イベントレポート

「マルチステークホルダー」で金融界はどう変わる? =FIN/SUM 2019

ブロックチェーンと法規制をテーマにしたパネルディスカッションが開催

FIN/SUM(日本経済新聞社、金融庁主催)3日目となる9月5日、パネルディスカッション「ブロックチェーン・エコノミーの新たな国際協調 ~マルチステークホルダー・ガバナンス」が開催された。金融の世界において、これまでは政府が一定の“規制”を定め、健全な市場の維持、消費者保護に取り組んできた。しかしフィンテックなど高度なテクノロジーが普及する昨今ともなると、利便性の追求と消費者保護のバランスどりを、一部の政府関係者だけで行うのが困難になりつつある。

そこで出てきたのが「マルチステークホルダー」の概念である。開発者、研究者などさまざまな立場の関係者が参加することで、議論を深めていくという考え方だが、その実現にはどんなハードルがあるのか。専門家5名が討論した

パネルディスカッションの模様
左からモデレーターの松尾真一郎氏、金融庁・参事官の吉田昭彦氏、Blockstream社副社長のアレン・ピッツェロ氏、アイルランド財務省のマイ・サンターマリア氏、慶應義塾大学大学院政策メディア研究科特任教授の鈴木茂哉氏

政府だけで、効果的な金融規制を行えるのか?

ディスカッションのタイトルにもなっている「マルチステークホルダー」とは、合意形成手法の1種である。金融を例にした場合、ブロックチェーンに代表される新興技術は、利便性の一方で、消費者保護が行き届いていないケースがある。そこで規制の出番だが、かといってイノベーションの進みを阻害しては意味が無い。技術開発者、規制当局、学識経験者などさまざまな立場のステークホルダー(利害関係者)がオープンな場で議論し、より理想的な合意形成に結びつけようというのが基本的な考え方だ。

よくある手法のように思えるが、モデレーターを努めるジョージタウン大学Research Professorの松尾真一郎氏によれば、金融産業においてはまだまだ珍しいコンセプトだという。しかし、2019年のG20共同声明でマルチステークホルダーについて言及されるなど、認知が広がる兆しも出てきている。

松尾真一郎氏(ジョージタウン大学Research Professor)

金融規制のあり方について、金融庁・参事官(国際担当)の吉田昭彦氏は、政府とは異なる“中間機関”による規制がこれまで機能してきたと話す。しかし、この手法を永続させるのは難しく、政府としても喫緊の課題だと捉えているとも補足した。

吉田昭彦氏(金融庁・参事官)

アイルランド財務省のマイ・サンターマリア氏は、国としてブロックチェーン関連の議論を比較的早い段階から進めていることを紹介した。財務省内に専門のワーキンググループを設け、さまざまな立場のステークホルダーの参加を呼び掛けるなど、マルチステークホルダーをまさに実践しているとした。その背景には、ブロックチェーンの革新性が、財務、徴税、金融、経済などの従来型枠組みを破壊しうるとの予測があるようだ。

ただサンターマリア氏からは、技術者と規制当局者のコミュニケーションには困難も多いとの声も漏れた。規制当局者は法律には詳しいが、プログラミングには明るくない。技術者はその逆で、プログラミングには熟達しているものの、法律の制定プロセスの専門知識は少ない。吉田氏は「学会に属する立場の方々が、規制当局とエンジニアの間の“通訳”を果たしてもらえれば」と期待を寄せた。

マイ・サンターマリア氏(アイルランド財務省・デパートメント・オブ・ファイナンス ヘッド・オブ・ファイナンシャル・アドバイゾリー)

議論のたたき台となる「論文」の充実を

マルチステークホルダーの議論を難しくするもう1つの要因は、技術的な進歩スピードの速さだ。暗号の専門家が、Facebookも使っていないステークホルダーと議論するとして、その進みが遅くなるのは仕方が無い。だが、それでも議論を重ねて共同文書の作成にこぎ着けても、その内容があっという間に陳腐化してしまう。サンターマリア氏は2017年前後のICOブームなどが良い例だと指摘する。

Blockstream社副社長のアレン・ピッツェロ氏は、ブロックチェーン開発者の立場だが、技術動向の説明を規制当局など業界外の人間に説明することは難しいとしつつも、極めて重要だと語る。

ピッツェロ氏は職務上、こうした解説の矢面に立つ立場だが、規制当局者からよく質問されるのは「プライバシーとトレーサビリティのバランス」についてだという。ただ、その受け止めは、担当者によっても変わってくるため、丁寧な対応が欠かせないとした。

アレン ピッツェロ氏(Blockstream Vice President of Product Management)

こうした議論を中立的観点から整理する存在として、大学・研究者にかかる期待は大きい。慶應義塾大学大学院政策メディア研究科特任教授の鈴木茂哉氏は“言葉”に加え、コンテキスト(文脈、話題の前提となる環境)の理解が重要だとした。

その上で鈴木氏は、論文がまだまだ少ない事を課題に挙げる。研究者がブロックチェーンの論文を書くとして、それは自身の業績のアピールだけでなく、知識レベルの異なるさまざまなステークホルダーがコンテキストを理解するためのベースになりうる。ネット上に散逸する情報を整理し、最新の状況が反映されたものか検証された論文の充実は、マルチステークホルダーによる合意形成の質にも直結すると鈴木氏はみる。

鈴木茂哉氏(慶應義塾大学大学院政策メディア研究科特任教授)

ピッツェロ氏もこの指摘を受け、「シリコンバレーのエンジニアはアジャイル開発を進めていて、細かな文書は作らないケースがほとんど。確かに(文書の不足は)混乱の一因かも知れない」と答えた。とはいえ、業務量を考えればエンジニア自身が文書を整理するのは難しく、大学とのコラボレーションなどが必要ではないかと補足した。

ICANNはマルチステークホルダーのお手本

マルチステークホルダーの理念は確かに素晴らしいものの、利害関係者が多い以上、その意見をまとめあげ、“ガバナンスが効いている”レベルにまで持ち上げるのは、簡単だとは思えない。しかし、インターネットの運用にあたっては、それが機能していると松尾氏は指摘する。

鈴木氏は、ICANNを中心としたドメイン管理・IPアドレス割り当て体制がまさにそれだと説明。例えば、かつて問題だった転売目的のドメイン占有などは、長い時間がかかったものの解決策を見出した。ICANNを構成するのは、それぞれ立場が異なる参加者──つまり、マルチステークホルダーの環境でありながら、話し合い・投票などで問題に対処できた訳だ。

「マルチステークホルダー×金融」の実現に向けて

これまでの金融界では、法規制の存在が大きかった。しかしブロックチェーンと仮想通貨は各国の中央銀行とは無関係に発行される。つまり「どのようにコード(プログラム)を書いたか」によって、法律・規制の中身が変わる。コードがあくまで“主”で、規制は“従”という、逆転状況が生まれたとも指摘される。

ここまでの劇的な変化に際し、マルチステークホルダーの理念を推し進めるには、さらなる議論が必要だと松尾氏は話す。

ピッツェロ氏はさまざまな意見が噴出するのが大前提としつつ、公正かつオープンなシステムを構築することが重要だと述べる。

吉田氏は、金融の安定、プライバシーの確保、マネーロンダリング対策の3つすべてを同時に高いレベルで維持するのは確かに困難だが、だからといって決して無理な目標でもないとコメント。マルチステークホルダーへの期待感を示した。

森田 秀一