イベントレポート

ブロックチェーンのガバナンス問題に対し、我々は何をすべきか

イーサリアムの法家が考える、ブロックチェーンにおける法の正体

ブラッド氏はEthCCにて、イーサリアムの次期合意形成プロトコル「CBC Casper」に関するセッションも行っている。

本稿では、3月3日から5日にかけて、フランスのパリで開催された「Ethereum Community Conference3」(EthCC3)のセッション「Permissionless Decentralization and The Law(パーミッションレスな分散化と法)」に関する内容をお届けする。スピーカーは、イーサリアムのコア開発者Vlad Zamfir(ブラッド・ザムフィアー)氏だ。

ブラッド氏は、イーサリアムの次期コンセンサスプロトコルCBC Casperの研究開発をリードするデベロッパーとして広く知られている。その傍ら、暗号通貨プロトコルのガバナンス問題について鋭い分析及び発信を行っており、Crypto Lawと呼ばれる議論における中心的人物としても有名だ。

氏は本セッションにて、法のコンセプトを整理した上で、ブロックチェーンプロトコルにおける法=Crypto Law(クリプト法)とは何かについて紹介した。そして、ブロックチェーンに参加する個人が、いかにしてプロトコルのガバナンスに関与し、Crypto Lawを発展させていくべきかについて解説している。

法とは何か

ブラッド氏は、法秩序を「争いの構造」、法を「争いないし紛争が生じる構造」だと定義する。氏は法の所在について、「争いが存在するところには、同時に必ず法も存在している」と述べた。

そして、法基盤というコンセプトについても言及し、「ある世界の法基盤は、その世界の人々が持つ法基盤によって構成される。人々の法基盤は、彼ら個人の経験や判断、感覚、世界観、仮定などに依拠している」と氏は説明した。

次に氏は、法のコンセプトを明示するために、ある動画をスクリーン上で再生した。動画では、2種類の異なる蟻の群れが、お互いの収穫活動の衝突を防止するために、群れの境に向かい合って列を作り出している様子が映し出されている。

上:白蟻、下:蟻(出典:Medhi

「この蟻の群れの分割こそ、まさに法秩序そのものだ」と氏は主張する。お互いの蟻が、それぞれが持つ法基盤を元に法秩序を作り出すことで、衝突を回避しているのだという。

法に関する誤解を解く

ブラッド氏は、「法は複雑で、長い歴史を持つ。人類の歴史を遡ると、法の歴史は最も長く、(先程の蟻の例のように)部族同士のテリトリーを認識する能力は、会話及び記述能力よりも先に発達していた」と述べる。

ただ一方で、「しかしその複雑さ及び歴史の長さが故に、法には多くの有害な神話(誤解)が付き物である」と指摘する。以下の10項目がその神話の例と、それに対する氏の反論である。

氏は以下の10項目を、人々が法的問題に関与する動機を奪う障害だと考えている。読者の中には、法に対し以下の項目と同様の誤解を持っている人もいるかもしれない。ぜひ一つずつ確認してみてほしい。

  1. 法は遅く、旧態依然としている
    現実:法は人々の争い(紛争)にリアルタイムで応答する。
  2. 法は費用がかかる
    現実:法は市場の商品ではない。費用がかかるのは法的サービス(例:弁護士)である。
  3. 法は高圧的で強制的
    現実:法は強制や制裁を行うが、本質的に暴力的ではない。むしろ多くの法は、暴力や強制を防ぐために存在している。
  4. 法はコードである。コードは法である(Code is Law)
    現実:法はプログラムコードより遥かに複雑で、機械的な環境だけに存在する訳ではない。一部のシンプルな法律はコードで記述することはできるかもしれないが、全てをコード化することは不可能である。
  5. 政府や州によって施行される法律こそが法である
    現実:法が全て行政によってコントロールされている訳ではない。国や州が制定する法が人々の争い全てに対処している訳ではない。
  6. 法は地理的に分け隔てられている
    現実:人々や企業は、ボーダレスに数多くの複雑な争いを引き起こしている。全ての争いを地理的に分離することはできない。
  7. 法は法の専門家の縄張りである
    現実:法は専門家が誕生するより前から存在する。一般的な法の専門家は法的サービスを提供する一方で、法の形成に影響力を持つ人の割合は少ない。
  8. 世界的な法は存在しない
    現実:国際的に認知された法及び法的規範は存在する。例:ジェノサイド条約
  9. 法は根本的に権力に関連する
    現実:法は確かに権力関係を調停する存在だが、コンプライアンスの遵守や、紛争を起こすための言語や手段ではない。法は人によって作られた人工物ではなく、争いの構造そのものを指す。
  10. 法は階層的(ヒエラルキー的)である
    現実:法はフラットである。法の上に立つ人間は存在せず、全ての人間が平等に法規則に従う義務がある。

パーミッションレスな法の創造

次にブラッド氏は、パーミッションレスかつ特権的な力の恩恵を受けずに、公平に法に関与する方法について言及し始めた。氏によれば、パーミッションレスな法の創造とは、全ての人々が、法の恩恵を受ける権利と法的仲介サービスを受ける一定の能力を持っている状態を指すという。

氏によると、パーミッションレスな法に関与する方法は、主に三つに分けられるという。一つ目は「自ら争議を起こし、変化を生み出すこと」である。これは、自らの不満や問題意識に関して、争議を通して変革を起こすことを意味する。

