インタビュー
シビラ、ブロックチェーンをバブルから成熟産業に
DAOプロトコル開発進めるシビラの狙い
2019年10月4日 06:00
ブロックチェーン技術の社会実装を目指し、フランス・パリから九州の小さな町まで、世界中で先端技術の実証実験にチャレンジしているシビラ(大阪市)。2019年は、ICO詐欺などでイメージが悪化してしまった「トークンエコノミー」の正当な評価を取り戻すため、ブロックチェーンとDApps(自律分散型アプリケーション)の中間レイヤーを担うプロトコルの開発に精力的に取り組んでいる。
「インターネットを超える技術」に衝撃、創業
「Bitcoinと出合ったとき、本当にびっくりしたんですよ」
シビラの共同創業者でCEOの藤井隆嗣氏は5年前の衝撃を振り返った。
学生食堂のテーブルに置かれた紙ナプキンに広告を掲載する「ナプメディア」を創業し、学生起業家として注目された藤井氏は、これまでの約10年間で、中古品取引サイトなど複数の事業を立ち上げた連続起業家でもある。
インターネットがもたらすビジネスチャンスをとらえ、新規事業の立ち上げを重ねてきた藤井氏だが、ブロックチェーンから生み出され、交換価値まで付与されたBitcoin(ビットコイン)を見て、「インターネットを超える技術になるかもしれない」と衝撃を受けた。当初は個人的にマイニングをするだけだったが、やがて「この技術は世界を変える」と確信。同じ考えを共有し、さらに藤井氏と同じく経営者の経験を持つ流郷俊彦氏(シビラCTO)、篠原ヒロ氏(同COO)の3人で、2015年にブロックチェーン研究開発を行うシビラを設立した。
追い風が逆風に、事業見つめ直した2018年
シビラが最初にリリースしたのは「ブロックチェーンに愛を刻む」サービスだ。
「LGBTの結婚が認められないニュースを見て、結婚は2人で愛を誓う契約なはずなのになぜ政府の許可が必要なのか? 結婚はP2Pであるべきだ、と思いました。ブロックチェーンなら管理者いらずで誰かが改ざんすることも不可能なので『永遠の愛』を証明できます」
大きなビジネスを狙ったわけではなく、シャレも交えて短期間でリリースしたサービスだったが、仮想通貨への関心が高まっていた世の中の追い風を受けて注目された。
トランザクションの高速処理が可能なブロックチェーン製品を企業向けに提供するなど、toB向けのサービスも構築。2017年にBitcoinの価格が分かりやすく上昇し、一般メディアでも連日報道されるようになると、シビラのメンバーも表舞台に出ることが増えていった。
だが2018年1月、仮想通貨交換所Coincheckの仮想通貨盗難事件で追い風は一転、逆風に変わる。業界全体のガバナンスの甘さが露呈し、革新的な資金調達の手法だったICOも実質禁止になった。
「業界環境が一変し、成長途上だったブロックチェーンの芽も摘まれるのではないかと危機感を持ちました。それが自分たちの方向性や存在意義をもう一度考えることにもなりました。それまでブロックチェーンの開発に集中していたのですが、その上のレイヤーに参入して、トークンエコノミーの流れを推進するべきだという考えに至りました」と藤井氏は語った。
信頼と価値向上に不可欠な「プロトコル」
ICOバブルとその崩壊を目の当たりにして、藤井氏らは痛感した。革命的な技術でも、ルールが整備されていなければ、悪用されることがある。それが結果的に、正しく使おうとしている人々の活動範囲も狭めていく。
「インターネットは、共通規格であるインターネットプロトコルによって一般に普及しました。ブロックチェーンも、根幹技術であるコンセンサスレイヤーと、インターフェースとなるDAppsの間に、トークンエコノミーのためのプロトコルが必要だとの考えに行きつきました。現状は管理者が自由にトークンを発行できますが、透明性の高い共通ルールであるプロトコルからトークンが発行される事で、Bitcoinやインターネットのように参加者を増やして経済圏を生み出せるだけでなく、ICO詐欺を減らすことができます」(藤井氏)
