イベントレポート

新型コロナウイルス感染拡大によるブロックチェーン業界への影響

教育分野の話題中心にtechtec社CEOの田上氏が語る。JBA初オンライン定例会

講師のtechtec代表取締役CEOの田上智裕氏

日本ブロックチェーン協会(JBA)は、毎月第2、第4火曜日にブロックチェーンに関する勉強会を定例会として開催している。3月24日の定例会は、新型コロナウイルスの感染拡大に備え、急きょZoomのウェブビデオ会議を使用した初の試みとなるオンライン配信による定例会を行った。

今回の定例会は、仮想通貨・ブロックチェーンのオンライン学習サービス「PoL(ポル)」を運営するtechtecの代表取締役CEOの田上智裕氏を講師に迎え、「教育分野におけるブロックチェーン活用と新型コロナウイルスに伴う業界への影響」をテーマに講演を行った。

講演では、同社サービスの「PoL」の紹介から、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う同社の対応状況について伺う。また、田上氏が携わる教育分野におけるブロックチェーン活用の話題を中心にブロックチェーン業界全般の状況について語られた。

techtecは、オンライン学習サービス「PoL」の運営が代表的ビジネスだ。オープンソースブラウザ「Brave」を開発するBrave Softwareとの連携やKyber Netoworkと学習カリキュラムを共同制作するといった、海外事業者とも提携、海外展開を行うなど様々な事業を展開している。現在、グローバルパートナーが増えつつある状況だという。

同社は、経済産業省と、学位・履修履歴、研究データの分野におけるブロックチェーン活用に関する調査事業にも取り組んでいる。また、農林水産省とは、一次産業とブロックチェーンをテーマに勉強会を実施する。内閣官房IT戦略室では、関係府省連絡会議の有識者として参画するなど、行政との連携にも積極的に取り組んでいるという。

また、田上氏は個人的にも海外で開催されるブロックチェーンカンファレンス等で多数のセミナーに参加し情報交換をする傍ら、自らも登壇するなど幅広い活動を行っており、ブロックチェーンにおける海外事情にも精通している。

オンライン学習サービス「PoL」について

PoLは、ブロックチェーンに特化した学習サービス。仮想通貨とその税金、ブロックチェーン技術やその活用事例についてのカリキュラムが用意され、それぞれ無料で学ぶことができる。また、有料のカリキュラムとしてブロックチェーン特化の英語学習コースや、ライター育成コース、ビジネスコースも提供している。現時点でのカリキュラム数は、114レッスンと豊富だ。

オンライン学習サービス「PoL」に関するデータ

またPoLは、企業向けにエンタープライズ版を準備し、事前受付を開始している。内容は、新規事業の立案から開発、運営までノンストップでサポートする。エンタープライズ版を導入した会社の社内学習環境についても整備するほか、Q&A対応、有料カリキュラムの英語コース、ライター育成コースの受講も可能、さらにはオフライン勉強会の開催も行うサービスになるそうだ。

今回、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う対応として同社は、政府が発表した小中学高校への臨時休校要請を受け、PoLの学習カリキュラムの無償提供を開始した。小中高生のいるすべての家庭を対象に、3月31日まで仮想通貨コース、ブロックチェーンコース、ブロックチェーン応用コースのすべてとライターコースの一部を無償で提供した。

また、小中高校生の学習機会の獲得、保護者の方の負担軽減、若年層へのブロックチェーンおよびIT・金融の認知拡大を目的としたオンライン勉強会も行ったという。親子で参加を条件に開催した勉強会には、小学1年生から6年生まで約40名が参加したそうだ。勉強会のQ&Aでは、「仮想通貨は通貨なのに通貨として機能していないんですか?」「パソコンが壊れたら仮想通貨は無くなっちゃいますか?」といった大人さながらの質問が飛び交ったという。

暗号資産への影響

田上氏は続いて、新型コロナウイルスの感染拡大による暗号資産への影響について語った。まず、Bitcoinは米国における株式市場の大暴落に引きずられるように価格が崩壊した。Bitcoin相場の反応は、理解しやすかったという。

続いてEthereumだが、Ethereumは逆の“より馬鹿理論”により売り圧力が増加し、トランザクション詰まりが発生したことを報告する。ちなみに“より馬鹿理論”とは、株や暗号資産など金融商品を高く買ってしまっても、それ以上の価格で買ってくれる「より馬鹿な投資家」に売りつけることが期待できる相場なら、それを良しとする理論だ。今回は、売る方向に「より馬鹿理論」が働いたという。

さらにステーブルコインへの影響について語った。Ethereumの分散型金融プロジェクトMakerDAOのステーブルコインDAI(1DAI=1USDを保つ)はEthereumほか複数のトークンを担保にその価格を維持するが、Ethereumのトランザクション詰まりによる影響からKeeperが正常に稼働せず、DAIへEthereumのリアルタイム価格を反映できなかったという。通常は、MakerDAOではEthereumの価格変動が生じた際Keeperと呼ばれるBOTがステーブルコインDAIの価値が1ドルと等しくなるように、裁定取引により担保の精算を行うのだが、下落幅が想定を超え、スマートコントラクトが一時的に動作せず、結果それにより400万ドルの損失が発生したという。

