内外のメディアから注目が高く、日本以上に海外メディアで多く取り上げられている」と述べた。“世界のソニー”がブロックチェーン事業で教育分野に参入したことは、海外市場においても、インパクトを与えた出来事だったようだ。
ブロックチェーンを活用した教育データネットワーク「EDN」の特徴とは?
ソニー・グローバルエデュケーションの「EDN」について、もう少し詳細を掘り下げていこう。
EDNは、The Linux Foundationが運営する「Hyperledger Fabric(ハイパーレジャーファブリック)」と呼ばれるビジネス・ブロックチェーン・フレームワークを利用している。特徴としては「教育データの非中央集権化」と「教育データの信頼性向上」が挙げられ、学習データの管理を特定のベンダーに依存しない設計であることや、学習者が学習データの公開先をアクセスコントロールで選べる仕様になっているという。
またEDNは、ブロックチェーンの特長とも被るが、学校や民間企業、自治体など多くの関係者がノードを持つことでデータ管理の信頼性を高めている。当然、1社だけに頼ったデータ管理よりも信頼性は増し、ベンダーロックイン(特定ベンダーの独自技術に大きく依存した製品)を回避することができる。
EDNのアーキテクチャーについては、ユーザーが直接ブロックチェーンのネットワークにアクセスするのではなく、APIをはさんで使いやすい形で提供されている。たとえば、教育向けのAPIには、ユーザーを認証する機能や、コミュニティモデルによるデータ管理などが実装されており、サービスとの連携が可能だ。またブロックチェーンで管理された教育データは教育領域以外でも活用可能であることから、一般利用向けのAPIも実装されているのが特徴だ。
またEDNでは、すでに下記3つの機能を提供している。それぞれ、どのような機能なのか、簡単に説明する。
①学位・成績証明書など貴重な学籍情報を記録するデータサービス
②学習に関するあらゆる情報が格納されるユニバーサルなデータストア
③教材などのコンテンツの権利情報を保証する基盤
①学位・成績証明書など貴重な学籍情報を記録するデータサービス
②学習に関するあらゆる情報が格納されるユニバーサルなデータストア
③教材などのコンテンツの権利情報を保証する基盤
最後に高橋氏はEDNの今後の展開として、「他企業や他の組織と連携し、コンソーシアムの運用をめざしている」と語った。EDNはすでに、ロボット・プログラミング国際コンテスト「KOOV Challenge」でのデジタル賞状や、世界算数で成績証明書が発行されるなど実サービスとの連携や、学校現場での実証実験も始まっている。それに加えて今後は、ブロックチェーンでもっとも重要となる、データの信頼性を高めるための多組織になることを強化していきたいと語った。
未来の教育インフラの実現に向けて、ソニー・グローバルエデュケーションがどこまで関係者らを巻き込んでいけるのか。今後の展開が楽しみである。