インタビュー

NEMブロックチェーン活用健康促進アプリ「FiFiC」開発者の中川祥平氏に聞くアプリ誕生秘話

地域限定通貨やイベント専用コインを発行し地方創生プラットフォームとしても対応可能

株式会社Opening Line・エンジニアの中川祥平氏

 株式会社Opening Lineが提供するサービス「FiFiC」は、地図と歩数計を連動させたNEMブロックチェーン活用のスマートフォン向けアプリ。歩くことでコインを獲得し、集めたコインをお店のサービスと交換ができる健康促進アプリだ。2月10日に沖縄県宮古島にて開催された「宮古島冬まつり」イベントにて発行された地域限定通貨「マリンコイン」のプラットフォームとして「FiFiC」が導入されたニュースも記憶に新しいところだ。

 これまで弊誌でも「FiFiC」に関するニュースを何度か紹介しているが、今回は、「FiFiC」を実際に開発したOpening Line社エンジニアの中川祥平氏に、「FiFiC」の誕生秘話や「宮古島冬まつり」の結果について直接伺うことができたので、インタビュー記事としてお届けする。

「FiFiC」誕生秘話

 中川氏は、大阪で開発作業をするエンジニア。大学を卒業後、京セラドキュメントソリューションズ株式会社にてサラリーマンを5年ほど続けていたという。当時は、いわゆる組み込み屋さんと呼ばれるIT機器等に組み込むソフトウェアを開発するエンジニアだったとのこと。そろそろ違うものを作りたいと思うようになり、京セラを退社しベンチャー企業に転職する。そこでスマートフォンのアプリを作ることになり、また同時に、ブロックチェーンに出会ったという。

 仕事でスマートフォンのアプリを作る傍ら、「FiFiC」の前身になる「Crypto Walking」というプロダクトを作っていたという中川氏。それを作っているうちに「ブロックチェーンって面白いな」となり、ベンチャーを辞めて、自分の好きなものを作ろうと決心し、フリーランスになったという。現在、基本はフリーランスでAndroidやiOSアプリの受託開発の仕事をする一方で、「Crypto Walking」を「FiFiC」へと進化させ、Opening Line社にてサービスを提供する。

 どうして「FiFiC」のようなウォーキングという健康面をサポートするアプリを作ろうと思ったのか、元々健康に興味があったのかを尋ねると、中川氏自身はまったく興味はなかったそうだ。作ろうと思ったきっかけは、中川氏のお母さんが原因だったという。

 中川氏が転職を決めてベンチャー企業に入社した頃、ちょうど仮想通貨がブームになりBitcoin(BTC)の相場が一時期1BTC200万円になった時期に重なったという。2017年の年末の話だ。そこから仮想通貨、ブロックチェーンに興味を持つようになったそうだ。また、そのタイミングで1年ぶりに実家に帰ると、母がものすごく太っていたと話す中川氏。「健康のために少しは歩いたら?」と母親を説得するも、いろいろと理由を付けては歩くことを拒んだという。

 そこで中川氏は、どうやったら自分の母親が積極的に歩くようになるだろうと考え始め、ちょうどその時期にホットな話題が仮想通貨だったので、ならば歩いたら仮想通貨がもらえるインセンティブ(動機付け)を設けたら、人は歩くのではないだろうか? と考えるようになったという。

歩数計と連動する「FiFiC」は、1日の目標歩数を達成することでコインが獲得できるほか、地図上に点在するスポットを訪問することでコインを獲得することができる。スポットは現在、札幌、函館、東京、名古屋、京都、大阪、福岡、沖縄県宮古島ほかにて対応

