インタビュー

エイベックス、事前チャージ決済とトークンエコノミーの融合でエンタメ経済圏を目指す

仮想通貨ではない「エンタメコイン」有田社長インタビュー

エンタメコイン株式会社・代表取締役社長の有田雄三氏

 エイベックス株式会社は2018年6月より、エンタメコイン株式会社(以下、ECI)を設立し、「フィンテック/ブロックチェーン」領域への参入を発表していた。ECIは、エンターテインメント業界における最大手ともいえるエイベックス社の新事業ということで注目を集めながらも、2018年内は大きな動きを見せないまま、水面下での開発が進められてきた。そんな同社の新サービスについて、いよいよその全容を見せられる時期が近づいてきたということで、今回はECI・代表取締役社長の有田雄三氏に、同社が展開予定のサービスの概要や狙いを伺った。

【エンタメコイン プロモーション映像】

 ECIの展開予定のサービスはエンタメ業界による、トークンエコノミーであるという。提供予定のサービスは2つに分けられる。Suicaのような前払い式決済システム「エンタメコイン」と、ブロックチェーンを活用した「エールポケット」という応援見える化サービスを展開する。これらは互いに連携し、エイベックス社やECIが管理者となる中央集権的なものではなく、コンソーシアム型の分散管理ネットワークを構築するという。

前払い式決済システム「エンタメコイン」

 エンタメコインは仮想通貨ではない。ステーブルコインやセキュリティトークンでもなく、Suica等に代表される従来的な前払式の電子決済システムに分類される。ライブ会場等での決済を円滑に行う仕組みとして開発されたという。現在、エイベックス社が手がけるイベントはもちろん、エンタメ業界全体としてイベント会場での物販は現金主義であると有田氏は語る。そのため、長蛇の列が形成されるなど、参加者の負担となっており、その解消こそが目的であるという。

 エンタメコインのメインターゲットは、ライブイベント等へ熱心に足を運ぶ若年層だ。エンタメコインの前払い式決済システムは、「銀行入金」「クレジットカード入金」「コンビニATM入金」など、5つの入金方法が用意される。銀行口座やクレジットカードが必須ではないため、メインとなる若年層にとって、最も扱いやすい形式であるという。また、対面決済にはQRコードを利用する。

応援見える化サービス「エールポケット」

エンタメコインとエールポケットの関係(スライドデータはエンタメコイン株式会社の許諾を得て掲載、以下同)

 エールポケットは、ブロックチェーンを活用してエンタメファンの行動を見える化するサービス。「アーティストのミュージックビデオを視聴する」、「イベント情報をSNSでシェアする」といった応援行動を「熱量レベル」として数値化し、ユーザーのファンとしての価値を誰からも見える状態にするという。

 前述のエンタメコインでの支払い時に、「熱量レベル」の値に比例した量の「エール」というポイントが付与される。「エール」を貯めることで、特別なグッズやイベントへの招待といった「そこでしか手に入らない価値」を得られるという。

 また、エールポケットによって見える化されたユーザーによる行動は、アーティスト側に還されるという。そのデータを基にアーティストはこれまで以上にファンに寄り添う活動計画を立てることが可能となる。エンタメ業界全体として、よりファンのニーズに応えられるサービスを提供できるような環境を目指しているとのことだ。

エンタメコイン株式会社・代表取締役社長の有田氏へのインタビュー

にこやかにインタビューに答えるエンタメコイン株式会社・代表取締役社長の有田雄三氏

 今回、エンタメコインおよびエールポケットの開発を進めている、エンタメコイン株式会社・代表取締役社長の有田氏にお話を伺った。

──エンタメコインを立ち上げた理由、もたらすメリットは何ですか?

 エンタメコインでやりたいことは、エンタメ業界発のエコシステムを構築することです。現場的なメリットと、業界全体に対するマクロなメリットの2つを持っています。まず現場視点では、私は音楽プロデューサーとして、長年エンタメ業界に携わってきました。業界全体の課題として、ライブ会場の物販などで長蛇の列が形成され、主催者・参加者ともに負担となっている状況があります。これを解決するために、現在は完全な現金主義である現場のキャッシュレス化を目指しました。

 ライブイベントの参加者層は、クレジットカードや銀行口座を持っていない若い人たちがメインです。キャッシュレス化にあたって、それらの支払い手段に頼らない方法を提供しなければなりませんでした。これらは本人証明などの手続きが必須となり、ユーザー層とマッチしません。ユーザーの利便性を考慮すると必然的に、選択肢は前払式の決済方法に絞られました。様々な入金方法を提供することで、どんな人でも手軽に利用できるようにしています。

 現金決済が主のエンタメ業界の問題は他にもあって、ライブ会場でのグッズ販売において、男女比や年齢層といった、どのような人が購入したかのデータが何もないため、サービス改善を十分に実施できていないという状況にあります。

