イベントレポート

米国市場に進出するLiquid by Quoine、その狙いを栢森代表が語る

さらなる流動性の提供。新技術の投入でセキュリティの強化も継続

株式会社ジャパンタイムズは5月31日、東京都・国際文化会館にて特別講演会「ジャパンタイムズ先端技術フォーラム」を開催した。同会では仮想通貨交換所「Liquid by Quoine」(リキッドバイコイン、以下リキッド)を運営するリキッドグループ株式会社・共同創業者兼CEOの栢森加里矢氏が登壇した。

栢森氏の講演「ブロックチェーンがもたらす社会変化と世界の潮流」の後、栢森氏に対談の機会を頂いた。本稿では講演の内容と対面インタビューで語られたリキッドのセキュリティ事情や2020年に予定している米国進出の狙いといったものを取り上げる。

日本で最初期にスタートして現存する4つの仮想通貨交換所の1つ

リキッドグループ株式会社・共同創業者兼CEOの栢森加里矢氏

栢森氏はベンチャーキャピタルに勤務していた時分に仮想通貨と出会ったという。その後、転職を経てソフトバンクに所属しインド・インドネシアのビジネスを受け持つようになった氏は、多くの若者が銀行口座を持っていない同地域で仮想通貨の有用性に気づいたと語る。

そこから独立を決め、リキッドの歴史は2014年にスタートした。2019年で創業5年を迎える同社は、約340名の従業員を抱える。出身国は28か国に及び、その半分が技術者だという。ちなみに、2014年にはリキッドのほか、bitFlyer、Coincheck、Zaifの3社が仮想通貨交換所をオープンし、後に金融庁の認可を受け現在も運営を継続している。この4社が運営を継続している仮想通貨交換所の最初のグループだ。

キーワードは流動性。北米進出のワケ

「金融サービスには流動性が重要」と栢森氏は言う。資産が多くて売上があっても、流動性が枯渇すると破綻する。実際、リーマンショックやベアー・スターンズの破綻も流動性の枯渇によって顧客への支払いができなくなったことからきている。こうした事例から、リキッドのサービスで最も重視するものとして「流動性」を強調する。

リキッドが提供するのはプラットフォームと流動性

リキッドは2019年5月に、米国市場への進出を表明した。その主たる狙いは、グループ全体の流動性の拡張と、取りこぼしていた米国ユーザーの獲得だという。

「米国進出にリソースを大々的に割くわけではない」と栢森氏は説明した。同社の仮想通貨交換所には、1日で100人を超える米国籍ユーザーの登録があるという。リキッドでは米国の法令にしたがって、これらのユーザーの登録はすべて拒否しているが、米国には数万人規模の潜在的なリキッドユーザーが眠っていることが明らかだ。米国市場に正式に進出すれば、これらのユーザーを迎え入れることでリキッド全体の流動性をさらに高めることができる。

現状、リキッドの流動性は国内で最大級の大きさだ。流動性の大きさはユーザーにとって継続的に利用できるかという指標の1つとなるため、米国進出によって既存のリキッドユーザーにはより大きな流動性をもたらしながら、米国の市場シェアを獲得するという狙いを示した。

米国市場への進出も容易ではない。米国での仮想通貨交換業は州令によって必要なライセンスが異なり、複数必要となる。例えば米国の金融中心地であるニューヨーク州で仮想通貨交換業を営むなら、同州において仮想通貨交換業やカストディ業の免許であるBit Licenseを取得し、FinCENの承認と資金移動業(Money Transmitter License)の3つの認可を受ける必要がある。なお、これは現物を扱う場合であり、レバレッジ取引などを事業に含めると別のライセンスも必要だ。

リキッドは2019年5月の米国進出の発表時、FinCENに登録済みの同国法人を買収したことを明らかにしている。今後、まずは現物取引の認可を取得し、レバレッジ取引やICOの取り扱いについては追い追い進めていくという。栢森氏は当初の予定通り、2020年第1四半期までにサービスを開始することへの自信を露わにした。

FATF対応に向けたセキュリティの強化

金融庁は2018年6月、リキッドを含む計6社の仮想通貨交換業者に対して、資金決済法に係る業務改善命令を下した。同時期に下された6社に対する業務改善命令は、本稿執筆時点ではいずれも解除されていない。

業務改善に取り組む各社は、原則として月に一度、金融庁に進捗状況を報告することが義務づけられている。当然すべての情報を公にすることはできないが、可能な範囲でセキュリティの改善状況について、栢森氏から話を伺うことができた。

リキッドは創業時から流動性とセキュリティによって持続的で安全な市場を提供することをモットーにしているという。法改正によって仮想通貨交換業者は顧客資産をコールドウォレットで保管することが義務づけられることとなるが、同社は2017年の事業者登録時点から、すべての顧客資産をコールドウォレットで管理している。セキュリティに関しては常にリソースを割き続けており、新しい技術の導入などで改良を続けているとのことだ。

現在注力しているセキュリティ改善は全ユーザー情報の棚卸しだという。JVCEAの自主規制規則にも記されているが、仮想通貨交換所は登録済みユーザーのKYC(Know Your Customer:本人確認)について、情報を定期的に確認することが推奨されている。

リキッドは創業から6年目を迎えており、その間に本人確認の手法にも変化があった。初期に登録されたユーザーなど、現在の基準に照らし合わせると、情報が欠けている可能性がある。また、ユーザー自身のパーソナリティが変わっていることもある。そのため、全ユーザーの登録情報を見直し、必要に応じて再審査を実施しているという。完璧なKYCを行うことは、FATF(マネーロンダリングに関する金融活動作業部会)で策定されるマネーロンダリング対策として必須事項となるからだ。

新たなセキュリティ技術としては、マルチパーティーコンピューテーション(Secure Multi-party Computation)を挙げた。2019年2月に正式採用し、国内版とグローバル版の両方で内部的に運用を開始しているという。詳細を明かすことができないが、これはソフトウェアレベルで擬似的なマルチシグ機能を実現する。

マルチシグとは、トランザクションの署名に複数の秘密鍵を要求する方式。セキュリティを高める効果がある。代表的な例としてBitcoin(BTC)が同機能を実装しているが、Ethereumなどは対応していない。

マルチパーティーコンピューテーションは、平たく言うと入力情報をセキュアに分割する秘密計算技術だ。これを秘密鍵の扱いに応用することでBTCなどが持つマルチシグをさらに強固なものとし、Ethereumなどマルチシグに対応しない仮想通貨にも同様に堅牢性をもたらすことができるという。

今後の展望

国内の規制が具体化する中で、国内の仮想通貨交換所はユーザーに提供できる選択肢が減ってしまっている。リキッドのグローバル版ではICOを含め100以上の仮想通貨を扱っているが、現状日本で同じ水準にすることは不可能だ。同様に、自主規制の方針に従ってレバレッジの最大倍率を4倍としたが、高いレバレッジを求めるユーザーの声も大きい。

勿論リキッドのグローバル版は国内ユーザーの登録を許可していないが、国内で規制されるサービスを求めるユーザーは、海外の仮想通貨交換所に逃げるしかない。これではユーザーに高いリスクを背負わせてしまうことになる。栢森氏は「規制の範囲内で可能な限りの選択肢をユーザーの皆さんに提供していきたい」と語った。

日下 弘樹