なぜNEMブロックチェーンを採用したのか

 開発のきっかけが面白い「FiFiC」だが、「FiFiC」がNEMのブロックチェーンを採用するきっかけはなんだったのだろうか? そのあたりについても尋ねてみた。

 中川氏は、最初、仮想通貨についてはBitcoinがニュースに取りあげられていたので、当然、Bitcoinについていろいろと調査をしたという。ブロックチェーンの基礎をBitcoinで学んだあとに、どんな仮想通貨を使おうか考えたという。しかし、当時、Bitcoinは1BTCが200万円だったことから、率直にこれは買えるわけがないと思ったという。それで、もっとお手軽な通貨がないかなと調べたが、Ethereum(ETH)も高かった。たしか10万円近かったと思うとのこと。これなら買えるなと思ったのが、Ripple(XRP)とNEM(XEM)で、RippleとNEMともに70円ぐらいだった時期だという。

 そここでRippleを調べてみると、Rippleは他の仮想通貨のブロックチェーンとは違っていて、これはあまりブロックチェーンとしては使えないなと思い、消去法でNEMのブロックチェーンにたどりついたという。

 NEM採用のきっかけについては笑いながらお話しいただいたのが印象的だった。そこからNEMについて学び始めたところ、NEMはプロトコルレベルでいろいろな機能を提供していることがわかり、簡単にブロックチェーンを使ったアプリが開発できることに気がついたそうだ。ちょうどその頃、中川氏はスマートフォンアプリを作っていたので、いかにブロックチェーンの開発コストを下げて、みんなに使ってもらえるアプリを提供できるかということも意識していたことから、NEMは自分に合っていると思ったと中川氏はいう。

 当然、Ethereumも開発の対象として比較したが、価格が高いほかにも、Ethereumのスマートコントラクトを作るとなると一気に開発コストが上がってしまうので、そこを極力ゼロにしたくてNEMを選んだとのこと。

 この時点で中川氏は、まだブロックチェーンの概要のみ勉強した状況で、プログラミングについては学ぶ前だったという。BitcoinについてはP2P(ピア・ツー・ピア)でどうやってデータベースを管理しているのかというノードの仕組みや、PoW(Proof of Work)、ハッシュによるブロックのつなぎ方のルールなど、本当に概念だけを学んだそうだ。ブロックチェーンに関するプログラミングを始めたのは、その後からだったという。

 2017年の12月にブロックチェーンに出会い、2018年の1月の末にはプログラミングを始めていたというから、脅威の行動力としかいいようがない。

健康医療分野の需要にも気がついた

 最初は母親の健康を気づかい作り始めた「FiFiC」も、世間を見渡し、健康医療分野を調べてみると、かなり需要は高いということがわかったという。特に大企業が健康経営といって、労働組合等とコラボし、健康に関する取り組みについて医療費の削減を目的に、福利厚生として積極的に行っていることなどがわかり、今は、そちらに対して貢献ができたらいいなということを目指し、開発をしているという。

「FiFiC」を起動し歩くことで、スポットと現在地を地図上でリアルタイムで確認できる
実際に移動して、スポットの円内に入ることでコインを獲得することができる

 「FiFiC」で貯めたコインを使うサービスやイベントについては、どのように集めているのか、またサービスについての今後を伺うと、これまでにもいくつか店舗に導入いただいているが、中川氏単独で交渉するには限界があることから、現状は単発イベント、フェス、ミートアップ・勉強会など、イベントを主体に導入していきたいと考えているという。2月に沖縄県宮古島で開催されたイベント「宮古島冬まつり」に導入された事例のような使い方をしてもらいたいと、今後の抱負を語る中川氏。

貯めたコインは、イベントやサービスと交換可能

 ちなみに、「宮古島冬まつり」の事例は弊誌の過去記事で紹介しているので参考にしてほしい。イベントでは「FiFiC」を応用し、イベント専用コイン「マリンコイン」を発行、期間中、開催地のみマリンコインが利用できる、「FiFiC」をプラットフォームとして使用した応用事例だ。「FiFiC」は、後からイベント専用コインを発行することも可能だという。また、NEMのブロックチェーンを使っていることから、NEMのモザイクで発行したコイン(トークン)であれば、どのオリジナルコインでも使える仕様だという。