信頼できるプロトコルを構築し普及させることで、DAppsやトークンの信頼性、価値も高められると考えたシビラは2019年、電通国際情報サービス(ISID)と組んで、「DAOプロトコル」を開発。以下の2つの実証実験で実装した。
パリでのエシカル消費実証実験
シビラとISID、宮崎県綾町は2016年以降、ブロックチェーン技術を活用して綾町の農産物に付加価値をつける取り組みを進めてきた。最初の2回の実証実験は、トレーサビリティを保証することが消費者の選択にどう影響を及ぼすかを評価する目的だった。そして2019年5月にパリで実施した3回目の実証実験は、綾町で生産されたビオワインを飲んだ消費者に、トークンエコノミーのためのプロトコル上に構築されたDAppsからSDGsトークンを付与することで、エシカル(倫理的)な消費を動機づけることも、目的に追加された。
ビオワインを飲んだ参加者が、ハードウェアウォレットをスマートフォンで読み込むと、アプリが立ち上がり、トークンを獲得したことが表示される。ハードウェアウォレットや、アプリのデザインにはアニメを用いたことなどが奏功し、参加者は物珍しそうにスマホのアプリを操作していた。
藤井CEOは、「実証実験自体は成功だった」と前置きしつつ、「アプリを触ってくれた人たちが、トークンエコノミーの仕組みやトークンの意義、価値をどこまで理解してくれたか、また、継続的にコミュニティに参加してくれるか、という点は大きな課題が残りました」と語った。
「ブロックチェーンの価値や可能性を既に認識している人以外にもトークンエコノミーを広げていくためには、アプリを使いながら楽しさやインセンティブを理解してもらうことが必要です。そのために、DAppsにゲームニクスの考え方を組み込んでいく必要があると考えています」
瀬戸内サマースクールでの実証実験
パリで得た課題は、8月に岡山、広島を舞台に行われた実証実験で、進展が目指された。
メディアアーティストとして活躍する落合陽一氏が子どもたちにSDGs(国際連合が定める持続可能な開発目標)を教えるサマースクールと並行して行われた実証実験では、子どもたちの「質の高い学び」に対して、トークンが付与された。
参加した子どもたちは、DAOプロトコル上に作られたアプリにログインし、学びを記録していく。ここでシビラは、アプリ内にスタンプラリーのような多数のマスを設置、それぞれのマスには次のマスに進むための「クエスト」を用意した。
学んだ内容をプレゼンで発表する、友達をつくる……クエストは学びと連動しており、特定のクエストをクリアすると、トークンも付与される。
サマースクールの会場と壁一枚隔てた部屋で、シビラの流郷氏らは子どもたちがアプリをどう使うかをモニタリングしていた。
「思ったよりクリアするペースが速い」と流郷氏が驚くほど、子どもたちは積極的にアプリを開いてクエストをクリアしていき、シビラのエンジニアたちは現地で急遽クエストを追加した。
ブロックチェーンのすそ野を広げるために
実証実験の枠組みは、DAOプロトコルを社会の特定の場面で実装し、トークンを付与するまでで一区切りだが、その先に見据えるものを藤井氏はこう説明した。
「SDGsサマースクールで、子どもたちはごみや廃材からアートを制作し、SDGsに貢献しました。我々は学校以外での学びの成果に対してトークンを付与しました。子どもたちの学びの成果や貢献がトークンによって証明され、世界の大学から入学を許可される。それが私たちの描く未来像です」
「共通の価値観を持つ人々に対して、その価値観に沿った貢献を可視化・評価する共通ルールをプロトコルとして実装し、その貢献に対して発行されるトークンを、新しい価値の物差しとすることで、既存の社会の仕組みでは解決困難な課題に取り組んでいきます。今流通しているお金は物質的な豊かさの指標ですが、私たちが実現したいのは、精神的な豊かさが指標となるトークンエコノミーなのです」