イベントレポート

金融・規制・プライバシーのベストバランスとは?=FIN/SUM 2019

「巨大テック企業は金融に革命を起こすのか」Amazon・AWS担当者ら識者が議論

日本経済新聞社・金融庁の主催による「FIN/SUM」の3日目、パネルディスカッション「巨大テック企業は金融に革命を起こすのか」が開催された。AmazonのAWS部門、フィンテック企業、そして金融規制当局から5名が登壇。金融庁・金融国際審議官の氷見野良三氏によるモデレートのもと、先進金融テクノロジーの在り方や、その法規制を巡って議論した。

パネルディスカッション「巨大テック企業は金融に革命を起こすのか 」の模様

フィンテックと法規制

モデレーターの氷見野氏はディスカッションの前段として、BIS(国際決済銀行)が年次報告書を一章分まるまる割いて、「巨大テック企業が金融市場において支配的な立場を確立するのではないか」と言及したことを紹介する。いわゆる“GAFA”に代表されるように、巨大プラットフォームを擁する企業が、その優位な立場を使って、新たに金融市場でも顧客を囲いこむ動きに対し、懸念が年々高まっている。Facebookが発行を予定している仮想通貨「リブラ(Libra)」を巡って、米国議会を中心に発言が広がっているのは、まさにその一例である。

氷見野良三氏(金融庁・金融国際審議官)

こうした動きに対し、国・政府といったレベルで規制をかけるべきだとの声も多い。今回のパネルディスカッションでは、5人の参加者がテック企業、投資家、規制当局それぞれの立場から意見を交わした。

英国の金融規制機関にあたるFinancial Conduct Authorityから出席したDirector of Innovationのニック・クック氏は、金融でイノベーションが起こる一方、それを当局が“事後的”に規制する流れがあると指摘。これは市場の混乱を未然に防ぐためにある意味当然の措置だが、しかしその規制ルールの策定には透明性の確保が欠かせないと強調する。規制当局と、市場参加者の対話が重要という視点だ。

ニック クック氏(Financial Conduct Authority・Director of Innovation)

国際通貨基金(IMF)・金融資本市場局課長補佐のトマソ・マンチーニ・グリフォーリ氏は、ステーブルコインに注目した。Bitcoin(ビットコイン)に代表される仮想通貨は市場での価格変動幅が大きすぎ、コーヒー代のような日常的な支払いには適していない。

そこで、なんらかの法定通貨と連動して安定性を追求したステーブルコインの概念が生まれたが、とはいっても銀行預金ほどの保護施策は働いていない。仮想通貨は、国の中央銀行の管理から離れたことでその意義を高めたが、取引安全性の観点からは、折衷案的なステーブルコインもまた求められ、そこには法規制が必要だとした。

トマソ・マンチーニ・グリフォーリ氏(国際通貨基金・金融資本市場局課長補佐)。テレビ会議での参加となった

中国の事例にみる、金融とプライバシーの関係

規制は慎重に行われるべきという議論の一方、中国のように、ドラスティックな金融決済革命が国全体で推進されているケースもある。同国では「ソーシャルクレジット」などと呼称される信用スコアリングシステムが運用されており、信用払いの履歴以外に、位置情報、遵法度合などが総合的に評価され、受けられる金融サービスが変わると伝えられている。スコアが低い場合は公共交通機関の利用に制限がかかるとも言われる。革命的といえば革命的な手法だが、しかしプライバシー侵害や監視社会化への懸念もつきまとう。

投資家でSingularity Universityの共同創業者であるリース・ジョーンズ氏は、この中国の事例に言及。「恐ろしい話に聞こえるが、中国に住む方の多くはこれを『良い(方策)』と捉えている」と述べ、犯罪の抑止などに明確な効果があれば、国民・市民が受け入れる事実はあるとした。

リース・ジョーンズ氏(Singularity University Co-founder)

近い将来、決済手段は統一される? されない?

徳永信二氏が代表取締役CEOを努めるGlobal Open Network Japan(GO-NET Japan)は、米Akamai社と三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が共同で設立。2020年上期をメドに、高速ブロックチェーンをベースとした少額決済サービスをスタートさせる予定である。

徳永信二氏(Global Open Network Japan・代表取締役CEO)

GO-NET Japanはさまざまな決済インフラを繋ぐことを理念としており、Facebookのリブラについても可能であれば取り扱いたいという。徳永氏は「お金、電子マネー、コイン(仮想通貨)、さらにはポイントなどが世にあるが、その境界はあいまいになってきている。それぞれの“価値”を、取引上バランスさせる(収支管理する)仕組みはまだ存在しない」と述べ、それには金融機関の基幹システムなどとも接続できるプラットフォームが欠かせないことから、GO-NET Japanが設立されたと説明した。

徳永氏は転売が度々問題になるチケットを例に挙げ、これもある意味、貨幣などと同等の“価値”があるため、仮想通貨のようなかたちでブロックチェーン上を流通させる意義があると指摘。ブロックチェーンは金融を変えると考えられるが、チケット取引など周辺領域をも巻き込む方向に進化しうると述べた。

AmazonのHead of Worldwide Financial Services BD/AWSのスコット・マリンズ氏は、AWSに代表されるクラウドサービスが先進的な金融サービスのインフラとして、すでに導入が進んでいることを紹介した。

またマリンズ氏は、Amazonが世界共通で「Our Leadership Principles」という14か条からなる原則を定め、徹底して顧客主義を貫いていると言及。スタートアップ企業らとともに実験的・前衛的な取り組みにもいち早く取り組んでいる姿勢をアピールした。実際、英国のアプリ専業銀行として知られるモンゾのように、インフラをほぼ完全にクラウド化した金融機関も生まれているという。また、同じく英国のオープンバンキング政策のように、銀行の顧客データを同意の下でAPI公開し、各種フィンテックサービスと連携しやすくする事例も誕生しつつあると述べた。

スコット・マリンズ氏(Amazon Head of Worldwide Financial Services BD/AWS)

ディスカッション終盤の質疑応答では、巨大テック企業の将来的な存在感について、パネリストが率直な意見を求められた。ジョーンズ氏はBitcoinに代表される仮想通貨を見た場合、政府ないし特定の企業など、ただ1つの企業・団体がすべてをコントロールしている訳でなく、あくまで技術的なプロトコルを通じて、それぞれ公平に扱われていると説明する。また、現実の貨幣においても、国際的に統一されていない現状を踏まえれば、仮想通貨もまた1つだけに国際統一されるのは難しいのではないかと答えた。またクック氏も、EU一般データ保護規則(GDPR)を引き合いに出し、1社独占ないし、数社による寡占となる状況はそれこそ法規制で対応できるだろうとの見解を示した。

森田 秀一