 現状、中川氏のリソースの問題もあり、使える店舗をすぐに増やすのは難しいことから、まずはより多くのイベント等で導入してもらい、要望があれば専用コインを発行し対応することも可能なので、ぜひとも使っていただきたいとのこと。ちなみにコインの発行・管理はイベント側にて運営が可能。イベンターや地方自治体が地域通貨を発行し、「FiFiC」をプラットフォームとして利用するイメージだという。

 「FiFiC」について補足をすると、地図上に置かれたスポットを巡ることでコインが獲得できる、中川氏の説明にあったように人々を歩かせることを目的に作られた健康促進アプリだ。運営が好きな場所にスポットを設置し、そこに報酬のコインをセットするわけだが、これが健康促進だけではなく、宮古島のイベントのように観光ベースで利用をする場合は、行ってほしい場所にスポットを置くことでユーザーの動線をコントロールすることもできるのだ。また、スポットには店舗情報を掲載したり、写真やURLリンクを貼ることもできるので、広告としても利用可能な仕様になっている。

宮古島での応用事例

仮想通貨、ブロックチェーンであることの難しさ

 健康促進と地方創生の一翼を担う「FiFiC」だが、一方でブロックチェーン技術を活用することによって、世間の人に仮想通貨を認識してもらわなければならないという敷居の高さを抱えているのも事実だ。アプリを使うユーザーにとっても、また運営側にとっても、現状のブロックチェーン技術では、どうしても仮想通貨ならではのルールに則って行動しなければならないことも多々ある。そのあたりの苦労についても中川氏に率直に伺った。

 たとえば獲得したコインがウォレットに反映されないという問い合わせが、ユーザーから時々あるという。これは、NEMのトランザクションが承認されるまで数分かかるといったブロックチェーン特有の待ち時間が原因だ。通常、NEMは1分から2分程度、最大で5分弱の承認待ち時間が発生する。取引がブロックチェーンに書き込まれるまでの時間だ。NEMの承認時間は他の仮想通貨のブロックチェーンよりも比較的早いとされるが、仮想通貨について詳しくない人にとっては、この待ち時間は遅いと感じるだろう。

 またオリジナルコインを送る場合、ブロックチェーンの都合上、手数料がかかるというのも課題だという。「FiFiCコイン」を貯めているだけの間はいいが、それを店舗やイベントで使用する際に、手数料としてNEMが必要になる。これは取引がブロックチェーンに書き込まれる際に必ずかかってしまうという。手数料は、0.05XEM(XEMはNEMの通貨単位)と1円にも満たない、わずか20銭前後という価格だが、中川氏は本音で言えばユーザーに仮想通貨を意識させたくないという。現状のNEMの仕様では、意識させざるを得ないと語った。現在、運用としては、たまに期間を設けてNEMを無料で配布するなどして対応をしているという。また、まだ実装には至っていないが、5日連続で毎日の歩数目標を達成したら手数料分のNEMがもらえるなど、そういった方法でとりあえずは解決していきたいという。NEMが安いとはいえ、手に入れるのは一般の人にとっては手間であると中川氏は分析している。

実際にイベント5日前から手数料用のNEMを配布

 ちなみに、手数料のために「FiFiC」はNEMのウォレット機能も搭載している。しかし、このウォレット機能はあくまでも手数料に使用するためのものなので、「FiFiC」には必要最低限のNEMだけを入れるようにしてほしいとのこと。万が一のためにも、「FiFiC」でNEMを保管し資産管理をするような使い方は避けてほしいという。

NEMのウォレット機能で、NEMの入出金も可能

 しかし、「FiFiC」にとって課題を解決するための追い風もあるという。NEMは、まもなく「Catapult」という次世代のバージョンへと進化する予定だが、その中の機能の1つにアグリゲート・トランザクション(複合トランザクション)という機能があるが、その機能を使えばユーザーが「FiFiCコイン」をサービスと交換する際に、手数料分のNEMを運営が負担するということを1回のトランザクションできるようになるというのだ。そうすることにより、ユーザーはまったく仮想通貨や手数料を意識することなくコインを利用できるようになるという。中川氏は、「Catapult」がリリースされたらまずそれを実装し、ユーザーにNEMを持たせたくないと力強く語ってくれた。