エンタメコインが作り出すエンタメ業界のためのエコシステム

 私たちが提供するエンタメコインでは、参画するコンテンツホルダーがファンの行動をより詳細に把握することができます。自身が企画したプロジェクトの影響を正確に把握することで、エンタメ業界全体として、サービスの改善・向上を以前よりも効率的に行うことができるのです。

 また、私たちの決済システムは参画コンテンツ企業がこれまで以上に割安な手数料で利用できるようにしたいと考えています。政策によって、2025年にはキャッシュレス決済比率40%にまで引き上げられ、そのコストは我々に重くのしかかってきます。それらは本来、エンタメ業界から金融業界へ流れてしまう資金です。ここで、業界内に決済のプラットフォームを持つことで、資金の外部流出を食い止め、業界内でサービスへと還元することが可能です。

──ブロックチェーンをどのように活用していますか?

 決済システムである「エンタメコイン」にはブロックチェーンは使用しておらず、詳細はまだお伝えできませんが従来の電子決済システムと大きくは違わないものです。「エールポケット」というエンタメコインと連動するポイントサービスにブロックチェーンを活用しています。これらは連動し、一種のトークンエコノミーを形成します。

──実装はどうなっていますか?

 使用している技術の詳細はまだ明かせませんが、サービス内では現金への交換、ユーザー間の譲渡が不可能なトークンとして「エール」という応援対象への愛情値ポイントを発行し、スマートコントラクトを用いることで中央管理システムに完全依存しない独自のポイントサービスを実現しています。ユーザーは収集した「エール」によって、特別なインセンティブを得られます。エールを効率よく手に入れるために、ユーザーはアーティストの動画を見たり、情報をSNS等で拡散したりといった応援行動を行います。ブロックチェーン界隈の人からすると、この応援行動をPoWでのマイニングと捉えると理解がしやすいかもしれません。応援行動によって報酬としてエール(を入手するための熱量レベル)が手に入るという仕組みです。

エールポケットの仕組み

 ブロックチェーンを活用しているため、ユーザーがいつどのようにしてエールを手に入れたかといったすべてのデータがネットワーク上に記録されます。各アーティストの基にトークンコミュニティ的なものが形成されるわけですが、ユーザー視点ではコミュニティ内での自身の応援度合いの位置づけを見ることができます。それは応援を続けるモチベーションともなるでしょう。また、アーティスト自身もファンの動向をうかがうことができるため、双方向的な情報のやり取りが可能となる点も新しい要素です。

──エンタメコインならではの強みはなんですか?

 まずは使いやすさです。メインターゲットを若い人たちに絞っているので、UI/UXも年齢層の近い美大生たちの意見を取り入れながらデザインしています。まだ完成版というわけではないので実際の画面をお見せすることはできないのですが、ゲーム感覚で利用できるような分かりやすさは意識しており、非常にこだわっているポイントです。

 また、ファンの応援に対する還元として、エンタメコインでしか手に入らない特別なグッズやイベントへの招待といったものを提供する予定です。昨今、人気アーティストのグッズが転売され、我々コンテンツホルダーと関係ないところが利益を得ているという問題が取り沙汰されます。エンタメコインでは誰がどのグッズを交換したか、必要があれば追跡することもできますから、そういった悪質な転売行為に対しても抑止力が働きます。

──エンタメ業界全体を巻き込む非常に規模が大きいプロジェクトと感じますが、開発体制はどのようになっていますか?

 エールポケットのシステムだけで16社100人を超えるエンジニアが関わっています。各分野に強みを持つ専門企業が集っているので、いくつかの企業が共同してプロジェクトを担当するというより、それぞれが異なる領域を分担する形で開発を進めています。

──1プロジェクトに16社関わるというとかなりの規模ですが、開発で苦労した点はありますか?

 APIマネージメントで細分化・結合して1つのシステムを作り上げるという取り組みはエイベックスが主導する開発手法としては初めてです。16社も関わって作り上げるプロジェクトとなると業界全体を見渡してみても前例のないことだと思います。そういった意味では非常に大変な取り組みでしたが、私たちはブロックチェーンに対して早期から注目し、メインプレーヤーとの関係作りに取り組んできたという強みがあります。そのため、R&Dの段階から、ブロックチェーンに「強い」人たちの協力を受けることができているので、開発を進められたのは彼らの存在が大きいところです。

──現在の開発段階を教えてください。

 お伝えできる範囲でお答えしますと、エールポケットの各ユーザーのデータを収集し、統合するAPI設計・実装の部分はほとんど完成しています。近いうちに内部的なテストを実施して、それがうまくいけばフィールドテストのような形でお見せできると思います。合わせて、2月以降はWebサイトのリニューアルや、エンタメコインの概念やサービスを紹介するプロモーション映像も何本か公開していく予定です。近いうちに私たちの取り組みが形になっていくと思いますので、ご期待ください。

──ありがとうございました。

日下 弘樹