イベントレポート

ブロックチェーンは現在の国家の枠組みを超えて国際協力を可能にする

東京大学第255回HSPセミナーよりUNOPS・山本氏の講演レポート

東京大学 第255回HSPセミナーの模様。講師のUNOPS・山本芳幸氏(写真右)と司会の東京大学・佐藤安信教授(写真左)。香港科技大学・鎗目雅氏はビデオ通話越し(スライド右上)にコメンテータとして参加

東京大学は5月29日、第255回HSPセミナーを開催した。テーマは「国連におけるブロックチェーンの可能性——非中央集権型国際協力?」とし、国連プロジェクトサービス機関(UNOPS)でブロックチェーン技術特別顧問を務める山本芳幸氏が講師として登壇した。

東京大学 大学院総合文化研究科は修士課程「人間の安全保障」プログラム(HSP)を開講している。同プログラムはHSPセミナーとして、政治・法律・災害支援・紛争・テクノロジーなど、さまざまな観点から人間の安全保障について検討する講義を一般向けに開催する。今回開催するセミナーはその第255回目の講義となる。

国連におけるブロックチェーンの可能性——非中央集権型国際協力?

東京大学 第255回HSPセミナーの模様。講師のUNOPS・山本芳幸氏

山本氏の所属するUNOPSとは、国連の実施機関だ。国連には国際連合児童基金(UNICEF)や世界保健機関(WHO)といったさまざまな機関が存在する。各機関はプロジェクトを計画したり予算の調達を行うが、その実施までを一貫して行う機関は多くないという。そういったプロジェクトを実際に行う専門機関がUNOPSとなる。

国連は持続可能な開発目標(SDGs)に向けて活動を行っているが、その100%達成には現在国連に供給される資金の100倍もの金額が必要になると目されている。国連の運用資金の多くは各国政府からの拠出金によるところが大きい。SDGsを達成するための費用は膨大であり、各国が拠出金を数%上乗せしたところで解決は難しい。そこで新たな資金調達の仕組みや内部の改善を検討する。

国連の掲げる持続可能な開発目標(国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所より引用)

各国の拠出金以外に、民間企業等の寄付金が国際協力に利用されている。たとえば米国などでは、企業が税制上の優位を求めて売上の数割を寄付することが一般化しているが、現状多くの国で国際協力のために民間人・民間企業が投じる資金はごくわずかだ。加えて、昨今富の集約が企業から個人へと移行する傾向にある。今後は個人が国際協力に資金を投じられるような流れを作るなど、新たな資金調達の手法を確立することがSDGsの達成に不可欠になると山本氏は言う。

国連内部の申請・報告のフローも複雑化し、その活動の妨げとなっている。国連だけでなく巨大化した組織・企業では、その意思決定者の立場から細部の経営状況までを確認することは難しい。実際、2016年まで国連事務総長を務めたパン・ギムン氏の演説によると、全予算の3割は複雑化・長大化したフローの中で所在が判然としないという。こうした内部フローを透明化し、公正な予算分配や意思決定を実現することもSDGsを目指す上で必要となる。

国連にとって、個人の富を国際協力につなげること、組織内部フローの透明化・効率化という観点でブロックチェーン技術は大いに着目する価値がある。今回の講義で山本氏は、ブロックチェーン技術によって国家の枠組みを超えた国際協力の取り組みが形を成しつつあることを説明した。その具体的な取り組みの例として国連内外で行われた3つの事例を紹介する。

前提として、国連のブロックチェーンへの取り組みは民間企業に比べると2年ほど遅れている。複数の国が関わるため、民間主導のプロジェクト、国家主導のプロジェクトに次いで最も遅れて進行しているという。国連でのブロックチェーンへの取り組みは2017年8月頃から本格化し、2018年には国際連合機関のほとんどがブロックチェーンに関心を持つようになっているとのこと。

現地の学生主導で仮想通貨による寄付で食料問題の解決に取り組むeatBCH

国連外部の取り組みとなるが、ベネズエラの学生が始めたeatBCH(@eatBCH)という取り組みがある。同国では経済不安からインフレーションが生じ、食糧問題が発生した。eatBCHは、Bitcoin Cash(BCH)のアドレスへの送金によって寄付を受け付け、受け取ったBCHを使って現地の市民に食料を供給する活動を行っている。

