インタビュー

「ブロックチェーンを検査すればわかる犯罪もある」=Basset竹井社長

取引の追跡技術により仮想通貨を健全に使える社会を目指す

Basset代表取締役CEOの竹井悠人氏

Bassetは2019年7月1日付けで会社を設立したばかり。9月に5000万円の資金をベンチャーキャピタルのCoral Capitalから調達したことを発表し、注目のスタートアップ企業として名前が知られるようになった。同社代表取締役CEOの竹井悠人氏の前職は、仮想通貨取引所を運営するbitFlyerだ。同時に東京工業大学の博士課程でブロックチェーンを研究する大学院生でもある。そんな竹井氏が規制×テクノロジーの領域、いわゆるRegTech分野で起業した理由、そして目指すビジネスの姿はどのようなものか。話を聞いた。

——RegTech分野で起業した理由は?

竹井氏:暗号通貨の盗難事件は、分かっているだけで過去2年で1200億円の規模に上っています。これだけの資金がアングラマネーとして流出してしまった。暗号通貨をより健全に使える社会が重要になると思っています。

——国際的なマネーロンダリング対策の元締めといえるFATF(金融活動作業部会)の審査が日本で始まろうとしています。

竹井氏:10月から日本で審査が始まります。厳しいものになるという見方が強い状況です。暗号通貨(FATFの用語ではVirtual Asset、日本の現行法の用語では仮想通貨)の送金元、送金先の双方の氏名や住所など身元確認のための個人情報を求める「トラベルルール」ひとつとっても、暗号通貨への規制は厳しくなる方向といえます。暗号通貨の良いところは、送り手と受け手のプライバシー情報を交換せずに送金できるところですが、その良いところを毀損してしまうとの意見も出ています。

事業者の立場で考えると、これを実行するのは大変です。2019年6月にFATF勧告が出ていますが、来年、2020年6月にはシステムを準備しなければいけません。準備期間はたったの12カ月です。世界各国の取引所が個人情報を追いかけられるようにすることが、どれくらい現実的なのか。システムの問題で個人情報流出が起きることも懸念されます。また、このように規制を厳しくすると、本当に問題がある取引は地下に潜ってしまうという意見もあります。

——それらの課題に対して、どのような対応が現実的でしょうか。

竹井氏:私たちの考え方としては、暗号通貨規制を厳しくするやり方とは別に、ブロックチェーンを検査して分かることがある。そのためのツールを提供します。

——業界に大きな負担をかけずに、実務に有効な仕組みを提供しようという考え方でしょうか。

竹井氏:その通りです。

——Bassetが提供するブロックチェーン追跡ツールの基本的な考え方は、公開情報であるブロックチェーン上の情報を元に犯罪者を追跡するものと理解してよいでしょうか?

竹井氏:はい。基本はOSINT(オープンソースインテリジェンス)です。公開情報を分析する形です。これとは別に、例えば捜査令状を取って通信傍受するようなやり方をSIGINT(シグナルインテリジェンス)といいますが、それは私たちのツールの範囲外です。

——怪しいブロックチェーンアドレスのデータベースを持っている形でしょうか。

竹井氏:そのようなデータベースをお客様には提供します。データベースは随時データを追加していきます。分かりやすいのは米国の制裁リストですが、他にもさまざまなデータベースを参照します。

——他のツールに比べた優位性の確保のため、どのような工夫をしていますか。

竹井氏:ひとつはダークネットの監視、調査です。基本的には英語圏の情報が多いのですが、アジアの言語のコンテンツが増加傾向にあります。ある統計では、ダークネットではアジアの言語は今のところ全体の25%ですが、今後は増えていく。発信者が国籍を隠すために機械翻訳を2、3回噛ませてどの言語か分からないようにする方法があるのですが、その最後の行き先の言語が中国語になる場合が目立っています。私たちはアジアの言語による情報の発信元に近く、そこを優位性にしていきます。

——仮想通貨盗難に対応する警察の動きはどうですか。

竹井氏:この6月、米国の司法機関のトレーニングに参加しました。暗号通貨の追跡は警察からも興味を持たれている分野です。どのように追跡するのかをみんなで勉強しています。日本のサイバー犯罪対策や、暗号通貨とはどのような性格のものなのか、また起きた事件への対応はどうか、そのような研究を進めています。

日本で起きた盗難事件は影響が大きなものでした。私たちが願っていることとして、日本の警察が私たちのツールを活用してもらえるといいと思っています。

——ブロックチェーン上で犯罪者を追跡する上での基本的な考え方はどういうものでしょうか。

竹井氏:マネーロンダリングへの対応は「時間が命」なところがあります。時間が経つと送金が繰り返されて、追跡が困難になってしまう。そこで外国の警察とも一緒になって動かないと厳しいところがあります。捜査に協力的な国もあれば、そうでない国もある。先日BITPointで起きた盗難事件では、盗難された暗号通貨が海外の取引所に入金された事例もありました。その国の法執行能力やKYC(本人確認)規制が弱いと、そこで追跡が止まってしまいます。

基本的な考え方は、犯人のミスで生まれる現実世界との接点を探すことです。「足がつく」取引所で換金していたりする場合を探します。アンダーグラウンドの世界に閉じて換金されてしまうと、追跡の困難性は上がります。しかし、どんなアンダーグラウンドマーケットでも一般世界とのつながりを完全には切り離せません。社会との接点でじわじわ証拠が漏れ出していきます。

——仮想通貨の匿名化についてはどのように対処するのでしょうか。

竹井氏:追いかける以外の方策はありません。例えばミキシングサービスであれば、ミキシングしたお金と出て行くお金がどれくらい近いかをマッチングさせます。ミキシングの追跡では、ツールを作っている各社とも苦労しています。

レイヤー2、Lightning Networkのようにオフチェーンでの送金をどうするかは研究中です。

——仮想通貨取引所のセキュリティ市場について、どう見ていますか。

竹井氏:前職ではbitFlyerのCISO(最高情報セキュリティ責任者)を務めていました。取引所では、情報セキュリティのほか、コンプライアンス、KYC(本人確認)とやるべきことが多く、コストがかかります。Bassetとしても、将来的に取引所向けにコンプラアンスからセキュリティまでを提供するパッケージを提供していきたいという夢は持っています。

——ありがとうございました。

星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。