二つ目は「法基盤を変化させること」だ。これは、教育や啓蒙、時には既存の制度の問題点を実証することによって、人々が現時点で持っている主義や信条、すなわち法基盤に変化を加えることだ。

三つ目は「新しい法基盤を創り出すこと」である。これは、未だ適当な法基盤が存在しない分野ないし問題に対して、自ら争議の土台となる法基盤を創り出す行為を意味する。教育や啓蒙、その他には立法行為もこれに含まれる。ただし、良い意味でも悪い意味でも、コミュニティの新しい参加者はこの新しい法基盤に騙される傾向があると指摘した。

Crypto Law入門

次にブラッド氏は、本題となるCrypto Law(クリプト法)に話を移した。氏は、「Crypto Lawとは、暗号通貨やブロックチェーンに関する争い(紛争)を統治するための法及びその規律である。各パブリックブロックチェーンは、それぞれ付随的な法秩序を持っており、それによって、プロトコルに関する争いを統治している」と述べる。

争いの具体例としては、ビットコインのブロックサイズに関する議論や、イーサリアムのThe DAOハッキング事件の際に巻き起こったハードフォーク論争などがあげられるという。

氏は、「Crypto Lawのケーススタディとして、一般的な暗号通貨規制によって対処される争いごとを思い浮かべる人もいるかもしれない。しかし、私はパブリックプロトコル上で実際に生じている争いにのみフォーカスしている」と述べ、氏のいうCrypto Lawが、既存の法とは異なる新しい法的枠組みであることを示した。

「暗号通貨プロトコルはデジタル空間にあるため、世界中の異なる法基盤を持った人々が参加する。したがって、グローバルな暗号通貨プロトコルは、グローバルな法秩序すら形作る可能性がある」と氏は述べる。

その上で、氏は現在のCrypto Lawの問題点について言及した。「現在のCrypto Lawは、コミュニティ内の少数の重要人物と彼らが信じる神話によって、機能不全に陥っている側面がある」と指摘する。

「影響力を持つ人々や規制の専門家は、誤った法的神話を信じており、また争いに対して国法をベースに思考し、適応しようとする。一般的な参加者は彼らを信じるだけで、無自覚のまま必要なアクションを起こせないでいる」というのだ。

氏は、「現状のCrypto Lawの状態は、今後グローバル社会にとって深刻なリスクになり得る。人々は争いに対して既存の法律を適応しようとするばかりで、Crypto Lawの必要性を認識し、活用することができていない」と指摘した。

我々には何ができるのか

以上の前提を踏まえた上で、ブラッド氏はCrypto Lawの形成に関して我々に何ができるのか、という結論について話を始めた。その内容は、先ほど述べた「パーミッションレスな法へ参加する方法」と本質は変わらないという。

つまり、我々はブロックチェーンのガバナンス問題に対して、Crypto Lawにおける「自ら争議を起こし、変化を生み出すこと」「法基盤を変化させること」「法基盤を創り出すこと」の三つの方法を実行すべきであるということだ。

氏は、ブロックチェーンの「改変不可能性(Immutability)」を争議の例題として引き合いに出した。氏によれば、改変不可能性というコンセプトは、今やイーサリアムコミュニティでは主流となる規範及び教義であるという。

例えば、ブロックチェーンの改変不可能性に関して争いを行う場合、氏は今起きているガバナンス論争に人々を直接的に参加させるようにしている。また人々に独自のプロトコルを自作させ、改変不可能性の是非について白紙の状態から考えさせることも一つの案だという。氏は以上のようなアプローチが、人々の法基盤を変化させる方法だと例示した。

我々は普段から、特に疑いもせずブロックチェーンの改変不可能性を受け入れている。仮に自作のプロトコルを開発するにしても、それが一般的だという理由から、違和感なく改変不可能性を採用するかもしれない。しかし、そのような受動的かつ無思考な姿勢は改めるべきだと氏は指摘する。

氏は、Crypto Lawにはグローバルリスクをもたらす危険性があると懸念する一方で、同時に世界的かつ法的にとてつもない好機でもあるとも考えている。「現在の世界には、デジタル空間上の国際的な法が必要なのである」と主張した。

最後に、「もしあなたがCrypto Lawの形成に貢献したいのであれば、躊躇せず積極的に関与するべきだ。何もしないで傍観していると、大きな後悔を味わうことになるだろう」と述べ、本スピーチを終えた。

筆者の考察

Crypto Lawは法といえど、明文化されたテキストは存在せず、歴史の浅さ故に慣例も少ない。そのため既存の法律と比較すると未成熟で、むしろその性質は主義や規範の域を超えていないようにもみえる。正確にその正体を認識することは難しく、関与する方法が確立されている訳ではない。

しかしだからこそ、ブラッド氏は我々に対しガバナンス論争への参加や、争議の提案などを促しているのだと見受けられる。氏は本スピーチのような啓蒙活動によって、現在のCrypto Lawが抱える問題が少しでも改善し、より良く発展していくことを期待しているのだろう。

渡邉草太(株式会社techtecリサーチャー)

ドイツ・ベルリン在住。放送大学情報コース在籍。2018年頃からブロックチェーン業界にてライターおよびリサーチャーとして活動。2020年より株式会社techtecにジョイン。主な研究・執筆対象はパブリックブロックチェーンの分散型金融システム(DeFi)やフィンテック、分散型アイデンティティなど。Twitter:@souta_watatata