フィアット通貨を海外送金するのでは、同国のインフレーションの影響を逃れることができない。その点仮想通貨は世界で共通の価値を持つため、インフレーションの影響が小さい。また、銀行を介さず国外から現地へより直接的に支援を行うことが可能となる。手数料・送金速度の面でもフィアット通貨より優れているため、仮想通貨は民間の寄付形態として極めて親和性が高いと言える。

周囲で起こる貧困を解決するべく、ベネズエラの一大学生がWeb上で呼びかけたことから始まったというeatBCHの取り組みは、Twitter上で日々その活動を報告しており、多くの人の助けとなっている。また、2018年5月より同様の活動が南スーダン(@eatBCH_SS)でも開始した。

一方、仮想通貨は個人間で直接海外送金でき、国家の介在が許されないということは、規制が効かずマネーロンダリングなどの問題が生じることとなる。実際には仮想通貨交換所が仮想通貨とフィアット通貨の交換を担う。国家は仮想通貨交換所を制御することで、不正な資金の流れを抑止することができると山本氏は説明した。

仮想通貨を用いた海外への寄付金フローとフィアット通貨との比較。黄色矢印は仮想通貨のフローを示す。Entry PointおよびExit Pointはフィアット通貨と仮想通貨の交換を担う仮想通貨交換所

難民キャンプの食料配給にEthereumのブロックチェーン技術を応用

国連機関WFPでは、難民キャンプの難民にトークンを配布してキャンプ内でトークン経済を構築した。食料を供給してトークンを受け取った業者はそのトークンをWFPの元で現金へと交換することができる。この取り組みについては記事「国連WFPがブロックチェーンと虹彩認証による難民への食料支援の実証実験」で紹介した。

難民キャンプへのトークン経済の適用は、実験的な試みとしてEthereumをベースとしたプライベートブロックチェーンで実現した。発表時にはプライベート型であったことや、少数のノードで運用しており全く分権化していないことなどから、ブロックチェーンでやる意味を問われるなど、批判も集まった。

実際、ブロックチェーンを使って食料供給が可能であるということは、この取り組みを通じて分かった。発表に際して寄せられた多数の意見から、「ブロックチェーンを使う意義」を検討することの重要性について、改めて各機関に知見として収められたことが一番の収穫であったと山本氏はコメントした。

海外仮想通貨交換所Binanceの義援金活動

3つ目は比較的身近な事例だ。2018年7月に発生した西日本豪雨災害「平成30年7月豪雨」について、海外大手仮想通貨交換所「Binance」が仮想通貨による寄付を募り、被災地へ支援を行った。この件については記事「仮想通貨交換所Binance、西日本豪雨被災地への仮想通貨募金5670万円相当の寄付完了を報告」で紹介した。

Binanceの寄付金は、ミスビットコインこと藤本真衣氏や一般社団法人「オープンジャパン」、ビックカメラが仮想通貨で受領し、それぞれが日本円または商品と引き換えて被災地への支援が実施された。

平成30年7月豪雨に対してBinanceが募った寄付金の流れ。青矢印は仮想通貨、赤矢印はフィアット通貨を示す

まとめ

国連の取り組みは民間に比べるとそれほど進んでいないのが現状だという。WFPの難民キャンプでの取り組みも、諸手を挙げて成功とは言えず、さらなる改善が必要となる。今後も民間ベースでの国際協力が世界的に実現していくならば、国連の役割を再定義する必要があるかもしれないと山本氏は語る。援助が必要な地域のリストアップ、情報の整理などを国連が担い、仮想通貨で寄付金を送る。現地での配分などは現地人が行うという方式が取れれば業務の効率化が図れるという。

国連が各国で援助活動を行うには、当該国政府の許可を得る必要がある。しかし、問題のある政府に許可を取り付けるのは難しく、遅れが生じてしまっている現状がある。今回取り上げた事例は、仮想通貨が政府や機関の助けを必要とせず、国際協力を実現する手段として使えることを証明している。国際協力とブロックチェーンを語るなら、効率性や透明性が一つの柱となるが、山本氏は「現在の国家の枠組みを超えて国際協力を可能とすることこそが重要」として講演を締めくくった。

なお、今回はユースケースに着目したため割愛したが、国連はブロックチェーンに関する研究成果なども公表している。2018年9月には、「The Legal Aspect of Blockchain」という文書をUNOPS主導でオランダ政府協力の下作成し、無料で公開中だ。ICOや仮想通貨について、各国法務官やブロックチェーンの専門家が執筆しているので一読の価値ありとのこと。

日下 弘樹