田上氏は、新型コロナウイルス対応とは無関係だが、併せて先日DeFiレンディングサービス「bZx」で起きた、スマートコントラクトのシステム上の穴をつき、一個人が価格操作を行ったアービトラージ(裁定取引)事件に触れた。詳細は割愛するが、中央集権的な責任者のいないDeFiにおけるスマートコントラクトでは、今後こういったことが起こる可能性があり、その隙間を誰が埋めるのか(責任を負うのか)、現在、業界にて議論が続いていることを、大きな課題として報告した。

また田上氏は、Bitcoinのエピソードとして、iTrustCapitalという調査会社が米国にて調査を行った、新型コロナウイルスの感染拡大によって崩壊した金融市場において、5種類の金融資産のうちどれを信頼することができるかというアンケートの結果を紹介した。

金融資産の信頼度に関する調査結果(iTrustCapital調べ)

結果、金(ゴールド)を信頼すると回答した人が32.14%、キャッシュが28.33%、米国債が18.81%、株式が13.57%、Bitcoinは最下位の7.1%となったという。これは、新型コロナウイルスの感染拡大により世界の金融市場が暴落したあとの話だが、2020年2月の時点では、Bitcoinは金に続いて2番目に信頼度の高い資産だったことが興味深い。

教育分野におけるブロックチェーン活用

教育分野におけるブロックチェーンの活用について語る前に田上氏は、なぜ教育にブロックチェーンが必要なのかを冒頭で述べた。

まず1つ目だが、これは経産省と調査を進めている課題でもあるが、学位、研究データの不正が国際的な問題になっていることを挙げた。留学生が来日した際に、在籍していない大学の学位を偽造し提出するといった問題や、国内においても論文が世に出る前に出版社にデータや著者名などを改ざんされ発行されてしまうようなケースが少なからずあるという。これらに関しては、ブロックチェーンでデータを管理していくことで解決できるとした。

2つ目の理由として、教育部門の人事部の確認コストが肥大化していることを挙げた。ブロックチェーンによって、学位の詐称を前提としない仕組みの上では、不必要な確認コストを削減することが期待できるという。従来は、学位の確認のために海外の大学に電話等で確認することもあったそうだ。

また、次の例は課題ではないが、techtecが考えていることとして、学歴社会の弊害を挙げた。学歴だけで評価される社会ではなく、どう学んできたか、何をスキルとして得たかなど、学習成果が正しく評価できる学習歴社会の実現こそが望ましい評価につながると田上氏はいう。それらは、ブロックチェーンによって学習の過程、得たスキルを記録することでもたらされると田上氏は強調した。

田上氏は、教育分野におけるブロックチェーンの活用方法について、具体的なユースケースを資料にて示した。

教育分野におけるブロックチェーン活用の海外のユースケース

また、ブロックチェーンに記録していくプロセスについても共有する。併せてどのようにブロックチェーンが使われているかを紹介した。

学習履歴の記録プロセス
ブロックチェーンの利用方法

海外ブロックチェーン投資実態について

ブロックチェーンに関する技術や企業に対する海外における投資状況についてもまとめている。これらは、すべて資料として田上氏自身が公開しているので、詳細についてはぜひ一読いただきたい。

ちなみに投資状況として、米国、シンガポール、中国における主要ブロックチェーンファンドを紹介している。また投資手法として、ICO、IEO、STOについて概要、特徴、課題についてもまとめている。

充実した資料の量からも海外でのブロックチェーンへの感心と投資の盛り上がり度が見てとれるが、一方でなぜ国内におけるブロックチェーンへの投資がイマイチなのかについても田上氏は課題として報告している。

まず、そもそも投資家の知識が浅いため、ブロックチェーンが投資対象として検討されていないというのだ(海外の量に比べて)。国内においては投資対象の母数やEXIT事例(成功事例)が少ないため、シード期の投資手法が当てはまらないことも原因のようだ。成功事例が少ない中で、ビジネスとしての損益計算書が作成しづらいため、時価総額が上がらない。結果、投資しづらい環境になっているという。しかし、これらは世界的にも同じ状況であり、同じ条件であるという。それにもかかわらず、特に中国は政府系マネーが積極的に介入し、投資しているという例も田上氏は同時に挙げた。

さらに国内においては、法律上、暗号資産への投資規制が不明確であるため、国内にファンドを構えられないという事情もあるという。国内にファンドが存在しないため、海外マネーの窓口がなく、結果、外資を誘致できていない状態にある。国内の法律はゼロか1のため、ベンチャーが育たない環境にあると田上氏は締めくくった。

最後に

田上氏は最後に、内閣官房IT戦略室における関係府省連絡会議に有識者として参加する立場から、会議における有識者の意見・案にも触れ、報告いただいたので参考までに掲載をする。

まず、既存システムへのブロックチェーン導入におけるコスト懸念について。これらは、日本のレガシーシステムをドラスティックに置き換えるのは現実的ではないと述べている。一方で、企業の意思決定者が具体をしっかりと理解し、長期的な視点で検討を進める必要があるとした。

また、行政システムへブロックチェーンを導入した際の運用における懸念として、ヒューマンエラーなどにより誤った情報をブロックチェーンに記録した場合はどうするかという課題が挙がっているが、これらは、記録した情報を編集できる必要性があるという結論に至ったという。

なぜブロックチェーンを導入しないといけないのかという意見に対しては、そもそも導入しないといけないという話ではないと明確に答えている。しかし、導入しなかった場合のオペレーションコストの肥大化は解決すべきと、ハッキリとした課題があることを意見として述べたそうだ。田上氏の講演により、ブロックチェーンの活用事例は少しずつだが確実に広がっている印象を持つことができた。

高橋ピョン太