 中川氏は、「FiFiC」のベースを、開発を始めて2か月程度で完成させている。iOSアプリとバックで動くサーバー側の開発を、中川氏1人で行ったという。そこからOpening Line社のプロダクトを進めていくにあたり、Opening Line社のメンバーと打ち合わせを行っていく中で、現在の形になったという。話し合いでは、どちらかというとよりシンプルにするために、すでにあった機能をそぎおとす作業を行ったという。その結果、半年程度協議をしなから開発を続けたそうだ。半年間の作業の中には、開発の他に「FiFiC」のビジネスモデル、いわゆるマネタイズの部分の考察なども同時に進めてきたとのこと。それを入れての半年だったという。

宮古島のイベントでの感触

 宮古島のイベントについて、やってみた感想についても伺ってみた。

 「宮古島冬まつり」で当日アプリを使って決済してくれたユーザーは、259人だったという。現地では、アプリや仮想通貨に初めて触れる初心者ばかりの状態だったとのこと。フィードバックとしては、やはり高齢者は戸惑っていたが、スマートフォンに慣れている若者については特に問題点はなかったという。通常のアプリを利用する延長線上にあるものとして受け入れられていたようだ。

 「宮古島冬まつり」については、中川氏は最初の打ち合わせには現地に出向いたが、あとはリモートで企画が進められたという。当日のイベントもリモートで待機している状態だったが、これまで「宮古島冬まつり」の運営チームに対して、具体的な運用の仕方や「FiFiC」の使い方についてはしっかりと理解してもらったので、運用チームの頑張りで特にトラブルもなくイベントは進んだそうだ。NEMのブロックチェーンの話も運用チームにはたたき込んで理解してもらったという。

 中川氏にイベントをやってみて良かった点と苦労した点をあえて聞いてみると、宮古島全体のブロックチェーンに対するリテラシーが上がったことではないかという。失礼だが、まだ地方に行って「ブロックチェーン」といっても「ん?」といわれてしまうのが関の山だが、宮古島で「ブロックチェーン」といえば、「ああ、あのイベントのやつねー」というような状況になったので、そういう点が良かったのではないかとのことだ。結果、宮古島の活性化に結びつき、「FiFiC」の実績も積み重なり、横展開しやすくなったという。

 苦労した点は、ブロックチェーンや仮想通貨というよりかは、アプリの仕様で問題があったと話す中川氏。「FiFiC」は最初、TwitterログインもしくはFacebookログインしかログイン方法を用意していなかったところ、「宮古島冬まつり」に一番参加してくれそうな宮古島のおばさんはTwitterもFacebookもやっていない人が多く、また高齢者になるとメールアドレスは持っているけど実際に使っていないという人が多かったという。実際は何を使っているの? と聞くと、電話番号しか使っていないという答えが多く返ってきて、それで「電話番号ログイン」も搭載しようということになったという。

最後に

「FiFiC」を持つ中川祥平氏。秋葉原スポットにて撮影

 世間でBitcoinの話題が盛り上がったことがきっかけで仮想通貨に興味がわいたという中川氏だが、そこからブロックチェーンを使ったサービスを開発するに至ったブロックチェーンの魅力について、最後に伺った。中川氏は、ブロックチェーンの何を見てサービスを開発したくなったのだろうか。

 その質問に対して中川氏は、率直にまず「新しい」ということだけだったと話す。新しくて、まだみんながそれを日常生活に落とし込むための研究をしている段階であるというものだからこそ、魅力を感じ、引き込まれたという。いうなれば「早い者勝ち」という側面もあり、誰かがユースケースを作り出して日常生活に浸透させたら、その人がカリスマになるような状況は、わくわくするという。「やってやろう」という気持ちになると、中川氏はいう。中川氏は、いかに早くブロックチェーンを生活の中に取り入れられるかということに興味を引かれるのだと語ってくれた。

高橋ピョン太